この記事は前ページ:「早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」の続編です。
ここではバラの開花時期を実際の栽培状況に合わせて考えてみます。
2月15日に剪定した私の2023年春のバラの主な品種(極端な早咲き・遅咲きの品種は除く)は、5月1日に開花しました。品種を平均したら到花日数は75日です。実際には剪定も開花も数日の幅があったのですが、ここではその中心日を "標準" とし、「それよりも20日遅い5月20日に開花させるにはどうすればいいか」を考察します。
もちろん、ただ咲けばいいということではなく、花の品格やステムの伸び、葉とのバランスなど、佳花を咲かせることが条件です。方法のA.とB.は経験済みのことを見直し、C.は可能性があるのかを検討します。目的に合うと思われる方法は、来春に実証試験をする予定です。
開花を遅らせる方法
テーマ:5月1日に開花したバラを、5月20日に開花させる方法を考える。
私の栽培環境と対象とするバラ:福岡市郊外 農業用ビニールハウス 鉢植え ハイブリッドティ
A 剪定日や方法を変える(このページ)
- 到花日数を基準にして、剪定日を2月15日から20日遅い3月7日にする [Jump]
- 剪定から開花までの "日平均気温" を積算し、目標日から逆算して剪定日を決める [Jump]
- 剪定方法を変える(低位置で剪定 鋸目入れ 腹接ぎ ナックルカット) [Jump]
- サイドシュートを活用 [Jump]
- 通常日に剪定して伸び始めた新梢をピンチし、そこから出る新芽で開花枝を立てる [Jump]
B 接木による方法(次のページ)
C 遮光でバラの概日時計を狂わせる
1. 到花日数を基準にする
標準株の到花日数は75日だったので、剪定を開花目標日の5月20日より75日前の3月7日(標準より20日遅れ)にする。
しかし、これが有効ではないことはすぐにわかる。まず間違いなく5月20日より何日も前の5月第1週後半には開花する。
その理由;
- 剪定後の気温が同じではない。
- POINT バラの春一番花は、他家受粉をするために同じ品種は時期を揃えて一斉に開花しようとする形質があり、品種ごとにあらかじめ定められた開花スケジュールを含んだ "MADSボックス遺伝子" を持っている。
ゆえに、栽培者が意図的に遅らせようとしても、バラはできるだけ標準に近い日に開花しようとする。剪定を遅らせると開花までの期間が短くなるので、それだけ小さいまま開花する。
2. 日平均気温の積算温度を基準にする
これは1. とほぼ同じ内容で、剪定日から開花日までの気温(日平均気温の積算温度)を考慮した "進化型"。各地の日平均気温のデータは気象庁の「過去の気象データ検索」で調べることができる。
福岡の2023年2月16日から5月1日までの日平均気温の積算温度は 1060.2 。これを(平年値で)5月20日から逆算すると、3月16日に剪定した場合と同じになる。これは標準剪定日より1ヶ月後。
標準より1ヶ月遅く剪定したテスト結果が、宇部ばら会さんのブログに掲載してある。2022年06月06日:春の花の開花時期調整の結果|ubebarakaiのblog
これによると、『一か月遅らせて剪定した株は約一週間遅れて最盛期を迎えました』とのこと。これに続く部分を引用させてもらいます。(傍線:そら)
従来春の花は剪定により開花時期の調整はできないといわれてきましたが、実際には多少の調整はできることが確認できました。 但し、すべての花がそうではありませんが、全体的な出来としては2月中旬に剪定した株の方が花のレベルは高くなりました。 この結果はある程度予想はしていました。剪定前に伸びだした芽に勢力を使った株が、剪定後に改めて芽を伸ばすには息切れしたといえるようです。
なるほど。宇部ばら会ブログの筆者は日本ばら会のコンテストで一等賞を受賞された経験豊かな優れた栽培者なので、その眼に狂いはないだろう。このご指摘は私の栽培実感からしても納得できる。
3. 小さな芽(潜芽)を目覚めさせる
低い位置で剪定 または ナックルカット
通常の剪定よりも低い位置にあるまだ眠っている小さな芽を選べば芽吹きや開花は遅くなるだろうと考え、過去に何度か試したことはある。開花は数日程度は遅くはなるものの、さほどの大きな差はない。
通常の剪定よりも少し遅めにナックルカットをして出芽を遅らせる方法も考えられるが、開花時期は同じようなものだろう。1ヶ月遅くカットすると(剪定と同じで)開花時期は1週間遅れで、花のレベルは低くなる、たぶん。
鋸目を入れる
低い位置にある動かしたい芽(潜芽)の上側7㎜程の位置に鋸目を入れて、維管束の流れを変えるとともにオーキシンの濃度を高めて発芽を促す方法も上と同様で、発芽は遅れるものの、開花時期を合わせるためにか、その後の成長が早く、結果的にさほどの遅れは出ない。
腹接ぎをする
接木することでバラの生育リズムを変える。具体的な方法;
- 穂木は1月に採穂し冷蔵保存
- 台木は通常のノイバラ台木ではなく、成株の枝をそのまま利用する
- 接木する時期は剪定日と同じ2月15日(通常の接木より1ヶ月遅れ)
- 枝の低い位置に腹接ぎ(=デービッド接ぎの枝残しバージョン)をする
結果は上二つと同様。標準とほぼ同時期かわずかに遅れて、ややステムが短く小ぶりな花が咲く。ただしこれは「鋸目入れ」とは異なり、面白い副次的な効果 をもたらす。それは、腹接ぎした位置よりさらに低い位置の同じ側から、80%以上の高確率でシュートが出る。そのシュートは接ぎ穂よりも低位置にあるから養分を優先し、接ぎ穂から出た新芽よりも早くたくましく成長する。結果、標準とほぼ同じ時期に開花する。接ぎ穂から出た新芽は勢いを失って貧弱なステムになる。
考察
これらの事例から、春の花成時期に関するMADSボックス遺伝子の働きはかなり強力 と思える。このいずれの方法でも、春のバラは 開花時期を揃える ために、スタートが遅れた分だけ小さいまま咲く。これでは今回の目的にそぐわない。
参照:MADSボックス遺伝子について
MADSボックス|Wikipedia から一部を引用(傍線:そら)
MADSボックス遺伝子の中には、花の発生においてホメオティック遺伝子と類似の働きを果たすものがある。AGAMOUS や DEFICIENS といった遺伝子がその例で、花発生のABCモデルにおいて花器官のアイデンティティの決定に関わっている。
花成の時期の決定にもMADSボックス遺伝子が関わっている。シロイヌナズナでは、MADSボックス遺伝子の SOC1 と Flowering Locus C (FLC ) が花成における主要な分子経路を統合するのに重要な役割を果たしていることが示された。こういった遺伝子は 正しいタイミングで花を咲かせるのに必須の役割を果たし、繁殖において最も成功が見込める時に確実に受精が起こるような仕組みを実現 している。
4. サイドシュートを活用
剪定の時期に枝の低い位置から出るサイドシュートは、ピンチしなくても標準より遅れて5月20日頃に開花するものがある。これらがなぜ遅れて咲くのか理由がわからない。発生数は少ないが、以下はその実例で、品種は「あけぼの』の2年生株。
左の「あけぼの・唐杉株」は唐杉さんからいただいた大苗を今年2月に鉢上げ。右の「あけぼの・福島株」は5年ほど前に福島先生からいただいた穂木がルーツ。
左 あけぼの・唐杉株 ステム長 78㎝ 数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。出芽位置から蕾までの葉序。
これは伸ばさないほうが良かったかもしれない弱いサイドシュート。出芽位置から最初の葉までの間隔が長過ぎ、蕾の下から50㎝までに五枚葉が無い。
右 あけぼの・福島株 ステム長 82㎝ 7株ある「あけぼの2年生株」のうち、このような強いシュートが出たのはこの株のみ。
5月20日追記:パンクしたあけぼの
5月18日にはまだ小さく感じたサイドシュートの「あけぼの」。19日は終日雨で気温も低くハウスに行かずじまい。20日朝には無残にパンクしていた。足の速さ(開花のテンポ)が5月1日頃とはまるで違う。それにしても、出自がまるで違うサイドシュート2本がピタリと同じ日に開花するなんて、単なる偶然なのか?
考察
今春の「あけぼの」は肥料が効き過ぎて葉が大きく節間が間延びしているが、それはいずれ解決できると思う。花の気品も今は問わないでおこう:p 問題は、ベーサルシュートやサイドシュートの発生が 株任せ ということ。サイドシュートの発生を促す「捻枝」をするには枝が太すぎる。あるいは発芽を促す植物ホルモン・サイトカイニンと類似の機能を持つ「ビーエー液剤」を使う(参照:2021年8月:「ビーエー液剤の効果」)という裏技もあるかもしれないが、それでは確実性に乏しいし、シュートが出ても標準と同時期に咲きそうな気がする。試してみなければわからないけれど、「5月20日に開花させる」という目標からすれば、これを確かな方法にするには経験が足りない。
5. 新梢をピンチして、新しいステムを伸ばす
上掲の宇部ばら会さんのブログ記事には、通常通り2月中旬に剪定して伸びだした芽をピンチした株のレポートもある。それによれば、6月2日に「手児奈」が最盛期を迎え、「ファーストレディ」はまだ固い蕾とのこと。もちろんこれは栽培者の環境や栽培方法に影響されることだろうから、自分の場合はどうなのかをテストする必要がある。
私のところでもたまたま現在進行中の株がある。前のページ「早すぎる結蕾」で触れた成株の6本。
"たまたま" というのは、はなから5月20日の開花を予定してピンチしたのではなく、結蕾が早すぎたのでやむなくピンチしたら、たまたま5月20日前後に開花しそうだということ:p
あけぼの
「あけぼの」はステムが曲がりやすいので、その対策として「吊り支柱」のテスト中。遮光のテストも同時進行で、晴天の日にはこの部分は遮光率50%のネットを2枚掛け(1枚はハウスの蒲鉾屋根全面に展開)状態で、合計の遮光率は75%になる。どんな発色をするだろうか。
残念ながら、ピンチしたこれらのステムは良い状態とは言えない。問題は「葉序」とその間隔。赤ラインがピンチした位置。「ステム長」はピンチ箇所から蕾の下まで。数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。コンテスト規定の「ステムの長さは蕾の下から50㎝以内」に従えば、どのような葉序になったかを表示している。5月10日の状況。
あけぼの−1 ステム長 107㎝
*蕾の下から50㎝までに五枚葉が2節しかない。
あけぼの−2 ステム長 95㎝
あけぼの−3 ステム長 94㎝
*あけぼの−2と−3は、蕾の下から50㎝の範囲に五枚葉が3節はあるものの、上部の葉がやたらと大きく節間も間延びして極めてバランスが悪い。これはピンチしたこととは直接の関係はなく、肥培管理が不適切なのが原因だろう。
あけぼの−4 ステム長 86㎝
*これも、蕾の下から50㎝までに五枚葉が2節しかない。これはピンチする位置(=時期)しだいで、五枚葉が3節展開しない場合があるという悪い見本になった。:p
あけぼの−4は、ハウスを2日間留守にした間にピークを過ぎていた。目標日より5日早い。おまけに水切れで萎れてしまった。遮光率50%X50%2枚掛けの結果は赤が焼けず黄も乗っているのでとりあえず納得なんだが、萎れさせてしまったので、花の評価はできない。
あけぼの−3も18日朝には予想外のパンク状態。前日の高気温のせいか一気に開花が進み、この時期に咲く花は足が速いことを思い知らされた。遮光もやり過ぎで、赤の発色が良くない。黄の発色は光量にはさほど影響されないように思えるが、赤とのバランスやグラデーションが綺麗ではない。色のポイントは、次に掲載する唐杉さんの「あけぼの二花」のように、赤と黄の中間にある "白" の存在。右の私の花は日に当てすぎて赤が強すぎる。どのように色を乗せるかは栽培者しだいなんだろう。この辺りが「あけぼの」の面白いところ。
あけぼの 雑感
今春の「あけぼの」は鉢植えでの "一発元肥方式" をテスト中。「あけぼの」は多肥を嫌う品種だが、鉢栽培の場合は「初期に肥料を効かせ、その後は肥料分を抜く」という方法を福岡バラ会の小林正子前会長に教えていただいたのだが、その勘どころがまだ掴めていない。ちなみに 小林前会長は「あけぼの」で日本ばら会長杯を受賞 されている。
福岡バラ会の先輩・唐杉純夫さんのサイトにも「あけぼの」が紹介されている。
「ばらの品種について ー1」|唐杉純夫 ばらつくりのよろこび から一部引用
あけぼのは自然の摂理に基づいてどのようにでも芸をする。これがわがばら狂いの源泉である。(snip)
あけぼのの品種特性は特長より欠点が多いことを知らなければならない。まず、花首がすぐに曲がってしまうこと。わがハウスのあけぼのは比較的曲がり首が少なく、仲間からうらやましがられている。
ステム1と2が唐杉さんのところから "輿入れ" してきた「あけぼの」の2年生株。たしかにステムがスッと伸びて曲がりが少ないが、不思議なことにベーサルシュートは無く、サイドシュートが高い位置から2本出ている。その1本をピンチし、遅れて出たやや弱い1本はそのままでピンチしていない。ずんぐりした私の2年生株(標準日までに咲き終えてしまった)と比べると、別品種かと思うほど株姿が異なる。私の「あけぼの」のルーツは福島先生。これは接木後3〜4年を経過して初めてまともな花が咲き始めた。
誰が育ててもコンテストに通用する品種もあるが、「あけぼの」はそうはいかない。だから面白いし、奥が深そう。
『あけぼのは自然の摂理に基づいてどのようにでも芸をする』
唐杉さんのこの言葉に唆されて、私も先輩のように "ばら狂い" の途を行くことになるのか:p
コルデス パーフェクタ
コルデス パーフェクタ - 1 ステム長 52㎝
高い位置(五枚葉8節残し)でピンチすると、その上は五枚葉が展開することなく、短いステムのまま通常剪定の株と同じ時期4月29日に開花した。ピンチした日を記録していないが、五枚葉が8節あることから、かなり遅めのピンチだったのだろう。
この品種は直立性で照り葉。うどんこ病に耐性もあり、これを交配の種子親にと期待して受粉させた。袋がけは既に外している。顎が上がり始めているので、うまくいくかも。
コルデス パーフェクタ - 2 ステム長 93㎝
「コルデス パーフェクタ - 2」は節間が間延びすることもなく、花首の下50㎝の間に五枚葉が6節もある。無駄な小葉も無くバランスは良い。この花も「あけぼの - 4」と同じように5月18日朝にはパンクしていた。花は「あけぼの」に似ているが、色のグラデーションの滑らかさは「あけぼの」が優っているように思う。
参照:コルデス パーフェクタ
この品種について、「ローズふくおか」のアーカイブスに唐杉さんのエッセイがある。
「コルデス パーフェクタ」|福岡バラ会: ローズふくおか アーカイブス 1993年 No.7 掲載
考察
この6例のうち「コルデス パーフェクタ - 1」を除く5本は5月15日から17日の間にすべて開花した。糸目の開き具合から、開花は20日か、あるいは数日遅れると思っていたので、その足の速さに少し驚いた。これらは開花日を意図してのピンチではなく "たまたま" の結果だし、「あけぼの」は "クセ" のある品種なのでなんとも評価しかねるが、5月20日に開花させるために、「2月15日に剪定して、伸びてきた新芽の五枚葉3〜5節でピンチする」という方法は試す価値がありそうだ。
たぶん、この方法が 現実的な選択肢 になるのだろうが、肝心要のピンチした月日を記録していない:p 「結蕾が早すぎる」と思ったからピンチしたので、そんなに早くピンチしたのではないことは確かだが、ピンチする時期の判断は来年の課題。
気になるのは花の品質。私はこれまであまり二番花を咲かせなかったのでよくわからないけど、花が内包している生命力の輝きが、二番花では一番花を超えることはないように思える。このようにピンチして咲かせると、その中間の "一・五番花" になりそうな気がする。今回は迂闊にも「見頃」を逃したので、その評価ができない。
ピンチをするとバラは「シュート頂メリステム」(茎頂分裂組織)を失う。MADSボックス遺伝子がこれを再生する間にもシュート自体は伸びるので、ピンチ位置から上20㎝ほどは間延びした状態になるが、これは致し方ない。
留意すべきはコルデス パーフェクタ - 1の事例。五枚葉8節残しでピンチすると、再生したシュート頂メリステムは五枚葉を作らないまま花成に移行する。どのような作用機作かわからないが、結果から見れば、バラの概日時計のカレンダー機能が、『既に結蕾すべき時期だ。五枚葉を作る余裕はない』と判断する回路を持っているかのようだ。予想を超える開花の速さも、標準の開花期から遅れていることへの反応なのかもしれない。
生物にとって最優先なのは子孫を残すこと。植物は「繁殖において最も成功が見込める時に確実に受精(他家受粉)が起こるような仕組み」(上記 Wiki より引用)を持っている。新梢をピンチされるのはバラにとってはとんでもない大事故。それによって「開花すべき時期に遅れそう」と判断したら、バラは 生き急ぐ。
もしそうだとしたら、どうすれば一番花に遜色ないレベルで咲かせることができるか、これは、"栽培者の腕の見せどころ" で対応できるのだろうか。相手はバラの遺伝子、しかも最も奥深い、生命の根源部分をコントロールする遺伝子だ。
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