このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙くて誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

2023年5月24日水曜日

バラの開花を20日遅らせる − B 接木による方法

この記事は前ページ:「バラの開花を20日遅らせる − A 剪定日や方法を変える」からの続きです。
ここでは接木によって開花時期を遅らせる方法を考えます。

開花を遅らせる方法

テーマ:5月1日に開花したバラを、5月20日に開花させる方法を考える。
栽培環境と対象とするバラ:福岡市郊外 農業用ビニールハウス 鉢植え ハイブリッドティ

A 剪定日や方法を変える(前のページ)

  1. 到花日数を基準にして、剪定日を2月15日から20日遅い3月7日にする  [Jump]
  2. 剪定から開花までの "日平均気温" を積算し、目標日から逆算して剪定日を決める  [Jump]
  3. 剪定方法を変える(低位置で剪定 鋸目入れ 腹接ぎ ナックルカット)  [Jump]
  4. サイドシュートを活用  [Jump]
  5. 通常日に剪定して伸び始めた新梢をピンチし、そこから出る新芽で開花枝を立てる  [Jump]

B 接木による方法(このページ)

  1. 1ヶ月半遅い2月下旬に "Stepmom接木" をする  [Jump]
  2. 通常の1月上旬に接木し、1回ピンチの後に「1本独鈷」に仕立てる  [Jump]

C 遮光でバラの概日時計を狂わせる


6. 2月末に "Stepmom(代理母)接木" をする

標準の接木時期1月15日に腹接ぎした結果は前述のとおり。もしそれより1ヶ月半遅い2月末に「デービッド接ぎの台木の枝を残さないバージョン」で接木をすればどうなるのか。

写真は標準剪定日の2月15日に接いだ例で、「ユートピア」の成株の枝をそのまま台木に見立てて "Stepmom接木"(台木とは別品種を接ぐ)をした「雪まつり」。20日より5日早く咲いた。

 雪まつり 5月16日

発芽後にピンチはしていない。ステム長は60㎝。

接木位置 5 5 5 蕾下50㎝ 5 5 5 5 3 2 蕾

葉数は多いがステムの伸びは良くない。ピークを2日ほど過ぎて花芯や花弁が緩みやや大きく見えるが、「手児奈」などこれ以外の品種も含め、どの接木枝も母株より大きく咲くことはなく、開花時期もまちまちで、規則性が見えなかった。

「手児奈」などは「雪まつり」よりも早く咲いたので、5月20日に開花させる "Stepmom接木" のタイミングは2月末かも。
しかし、接木で開花日をコントロールするなら、内容がシンプルな「1本独鈷仕立て」(以下)が私には魅力的だ。

7. 接木苗を「1本独鈷」に仕立てる

「1本独鈷(どっこ)」とはステムを1本だけ立てて、それを開花させる仕立て方のこと。「九州ばら研究会」関連の古い記事を読んでいるとたまに目にすることがあるが、これは関西や関東でも行われることなんだろうか? たぶん "九州のへそ曲がり軍団"(唐杉さんのように "ばら狂い" になった、尊敬する先輩の方々)ならではの発想なのでは:p

2023年5月30日追記:これについて、日本ばら会の◯◯様から次のようなコメントをいただきました。

掲載の一本独鈷手法は、少し違いますが、かつて西武ドーム時代武州の「一本切り」という方法で新苗から春に1花だけ咲かせ、芯の高い武州のみで多くの賞を独り占めしたS様という方がおいでました。(秋に接ぎ木した新苗のピンチから1花だけ春に咲かせて出品する方法)過去のばらだより何号かにこの手法が紹介されていたと思います。

なるほど。これは "九州専売" ではなく、そのようなへそ曲がり、いやユニークなお考えで、しかも優れた実績も残された先輩がいらっしゃったんですね。 秋に芽接ぎをされたところが私とは違うし、 "芯の高い武州" という栽培目標があったのも、時期を合わせるというだけの私とはレベルが:p でもこれは一本独鈷をテストするのが楽しみな、嬉しい情報です。ありがとうございます。

新苗を植えて秋には一人前」|福岡バラ会:ローズふくおかアーカイブス 2010 No.21 掲載 というのは、九州バラ研究会・福島康宏先生の栽培方法だが、新苗でも秋には成株に引けを取らない花を咲かせる品種もある。でもさすがに「生後4ヶ月の赤ちゃん苗の1本独鈷で 春に勝負」という事例は、九州バラ研究会関連の記事でも見かけたことがない。

しかし5月20日に咲かせることを優先するなら、私はこの方法が確実かと思う。過去に何度か試したことがあるからだ。

方法はごくシンプルで、接木シーズンの1月上旬に、台木の根を切らずやや大きめのポットに植え込む "デービッド接ぎ" をし、伸び出した新梢の五枚葉5節でピンチ。その後は放任。鉢増しもしない。これで5月20日前後に一番花が咲く。

これが デービッド接ぎ そして1本独鈷

5月22日追記:日本ばら会から2023年の配布苗が届いた。中央がその配布苗の「叶絵(かなえ)」。
2021年度 JRC新品種コンテンスト 四季咲き性大輪系 で「銀賞」を受賞したHT。作出者は 小久保 作治 氏。

デービッド接ぎの株と並べて記念撮影。

 5月22日 撮影

左はデービッドさん(David Austin Roses Co. Affiliate)が2月21日に "デービッド接ぎ" のデモ用に接いだ ERの「ジェームズ・ギャルウェイ」3ヶ月苗。ピンチ2回済み。 右は私が1月中旬にデービッド接ぎした HTの「手児奈」4ヶ月苗・1本独鈷仕立て。これもピンチ2回後で、結蕾している。詳細は下記「手児奈ー1 6号ロングスリット鉢」を参照。

「叶絵」は芽接ぎなので、昨年秋に接がれ、輸送用のポットに鉢上げされたものだろう。『小さい』というのが率直な印象。ステムの長さは40㎝。1年後には立派な株になるのだろうが、これでは「新苗・春花の1本独鈷仕立て」には適さない。しかし、前述のS様の「一本切り」は秋の接木なので、育て方次第では可能なんだな。

2023年5月30日追記:日本ばら会の配布苗が "小さい" のは、これを大苗に育てていく間に、この品種の特性を見るという理由があるのだろう。配布苗は私もむしろ新苗を希望する。

1本独鈷のテスト栽培

「1本独鈷」で咲かせた実例写真がないのが残念だが、以下は今年のテスト株2品種。5月20日に開花させることが目的ではないので、2段目をピンチして3段目を伸ばしている。いずれも5月18日撮影。

1. スーパーディオール (テスト目的:ステムの本数と伸び)

 スーパーディオール 1本独鈷
 比較対象 スーパーディオール 2芽接ぎ

スーパーディオール 1本独鈷 ステム全長:110㎝ 6号ロングスリット鉢 数字は葉数で、3は三枚葉、5は五枚葉。

接木位置 3555555(12㎝)ピンチ3355555555(42㎝)ピンチ3555555555311(51㎝) 蕾

ピンチを2回して、現在3段目が結蕾し小豆サイズ。2段目のステムを見れば、開花枝としての太さ(直径7㎜程度のステムに佳花が咲くとされるが、これの2段目は9㎜)やステムの伸び、葉数・葉序に問題がないことがわかる。やや肥料過多:p

比較対象 スーパーディオール 2芽接ぎ ステム全長 右側:70㎝ 6号ロングスリット鉢

接木位置 555555(15㎝)ピンチ33555(25㎝)ピンチ3555555531(30㎝) 蕾

2芽ある接ぎ穂を使って2本のステムを出したテスト株。左の1本独鈷と比べるとステムの2段目までは同じだが、3段目は勢いが見劣りし、左右の成長程度も同じではない。
1株から2本のステムが出ると、お互いに牽制し距離を置こうとして曲がるようだ。1本独鈷はそれを避ける効果もある。

佳花の条件 花芯を真ん中に

気品のある佳花を咲かせるには、ステムに続けて花芯を垂直するのが重要。支柱をするのが苦手なので、それを毎回痛感させられる:p 2段目を開花枝にするなら、それが垂直に伸びるようピンチ箇所の芽の方向を慎重に選ぶ。バラ自体が持っている "向日性" を活かし、なるべく支柱は使わない。周囲を同じ背丈に取り囲まれると、植物は光を求めて真上方向に競って伸びようとする "共育ち効果" が期待できる。

福岡の春の日照の照度を計測すると、晴天の昼には7万ルクスになり、これはバラの光飽和点とされる4.5万ルクスを遥かに超える。また、これは私の環境に限ったことかもしれないが、常識に反してバラは西日が好きで、それを追いかける "光屈性" |光合成事典 を示す。なので、1本独鈷の密植には光の拡散効果がある白の遮光・遮熱ネット(例:ダイオクールホワイト|ダイオ化成㈱)で直射光を拡散させて柔らかな光にするのも効果的かも。

2. 手児奈 (テスト目的:ポットサイズの影響)

 手児奈ー1 6号ロングスリット鉢
 比較対象 手児奈ー2 4号ロング鉢

手児奈 - 1 1本独鈷 ステム全長:108㎝ 6号ロングスリット鉢 (CSM-180L 3.6㍑|兼弥産業㈱)

接木位置 555555(16㎝)ピンチ33555555(36㎝)ピンチ355555555531(56㎝) 蕾

比較対象 手児奈 - 2 1本独鈷 ステム全長:94㎝ 4号ロング鉢(TEKU VCE14 2.0㍑)

接木位置 55555555(13㎝)ピンチ555555(30㎝)ピンチ55555555533(51㎝) 蕾

この2本はポットサイズが成長に与える影響を確かめるテストも兼ねている。デービッドさんも福島先生も、接木苗を植え込むポットは大きいサイズが良いとのお考え。培養土の量は約2倍。同じ条件で育てるとこのような差が出た。この差をどう見るか。

品種にもよるが、あまり勢いの良いステムにする必要はないかも。『やや小さめのポットの方が、しまりのいい品のある花が咲く』と聞いてリッチェルのバラ鉢10号を使っている。株はやや小ぶりになるようだけど、品のある花が咲くかどうかはよくわからない。 それよりも、もしコンテストに向けて1本独鈷を100鉢作るなら、必要とする培養土の量の差は半端じゃないのが私には問題:p

ともあれ、特別なことは何もしない「ほっとけ」で、5月20日頃に一番花が咲く。

考察:「1本独鈷仕立て」について
メリット
  • 培養土や、施肥・灌水・日照量など、開花に影響しそうな条件の適否の判断がシンプル
  • 同じ品種ならステムの長さが揃い、全株ほぼ一斉に開花する
  • ステムが1本なので垂直に伸ばしやすく、多数の鉢を寄せれば「共育ち」効果も期待できる
  • 小面積でも多くの株を栽培できる。ステム数が増えると開花日が目標に合致する確率が高まる
  • 「メルヘンケーニギン」や「ミスターコジマ」にみられる "三枚葉地獄" が出ない
デメリット
  • 横張り性品種には向かない
  • 若い株では佳花が咲かない品種(手持ちの品種では、あけぼのや衣通姫など)にも向かない
  • 株間が狭く葉が重なり合った状態で、光合成に問題はないか?
  • コンテストに出品するのが目的の栽培には抵抗感がある。特に、1本しかないステムを花首から60㎝で切り出したら、その株は廃棄するしかない。その罪悪感:p

新苗の1本独鈷で  に勝負

直立性の品種なら、ピンチ後に出る芽が真上に伸びるよう気を付けて1本独鈷に仕立てれば、6号ポットで1㎡あたり20本は可能だろう。これならステムが20本立ち上がる地植え株と比べても遜色はない。しかも、その20本がほぼ同時期に同じ高さに揃って開花するシーンを想像すれば楽しくなる。

1本独鈷を1㎡あたり20鉢並べるのは「密植」だろうか? 優れた栽培者の手にかかると地植えの成株は1株あたり30本のステムが立ち上がる。その植栽面積は1㎡程度なのでほぼ同じ密度だ。株元に光は当たらないがそのような生育に不適切な環境では、植物ホルモンのアブシシン酸が発芽を促す植物ホルモン・サイトカイニンの働きを抑制する。それが1本独鈷には必要の無いベーサルシュートの発生を抑える。

「光合成を妨げるかも」というのは、ステムが30本立った地植え株の状態を見れば杞憂なのはすぐわかる。光合成に、強い光はむしろ有害無益。病気が出やすい危険性はあるだろうが、ポットを入れたコンテナを宙吊り式にして株元の空気の流れに配慮すれば、特に問題は無いことが、これらの試験栽培で確認できた。

最大の問題 は「4ヶ月前の1月に接木したばかりの赤ちゃん新苗に、気品のある佳花が咲くのか」ということ。

生意気で 恐れ知らずの新入会員

福岡バラ会に加入して2年ほど経った頃、春のコンテストに1月に接木したばかりの新苗に咲いた花を出品したことがある。

「若い株に咲いた花は品位に欠ける」という審査員の言葉に挑発され、4ヶ月株と成株の花の区別がほんとうにできるものなのか、「審査員を審査する」というじつに生意気な意図を持った出品だった。数部門に出品したがいずれも入賞した。ただし当時は2部(中級者レベル)で、審査は "相対評価" 、ライバルも少なかったし、必ずしも入賞=佳花とは言えない。審査員のみなさんが4ヶ月株の花と気づいたかどうかはわからなかった。

後日、ある審査員にそのことを話したら、『バラにかわいそうなことをしてはいけません』と静かな応えが返ってきた。それ以来、4ヶ月株の花をコンテストに出したことはない。

さらに後日譚。審査員でもある福岡バラ会の小林正子会長(当時)から、『バラを見ると、その栽培者がどのように取り組んできたかがわかる』というお話を聞いて、『えっ。すべてお見通しだったのか』と驚いた。

‥これを私の専門である写真撮影に置き換えてみると、例えば若い写真家たちが何を考えどのように表現に取り組んでいるかは、その作品を見れば手に取るようにわかる。正確に言えば「わかるような気がする」なんだが、それと同じようなことなのかもしれない。 栽培歴50年のその眼力、恐るべし。

「5月20日開花」と限定すると自信はないが、標準的な到花日数の品種なら、特に何をせずともその前後数日の間に開花するのは間違いない。強く印象に残っているのは、三枚葉地獄が出ていない春の「ミスターコジマ」のバランスの整った美しさ。しかし今にして思えば、「ミスターコジマ」がロクロ首にならないことが示すように、4ヶ月株の花は "少し小ぶり" だったような気もする。でも逆に、「ロージークリスタル」の組花を作るとき成株の花とゴチャ混ぜになって、どれが4ヶ月株の花なのかまったく区別がつかなかったことも覚えている。 これは、「バラを観る眼がなかった」とも言えるけど:p

気品のある佳花 若い命の輝き

ベテラン栽培者は「作り込む」という言い方をされる。どういうことなのか知らないが、その品種がより美しく咲くように、土作りや肥料、剪定に工夫を重ねて、じっくり時間をかけて株を作り変えていくというようなことか。そのような花とは比ぶべくもないかもしれないが、でも手垢にまみれていない若々しい株が咲かせる花の輝きもある。。  懲りていない自分:p


追記:「手古奈」1本独鈷の開花

6月4日に「手児奈ー1 6号ロングスリット鉢」が開花した。

上左の赤ラインが花首から50cmの位置。葉と比較すればわかるように、花はやや小ぶりだ。気品があるかどうかは自分ではよくわからないけど、残念ながら感動するような花ではなかった。


ここまでのまとめ

「気品のある佳花を咲かせる」という前提で、開花を私の環境での標準より20日遅い5月20日にする方法は二つ。
比較対象(標準)は2月中旬に剪定し、5月1日に開花させる。

  • 本命  新梢五枚葉5節ピンチ 2月中旬に剪定し、伸びてきた新芽の五枚葉5節でピンチ
  • 対抗  新苗1本独鈷仕立て  1月中旬に接木し、伸びてきた新芽の五枚葉5節でピンチ
  • 穴   バラの生理を狂わせる 遮光・遮熱で、バラの概日時計を "20日遅れ" にする(次ページで考察)

ピンチする時期 という問題はあるが、「5月20日の開花」を実現できる可能性はあるだろう。だが時期はなんとか合ったとしても、どちらの方法でも少し小さく力の弱い "一・五番花" になりそうな気がする。これを避け正真正銘の "一番花" を咲かせるには、5月20日頃に春のバラが見頃になる北陸や北関東と同じ環境に置けばいいと思うのだが、どうすれば福岡でそのようなことが可能だろうか。

開花時期を左右する要素は幾つかあるが、中でも重要な「気温」のコントロールは、私の環境では設備の面から難しい。でもそこで諦めてしまっては面白くないので別の方法はないか、次ページ:「バラの開花を20日遅らせる − C」では、バラの概日時計のカレンダー機能を狂わせて、開花に関わる遺伝子群に "時期を誤判断させる" という怪しげな考察を続ける。


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バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」に続く

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