このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙くて誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

2023年5月24日水曜日

バラの開花を20日遅らせる − B 接木による方法

この記事は前ページ:「バラの開花を20日遅らせる − A 剪定日や方法を変える」からの続きです。
ここでは接木によって開花時期を遅らせる方法を考えます。

開花を遅らせる方法

テーマ:5月1日に開花したバラを、5月20日に開花させる方法を考える。
栽培環境と対象とするバラ:福岡市郊外 農業用ビニールハウス 鉢植え ハイブリッドティ

A 剪定日や方法を変える(前のページ)

  1. 到花日数を基準にして、剪定日を2月15日から20日遅い3月7日にする  [Jump]
  2. 剪定から開花までの "日平均気温" を積算し、目標日から逆算して剪定日を決める  [Jump]
  3. 剪定方法を変える(低位置で剪定 鋸目入れ 腹接ぎ ナックルカット)  [Jump]
  4. サイドシュートを活用  [Jump]
  5. 通常日に剪定して伸び始めた新梢をピンチし、そこから出る新芽で開花枝を立てる  [Jump]

B 接木による方法(このページ)

  1. 1ヶ月半遅い2月下旬に "Stepmom接木" をする  [Jump]
  2. 通常の1月上旬に接木し、1回ピンチの後に「1本独鈷」に仕立てる  [Jump]

C 遮光でバラの概日時計を狂わせる


6. 2月末に "Stepmom(代理母)接木" をする

標準の接木時期1月15日に腹接ぎした結果は前述のとおり。もしそれより1ヶ月半遅い2月末に「デービッド接ぎの台木の枝を残さないバージョン」で接木をすればどうなるのか。

写真は標準剪定日の2月15日に接いだ例で、「ユートピア」の成株の枝をそのまま台木に見立てて "Stepmom接木"(台木とは別品種を接ぐ)をした「雪まつり」。20日より5日早く咲いた。

 雪まつり 5月16日

発芽後にピンチはしていない。ステム長は60㎝。

接木位置 5 5 5 蕾下50㎝ 5 5 5 5 3 2 蕾

葉数は多いがステムの伸びは良くない。ピークを2日ほど過ぎて花芯や花弁が緩みやや大きく見えるが、「手児奈」などこれ以外の品種も含め、どの接木枝も母株より大きく咲くことはなく、開花時期もまちまちで、規則性が見えなかった。

「手児奈」などは「雪まつり」よりも早く咲いたので、5月20日に開花させる "Stepmom接木" のタイミングは2月末かも。
しかし、接木で開花日をコントロールするなら、内容がシンプルな「1本独鈷仕立て」(以下)が私には魅力的だ。

7. 接木苗を「1本独鈷」に仕立てる

「1本独鈷(どっこ)」とはステムを1本だけ立てて、それを開花させる仕立て方のこと。「九州ばら研究会」関連の古い記事を読んでいるとたまに目にすることがあるが、これは関西や関東でも行われることなんだろうか? たぶん "九州のへそ曲がり軍団"(唐杉さんのように "ばら狂い" になった、尊敬する先輩の方々)ならではの発想なのでは:p

2023年5月30日追記:これについて、日本ばら会の◯◯様から次のようなコメントをいただきました。

掲載の一本独鈷手法は、少し違いますが、かつて西武ドーム時代武州の「一本切り」という方法で新苗から春に1花だけ咲かせ、芯の高い武州のみで多くの賞を独り占めしたS様という方がおいでました。(秋に接ぎ木した新苗のピンチから1花だけ春に咲かせて出品する方法)過去のばらだより何号かにこの手法が紹介されていたと思います。

なるほど。これは "九州専売" ではなく、そのようなへそ曲がり、いやユニークなお考えで、しかも優れた実績も残された先輩がいらっしゃったんですね。 秋に芽接ぎをされたところが私とは違うし、 "芯の高い武州" という栽培目標があったのも、時期を合わせるというだけの私とはレベルが:p でもこれは一本独鈷をテストするのが楽しみな、嬉しい情報です。ありがとうございます。

新苗を植えて秋には一人前」|福岡バラ会:ローズふくおかアーカイブス 2010 No.21 掲載 というのは、九州バラ研究会・福島康宏先生の栽培方法だが、新苗でも秋には成株に引けを取らない花を咲かせる品種もある。でもさすがに「生後4ヶ月の赤ちゃん苗の1本独鈷で 春に勝負」という事例は、九州バラ研究会関連の記事でも見かけたことがない。

しかし5月20日に咲かせることを優先するなら、私はこの方法が確実かと思う。過去に何度か試したことがあるからだ。

方法はごくシンプルで、接木シーズンの1月上旬に、台木の根を切らずやや大きめのポットに植え込む "デービッド接ぎ" をし、伸び出した新梢の五枚葉5節でピンチ。その後は放任。鉢増しもしない。これで5月20日前後に一番花が咲く。

これが デービッド接ぎ そして1本独鈷

5月22日追記:日本ばら会から2023年の配布苗が届いた。中央がその配布苗の「叶絵(かなえ)」。
2021年度 JRC新品種コンテンスト 四季咲き性大輪系 で「銀賞」を受賞したHT。作出者は 小久保 作治 氏。

デービッド接ぎの株と並べて記念撮影。

 5月22日 撮影

左はデービッドさん(David Austin Roses Co. Affiliate)が2月21日に "デービッド接ぎ" のデモ用に接いだ ERの「ジェームズ・ギャルウェイ」3ヶ月苗。ピンチ2回済み。 右は私が1月中旬にデービッド接ぎした HTの「手児奈」4ヶ月苗・1本独鈷仕立て。これもピンチ2回後で、結蕾している。詳細は下記「手児奈ー1 6号ロングスリット鉢」を参照。

「叶絵」は芽接ぎなので、昨年秋に接がれ、輸送用のポットに鉢上げされたものだろう。『小さい』というのが率直な印象。ステムの長さは40㎝。1年後には立派な株になるのだろうが、これでは「新苗・春花の1本独鈷仕立て」には適さない。しかし、前述のS様の「一本切り」は秋の接木なので、育て方次第では可能なんだな。

2023年5月30日追記:日本ばら会の配布苗が "小さい" のは、これを大苗に育てていく間に、この品種の特性を見るという理由があるのだろう。配布苗は私もむしろ新苗を希望する。

1本独鈷のテスト栽培

「1本独鈷」で咲かせた実例写真がないのが残念だが、以下は今年のテスト株2品種。5月20日に開花させることが目的ではないので、2段目をピンチして3段目を伸ばしている。いずれも5月18日撮影。

1. スーパーディオール (テスト目的:ステムの本数と伸び)

 スーパーディオール 1本独鈷
 比較対象 スーパーディオール 2芽接ぎ

スーパーディオール 1本独鈷 ステム全長:110㎝ 6号ロングスリット鉢 数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。

接木位置 3555555(12㎝)ピンチ3355555555(42㎝)ピンチ3555555555311(51㎝) 蕾

ピンチを2回して、現在3段目が結蕾し小豆サイズ。2段目のステムを見れば、開花枝としての太さ(直径7㎜程度のステムに佳花が咲くとされるが、これの2段目は9㎜)やステムの伸び、葉数・葉序に問題がないことがわかる。やや肥料過多:p

比較対象 スーパーディオール 2芽接ぎ ステム全長 右側:70㎝ 6号ロングスリット鉢

接木位置 555555(15㎝)ピンチ33555(25㎝)ピンチ3555555531(30㎝) 蕾

2芽ある接ぎ穂を使って2本のステムを出したテスト株。左の1本独鈷と比べるとステムの2段目までは同じだが、3段目は勢いが見劣りし、左右の成長程度も同じではない。
1株から2本のステムが出ると、お互いに牽制し距離を置こうとして曲がるようだ。1本独鈷はそれを避ける効果もある。

佳花の条件 花芯を真ん中に

気品のある佳花を咲かせるには、ステムに続けて花芯を垂直するのが重要。支柱をするのが苦手なので、それを毎回痛感させられる:p 2段目を開花枝にするなら、それが垂直に伸びるようピンチ箇所の芽の方向を慎重に選ぶ。バラ自体が持っている "向日性" を活かし、なるべく支柱は使わない。周囲を同じ背丈に取り囲まれると、植物は光を求めて真上方向に競って伸びようとする "共育ち効果" が期待できる。

福岡の春の日照の照度を計測すると、晴天の昼には7万ルクスになり、これはバラの光飽和点とされる4.5万ルクスを遥かに超える。また、これは私の環境に限ったことかもしれないが、常識に反してバラは西日が好きで、それを追いかける "光屈性" |光合成事典 を示す。なので、1本独鈷の密植には光の拡散効果がある白の遮光・遮熱ネット(例:ダイオクールホワイト|ダイオ化成㈱)で直射光を拡散させて柔らかな光にするのも効果的かも。

2. 手児奈 (テスト目的:ポットサイズの影響)

 手児奈ー1 6号ロングスリット鉢
 比較対象 手児奈ー2 4号ロング鉢

手児奈 - 1 1本独鈷 ステム全長:108㎝ 6号ロングスリット鉢 (CSM-180L 3.6㍑|兼弥産業㈱)

接木位置 555555(16㎝)ピンチ33555555(36㎝)ピンチ355555555531(56㎝) 蕾

比較対象 手児奈 - 2 1本独鈷 ステム全長:94㎝ 4号ロング鉢(TEKU VCE14 2.0㍑)

接木位置 55555555(13㎝)ピンチ555555(30㎝)ピンチ55555555533(51㎝) 蕾

この2本はポットサイズが成長に与える影響を確かめるテストも兼ねている。デービッドさんも福島先生も、接木苗を植え込むポットは大きいサイズが良いとのお考え。培養土の量は約2倍。同じ条件で育てるとこのような差が出た。この差をどう見るか。

品種にもよるが、あまり勢いの良いステムにする必要はないかも。『やや小さめのポットの方が、しまりのいい品のある花が咲く』と聞いてリッチェルのバラ鉢10号を使っている。株はやや小ぶりになるようだけど、品のある花が咲くかどうかはよくわからない。 それよりも、もしコンテストに向けて1本独鈷を100鉢作るなら、必要とする培養土の量の差は半端じゃないのが私には問題:p

ともあれ、特別なことは何もしない「ほっとけ」で、5月20日頃に一番花が咲く。

考察:「1本独鈷仕立て」について
メリット
  • 培養土や、施肥・灌水・日照量など、開花に影響しそうな条件の適否の判断がシンプル
  • 同じ品種ならステムの長さが揃い、全株ほぼ一斉に開花する
  • ステムが1本なので垂直に伸ばしやすく、多数の鉢を寄せれば「共育ち」効果も期待できる
  • 小面積でも多くの株を栽培できる。ステム数が増えると開花日が目標に合致する確率が高まる
  • 「メルヘンケーニギン」や「ミスターコジマ」にみられる "三枚葉地獄" が出ない
デメリット
  • 横張り性品種には向かない
  • 若い株では佳花が咲かない品種(手持ちの品種では、あけぼのや衣通姫など)にも向かない
  • 株間が狭く葉が重なり合った状態で、光合成に問題はないか?
  • コンテストに出品するのが目的の栽培には抵抗感がある。特に、1本しかないステムを花首から60㎝で切り出したら、その株は廃棄するしかない。その罪悪感:p

新苗の1本独鈷で  に勝負

直立性の品種なら、ピンチ後に出る芽が真上に伸びるよう気を付けて1本独鈷に仕立てれば、6号ポットで1㎡あたり20本は可能だろう。これならステムが20本立ち上がる地植え株と比べても遜色はない。しかも、その20本がほぼ同時期に同じ高さに揃って開花するシーンを想像すれば楽しくなる。

1本独鈷を1㎡あたり20鉢並べるのは「密植」だろうか? 優れた栽培者の手にかかると地植えの成株は1株あたり30本のステムが立ち上がる。その植栽面積は1㎡程度なのでほぼ同じ密度だ。株元に光は当たらないがそのような生育に不適切な環境では、植物ホルモンのアブシシン酸が発芽を促す植物ホルモン・サイトカイニンの働きを抑制する。それが1本独鈷には必要の無いベーサルシュートの発生を抑える。

「光合成を妨げるかも」というのは、ステムが30本立った地植え株の状態を見れば杞憂なのはすぐわかる。光合成に、強い光はむしろ有害無益。病気が出やすい危険性はあるだろうが、ポットを入れたコンテナを宙吊り式にして株元の空気の流れに配慮すれば、特に問題は無いことが、これらの試験栽培で確認できた。

最大の問題 は「4ヶ月前の1月に接木したばかりの赤ちゃん新苗に、気品のある佳花が咲くのか」ということ。

生意気で 恐れ知らずの新入会員

福岡バラ会に加入して2年ほど経った頃、春のコンテストに1月に接木したばかりの新苗に咲いた花を出品したことがある。

「若い株に咲いた花は品位に欠ける」という審査員の言葉に挑発され、4ヶ月株と成株の花の区別がほんとうにできるものなのか、「審査員を審査する」というじつに生意気な意図を持った出品だった。数部門に出品したがいずれも入賞した。ただし当時は2部(中級者レベル)で、審査は "相対評価" 、ライバルも少なかったし、必ずしも入賞=佳花とは言えない。審査員のみなさんが4ヶ月株の花と気づいたかどうかはわからなかった。

後日、ある審査員にそのことを話したら、『バラにかわいそうなことをしてはいけません』と静かな応えが返ってきた。それ以来、4ヶ月株の花をコンテストに出したことはない。

さらに後日譚。審査員でもある福岡バラ会の小林正子会長(当時)から、『バラを見ると、その栽培者がどのように取り組んできたかがわかる』というお話を聞いて、『えっ。すべてお見通しだったのか』と驚いた。

‥これを私の専門である写真撮影に置き換えてみると、例えば若い写真家たちが何を考えどのように表現に取り組んでいるかは、その作品を見れば手に取るようにわかる。正確に言えば「わかるような気がする」なんだが、それと同じようなことなのかもしれない。 栽培歴50年のその眼力、恐るべし。

「5月20日開花」と限定すると自信はないが、標準的な到花日数の品種なら、特に何をせずともその前後数日の間に開花するのは間違いない。強く印象に残っているのは、三枚葉地獄が出ていない春の「ミスターコジマ」のバランスの整った美しさ。しかし今にして思えば、「ミスターコジマ」がロクロ首にならないことが示すように、4ヶ月株の花は "少し小ぶり" だったような気もする。でも逆に、「ロージークリスタル」の組花を作るとき成株の花とゴチャ混ぜになって、どれが4ヶ月株の花なのかまったく区別がつかなかったことも覚えている。 これは、「バラを観る眼がなかった」とも言えるけど:p

気品のある佳花 若い命の輝き

ベテラン栽培者は「作り込む」という言い方をされる。どういうことなのか知らないが、その品種がより美しく咲くように、土作りや肥料、剪定に工夫を重ねて、じっくり時間をかけて株を作り変えていくというようなことか。そのような花とは比ぶべくもないかもしれないが、でも手垢にまみれていない若々しい株が咲かせる花の輝きもある。。  懲りていない自分:p


追記:「手古奈」1本独鈷の開花

6月4日に「手児奈ー1 6号ロングスリット鉢」が開花した。

上左の赤ラインが花首から50cmの位置。葉と比較すればわかるように、花はやや小ぶりだ。気品があるかどうかは自分ではよくわからないけど、残念ながら感動するような花ではなかった。


ここまでのまとめ

「気品のある佳花を咲かせる」という前提で、開花を私の環境での標準より20日遅い5月20日にする方法は二つ。
比較対象(標準)は2月中旬に剪定し、5月1日に開花させる。

  • 本命  新梢五枚葉5節ピンチ 2月中旬に剪定し、伸びてきた新芽の五枚葉5節でピンチ
  • 対抗  新苗1本独鈷仕立て  1月中旬に接木し、伸びてきた新芽の五枚葉5節でピンチ
  • 穴   バラの生理を狂わせる 遮光・遮熱で、バラの概日時計を "20日遅れ" にする(次ページで考察)

ピンチする時期 という問題はあるが、「5月20日の開花」を実現できる可能性はあるだろう。だが時期はなんとか合ったとしても、どちらの方法でも少し小さく力の弱い "一・五番花" になりそうな気がする。これを避け正真正銘の "一番花" を咲かせるには、5月20日頃に春のバラが見頃になる北陸や北関東と同じ環境に置けばいいと思うのだが、どうすれば福岡でそのようなことが可能だろうか。

開花時期を左右する要素は幾つかあるが、中でも重要な「気温」のコントロールは、私の環境では設備の面から難しい。でもそこで諦めてしまっては面白くないので別の方法はないか、次ページ:「バラの開花を20日遅らせる − C」では、バラの概日時計のカレンダー機能を狂わせて、開花に関わる遺伝子群に "時期を誤判断させる" という怪しげな考察を続ける。


前ページ:「バラの開花を20日遅らせる − A 剪定日や方法を変える」に戻る

次ページ:「花成ホルモン・フロリゲンは朝夕二度作られる」に続く

バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」に続く

2023年5月19日金曜日

バラの開花を20日遅らせる − A 剪定日や方法を変える

この記事は前ページ:「早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」の続編です。
ここではバラの開花時期を実際の栽培状況に合わせて考えてみます。

2月15日に剪定した私の2023年春のバラの主な品種(極端な早咲き・遅咲きの品種は除く)は、5月1日に開花しました。品種を平均したら到花日数は75日です。実際には剪定も開花も数日の幅があったのですが、ここではその中心日を "標準" とし、「それよりも20日遅い5月20日に開花させるにはどうすればいいか」を考察します。

もちろん、ただ咲けばいいということではなく、花の品格やステムの伸び、葉とのバランスなど、佳花を咲かせることが条件です。方法のA.とB.は経験済みのことを見直し、C.は可能性があるのかを検討します。目的に合うと思われる方法は、来春に実証試験をする予定です。

開花を遅らせる方法

テーマ:5月1日に開花したバラを、5月20日に開花させる方法を考える。
私の栽培環境と対象とするバラ:福岡市郊外 農業用ビニールハウス 鉢植え ハイブリッドティ

A 剪定日や方法を変える(このページ)

  1. 到花日数を基準にして、剪定日を2月15日から20日遅い3月7日にする  [Jump]
  2. 剪定から開花までの "日平均気温" を積算し、目標日から逆算して剪定日を決める  [Jump]
  3. 剪定方法を変える(低位置で剪定 鋸目入れ 腹接ぎ ナックルカット)  [Jump]
  4. サイドシュートを活用  [Jump]
  5. 通常日に剪定して伸び始めた新梢をピンチし、そこから出る新芽で開花枝を立てる  [Jump]

B 接木による方法(次のページ)

  1. 1ヶ月半遅い2月下旬に "Stepmom接木" をする  [Jump]
  2. 通常の1月上旬に接木し、1回ピンチの後に「1本独鈷」に仕立てる  [Jump]

C 遮光でバラの概日時計を狂わせる


1. 到花日数を基準にする

標準株の到花日数は75日だったので、剪定を開花目標日の5月20日より75日前の3月7日(標準より20日遅れ)にする。
しかし、これが有効ではないことはすぐにわかる。まず間違いなく5月20日より何日も前の5月第1週後半には開花する。
その理由;

  1. 剪定後の気温が同じではない。
  2. POINT バラの春一番花は、他家受粉をするために同じ品種は時期を揃えて一斉に開花しようとする形質があり、品種ごとにあらかじめ定められた開花スケジュールを含んだ "MADSボックス遺伝子" を持っている。
    ゆえに、栽培者が意図的に遅らせようとしても、バラはできるだけ標準に近い日に開花しようとする。剪定を遅らせると開花までの期間が短くなるので、それだけ小さいまま開花する。

2. 日平均気温の積算温度を基準にする

これは1. とほぼ同じ内容で、剪定日から開花日までの気温(日平均気温の積算温度)を考慮した "進化型"。各地の日平均気温のデータは気象庁の「過去の気象データ検索」で調べることができる。

福岡の2023年2月16日から5月1日までの日平均気温の積算温度は 1060.2 。これを(平年値で)5月20日から逆算すると、3月16日に剪定した場合と同じになる。これは標準剪定日より1ヶ月後。

標準より1ヶ月遅く剪定したテスト結果が、宇部ばら会さんのブログに掲載してある。2022年06月06日:春の花の開花時期調整の結果|ubebarakaiのblog

これによると、『一か月遅らせて剪定した株は約一週間遅れて最盛期を迎えました』とのこと。これに続く部分を引用させてもらいます。(傍線:そら)

従来春の花は剪定により開花時期の調整はできないといわれてきましたが、実際には多少の調整はできることが確認できました。 但し、すべての花がそうではありませんが、全体的な出来としては2月中旬に剪定した株の方が花のレベルは高くなりました。 この結果はある程度予想はしていました。剪定前に伸びだした芽に勢力を使った株が、剪定後に改めて芽を伸ばすには息切れしたといえるようです。

なるほど。宇部ばら会ブログの筆者は日本ばら会のコンテストで一等賞を受賞された経験豊かな優れた栽培者なので、その眼に狂いはないだろう。このご指摘は私の栽培実感からしても納得できる。

3. 小さな芽(潜芽)を目覚めさせる

低い位置で剪定 または ナックルカット

通常の剪定よりも低い位置にあるまだ眠っている小さな芽を選べば芽吹きや開花は遅くなるだろうと考え、過去に何度か試したことはある。開花は数日程度は遅くはなるものの、さほどの大きな差はない。

通常の剪定よりも少し遅めにナックルカットをして出芽を遅らせる方法も考えられるが、開花時期は同じようなものだろう。1ヶ月遅くカットすると(剪定と同じで)開花時期は1週間遅れで、花のレベルは低くなる、たぶん。

 ナックルカットと発芽

鋸目を入れる

低い位置にある動かしたい芽(潜芽)の上側7㎜程の位置に鋸目を入れて、維管束の流れを変えるとともにオーキシンの濃度を高めて発芽を促す方法も上と同様で、発芽は遅れるものの、開花時期を合わせるためにか、その後の成長が早く、結果的にさほどの遅れは出ない。

腹接ぎをする

接木することでバラの生育リズムを変える。具体的な方法;

  1. 穂木は1月に採穂し冷蔵保存
  2. 台木は通常のノイバラ台木ではなく、成株の枝をそのまま利用する
  3. 接木する時期は剪定日と同じ2月15日(通常の接木より1ヶ月遅れ)
  4. 枝の低い位置に腹接ぎ(=デービッド接ぎの枝残しバージョン)をする

結果は上二つと同様。標準とほぼ同時期かわずかに遅れて、ややステムが短く小ぶりな花が咲く。ただしこれは「鋸目入れ」とは異なり、面白い副次的な効果 をもたらす。それは、腹接ぎした位置よりさらに低い位置の同じ側から、80%以上の高確率でシュートが出る。そのシュートは接ぎ穂よりも低位置にあるから養分を優先し、接ぎ穂から出た新芽よりも早くたくましく成長する。結果、標準とほぼ同じ時期に開花する。接ぎ穂から出た新芽は勢いを失って貧弱なステムになる。

考察

これらの事例から、春の花成時期に関するMADSボックス遺伝子の働きはかなり強力 と思える。このいずれの方法でも、春のバラは 開花時期を揃える ために、スタートが遅れた分だけ小さいまま咲く。これでは今回の目的にそぐわない。

参照:MADSボックス遺伝子について

MADSボックス|Wikipedia から一部を引用(傍線:そら)

MADSボックス遺伝子の中には、花の発生においてホメオティック遺伝子と類似の働きを果たすものがある。AGAMOUSDEFICIENS といった遺伝子がその例で、花発生のABCモデルにおいて花器官のアイデンティティの決定に関わっている。

花成の時期の決定にもMADSボックス遺伝子が関わっている。シロイヌナズナでは、MADSボックス遺伝子の SOC1Flowering Locus C (FLC ) が花成における主要な分子経路を統合するのに重要な役割を果たしていることが示された。こういった遺伝子は 正しいタイミングで花を咲かせるのに必須の役割を果たし、繁殖において最も成功が見込める時に確実に受精が起こるような仕組みを実現 している。

4. サイドシュートを活用

剪定の時期に枝の低い位置から出るサイドシュートは、ピンチしなくても標準より遅れて5月20日頃に開花するものがある。これらがなぜ遅れて咲くのか理由がわからない。発生数は少ないが、以下はその実例で、品種は「あけぼの』の2年生株。

左の「あけぼの・唐杉株」は唐杉さんからいただいた大苗を今年2月に鉢上げ。右の「あけぼの・福島株」は5年ほど前に福島先生からいただいた穂木がルーツ。

 あけぼの・唐杉株 5月10日
ステムが4本見えるが実際は3本。右がサイドシュート
 あけぼの・福島株 5月10日
ベーサルかと見えるほど低い位置から出たサイドシュート

左 あけぼの・唐杉株 ステム長 78㎝ 数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。出芽位置から蕾までの葉序。

出芽位置 0 5 5 蕾から下50㎝ 4.5 3 3 3 1 蕾

これは伸ばさないほうが良かったかもしれない弱いサイドシュート。出芽位置から最初の葉までの間隔が長過ぎ、蕾の下から50㎝までに五枚葉が無い。

右 あけぼの・福島株 ステム長 82㎝ 7株ある「あけぼの2年生株」のうち、このような強いシュートが出たのはこの株のみ。

出芽位置 3 5 5 5 蕾から下50㎝ 5 5 5 3 3 蕾

5月20日追記:パンクしたあけぼの

5月18日にはまだ小さく感じたサイドシュートの「あけぼの」。19日は終日雨で気温も低くハウスに行かずじまい。20日朝には無残にパンクしていた。足の速さ(開花のテンポ)が5月1日頃とはまるで違う。それにしても、出自がまるで違うサイドシュート2本がピタリと同じ日に開花するなんて、単なる偶然なのか?

 あけぼの・唐杉株 5月20日
 あけぼの・福島株 5月20日
考察

今春の「あけぼの」は肥料が効き過ぎて葉が大きく節間が間延びしているが、それはいずれ解決できると思う。花の気品も今は問わないでおこう:p 問題は、ベーサルシュートやサイドシュートの発生が 株任せ ということ。サイドシュートの発生を促す「捻枝」をするには枝が太すぎる。あるいは発芽を促す植物ホルモン・サイトカイニンと類似の機能を持つ「ビーエー液剤」を使う(参照:2021年8月:「ビーエー液剤の効果」)という裏技もあるかもしれないが、それでは確実性に乏しいし、シュートが出ても標準と同時期に咲きそうな気がする。試してみなければわからないけれど、「5月20日に開花させる」という目標からすれば、これを確かな方法にするには経験が足りない。

5. 新梢をピンチして、新しいステムを伸ばす

上掲の宇部ばら会さんのブログ記事には、通常通り2月中旬に剪定して伸びだした芽をピンチした株のレポートもある。それによれば、6月2日に「手児奈」が最盛期を迎え、「ファーストレディ」はまだ固い蕾とのこと。もちろんこれは栽培者の環境や栽培方法に影響されることだろうから、自分の場合はどうなのかをテストする必要がある。

私のところでもたまたま現在進行中の株がある。前のページ「早すぎる結蕾」で触れた成株の6本。
"たまたま" というのは、はなから5月20日の開花を予定してピンチしたのではなく、結蕾が早すぎたのでやむなくピンチしたら、たまたま5月20日前後に開花しそうだということ:p 

あけぼの

 あけぼの 1 2  5月10日
 あけぼの 3 4  5月10日

「あけぼの」はステムが曲がりやすいので、その対策として「吊り支柱」のテスト中。遮光のテストも同時進行で、晴天の日にはこの部分は遮光率50%のネットを2枚掛け(1枚はハウスの蒲鉾屋根全面に展開)状態で、合計の遮光率は75%になる。どんな発色をするだろうか。

残念ながら、ピンチしたこれらのステムは良い状態とは言えない。問題は「葉序」とその間隔。赤ラインがピンチした位置。「ステム長」はピンチ箇所から蕾の下まで。数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。コンテスト規定の「ステムの長さは蕾の下から50㎝以内」に従えば、どのような葉序になったかを表示している。5月10日の状況。

あけぼの−1 ステム長 107㎝

剪定位置 2 4 5 5 5 ピンチ 1 2 3 3 蕾から下50㎝ 3 5 5 4 3 2 蕾

蕾の下から50㎝までに五枚葉が2節しかない。

あけぼの−2 ステム長 95㎝

剪定位置 3 5 5 5 5 ピンチ 3 3 3 5 蕾から下50㎝ 5 5 5 3 2 1 蕾

あけぼの−3 ステム長 94㎝

剪定位置 3 5 5 5 5 ピンチ 3 3 3 5 蕾から下50㎝ 5 5 5 3 3 1 蕾

あけぼの−2と−3は、蕾の下から50㎝の範囲に五枚葉が3節はあるものの、上部の葉がやたらと大きく節間も間延びして極めてバランスが悪い。これはピンチしたこととは直接の関係はなく、肥培管理が不適切なのが原因だろう。

あけぼの−4 ステム長 86㎝

剪定位置 3 5 5 5 5 5 ピンチ 蕾から下50㎝ 3 3 3 5 5 3 2 1 蕾

これも、蕾の下から50㎝までに五枚葉が2節しかない。これはピンチする位置(=時期)しだいで、五枚葉が3節展開しない場合があるという悪い見本になった。:p 

 あけぼの−4 5月16日
 あけぼの−3 5月18日

あけぼの−4は、ハウスを2日間留守にした間にピークを過ぎていた。目標日より5日早い。おまけに水切れで萎れてしまった。遮光率50%X50%2枚掛けの結果は赤が焼けず黄も乗っているのでとりあえず納得なんだが、萎れさせてしまったので、花の評価はできない。

あけぼの−3も18日朝には予想外のパンク状態。前日の高気温のせいか一気に開花が進み、この時期に咲く花は足が速いことを思い知らされた。遮光もやり過ぎで、赤の発色が良くない。黄の発色は光量にはさほど影響されないように思えるが、赤とのバランスやグラデーションが綺麗ではない。色のポイントは、次に掲載する唐杉さんの「あけぼの二花」のように、赤と黄の中間にある "白" の存在。右の私の花は日に当てすぎて赤が強すぎる。どのように色を乗せるかは栽培者しだいなんだろう。この辺りが「あけぼの」の面白いところ。

あけぼの 雑感

今春の「あけぼの」は鉢植えでの "一発元肥方式" をテスト中。「あけぼの」は多肥を嫌う品種だが、鉢栽培の場合は「初期に肥料を効かせ、その後は肥料分を抜く」という方法を福岡バラ会の小林正子前会長に教えていただいたのだが、その勘どころがまだ掴めていない。ちなみに 小林前会長は「あけぼの」で日本ばら会長杯を受賞 されている。

福岡バラ会の先輩・唐杉純夫さんのサイトにも「あけぼの」が紹介されている。

ばらの品種について ー1」|唐杉純夫 ばらつくりのよろこび から一部引用

あけぼのは自然の摂理に基づいてどのようにでも芸をする。これがわがばら狂いの源泉である。(snip)
あけぼのの品種特性は特長より欠点が多いことを知らなければならない。まず、花首がすぐに曲がってしまうこと。わがハウスのあけぼのは比較的曲がり首が少なく、仲間からうらやましがられている。

ステム1と2が唐杉さんのところから "輿入れ" してきた「あけぼの」の2年生株。たしかにステムがスッと伸びて曲がりが少ないが、不思議なことにベーサルシュートは無く、サイドシュートが高い位置から2本出ている。その1本をピンチし、遅れて出たやや弱い1本はそのままでピンチしていない。ずんぐりした私の2年生株(標準日までに咲き終えてしまった)と比べると、別品種かと思うほど株姿が異なる。私の「あけぼの」のルーツは福島先生。これは接木後3〜4年を経過して初めてまともな花が咲き始めた。

誰が育ててもコンテストに通用する品種もあるが、「あけぼの」はそうはいかない。だから面白いし、奥が深そう。

 唐杉純夫 2005年
 そら 2020年
 そら 2022年11月
 そら 2023年5月5日

『あけぼのは自然の摂理に基づいてどのようにでも芸をする』

唐杉さんのこの言葉に唆されて、私も先輩のように "ばら狂い" の途を行くことになるのか:p

コルデス パーフェクタ

 5月10日
 5月18日

コルデス パーフェクタ - 1 ステム長 52㎝

剪定位置 2 5 5 5 5 5 5 5 5 ピンチ 1 1 3 3 1 4/29 開花

高い位置(五枚葉8節残し)でピンチすると、その上は五枚葉が展開することなく、短いステムのまま通常剪定の株と同じ時期4月29日に開花した。ピンチした日を記録していないが、五枚葉が8節あることから、かなり遅めのピンチだったのだろう。

この品種は直立性で照り葉。うどんこ病に耐性もあり、これを交配の種子親にと期待して受粉させた。袋がけは既に外している。顎が上がり始めているので、うまくいくかも。

コルデス パーフェクタ - 2 ステム長 93㎝

剪定位置 3 3 5 5 5 5 5 ピンチ 3 3 蕾下50㎝ 3 5 5 5 5 5 5 3 3 蕾

「コルデス パーフェクタ - 2」は節間が間延びすることもなく、花首の下50㎝の間に五枚葉が6節もある。無駄な小葉も無くバランスは良い。この花も「あけぼの - 4」と同じように5月18日朝にはパンクしていた。花は「あけぼの」に似ているが、色のグラデーションの滑らかさは「あけぼの」が優っているように思う。

参照:コルデス パーフェクタ

この品種について、「ローズふくおか」のアーカイブスに唐杉さんのエッセイがある。
コルデス パーフェクタ」|福岡バラ会: ローズふくおか アーカイブス 1993年 No.7 掲載

考察

この6例のうち「コルデス パーフェクタ - 1」を除く5本は5月15日から17日の間にすべて開花した。糸目の開き具合から、開花は20日か、あるいは数日遅れると思っていたので、その足の速さに少し驚いた。これらは開花日を意図してのピンチではなく "たまたま" の結果だし、「あけぼの」は "クセ" のある品種なのでなんとも評価しかねるが、5月20日に開花させるために、「2月15日に剪定して、伸びてきた新芽の五枚葉3〜5節でピンチする」という方法は試す価値がありそうだ。

たぶん、この方法が 現実的な選択肢 になるのだろうが、肝心要のピンチした月日を記録していない:p 「結蕾が早すぎる」と思ったからピンチしたので、そんなに早くピンチしたのではないことは確かだが、ピンチする時期の判断は来年の課題。

気になるのは花の品質。私はこれまであまり二番花を咲かせなかったのでよくわからないけど、花が内包している生命力の輝きが、二番花では一番花を超えることはないように思える。このようにピンチして咲かせると、その中間の "一・五番花" になりそうな気がする。今回は迂闊にも「見頃」を逃したので、その評価ができない。

ピンチをするとバラは「シュート頂メリステム」(茎頂分裂組織)を失う。MADSボックス遺伝子がこれを再生する間にもシュート自体は伸びるので、ピンチ位置から上20㎝ほどは間延びした状態になるが、これは致し方ない。

留意すべきはコルデス パーフェクタ - 1の事例。五枚葉8節残しでピンチすると、再生したシュート頂メリステムは五枚葉を作らないまま花成に移行する。どのような作用機作かわからないが、結果から見れば、バラの概日時計のカレンダー機能が、『既に結蕾すべき時期だ。五枚葉を作る余裕はない』と判断する回路を持っているかのようだ。予想を超える開花の速さも、標準の開花期から遅れていることへの反応なのかもしれない。

生物にとって最優先なのは子孫を残すこと。植物は「繁殖において最も成功が見込める時に確実に受精(他家受粉)が起こるような仕組み」(上記 Wiki より引用)を持っている。新梢をピンチされるのはバラにとってはとんでもない大事故。それによって「開花すべき時期に遅れそう」と判断したら、バラは 生き急ぐ

もしそうだとしたら、どうすれば一番花に遜色ないレベルで咲かせることができるか、これは、"栽培者の腕の見せどころ" で対応できるのだろうか。相手はバラの遺伝子、しかも最も奥深い、生命の根源部分をコントロールする遺伝子だ。


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