2-1 前回までの作業
2015年2月5日の「挿し木と芽接ぎで作る バラのスタンダード仕立て」にも書きましたが、私のこれまでのスタンダード仕立ての作り方は、秋10月上旬に1.5m程度の長尺枝を採穂し、それを挿し木して小型ビニールハウス内(写真:下左/搬出後)で養生。4ヶ月後の2月に、発根した台木(写真:下右/作業場所に移動準備中)に「芽接ぎ」するという方法でした。
長尺枝の挿し木の手順を、2011年10月5日の「ミニバラ用スタンダード台木の挿し木」で紹介しています。
註:これは「芽接ぎ挿し」ではなく、スタンダード仕立ての台木(STD)を作るための「挿し木」です。
2011年以降の3年間で合計120本から150本程度のSTDを挿しました。全部が私のものではなく、当時在籍していたバラサークルの接ぎ木講習会で使うための協同作業です。記憶が曖昧ですが失敗したのはそのうち10本前後だと思います。
失敗したものは、
- 初めてチャレンジした2011年 採穂後の水切れと、乾いた用土を入れたポットに挿したため導管に気泡が入り、水が上がらなかった
- 翌2012年 一部の長尺枝を寒くなった10月下旬に(追加して)挿したため、その発根が不十分だった
という2例だけです。それを含めても90%以上の成功率でした。
これらの長尺台木を使ったバラサークルの接ぎ木講習会での「芽接ぎ」の結果は、参加者が株を持ち帰るのでデータを取っていません。詳しいことはわかりませんがメンバーから聞いた範囲ではまずまずの成功率だったように思います。私自身の結果も記録を残していませんが、接いだ数はさほど多くはないものの失敗した記憶はありません(都合の悪いことはすぐ忘れる性分です/笑)。
2月5日の記事で『長尺枝の挿し木も芽接ぎもそれぞれ単独では難しいとは思いません』と書いているのは、そのような実績があったからです。
2-2 長尺枝の挿し木は難しいか
数年前、あるベテランのガーデナーさんを訪問したとき、『スタンダード台木にする長尺枝の挿し木は難しい。発根させるのに何度も失敗したから、今は挿し木ではなく取木で作っています』というお話を聞いて驚いた経験があります。その「取木」の方法を見せていただきましたが、私にはそのほうがよほど難しそう(面倒そう)に思えました。
でも私の今年の作業も、芽接ぎ挿しや割接ぎ挿しの 長尺挿し木の結果をみれば成功したのは7本中僅かに2本だけ です。何がこのような大きな違いをもたらしたのでしょう?
2-3 長尺枝の挿し木失敗の原因
失敗の原因は幾つか考えられます。デービッドさんが指摘する5項目は「接ぎ木」に関することですが、これを「挿し木」にもあてはめてみると、まず、これから挿し木する長尺台木は発根していないのであたりまえですが、"Good rootstock" とは言えません。長尺挿し穂の中にはやや未熟なものも含まれていました。
それと、挿し木後1週間の水やりがきちんとできなかったこと、畑の露地での低温の影響が大きかったと思います。
- Good bud wood to start with.
- Good potting compost
- Good rootstock and the right size of pot.
- A good fertilizer
- Watering at the right time also with a bit of warmth.
Watering at the right time
水やりができなかった理由は「多忙」です。作業は数日に分けて実施したのですが、メインの「芽接ぎ挿し」をした翌々日から鹿児島県の「花の木農場」でのイングリッシュローズの植付け作業に赴き、数日間水やりができなかったのが致命的でした。
with a bit of warmth
これができなかったのも個人的なつまらない理由からです。本格的なビニールハウスを建てるために、前回まで使用した小型ハウスは撤去していました。新しいハウスが芽接ぎ挿しの作業に間にあうとの誤算です。
ポットを置いた場所にはとりあえず風よけのビニールとコンパネを張って、ポットも防寒用の二重鉢にしたのですが、それでは不充分だったようです。写真下右がその様子です。
2-4 失敗のもうひとつの(真の)原因
長尺台木の挿し木に失敗したのは、もうひとつ原因がありそうです。これがほんとうの原因なのかもしれません。
写真左は2011年、中は2012年の長尺挿し木です。いずれも長尺枝の先端に枝や葉が付いています。写真中は作業途中で、まだ枝葉の整理が済んでいませんが、実際にはこの1/3程度の葉を残しました。
写真上右が今回の2014-15年ですが、長尺台木になる挿し穂の先端に注目。多少なりとも葉が残っているのは手前左の1本だけで、その他は葉があっても極僅かです。
(この他にリストの「#14 地植えノイバラ長尺台木への芽接ぎ」には多めの枝葉を残しました。)
この長尺挿し穂の先端の葉を残すことに関して、2014年11月13日の「バラの挿し木 台木用ノイバラの秋挿し」の中で、次のように書いています。
*註:先端の葉を残す理由には確たる根拠がありません。葉があれば光合成をするし水分の蒸散も多いので、挿し穂の活性が高いのではと思うのです。切れば挿し穂はその傷の対応もしなければならないし、もしかしたら新芽を出そうとするかもしれません。この場合必要なのは「発根」ですから、先端の葉を切る理由もないですね。・・と思います。
このように、光合成や蒸散に触れてはいるものの、長尺挿し穂の先端に枝葉を残す必要性については曖昧です。今年は「挿し木」と「接ぎ木」を同時にしましたが、枝葉を残したのは1本だけで、地植えを除くその他の台木は枝葉を残しませんでした。この曖昧さ(認識不足)が、今年の失敗の真の原因ではなかったかと考えています。
2-5 長尺挿し木に枝葉が必要な理由
発根の前駆であるカルスの生成には植物ホルモン「オーキシン」が必要です。オーキシンは茎頂や新芽などで作られ、細胞間を上から下へ極性移動します。したがって、特に長尺挿し穂の場合オーキシンが生成されそれが挿し穂の基部へ到達するためには、挿し穂に枝葉があり蒸散が行われて植物体内に新鮮な水が流れること(=活性の高さ)がポイントになります。
それは長尺台木への接ぎ木も同様で(もしくは挿し木以上に)、台木に枝葉があり蒸散が行われて、接ぎ木部分に(溶存酸素や無機塩類を含む)新鮮な水が上がって来るのが重要です。それに気づかされた(そのヒントをもらった)のは新芽の鈍い動きに3ヶ月近くも悩んだ末の、5月下旬になってからです。
2-6 暗い春から 明るい5月へ
スタンダード仕立ての半数近い6株が失敗という暗い気分のまま、5月19日に長崎県のハウステンボス・バラ祭りに行きました。この日開催される有島薫さんと大野耕生さんのセミナーに参加するためです。この日は二人の講師のセミナーがそれぞれ予定されていたのですが、それが合同になって、いっそう充実した楽しいセミナーでした。
有島薫さんとは以前にも何度かお会いしたことがあります。この数日後には福岡で一緒に「もつ鍋」を囲みました。
大野耕生さんにお目にかかるのは初めてだったのですが、セミナー終了後に(ラッキーにも個人的に)話をすることができました。その話の中で、私の暗い気分を吹き飛ばす、目からウロコのヒントを頂きました。
大野耕生さん(左)と有島薫さん 写真撮影:バーバラ
以下その一部に触れますが、それは大野耕生さんのお話そのものではなく、お話をヒントに私が理解したことがらです。これは誤解の無いようにお願いします。
2-7 「STD芽接ぎ挿し」成功のツボは「蒸散」させること
それは 蒸散の役割 についての話です。
下の写真がその具体例です。左はデービッド式割接ぎで、中は芽接ぎです。デービッド式割接ぎでは台木の枝葉は残しません。芽接ぎには枝は残したままで、その先端附近には(さほど多くはありませんが)何枚もの葉がついています。写真右の黄色のコンテナの中の左端の株です。
条件が大きく異なるので比較はできませんが、枝葉の無いデービッド式割接ぎ挿しは失敗、枝葉がある芽接ぎは成功という結果になりました。なぜ左の割接ぎ挿しは失敗に終わったのでしょう?
それは、枝葉が無くて「蒸散」ができなかったのが大きな理由だと(今は)考えています。
2-8 「蒸散」は負圧ポンプ
緑枝挿しをするときは、挿し穂に残す葉の面積を調整しますね。これは葉の面積が大きいと蒸散が過度に進んで挿し穂の水分が不足するからです。根ができていない挿し穂では過度の蒸散は失敗の原因になります。したがって、挿し木の場合「蒸散」は歓迎されないことと思い込んでいました。
切りバラ栽培農家はロックウールで挿し木苗を作ることもあるのですが、『挿し穂には葉を必ずつけておく』というお話を、私はそれは「光合成」のためと受け止め、「蒸散」という面からは理解できていませんでした。挿し穂の葉からの蒸散を避けるために薬液(パラフィンなど)の使用を真剣に考えたほどです。
この写真(割接ぎ挿し)の作業をしたとき、『充実した長尺枝なので光合成するための葉は必要なく、割接ぎ挿しでうまくいくだろう』と考えました。台木と接ぎ穂の間に僅かな隙間があったので、写真で見えている範囲には接ぎ木テープをしっかり巻きました。なので、台木や接ぎ穂の先端から「蒸散」はまったくできない状態です。
しかし、挿し木後いつまで待っても芽が動く気配がありません。水が上がらず挿し穂が枯れる場合は見た目でそれとわかりますが、これは少し様子が異なりました。枯れ込むのではなく、まるで「休眠」しているかのようでした。芽にも変化は見られず「黒変」したりもしません。私の栽培環境(畑)では氷結する朝が3月中旬まで数日あったので、その寒さが芽が動かない原因なのかと考えていました。
蒸散の重要性 に気づいたのは大野耕生さんのお話を聞いたからです。
もし蒸散が無ければ植物内にある水分はその場で停滞してしまいます。
一方、適度な蒸散があれば溶存酸素を含む新鮮な水が植物体内を移動し、植物体を活性化します。水が上がるための直接のエネルギーは水の「凝集力」でしょうが、それを促すのが「蒸散」ですね。切接ぎのような短い台木であれば問題にはならないのですが、長尺台木の先端部分で水が停滞するのは、著しく活性を低下させるのです。したがって、長尺挿し穂の先端に枝葉を残さない「割接ぎ」をしたのは無謀な試みでした。
「芽接ぎ挿し」の場合も、前回よりも早めに(芽が伸びる前に)台木をカットしました。その理由は、長尺台木ではないふつうの接ぎ木で「デービッド接ぎ」と「デービッド式割接ぎ」の生育具合の途中経過にさほどの差が無い(どちらも同じ)ということから、『同じなら台木の枝葉は要らない』と思ったからです。それ自体は間違いではないと思うのですが、でもそれが長尺台木なら話は別でした。芽接ぎをした長尺挿し穂には枝葉が必要だったのです。
2-9 長尺台木への接ぎ木は「枝葉」が必須
大野耕生さん、ありがとう。おかげさまで失敗の原因がわかって、私の暗い春がようやく終わりました。
そしてそのご指摘は長尺台木への接ぎ木だけではなく、「デービッド接ぎ」の優位性を説明する根拠にもなりました。これに関しては別記事でレポートする予定ですが、その前にもうひとつ重要な問題があります。
2-10 蒸散と頂芽優勢 台木カットのタイミング
それは、どの程度の量の枝葉を残すか、どのタイミングでそれをカットするかということです。
早過ぎる台木カット 切損事故と バッチレートの悪戯?
これは「リスト#1 パット・オースチン」です。台木はやや遅めに出たサイドシュートで、細くて未熟でした。10月に地植え株の枝にT芽接ぎ、2月に芽が膨らんでいるのを確認して枝を切り、先端の葉を残して挿し木しました。
ところが作業中に誤って枝をぶつけてしまい、接いだ部分のすぐ上であっけなく折れてしまいました。予期せぬ(早過ぎる)台木カットです。
写真でも僅かに見えていますが折れた木口にバッチレートを塗り、F芽接ぎを追加して(写真)テープを巻きましたが、この芽接ぎは(台木が未熟だったこともあってか)2つともダメになりました。
厳密に言えば、このT芽接ぎの台木カットは早過ぎたわけではありません。地植え台木へのT芽接ぎでは、芽が赤くぷっくり膨らんでいればそれは台木との癒合がうまくいったサインなので、これは台木カットがむしろ遅過ぎるくらいです。ただ、これは未熟な枝を挿し木しようとしているのですから、その枝葉は残しておきたいところです。
発芽のためには枝葉は不要、でも発根のためにはある程度は残しておきたい。ここは矛盾していますね。
上の芽がダメになった直接の原因は、まだ癒合ができていない部分にバッチレートが染み込んでいったからだろうと思います。このような失敗は、長尺ではないデービッド式割接ぎでも何例か発生しました。
急遽追加した下の芽は台木とサイズが合っていませんね。芽の切片が大き過ぎるのではなく、台木が細すぎるのです。この芽は「パット・オースチン」ですが、これ以上細く切り取ると芽の原基を痛めると思います。枝が細い品種の芽なら、この台木の太さでも適合したかも。
事故での切損ではなく意図的に切る場合は、バッチレートを使うかどうかにかかわらず、芽接ぎした部分からもう少し上で切るべきでしょうね。市販のスタンダードも、この部分はかなり余裕を持っているようです。市販品のこの部分の観察は、芽接ぎの方法(FかTか)やその数や位置など、参考になります。
リスト#1 の失敗は、 "Good rootstock" =「台木の充実度」の重要性を再認識させられた 痛い 経験でした。
遅過ぎる台木カット 蒸散と頂芽優勢の微妙な関係
これはリストの「#9 ダーシー・バッセル」の場合で、台木は挿し木2年生の鉢植えです。芽接ぎをした2月10日には4本ほどの小枝がありましたが、それには葉は付いていません。
写真左:芽接ぎ後約50日の3月28日の状態です。台木の枝には多くの新葉が展開しています。
写真中:(芽接ぎした部分のアップ)元気よく展開した台木の新葉に較べて、接いだ芽はホンの僅かに大きくなっているだけで動きがなく、しかも早めに出た上の芽は枯れかけています。(画像クリックで拡大表示)
これは台木のカットが遅れた悪い例で、「台木に枝葉を残せば、頂芽優勢になって接いだ芽は負けてしまう」という典型です。枝葉が無くて「蒸散」がなければ長尺挿し穂の上部には水が届きにくいため株の活性が落ちます。でも、発根済の台木なら葉がなくても時期になれば芽吹き、頂芽優勢になって、まだ癒合していない芽は苦しい状態になります。
写真右:台木をカットしたら芽が動き始めました。カットから2週間後の4月12日の状況です。新芽にアブラムシが寄ってきています(笑)。その後はグングン伸びて『ほんとにダーシー・バッセルなの?』というほどになりました。台木のカットが遅れてもかろうじて発芽できたのは、これが2年生の鉢植え台木で、それなりに充実していたからなのでしょう。
台木の上部に残す枝葉は、接いだ芽と台木の芽の状態を見ながら、切るタイミングを見計らう必要がありそうです。T芽接ぎだと作業する時期が決まっているので、台木を切る時期も迷うことはないのですが、いつでも可能な(?)F芽接ぎは、逆に時期の判断が難しいと思います。デービッド接ぎのように、接ぎ穂から出た新芽の長さで台木カットのタイミングを判断できればいいのですが。このあたりは今後のテーマです。
ちなみにデービッド接ぎではこのような「頂芽優勢」にはなりません。これについては別記事でレポートします。
3 スタンダード仕立てを作るベストの方法は?
さて、このような今年の結果を踏まえて、私の環境で「スタンダード仕立て」を作るのに最適な方法を考えてみます。
3-1 基本は「充実度」
「長尺枝を挿し木して台木を作り、それに芽接ぎをする」という基本のメッソドは、前年までの実績も踏まえて(現時点では)変更の必要は感じません。長尺挿し木やF芽接ぎも、その手法を変更する必要はないと思っています。
前回までのように「10月に長尺台木の挿し木をして、発根後の2月にそれにF芽接ぎをする」という方法(下記のリストの"3")に戻れば、それは『9割成功してもあたりまえ』の世界です。でもそれがベストであるのか、他の方法の経験が少ないので判りません。成功率や品質、作業およびその後の管理の容易さ、そして何より「作業が楽しいか どうか」がポイントですが、方法として思いつくのは以下のようなものです。
挿し木と芽接ぎで作る スタンダード
# |
作業月 |
台木 |
作業月 |
接ぎ木方法 |
特徴 |
1 |
7月 |
長尺枝の緑枝挿し |
10月 |
T芽接ぎ 翌年2月台木カット |
|
2 |
翌年2月 |
F芽接ぎ |
|
3 |
10月 |
長尺枝の秋挿し |
翌年2月 |
F芽接ぎ |
|
4 |
|
10月 |
発根株の長尺枝の先端附近にT芽接ぎ |
|
翌年1月 |
枝を切り離して挿し木 |
|
|
5 |
10月 |
T芽接ぎ挿し(長尺枝にT芽接ぎして、そのまま挿し木) |
|
6 |
1月 |
F芽接ぎ挿し(長尺枝にF芽接ぎして、そのまま挿し木) |
|
7 |
1月 |
長尺枝の休眠枝挿し |
10月 |
T芽接ぎ 翌年2月台木カット |
|
8 |
翌年2月 |
F芽接ぎ |
|
備考:
- 挿し木する長尺枝は、今年伸びた若い枝を使う
- すべての長尺枝の先端附近(鉛筆よりも細い部分)には枝葉を残す
- 残した枝葉から盛んに蒸散するので、挿し木後1ヶ月程度は新鮮な水を多く与える
「バラの挿し木後1ヶ月に "過湿" なし」
- 厳寒期は、挿し木後の「保温」にも配慮
- 「F芽接ぎ」は「デービッド接ぎ」でも可能かも
- 「T芽接ぎ」は作業時期の選択が重要。福岡では10月中旬頃がベストか? 穂木は「開花枝」を使う
まず、どの方法でやるか決めなければなりませんが、方法の選択で重要なのは「時期」でしょう。もう一度デービッドさんのリストを引用すれば;
- Good bud wood to start with.
- Good potting compost
- Good rootstock and the right size of pot.
- A good fertilizer
- Watering at the right time also with a bit of warmth.
この3つの要件は「時期」に関係するので、自分の栽培環境(時期)に合わせて作業方法を考慮する必要があります。例えば「緑枝挿し」にする穂木(シュート)が未熟と思えたら、ムリをせず「秋挿し」を選択すべきですね。でも、秋挿し台木は緑枝挿しに較べて(翌年2月の接ぎ木の時点で)根量が少ないことも考慮しなければなりません。
挿し木も接ぎ木も、成功するために重要なポイントは穂木や台木の「充実度」です。
3-2 Good rootstock と 2(多)年生 長尺台木
台木の「充実度」を優先するなら、長尺枝を挿し木後に1年以上養生して、それにF芽接ぎをする(リストの"7")のがより成功率が高まると思います。私の今年の結果から見ても、鉢植えや地植えのノイバラ長尺台木に芽接ぎしたものが比較的良い結果(7本中6本成功)になっています。
できるだけ手間をかけない=手抜きをするというのが私の流儀で、「秋挿し」も「芽接ぎ挿し」もそれがベースです。でもこのような「流儀」はそろそろ止めるべきで、手抜きをすれば失敗が増え、結果的に手間が増えます(笑)。
結果を性急に求めないで、名人・石井強さんのように数年の時間をかけて長尺台木を作ることも考慮すべきなのかも。北九州市グリーンパークバラ園のバックヤードで小林先生の長尺台木が多数養生されていますが、これも時間をかけて育ててあるようです。
ただし挿し木する長尺枝は若い枝がこのましく、太くて長くても古い枝は挿し穂には向きません*。接ぎ木でも穂木を採るための母木は若い株が適しているそうで、プロは頻繁に母木を更新してあるようです。
*参照:岐阜大学 応用生物科学部 園芸学研究室 福井博一教授:「挿し木の基本」
3-3 Good bud wood
もうひとつの考慮すべき項目 "good bud wood = 充実した穂木" のつくり方については、2014年11月の「穂木と台木の充実度がポイント バラの接ぎ木」で触れています。それ以上特に書くことはありません。私のこれまでの方法は、たくさん植えている品種の中から適切であると思える穂木を作業する日に切るというものでした。でも予定していた品種が接ぎ木作業日には芽が動き過ぎていたり、逆に貧弱だったりして、なかなか思うようにはなりません。
特に、スタンダード仕立てにしたいものはウイーピングなど枝が細い品種を選ぶことが多いのですが、これの穂木の採取とその芽接ぎは、芽が小さくて意外に難しいというのが実感です。1〜2月に予定しているF芽接ぎの場合は;
- 早めに品種を決め、夏剪定をしない
- 陽当たりを確保し病害虫防除や施肥に配慮して、できるだけストレスフリーで栽培する
- 充実した(締まった)枝になるように、肥料は窒素を控えめにしてリン酸を多めに
- 接ぎ木作業の日取りは、穂木の芽の状態できめる
- 良く切れる接ぎ木ナイフを準備
- 「芽」を切り取る手順を変える
このようなことを考えています。
「芽」を切り取る手順を変える
写真下左は、F芽接ぎのために芽を切り取る際のナイフの入れ方です。一刀目で形成層を意識しながら切り下げ、二刀目で芽のある部分を切り離します。これはデービッドさんに教えてもらった方法ですが、どの程度の深さに刃を入れれば適切か、穂木の状態を見極める経験が必要です。慣れないとそれが難しく、芽の原基を傷つけないようにとの気持ちが働いて、つい深くなりがちです。
形成層と木質部の境目(そこに刃を入れる)を知るために、この一刀目と二刀目を逆にして、まず写真右のように一刀目で穂木を斜めに切断。形成層と木質部の境目が見えるので、二刀目でそれを意識しながら芽の部分を切り下げるという方法です。私にはこれのほうがやりやすそうな気がします。
ただし、F芽接ぎの場合は(T芽接ぎとは異なり)切り取った芽の切片の内側に木質部が僅かに残るのは問題ないそうです。芽の切片の形成層と台木の形成層を合わせればいいからです。T芽接ぎの場合は、T字型に切り開いた部分は全面が形成層で、芽の切片の内側も全面が形成層になっている必要があります。プロは芽の内側の余分な木質部を苦もなく取り除くのですが、初心者(私)には簡単そうなそれが意外に難しいです。難しいと思う原因は、穂木の充実度が悪く形成層が薄過ぎるからと思うのですが、でもT芽接ぎの穂木は「開花枝」を使うので、充実度云々は関係ないはず・・?
写真左は、最初は適切な深さに刃が入っていますが、刃が進むに従ってやや浅くなり切断面がささくれ立っているのが見えています。写真右は芽を採る穂木ではなく、説明用に(T芽接ぎ挿しした)台木の写真を使っています。
この写真右の枝は(今から思えば)台木としてはずいぶん未熟でした。これでは形成層と木質部の境目は形成層が薄過ぎてよくわかりません。でも、この手順なら少なくとも「未熟な枝」ということはわかります(笑)。
3-4 Good potting compost and the right size of pot.
培養土やポットについては、「Grafting Roses バラの接ぎ木」の後半で、デービッドさんの方法を紹介しています。
これは一般的な接ぎ木の場合で長尺台木ではありません。長尺枝、特にその挿し木をする場合は、栽培環境に合わせて培養土やポットの工夫が必要でしょうが、私は未だ手探り状態です。
3-5 with a bit of warmth と T芽接ぎの誘惑
もし接ぎ木作業後の「保温」に問題がありそうなら「T芽接ぎ」をする方法が適しているかも。
スタンダード仕立ての話ではありませんが、露地植えの台木に芽接ぎでバラ苗を生産する農家は、10月中旬に芽接ぎをして枝葉を残したまま露地での栽培を続け、翌年2月の芽が動き始める直前に台木の切断と鉢上げをします。11月から1月の3ヶ月間で、接がれた芽はゆっくりと台木と癒合します。この期間は露地で寒いので接いだ芽が発芽することはありません。2月になって台木を切り、鉢上げ(無加温の温室に移動)すれば一斉に芽吹きます。これはとても理にかなった方法ですね。これに関して2014年11月19日の記事:「穂木と台木の充実度がポイント バラの接ぎ木」の中で、「T芽接ぎ(T-budding)の誘惑」として、その方法を紹介(リンク)しています。
たぶんスタンダード仕立ての生産者もこれに類似した方法だろうと思います。「芽接ぎ」であることは販売されているものを見ればわかります。ただし、長尺台木作りや芽接ぎ後の養生期間は一般的なバラ苗よりも時間をかけるのでしょうが。ぶきっちょな私はT芽接ぎがヘタで失敗を繰り返していますが、何度失敗しても、高品質が期待でき作業もおもしろそうなT芽接ぎの誘惑には抗えません。
もちろん、T芽接ぎ以外の方法でも少しだけ保温に配慮すれば可能でしょう。保温は自分の環境に合わせてどのような方法でもいいのだろうと思います。考えてみたら、私の知り合いの栽培者は(プロもアマチュアも)全員がビニールハウスかそれに類似した小型の施設を使っています。私は「デービッド接ぎ」がメインで、台木の枝葉を残すそれは厳寒期の屋外の寒さにも負けないので、その感覚で長尺台木も露地に置いたままでした。特に、弱い「長尺枝の芽接ぎ挿し」はそれではムリで、かわいそうなことをしました(手だてが無かったわけでもないので、自分の慢心を反省)。
3-6 「芽接ぎ挿し」は合理的な方法なのか?
芽接ぎと挿し木を同時にする「芽接ぎ挿し」は、前述のように「できるだけ手間をかけない=手抜きをする」ということからの発想ですが、蒸散の役割と頂芽優勢を考えれば、スタンダード仕立てのつくり方としては合理的な方法ではないかもしれません。
「10月に長尺枝を挿して、発根後の2月に芽接ぎする」というこれまでの方法に戻るべきかもと思います。それは「9割成功してもあたりまえ」な方法ですが、でも「あたりまえ」じゃおもしろくないのです。
大言壮語していますが、ここでは「9割成功する可能性がある」とトーンダウンしておきましょう(笑)。過去の成功事例は「ビギナーズラック」だったのでしょう。
ともあれ、どの方法でも失敗すればおもしろくないので、時間はかかっても成功する可能性が高い方法を選ぶなら、上記リストの #7かな。挿し木、T芽接ぎ、発芽の各ステージが季節に合っていて、発根と発芽が同時に重なる「F芽接ぎ挿し」のようなムリがありません。
バラ仲間のミドリさんに「スタンダード仕立てのつくり方を教えて」と頼まれています。「教える」などおこがましいのですが、ローゼスペコさんのその後も気になります。今はひとつに限定せず、ムリのない範囲で、これらを試してみようかと考えています。とりあえず今(7月上旬)できることは「長尺枝の緑枝挿し」ですね。
挿し木や接ぎ木は、もちろん「蒸散」を意識した方法を試みます。そのテストを兼ねて、今年の栽培品種の緑枝挿し(長尺ではない)は葉を多めに残した挿し穂にしました。その結果生じる過度の「蒸散」(水不足)への対策として、ローゼスペコさんの2014年12月25日のコメントをヒントに、10cm角ロングスリット鉢の底部1cmが常時水に浸かったままの状態で、かつ鉢土には空気も通る(だろう)という簡単なセットを自作して試しています。
これは忙し過ぎて "Watering at the right time" ができない場合の用心でもあります。『忙しかったから』と自分で自分に言訳することほどつまらないものはありません。次は「言訳無用」にしたい。楽しくなければやる意味がありません。
スタンダード余談
バラ苗の生産や市場に詳しい知人の話によれば、現在(2015年春)バラのスタンダード仕立てを生産している農家は、九州には(もう)無いんだそうです。バラ苗の出荷価格を複数の生産者から教えてもらって知っていますが、出荷価格だけを見ると、スタンダード仕立ての生産は利幅が大きいように素人の私には思えます。でも生産から撤退するというのは、技術的問題というよりは、効率(採算性)が悪いんでしょうね(?)
一般の栽培者のスタンダード仕立てへの人気は根強いものがあるように思いますが、他方、バラ苗販売店に置かれているスタンダードはあまり動いていないようで、売れ残って店頭や駐車場の「壁の花」になっているものも多く見受けられます。売れないのは「販売価格」の問題でしょうか、それとも・・。
仕入れ価格が上昇したからか、懇意にしている園芸店から「販売用のスタンダード仕立てを作って」と頼まれています。仰天&爆笑。まぁこれはたんなる「挨拶」なんでしょうが、九州での生産撤退のとんでもない余波が。
それはさておき、このページをここまで読み進んでくれた方は、たぶん「自分でスタンダードを作りたい」と考えてあるのでしょうね。どんなスタンダード仕立てをイメージされますか?
エリック・サティ を聴きながら
私はイメージできないんです(笑)。
私の中ではバラに似合う音楽はサティなんですが、『もしサティの音楽のようなバラ庭があるとしたら、それはどんな佇まいなんだろう。。』と、ぼんやり想像しています。 Erik Satie - Gymnopédie (YouTube)
追記 2016年の スタンダード芽接ぎ挿し
2016年2月20日追記:2月に今シーズンの「スタンダード芽接ぎ挿し」をしました。写真左。3人で計18本を試みています。
その様子を 「The happydays of Roses」の2月11日と13日の記事 で、簡単な紹介をしています。
「芽接ぎ挿し」の方法は基本的に同じですが、2015年の反省から、「底面給水」や「捻枝」などの工夫をしました。「蒸散」のために枝葉を多く残した長尺枝(台木)が欲しかったのですが、秋の強風に煽られて落ち、少ないものになったのが残念です。。
結果はまだわかりませんが、詳細は後日紹介する予定です。