この記事は2023年4月16日の「早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」の続編です。「花芽形成」のタイミングを制御する「概日時計」の情報を検索している中で、たまたま花成に関する極めて重要と思われる研究成果を見つけました。
「フロリゲン」(FTタンパク質)の "FT遺伝子" は、これまで理解されているように夕刻だけではなく、朝にも発現するというものです。
Contents
- 参照したページ
- これまで理解されていた 花芽形成の仕組み
- 「FT遺伝子が朝にも発現している」という観察結果
- 朝の FT遺伝子発現のメカニズムは未知の領域
- NAISの新発見か "赤外線" が朝のFT遺伝子発現のトリガー?
- 光と遺伝子発現
- 花成の "冗長性"
- 朝夕二度の時刻合わせでより正確に
- CO遺伝子の読み出しが朝夕二度でも、花成開始時期はまったく矛盾しない
- 疑問点
- 雑感
1. 参照したページ
植物が刻む体内時計 | 「季刊・生命誌」111 2022年 冬号|JT生命誌研究館
このページは、NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)植物生理学(遠藤研究室)の研究成果の紹介記事です。
遠藤 求教授は「概日時計」を研究されています。京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学(荒木 崇教授)で、生命科学研究科の准教授でした。
以下に引用する「CHAPTER 4. 体内時計で季節を知る」を執筆された 久保田 茜助教 も、公開されている経歴によれば、同じ京都大学大学院 生命科学研究科博士後期課程修了。つまり、遠藤 求教授、久保田 茜助教のお二人は、京都大学大学院 生命科学研究科で花芽形成の仕組みを研究された エキスパートのようです。
2. これまで理解されていた 花芽形成の仕組み
花成システムについては、この 京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学 ホームページ などの資料をもとに、4月16日の記事:「早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」で紹介しています。ネットで閲覧できる情報だけではなく、荒木 崇教授が担当された放送大学の講座『植物の科学』の教材テキストを参照しました。
そのキーポイントを再掲します。*遺伝子やタンパク質は、研究用モデル植物 "シロイヌナズナ"(アブラナ科)の場合。
- 花成ホルモン「フロリゲン」(FTタンパク質)を作るには、その遺伝子を読み出す 転写因子| Wiki として "COタンパク質" が必要
- COタンパク質を作るCO遺伝子は、"概日時計" の働きで 夕刻(日の出から約11時間後*)に読み出される
- できたCOタンパク質は光が無いと分解されてしまい、その結果「フロリゲン」(FTタンパク質)の生合成は夕刻から夜のはじめ頃にしか起きない
*「フロリゲン」(FTタンパク質)の遺伝情報をDNAからmRNAに転写するために必要な転写因子(シロイヌナズナの場合はCOタンパク質)の遺伝情報(CO遺伝子)を読み出す時刻を "日の出から約11時間後" としているのは、バラについての信頼できる情報が見つけられないので 仮定 であることに注意。
「フロリゲン」の生合成について、より詳しい Wikipedia の説明の一部を抜粋して引用。
フロリゲン|Wikipedia
開始
- シロイヌナズナにおいて、シグナル伝達は CONSTANS(CO)と呼ばれる転写因子をコードしているメッセンジャーRNA(mRNA)の産生によって開始される。植物の生物時計の制御によって、CO mRNAは夜明け約12時間後に産生される。
- このmRNAはCOタンパク質へと翻訳される。しかしながら、COタンパク質は光存在下でのみ安定なため、COタンパク質の量は日照時間が短い間は低く保たれ、日照時間が長くなりまだ光がある夕暮れ時にのみピークに達することができる。
- COタンパク質は、FT遺伝子の転写を促進する。このような機構によって、COタンパク質は日照時間の長い時期にのみ、FT遺伝子の発現を促進することが可能なレベルに達することができると考えられている。
ここでは「CO mRNAは夜明け後約12時間後に産生される」としている。CO遺伝子を読み出すのとCO mRNAの産生はほぼ同時だろうが、生化学反応だし、温度の影響や、植物の種類、あるいは早咲き遅咲きなど品種によっても、産生される時刻に多少のズレはあるだろう。
このように、花成ホルモン・フロリゲン(FTタンパク質)の生合成は夕刻から夜のはじめ頃に起きる と理解していた。
3. 「FT遺伝子が朝にも発現している」という観察結果
ところが、NAIST 植物生理学(遠藤研究室)の研究紹介記事:植物が刻む体内時計 | JT生命誌研究館 の「CHAPTER 4. 体内時計で季節を知る 久保田 茜」には、以下のような指摘がある。同ページより一部引用。傍線:そら
植物は毎年同じ季節に花を咲かせる。開花から種子形成までの長い道のりを成功させるために、植物は、季節変化に応じて花芽をつくりはじめる。そのための目安として、植物は日長の変化を感じていると考えられてきた。例えばシロイヌナズナに代表される「長日植物」では、日の出とともに時間を測り始め、日没までの日長が長くなるほど花芽形成が促進されると考えられてきた。実際に春の日長条件を再現した実験室では、シロイヌナズナの花芽の形成を促進する「花成ホルモン」をつくるFT遺伝子のはたらきが、夕方にかけて活発になることが確認されている。
ところが野外のシロイヌナズナでは、FT遺伝子が朝にも活発にはたらいていることに私たちは気づいた【図6】。これまで考えられてきたように、植物が日の出をきっかけに日長を測っているとすると、朝の時点ではその日の日長を予測できないはずである。実験室と野外で何が違うのかを検証すると、実験室の光には含まれていない 赤外線 や、実験室では常時一定に調整されていた気温の変動が、朝のFT遺伝子の活性化の引き金になることがわかった。
ここから、FT遺伝子のはたらきには前日の夜の長さが重要 であることや、朝と夕では影響を与える光の色が異なる こと、朝夕の気温も影響する ことなどがわかってきた。花芽形成は、単純に日の出から日没までの時間だけが決め手となるのではなく複雑に制御されている のだ。
*8月25日追記:ここに書かれている 赤外線 は、赤色光/遠赤色光の誤記ではないか? と思われる。その詳細は後述の「重要な修正」を参照。
4. 朝の FT遺伝子発現のメカニズムは未知の領域
これと同じことが NAIST 植物生理学・遠藤研究室 でも紹介されているが、「野外環境での朝のFT遺伝子の発現は全く未知のメカニズム によって制御されている」と記述されている。一部を引用。傍線:そら
花成ホルモンをコードするFT遺伝子の発現は実験室条件(温度一定、長波長含まず)では夕方に一回のみである。しかし野外条件(温度変化、長波長含む)では朝・夕の二回の発現ピークが見られ、全く未知のメカニズムによって制御されていることがわかる。
遠藤研究室「主な研究テーマ」|概日時計を介した花成誘導メカニズムの理解と制御
- 朝のFT発現ピークがどのような分子メカニズムによって制御されており、どのような生物学的意義を持っているのか
- 花成を制御する化合物の利用や、概日時計遺伝子の発現レベルを様々に調節することで、花成時期を任意に制御する技術の開発
MEMO
- 遠藤教授が書かれたと思われるこの文章には、「赤外線」ではなく「長波長」と書かれている。
- 研究目的が「花成時期を任意に制御する技術の開発」というのは、私が模索していることと無縁ではなさそうなのが、なんとなく嬉しい:p
- 花成に関係する遺伝子群(特にFT)の発現レベルを "化合物で制御する" のもテーマのひとつなのか。花成時期を任意に制御することが可能で、環境に対する負荷がなく、花の美しさを損なうこともなければ試してみたい。ちなみに、花成を促進するFTそのものを投与のは難しいのだそうだ。しかしFTを抑制する化合物は既に見つけられているようで、それを使った市販薬があるんだそうだ。それはなんと◯◯治療薬。ちょっと、使う気にはならないけど:p
参考:化合物を使う成長制御については、以下のページが詳しい。
「概日時計を制御標的とした,化合物による植物の生長制御の可能性」
Kagaku to Seibutsu 57(3): 187-193 (2019)|日本農芸化学会
別城 啓太 京都大学大学院生命科学研究科
遠藤 求 NAIST バイオサイエンス領域
5. NAIST(遠藤研究室)の新発見か "赤外線" が朝のFT遺伝子発現のトリガー?
これまで、長日植物は日の出とともに時間を測り始め、日没までの日長が長くなるほど花芽形成が促進されると考えられてきた。これに対し、『野外環境では朝にも FT遺伝子の発現量が大きく増え、それは赤外光によって制御されている』というのが、久保田助教の指摘のユニークなところ。
赤外線は波長770㎚程度以上の電磁波で、ヒトの可視領域を超えている。光受容体のひとつである "フィトクロムPfr型" は730㎚付近の "遠赤色光" を吸収する。紫外線UV-Bの受容体としてはUVR8タンパク質があるが、"赤外線の受容体" というのは聞いたことがない。赤外線 がどのような機序でFT遺伝子の発現を制御するのか、単に細胞の温度を上げるだけなのか、興味深い。
実験室と野外環境の光の違い
私は建築写真がメインのカメラマンだったので、生物を研究するラボ(実験施設)を何箇所か撮影したことがある。昔(フィルムの時代)のオフィスなどは昼光色蛍光灯が多かったので色再現に苦労したが、今はラボの基本照明は演色性の良い蛍光灯が使われているので、特別な色補正をしなくてもほぼ見た目に近い違和感のない発色をする。
照明光の特性曲線はできるだけフラットなのが好ましい。特定の波長域に大きなピークがあるとその影響を強く受ける。例えば、昼白色蛍光灯は発光特性を見てわかるように、緑色光が多く赤色光を少ししか含まないので、色補正せずにポジフィルムで撮影すると、人肌が黄緑色がかって写る。
ラボの実験で光質が重要な場合は、高演色性の蛍光灯やLED電球でも太陽光ほどフラットではないから、他の光源の影響を受けない暗室の中で実験目的に適した照明か、そのように設計された装置を使用する。しかし、FTタンパク質が花成ホルモン・フロリゲンの実体であるという研究が進んだ1990年代には、ラボでも昼白色蛍光灯が使用されているところがあったのかもしれない(下記・久保田助教によれば、京大院 生命科学研究科のラボではそうだったようだ)。
花成のメカニズムは以下に示すように「赤色光/遠赤色光」&「青色光」とその "光受容体"(フィトクロム&クリプトクロム)が重要な働きをすることが以前からわかっているので、現在はそれに見合う照明下で試験されていることは間違いないだろう。単色のLEDは混じり気のない発光をし、赤外線を含まないので熱による影響もなく、光を使う実験に向いていて、某大学の大規模なラボ(暗室)でぞれが実際に使用されている様子を見学したことがある。「赤外線」の照射は、それを実験項目に入れない限りは "ない" と思う。
参照:「赤外線」(0.7µm~100µm) は 太陽放射|Wiki エネルギーの約46%(微妙に異なる諸説あり)を占める。
6. 光と遺伝子発現
参考-1:植物が光を感じる仕組み | みんなのひろば | 日本植物生理学会このページから一部を引用し、改変
光と遺伝子発現
植物の光受容体が遺伝子の発現を制御する詳しい仕組みについてフィトクロムを例に説明します。
- 不活性型のフィトクロムは細胞内の細胞質ゾルと呼ばれる分画に水に溶けたような状態で存在します。ここに光が当たると、活性化されたフィトクロムが細胞内の核という構造の中へ移動します。
- 核内には遺伝子の本体であるDNAがしまわれており、ここに転写因子と呼ばれるタンパク質が結合することで個々の遺伝子の発現量が上がったり下がったりします。
- 活性化されたフィトクロムは、核内で特定の転写因子と結合しその分解を促します。その結果この転写因子が制御していた幾つもの遺伝子の発現量が変化し、最終的に細胞はその性質を変えることとなります。
参考-2:京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学HP|ResearchTop から一部を引用
7. 花成の "冗長性"
この説明では、シロイヌナズナの栄養成長から生殖成長への位相転換が『1日の長日処理で花成促進』と書いてある。
しかし同じ研究室の荒木崇教授が執筆された放送大学教材「植物の科学」|放送大学教育振興会|NHK出版 には、以下のように書かれている。同書から一部を引用。
短日植物の中には、アサガオのムラサキという品種のように、非常に敏感な反応性を持つものがあり、限界暗期を超える夜を1回与えられただけで花成が誘導されるものがある。しかし、多くの場合には数回以上続けて適切な日長条件が与えられることが必要である。
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系の 阿部 光知教授の論文:「シロイヌナズナにおける光周性花成を誘導する長距離シグナル」 |植物科学最前線 14:111 (2023)|(社)日本植物学会 には次のような記述がある。一部を引用し改変。傍線:そら
シロイヌナズナの葉におけるFTの人為的な誘導実験から,FTは半日から1日後には茎頂周辺へと到達し,その後約2日かけて予定花芽原基領域まで細胞間を移動し,AP1の発現誘導をすることが報告されている。
また,日長シフト実験(短日条件下で生育させたシロイヌナズナを数日間長日条件に暴露した後,再び短日条件下に戻す実験)の結果からは,3〜4日の長日条件で花成誘導が十分可能である)。
一連の知見を総合すると,葉が展開しFTの発現量が花成惹起に十分な量に到達するまでの日数を考慮しても,実験室環境下に置かれた野生型植物では,発芽後10日前後で花芽形成の初発イベントが開始されると推察される。
『1日の長日処理で花成促進』か『3〜4日の長日条件で花成誘導が十分可能』かは言葉の使い方で、矛盾するものではないだろう。四季咲き性バラの春一番花の花成はどのように進むのか。注目するのは;
- 発芽後10日前後で花芽形成の初発イベントが開始される(発芽直後の幼葉でも光受容体が機能している)
- FTの発現量が花成惹起に十分な量に到達するまでの日数
- 数回以上続けて適切な日長条件が与えられることが必要
という指摘。剪定直後の日長が花成スタートの条件に叶うとしても、その時間は短く、生合成されるFTタンパク質の量はごくわずか。日長が伸びるに従って蓄積されるFTタンパク質が増えていき、ある量に達すると茎頂メリステムにあるFDタンパク質と "FT-FD複合体" を作り、AP1遺伝子(花芽形成遺伝子)の発現を誘導をする。
AP1をONにするためにどの程度の量のFTタンパク質が必要かは不明だが、実栽培では発現を停止する措置= "ケツカッチン" は不要なので、FTタンパク質がいつまで作り続けられるかは成り行き任せで構わない。AP1がONになれば、FT遺伝子の発現を止める信号が出るのだろう*と想像する。
*8月30日 訂正&追記:上記・東京大学 大学院理学系研究科・阿部 光知教授の「花を咲かせるスイッチが押される瞬間 ~フロリゲン複合体の動態を解明~」によれば、AP1遺伝子(花序などの遺伝子)の発現後に "FD遺伝子" の発現量が徐々に減少するため、FT-FD複合体は形成されなくなるのだそうだ。FT遺伝子ではなかった:p 以下に一部を引用。
植物の発芽後の発生段階は、茎頂分裂組織で葉を作り続ける「栄養成長相」と花芽を作り続ける「生殖成長相」に大別できる。
栄養成長相から生殖成長相への転換は、FTタンパク質によって引き起こされる。栄養成長相の茎頂分裂組織にはFDタンパク質しか存在しないため、花芽は作られない。花を咲かせる日長条件下では、FTタンパク質が葉から茎頂分裂組織へと輸送され、FT-FD複合体が形成されることで花芽形成が開始される。
その後、FD遺伝子の発現量が徐々に減少するため、FT-FD複合体は形成されなくなる。FT-FD複合体が作られなくなっても茎頂分裂組織において花芽は作られ続けるが、FT-FD複合体とは別の因子が関わっていることが示唆される。
8. 朝夕二度の時刻合わせでより正確に
他花受粉をするために、同じ品種は受粉に最も好ましい時期に一斉に開花する。「光周性」|Wiki から一部引用;
光周性は、1920年にガーナー(Garner)(米)とアラード(Allard)(米)によって発見された。彼らは、同じダイズの種子を少しずつ時期をずらして蒔いたところ、それぞれ生育期間が異なるにもかかわらず、どの個体もほぼ同じ時期に花を咲かせる ことに気づいた。このことから、花芽の形成時期を制御している条件が、土壌の栄養状態や空気中の二酸化炭素濃度などではなく、日照時間(正確には明期の長さではなく暗期の長さ)であることを発見し、Photoperiodic Response (光周期的反応)とした。
これは、バラの春一番花の開花と同じ。同じ栽培地の同じ品種は、剪定時期を多少ずらしてもほぼ同時期に花を咲かせる。そのためには、株が異なっても同じ時刻を示す体内時計を持っていることが条件。その「時刻合わせ」には、"日の出と日の入り前後の二度の照度差および色の差(光に含まれる遠赤色光の割合の変化)" を利用すれば、その日の天候に左右される誤差をより小さくできるだろう。
前述の久保田助教の文章では、「赤外線」がどのように関わっているのかは説明されていない。朝のFT遺伝子の発現にCOタンパク質がどのように関わっているのかにも触れられていないが、『前日の夜の長さが重要』が重要という指摘から、朝もCOタンパク質が転写因子ならば(だと思う)、日没前後に劇的に変化する照度差・光質の差を概日時計の時刻合わせ(ストップウオッチのSTARTボタン)に利用しているのではないだろうか。
9. CO遺伝子の読み出しが朝夕二度でも、花成開始時期はまったく矛盾しない
以下は「早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」で考察した、私の栽培地・福岡におけるこの時期の日の出・日の入りの時刻と CO遺伝子の読み出し時刻を重ねたもの。 データ:日の出入り 2023年 福岡|国立天文台暦計算室
*CO遺伝子の読み出し時刻
夕刻は日の出から11時間後、朝は前日の日の入から13時間後(合わせて24時間)と 仮定 して考慮してみる。
月/日 | 日の出 | 日の入 | CO遺伝子 読み出し時刻* | その結果 |
---|---|---|---|---|
1 /15 | 7:23 | 17:33 | 18:23 | 光が無いので、できたCOタンパク質は直ぐに分解されてしまう |
2 / 1 | 7:15 | 17:49 | 18:15 | 同上 (COタンパク質が無いとFT遺伝子の読み出しは起きない) |
2 /16 | 7:02 | 18:03 | 18:02 | 僅かに残ったCOタンパク質で、FT遺伝子の読み出しが起き始める |
3 / 1 | 6:48 | 18:15 | 17:48 | 光によって分解を免れたCOタンパク質が多く残りFT遺伝子の読み出しが起きて、より多くのFTタンパク質(フロリゲン)が作られ始める |
月/日 | 日の出 | 日の入 | CO遺伝子 読み出し時刻* | その結果 |
---|---|---|---|---|
1 /14 | 17:32 | |||
1 /15 | 7:23 | 17:33 | 6:32 | 光が無いので、できたCOタンパク質は直ぐに分解されてしまう |
1 /31 | 17:48 | |||
2 / 1 | 7:15 | 17:49 | 6:48 | 同上 (COタンパク質が無いとFT遺伝子の読み出しは起きない) |
2 /15 | 18:02 | |||
2 /16 | 7:02 | 18:03 | 7:02 | CO遺伝子の読み出しと日の出が同時 |
2 /28 | 18:14 | |||
3 / 1 | 6:48 | 18:15 | 7:14 | 光が十分にあるので、より多くのFTタンパク質が作られる |
朝夕に二度 CO遺伝子の読み出しが行われても、FT遺伝子の発現が開始する時期に矛盾はない。それどころか、日に二度の読み出しはむしろ自然なことのように思える。
朝にもFT遺伝子が発現するというは、実栽培で花成時期をコントロールするには重要なポイント。私が考えていた方法= "夕刻の光を遮断する" では効果が半減するのか?
「いや、それはない。朝のFTタンパク質の発現量は地域差がないので無視してもいい」と考えているのだが、これは次のページ:「C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」で検討する。
10. 疑問点
久保田助教の研究を紹介するこの記事は生物学に関心がある一般向けのものだから、「FT遺伝子は、これまでの説のように夕刻だけでなく、朝にも発現する」(=花成ホルモン・フロリゲンは朝も作られる)という発見の紹介がメインだろうから、その詳しい機序には触れられていない。
これは実測値をもとにした "概念図" だろうが、あまりにも簡略化すると誤解を与える危険性はないのだろうか。
【図6】の横軸は時間で、左端が6:00、3時間ごとの区切りだろう。FT遺伝子の夕刻の発現量は研究室、野外環境ともに18:00がピークになっている。15:00前後に発現しているFT遺伝子もあれば、21:00でも少なからず発現している。
CO遺伝子の読み出しやCOタンパク質の生合成は "生化学反応" なので、タイミングには "ズレ" があるだろう。 しかし、その "ズレの幅" は、上掲の【図6】によれば私の想像(根拠はない)より遥かに大きい。"生化学反応" なので、もちろんシャープカットではないだろうが、
- CO遺伝子は概日時計の制御で夕刻に読み出される
- COタンパク質は光がないと速やかに分解されてしまい、夜遅い時間帯にFT遺伝子の読み出しは起きない
という従来の知見とは大きな齟齬があるように思える。遠藤教授は、『全く未知のメカニズムによって制御されている』と説明されているのだが。。 ( "先入観" は怖い。私のアタマはさほどに固いんだろうなぁ:p)
また、朝夕ともにCOタンパク質がFT遺伝子の転写因子なのかどうかは(たぶんそうだろうけど)説明されていない。「赤外光により花成ホルモンを制御」とはどのような機序なのだろうか。*①
朝夕の自然光は、照度、色温度、紫外線や赤外線を含む割合が、急激に変化する。その中で、FT遺伝子の発現量を計測するのは簡単ではなさそう。*②
どのような設備で "野外環境" を再現したのか、解析装置の分解能などより詳しい内容を知りたくて、今はこれに関する論文などを検索している最中(以下の追記②)。
8月25日追記 重要な修正 と 追記
追記 *①
前掲の "RESEARCH 植物が刻む体内時計 | JT生命誌研究館 「4.体内時計で季節を知る」" には、 野外環境における午前中の発現量に、『赤外光により花成ホルモンを制御』と表記してある。 赤外光というのは初めて聞いたので驚いたが、これは誤記ではないだろうか? 赤外光ではなく、赤色光/遠赤色光 であろうことを久保田助教の以下の論文で見つけた。
野外環境における季節性花成応答の分子基盤|久保田 茜|奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
(公社)日本植物学会「植物科学の最前線」 14:120 (2023) から一部引用
こうして再構成した条件では,CO タンパク質の蓄積量の増加が朝夕の 2 回起こることが明らかとなり,これが野外の FT 遺伝子の発現に重要であることが示された (Song et al. 2018) 。普段我々が実験に用いる白色蛍光灯には FR はほとんど含まれていないため,FR シグナルの影響が無意識のうちに過小評価されてしまった結果,朝の FT 発現を見落としたまま光周性花成の研究が続けられていたことになる。
追記 *②
NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)遠藤 求教授の研究手法に関して、参考になる二つの記事を見つけた。
執筆された時期は、いずれも京大院 生命科学研究科 在籍の頃。
1)「植物の体内時計はどこにある?」
じっきょう資料|理科|高等学校 教科書・副教材|ダウンロード|実教出版ホームページ
2)「シロイヌナズナは組織特異的な概日時計をもつ」|ライフサイエンス 新着論文レビュー
11. 雑感
京都大学大学院 生命科学研究科 と 奈良先端科学技術大学院大学 植物生理学研究室 は、日本におけるこの分野での先進拠点。「FT遺伝子が朝にも活発に発現している」という発見は、『科学はこのように発展するんだろうな』と、その一例を見せてもらったような気がする。
「花を咲かせるスイッチが押される瞬間 ~フロリゲン複合体の動態を解明~」を書かれた東京大学 大学院総合文化研究科 阿部 光知教授も、京都大学 大学院生命科学研究科, 統合生命科学専攻, 助教 という経歴。この分野では、京都大学出身の研究者が多いのに驚く。
概日時計の時刻合わせには "光の有無" が重要なポイント。日の出・日の入時間帯の "照度" が急速に漸増漸減する中で、 "その閾値" については電照菊の事例がいくつかある。
参考:「秋ギクが光周性花成において暗期と感じる朝夕の光量」|鹿児島県農業開発総合センター|園学研 2019.
閾値について、上記より一部引用
自然日長条件下では朝夕の照度が漸増,漸減するため,キクが光周性花成において感知する日長は,日の出から日の入りまでの自然日長に朝夕各20分(小西ら,1988)、朝夕各30分(船越,1989)の薄暮を加えた時間であるとされている。
この論文によれば、キクは数lux程度の微弱な照度にも反応するようだ。しかし残念ながらバラに関しては情報が見つけられない。でも例えば、東側の少し離れた位置に森があって朝の直射光がさす時刻が遅い栽培地では バラの春一番花の開花が遅れる。そのようなところでも "天空光" は障害物のない開けた栽培地と変わりはない。この観察事実から、バラの花成スタートにより強く影響する自然光は「赤色光/遠赤色光の割合が多い朝夕の直射光、薄曇りでも太陽の方向から来る光」で、弱い天空光にはバラはキクよりも鈍感ではないか?と考えている。写真撮影用の照度計と色温度計を持っているので、シーズンになったら朝夕の光の時系列的な変化を計測してみよう。
(話題を戻し)天候による照度や色温度のブレを無視して天文台の日長と自分の仮定を基準にすれば、バラの春一番花の花芽形成(フロリゲンの生合成)の "日長条件" がクリアされるのは、福岡では2月15日以降になる。ただし;
花芽形成は、単純に日の出から日没までの時間だけが決め手となるのではなく複雑に制御されている
私はそれをバラの実栽培で見つけようとしているのだが、難しいのは予想できる。そもそもバラの花成に関する遺伝子群さえ知らない。そんな中で "仮定" を前提に「バラの花芽形成の時期をコントロールする」ことにどんな意味があるのか、わからなくなってきた:p
私のバラの師匠はデービッドさん。最初に教えてもらったことは、『バラの生育をコントロールしようとするな』。
今の私はその真逆の位置にいる。
教科書を信じない
2018年ノーベル医学生理学賞を受賞された 本庶 佑 京都大学高等研究院副院長・特別教授(2018年当時) から、
小中学生に向けたメッセージ;
いちばん大事なのは「知りたい」と思うこと、「不思議だな」と思う心を大切にすること、教科書に書いてあることを信じないこと、常に疑いを持って「本当はどうなっているのだろう」と 自分の目でものを見る。そして納得する。そこまで諦めない。
う〜ん。 自分を疑いながらも、"自分の目でものを見る" ために、とりあえず「バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」へ続く。
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