このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙くて誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

2021年12月30日木曜日

デービッド接ぎを見直す

2023年 追記: "デービッド接ぎ" の最新記事

「デービッド接ぎ」はこのブログで10年前から何度も取り上げていますが、2023年2月下旬、香川県小豆島でバラ園の造設工事をしているデービッドさんを訪ね、「デービッド接ぎ」の手順を説明するYouTube動画と写真を撮らせてもらいました。デービッドさんの接木手法を(私見を交えることなく)記録しています。

デービッド接ぎ 2023年3月2日


1 はじめに

このブログは昨年末に40万ページビューになりました。この10年間で閲覧されたページを調べると、「デービッド接ぎ」へのアクセスが多いことに気づきます。この期間にデービッドさんも私も接木の方法が微妙に変わってきているので、この機会にそれを見直すことにしました。

「デービッド接ぎ」についての過去記事を引用しながら、より楽しい「バラの接木」を探したいと思っています。バラの接木を楽しむには「安全」であることが最優先。そして、失敗すれば楽しくないので、どうすれば立派な苗を作ることができるかを考えてみたいと思います。

「デービッド接ぎ」というのは、いくつかあるバラの接木方法のうち、 David B. Sanderson さんのユニークな接木手法に私が名付けた愛称です。デービッドさん本人がこの接ぎ木方法を「デービッド接ぎ」と言っているわけではありません。デービッドさん自身は単に「接ぎ木」と言いますが、他の接ぎ木方法と区別する場合は "David's Side Graft" です。

バラの接木の一般的な方法は「切接ぎ」か「芽接ぎ」です。「切接ぎ」のYouTube動画が、接ぎ木テープ「ニューメデール」のキャンペーンサイトにあります。切接法(バラ) | 接木.com | 接木テープと接木方法のご紹介

この動画では接木職人さんが田主丸(たぬしまる/福岡県筑後川流域にある苗木生産や果樹園芸が盛んな地域名)型接木小刀を使ってじつに簡単に作業を進めています。でもこれは熟練の技で、私たちがこれを真似るのはとても危険です。ちょっとでも小刀が滑ると手を切ってしまいそう。動画開始から4秒で再生を止めて、職人さんの左手の指の位置をよく見てください。万が一小刀が滑っても、中指と薬指がストッパーの役割をするようになっていますが、でもこれは誰にでもできることではありませんね。

「デービッド接ぎ」は、私たちでも安全にバラの接木を楽しむために、デービッドさんが考案した方法です。

見直す理由

  1. デービッド接ぎの特徴は台木の枝葉を残すことだが、そのような台木の入手が困難
  2. 台木と穂木の間にできるV字型の谷間に接木テープを巻くのが面倒
  3. デービッド接ぎがベストの方法なのかどうかはわからない。「肉巻き」(接木した部分のカルスの生成)が速く、ベーサルシュートがより多く出る方法を探す

デービッド接ぎの最大の利点である「作業の安全性」はそのまま残す。

2 デービッド接ぎとは?

これがデービッド接ぎの一例です。接ぎ穂(手前側 白いテープが巻かれている)から新芽が出ています。上部の葉は接ぎ穂から出た新葉ではなく、接木する前からあった台木のもの。この台木は秋10月に挿木して作りました。

デービッド接ぎの特徴

  • 台木の枝葉は20cmほど残しておき、根も切らない
  • 接ぎ穂の芽(左の概念図の丸)は横向き
  • 接ぎ木テープは「ニューメデール」を使い、接ぎロウは使用しない
  • 接ぎ穂より上の台木は、接ぎ穂の芽が5cm〜10cmほど伸びてから、概念図の赤ラインの位置で切る

デービッド接ぎのメリット

  • 接ぎ木作業に慣れない初心者でも安全
  • 接ぎロウを使用しないので準備が簡単
  • オーキシンの極性移動に配慮し、接ぎ穂の活着が良い
  • 作業後の株全体の活性が高く、管理が容易

デービッド接ぎのデメリット

  • 台木と接ぎ穂の間にできる「V字状の谷」に接ぎ木テープを巻くのがやや面倒
  • 枝や根を切らないので台木のストックにそれなりのスペースが必要
  • 新梢が伸びてから台木をカットする手間がかかる

手順の概略

  1. 接ぎ穂の調整 図の ① ② ③ の順に切る
  2. 台木の切り分け
  3. 接ぎ穂を差し込み、形成層を合わせる
  4. テーピング
  • Aの開きが狭いほど接ぎ穂が立ち、形成層の接合面が大きくなる
  • 接木テープは接ぎ穂の基部をしっかり巻き、芽の上は1〜2回
  • 接ぎ穂から出た新梢が5㎝ほど伸びたら、図の赤ラインで台木をカットする

今回この部分が変更され、以下のようになります。詳細は実例を後半に掲載

  1. 接ぎ穂の調整 図の ① ② ③ の順に切る
  2. 台木の切り分け
  3. 台木の首の位置(青ライン)でクラウン(枝が何本も出ている部分)を切り捨てる
  4. 接ぎ穂を差し込み、形成層を合わせる
  5. テーピング

3 デービッドさんと福島康宏先生

デービッドさんの接木方法を考える上で、福島康宏先生からの影響を無視できません。デービッドさんは英国リース市の園芸学校でガーデニングを学んだのですが、欧州は「T芽接ぎ」が一般的です。彼のこの手法は、来日後に本拠地とした熊本県で、同地在住の福島先生から学んだのだろうと思います。デービッドさんは一時期、英国のナーセリーH社の日本代理店をしていたことがあり、その時にバラ苗の生産を熊本県の福島園芸(先生の弟さんが代表者)で行っていました。なので、デービッド接ぎは、福島先生の接木手法と多くの共通点があり、そして決定的に異なる「接木ナイフの使い方」があります。

福島流バラの接木

福島先生は日本ばら会で活躍されたバラ栽培の大御所で、コンテストの受賞歴多数。農業高校の教員を退職された後、現在はデコポンや柿などの果樹の生産をされている専門家です。日本ばら会、熊本ばら会 会員。

その接木方法は2017年3月5日の記事「元祖 教科書のようには接がないバラの接ぎ木」で詳しく説明しています。ご覧いただければ、デービッドさんと共通点・相違点が分かります。

4 デービッド接ぎの特徴

特徴1 作業の安全性

デービッド接ぎの最大の特徴は「作業が安全」ということ。福島先生はカッターナイフを使われますが、デービッドさんはけっして使いませんし、接木講座の受講者にも勧めません。受講者の人数分の「田主丸型接木小刀」を準備し、入念に研ぎ上げて柄の部分に緩みがないかまでチェックをします。『もし職人さんがナイフで怪我をしたら。。生活がかかっていますからね』という話は何度も聞きました。作業の安全性に関しては特に強い思いがあるようです。

左の写真は、接木実習前に接木小刀の柄の緩みがないかチェックしているシーン

私も各地の接木講座(講師はデービッドさんではない)で何度か事故を見たことがあります。そのほとんどは「切接ぎ」で、台木を切り分けるシーン(前述のYouTube動画の開始から4秒の動作)で起きます。

この危険性を避けるためにどうするか。これがデービッド接ぎの原点です。

特徴2 接木後の活性の高さ

左の写真は一般的な切接ぎ(手前側)とデービッド接ぎを並べたものです。デービッド接ぎの台木は秋の挿木で作ったもので、枝葉が残っています。

同じ日に接ぎましたが、この後どちらが旺盛に生育すると思いますか?

『断然デービッド接ぎが優勢』と私が主張すると思われるでしょう?

でも、その答えはじつは『どちらでも同じ』なんです。ただし条件があって「切接ぎが上手に行われ、その後の管理も適切ならば』。

切接ぎはバラ苗生産者が採用している方法ですから、上手な人の手にかかれば立派な苗が育つことは言うまでもありません。

デービッド接ぎの優位性は、① 作業が安全であること、② 台木の枝(葉)があるので、温度など接木後の管理が最善でなくても、それに耐える活性がある ということです。

「切接ぎとデービッド接ぎではどちらが成功率が高いか」という比較には簡単には答えられません。接木がうまくいくには、その方法だけでなく台木や穂木の種類や状態、接木後の管理など、いくつもの要素が絡むからです。

5 デービッド接ぎの欠点

デービッド接ぎには二つの問題点があります。

欠点1 枝葉のある台木の入手が困難

台木を挿木で作りハウスで管理するのならともかく、接木をする厳寒期には実生台木は地植えでも鉢植えでも既に葉を落としています。
また、接木講座で提供される台木や台木生産農家から購入する台木には、枝が短く残っているだけの場合がほとんどです。台木生産農家の掘り上げ作業は機械化されていて掘り上げる前にまず枝を切り落とすし、保管や輸送のコストを考えれば、これは致し方ありません。

欠点2 台木と穂木の間にできるV字型の谷間に接木テープを巻くのが面倒

もう一つの問題は、台木と穂木の間にできる「谷間」、ここに接木テープを巻くのが厄介なんです。「谷」が広くなるように穂木の基部を切れば幾分やりやすくはなりますが、その分形成層が合致する部分が少なくなり、好ましいとは思えません。私の経験では、接木を成功させるには台木と穂木の「縦の形成層」をできるだけ多く合致させるのがポイントと思います。縦の形成層をより多く合わせるには「谷」を狭くするしかありませんが、するとテープが巻きづらくなります。

台木と穂木の接合面に水が入る、あるいは乾燥するのは良くないと思うので、この部分にテープを密着させようとすると、台木と穂木を離れさせる方向に力がかかり、難しいのです。

注意

以下、デービッド接ぎの方法を紹介し、その内容を考察しますが、この方法による事故(怪我や接木の失敗など)には筆者は一切の責任が持てません。

David B. Sanderson さんは、このブログとは直接的な関係はありません。

デービッド接ぎが「安全な接木方法」だとしても、鋭利な刃物を使用しますので、実行される場合はくれぐれも慎重にお願いします。

6 デービッド接ぎ 2020

さて、上記の二つの問題点を解決するために、 台木の枝は切り落としてしまう という方法になりました。

ただし、デービッド接ぎの最大の特徴である「安全性」を確保するために、枝を切るのは「切接ぎ」のように最初ではなく、台木を切り分けた後になります。ここはとても重要なポイントです。

切接ぎとデービッド接ぎの相違点

  • 最初に台木の首を切るのが「切接ぎ」。
  • 台木の枝を残したままで接ぎ穂を差し込む "切り込み" を入れるという手順であれば(その後に台木の首を切るか枝を残すかどうかにかかわらず)「デービッド接ぎ」と呼ぶことにします。

デービッドさんを講師に、2020年の1月に福岡県内の5カ所で開催された接木講座(平田ナーセリー主催)での「デービッド接ぎ」を紹介します。

6-1 穂木

穂木は、たわめるとポキっと音がするくらい硬く充実した枝を選ぶ。予備剪定で迷うことなく切り捨てるような先端の枝は未熟で好ましくない。

穂木は、まず作業の邪魔になるトゲを取り除く。充実した枝はトゲが綺麗に剥がれるが、未熟な枝のトゲは外れ難いので充実度の目安になる。

この穂木は、乾燥防止のため両端の木口がロウ付けされている。
私はやったことはないが、保存には有効な方法かも。

下図は、穂木にナイフを入れる順番。穂木は長いままで作業する。③ は剪定鋏を使う。

接ぎ穂の作り方

① 下左:左手で長いままの穂木をしっかり持ち、右手のナイフは腹にくっつけて構える。右手でナイフを動かして切るのではなく、右手はナイフを固定するだけ。左手に持った穂木を後ろに引いて、躊躇わずに一刀で切る。デービッドさんの左肘や左肩に注目。左手に持った穂木を後ろに引いて切る のがポイントです。切れた反動で、右手も少し前に出ています。

右手のナイフの持ち方、手首の角度に注目。受講者の多くは包丁を持つように握り、右手のナイフを動かして切ろうとしますが、そうではありません。それでは、穂木が太かったり硬かったりすると一刀で切るのは難しいです。この ①を切るとき、途中で止まったりすると切断面が波を打って完全な平面になりませんから、台木との接触部分に僅かな隙間ができ、好ましくありません。

最初に穂木を短く切ってしまうと、この方法では切れません。穂木を切断するのは ③ です。

この切り方は剪定した枝などで試せるので、躊躇わずに一刀で切れるように何度も練習します。カッターナイフでもこの切り方は同じです。

"引いて" 切る  2022年1月13日追記:上の写真では穂木と小刀の「角度」がよくわからないので補足します。

左は、穂木と小刀の刃の角度が「直交」しています。この場合、刃のこの位置だけで切るので「重い」です。右のような角度にすれば、刃の当たる位置が刃先に向かってスライドするので、引くように軽く切ることができます。


② 穂木の逆サイドを、形成層が見える程度に切る。ここも右手のナイフの持ち方、手首の角度に注目。
これも右手でナイフを動かして切るのではなく、左手の親指でナイフの背を押して切る。

これは一刀で切る必要なはく、穂木の形成層が良い形になるよう二度三度ナイフを入れてもOK。「切接ぎ・教科書型」は、表皮と並行に②を切るが、上のイラストのように僅かに内側に向けて切ると、台木に現れる形成層と同じ形になる。「切る」と言うより「削ぐ」と言った方が適切かも。

① と② でできた穂木の先端は「厚み」が無い方が接ぎ穂と台木の接触が良い。


③ 芽の上7㎜程度を、剪定バサミで切断する。

ちょっとしたことですが、デービッドさんの左手指に注目。剪定バサミで切った瞬間に接ぎ穂が飛んでいかないよう指で握っています。飛んでいって床にでも転がるとゴミなどが付着するかもしれないからです。

左手指は、接ぎ穂の切断面や芽に触れていませんね。このような細やかな配慮が重要なんだろうと思います。接木講習会ではデービッドさんはそんなことは口にしません。何を学ぶかは受講者次第でしょうね。


6-2 台木の切り分け

「教科書」型の場合

この「教科書型・切接ぎ」の場合、② はどのように切ればいいでしょう?
これが切接ぎで最も難しいところです。事故もこのときに起きます。みなさんはどのような方法で切られますか?

バラの接木の経験がある方はご存知でしょうが、台木の硬さにムラがあるのか研ぎ方が拙いのか、切れないのでつい力を入れるとナイフがスルッと滑る(急に動く)ときがあります。これが怖いですよね。

イラストは福岡バラ会の接木講習会での配布資料から。
台木の根が切ってあり、左下の小林先生の台木とそっくりです。

ベテランの栽培者はそれぞれに工夫をしてあるようですが。。

GPバラ園・小林博司先生

福島康宏先生

写真に写っているお二人の指の、その力の入れ具合から「緊張感」がわかるかと思います。
小林先生は特注の「フローリストナイフ」で、福島先生はカッターナイフ。

台木を切り分ける位置が接木小刀を使う場合と異なって「台木の手前側」になっていることに気づかれますか?

福島先生は、表皮と平行に切り分けるのではなく、僅かに台木の軸の中心に向かって刃が入っています。これは、挿し穂の①で切ったときに現れる形成層の形とフィットさせるためです。このように切れば、台木も挿し穂も形成層は放物線を描きます。

この「僅かに台木の軸の中心に向かって切り分ける」というのは、冒頭で紹介した職人さんも同様です。動画では一瞬なので見づらいですが、切り分けられた表皮の下側が少し幅広になっているのでそれが分かります。

デービッドさんの 切接ぎ の場合

これはデービッドさんが一般的な「切接ぎ」の台木カットをしている珍しいシーン。2016年、福島先生の作業場で一緒に接木をしたときのもの。先生の台木はあらかじめ枝が切られているので、デービッド接ぎは不可能。止むを得ず「切接ぎ」なんですが。。

田主丸型接木小刀は片刃なので、通常は台木の(自分側ではない)向こう側を切り分けます。でないと刃が逃げて危険だからです。デービッドさんはそれをよく承知していて、変則的な使い方ですが、田主丸型小刀の逆面を使用して台木の自分側を、刃の角度に合わせて切ろうとしています。手指の使い方は福島先生と同じで、左手親指で小刀を押し下げます。普段は使わない革手袋をしているのからも、この工程が危険であることがわかります。

小刀の刃の特性を知らないと、これはとても危険な使い方です。単純に真似をしないでください。

ブキッチョ・そら の切接ぎの場合

運動神経が鈍い私は、怖くてとてもじゃないけど真似などできません:p 別の方法を考えました。

私の切接ぎはテーブルバイス(写真)で台木を固定し、怪我の危険性がある左手の代用にします。接木小刀は接木職人さんやデービッドさんと同じ「田主丸型」なので、「台木の向こう側」を切り分けます。


デービッドさんの デービッド接ぎ の場合

このような台木の切り分けの危険性を避けるために、デービッドさんが独自に工夫したのが「デービッド接ぎ」です。初めてそれを知ったとき、デービッドさんの頭の良さと発想の柔軟さに感心しました。

まず、清潔な布で台木の土汚れや薄皮を拭いとる。このとき、台木のどの位置(面)に接ぐか見定める。

写真下:これも右手はナイフを持っているだけ。左手は台木の枝の部分をしっかり握っている。
ナイフの先端部分を台木に当て、左手の親指でナイフの背を押して切る。

下右:台木がほぼ2分割されるくらい深く切り込んでいるのがわかる。

台木の切り込みの深さは、接ぎ穂の太さに合わせます。穂木が細くて形成層が現れている切断面の幅が狭ければ、台木も浅めに切り分けます。そうすることで台木と接ぎ穂の形成層が合致する部分が多くなります。まず接ぎ穂の調整から始める理由は、その幅を確認する意味合いもあります。

撮影した角度が悪くよく見えないので、以前に撮影したカットを再掲載します。

デービッド接ぎ

いかがでしょう、これならできそうな気がしませんか? 万が一ナイフが滑っても、刃が動く方向に手指は無いので怪我の心配が少なく、台木の表皮を切り落とす程度で済みます。

重要:

お気づきでしょうが、デービッド接ぎの一連の作業でデービッドさんは「革手袋」をはめていません。「接木作業は、革手袋をしているから大丈夫」というのは間違いで、鋭利な接木ナイフの刃に対し革手袋は気休めにしかなりません。
デービッドさんだけではなく、小林先生も福島先生も革手袋を使わず素手で作業されてますね。革手袋をつけずにナイフの感覚がダイレクトに指に伝わる方が、力の入れ具合が判断しやすいのです。

  • 穂木、台木ともに、ナイフを持つ右手に力を入れて切るのではない。右手はナイフを持っているだけ。
  • ナイフの刃先が動く方向に手指はない。
  • ナイフを入念に研いで、土汚れなどが接ぎ穂や台木に付かないよう留意する。
  • 接木小刀やフローリストナイフ、工作用の切り出しナイフは「片刃」。これらは右利き用と左利き用の区別がある。これの選択や、刃先を当てる台木の位置(側)、動かす方向を間違えると、意図しない方向に向かって切れる(刃が滑る)。
  • カッターナイフは「両刃」なので左右の区別はない。カッターナイフの刃には錆止めのオイルが塗ってあるので、作業前に台所用洗剤で洗い落とす。これを忘れると失敗の原因になる。この失敗は意外に多いので注意。

6-3 首のカットとテーピング

台木を切り分けてから、剪定鋏で台木の首をカットする。ここが今回の変更点。

切り分けた部分に接ぎ穂を差し込み、台木と接ぎ穂の形成層を合わせる。

テーピングは接ぎ穂の下側からテープを引き伸ばしながら巻き上げていく。最初(基部)はしっかりと数回巻き、芽の上は1〜2回巻いて、先端は木口をカバーしてから捻り切る。「接ぎロウ」や癒合剤は使う必要がない。


6-4 植え込み

バラ苗生産者の植え込みは、苗の出荷時期によって異なります。大苗の場合はいったんハウス内の畝に仮植えし、暖かくなってから本圃に定植します。新苗の場合は納品用のポットに植え込みます。

写真・左は福島園芸さんの培養土。詳細は「元祖 教科書のようには接がないバラの接ぎ木」で紹介しています。

使用するポットサイズを質問したら、先生から即座に「大きいほうがいい」というお答えが。台木の根を切らないデービッドさんも深めのポットを使います。写真の4個のポットのうち中2個がデービッドさんや福島園芸さんで使われた「TEKU」VCEシリーズ のポットで、大きいほうがVCE16、口径16cm、深さ20cm、容量は3リットル。左右は比較対象のロングスリット鉢で、左5号、右6号です。なお、これらの苗の生育程度はポットサイズとはまったく関係ありません。

浅植えする

接木後のポットへの植え込みは「浅植え」です。デービッドさんの指の位置が培土の表面になります。

イングリッシュローズを花壇に植える場合は深植えをするデービッドさんですが、この場合は浅植えです。
なぜそうするのでしょう?


6-5 接木後の温度管理

台木の首から上を切除したデービッド接ぎは、一般的な切接ぎと同じです。温度管理はこれも大苗にするか新苗かで異なります。

大苗生産の場合は、接木した株をハウス内の畝に仮植えしますが(写真:下左)、ハウスは無加温です。

新苗の場合は、出荷が春の植え付け時期に間に合うよう、夜間はボイラーで加温されたハウスにポットを並べます。福島園芸さんの場合は、ハウス内の適温は12℃から22℃程度の範囲だそうです。この最低温度12℃に注目。加温しなければこの温度にはなりません。加温されたハウス内と屋外に置かれた同じ新苗を見たことがありますが、その生育には驚くほどの差がありました。

写真:下右は、2012年2月19日(接ぎ木後およそ10日目)に撮影したデービッド接ぎの養生畝です。この年は珍しく二度も大雪が降りましたが、氷結している畑でもデービッド接ぎした株は寒波で痛むことはありませんでした。

「糖」の代謝

これは台木や接ぎ穂の細胞内に蓄えられた「糖」が代謝され、エネルギーであるATP(アデノシン三リン酸 )を得ているからです。多糖類のデンプンや二糖類のスクロースは単糖類のグルコースに分解され、クエン酸回路などでATPになります。台木の枝の部分にどれほどのアミロプラスト(デンプン粒)や糖アルコールが含まれているか定かではありませんが、一般的な切接ぎが何らかの保温が必要であるのに対しデービッド接ぎがこのように「寒さに強い」ということは、枝の細胞内の糖が関係しているのだろうと考えています。

オーキシンの生合成

台木の枝を残すデービッド接ぎが切接ぎよりも活性が高いと思われるもう一つの理由は、成長に関与する植物ホルモン「オーキシン」の生合成です。オーキシンは新梢の先端や芽など部位で生合成され極性移動しますが、切り落とされるクラウンや枝には芽(あるいは芽の原基)が多く存在するので、切り落とせば生合成されるオーキシンが減る可能性があります。

オーキシンとカルスの生成

オーキシンは多ければ良いというものではないけれど、不足すれば台木と接ぎ穂を癒合するカルス(未分化の細胞群)の生成が遅くなるだろうと思うので、唯一残った「接ぎ穂の芽」にオーキシンの生合成を頑張ってもらう必要があります。

台木のクラウンを切り捨てるのは、植物生理的には「もったいない」ことをしているのだと思います。

「肉巻き」の良い接木方法

左:接合部に見える赤い糸状のものが、台木と接ぎ穂を癒合するカルスの生成が始まった様子。

新梢の先端部分からオーキシンが供給され、カルスがどんどん肥大して、やがて「クラウン」を形成します。私はカルスの肥大を「肉巻き」と呼んでいますが、そこからベーサルシュートが発生するので、「肉巻き」の良い接木方法が好ましいと考えています。私が接木方法の細かな部分に拘っているのは、それを探すためです。

そのためには接木方法だけでなく、温度管理などその後の肥培管理が重要です。

接木苗の防寒

ATPやオーキシンの生合成は酵素の働きを伴う生化学反応なので、温度に影響されます。『この時期の接木には、暖房というほどではないにしろ、なんらかの防寒をした方がいい』というのは多くの栽培者が考えるところです。

この温度管理で、使い勝手が良さそうに思える事例が「新苗で秋に勝負 1月」に紹介してあります。

福岡バラ会のメンバーもこの方法が多いようです。

私は2022年のシーズンは100本程度を接ぐ予定なので、無加温ハウス内にビニールトンネルを設置しました。最低気温を下げない効果は気休め程度なんですが、急いで成長させる必要はないので「乾燥した寒風から株を守る」効果があればOKです。

温度管理の裏技 接木時期を1ヶ月遅くする

福島先生の講義録「新苗を植えて秋には一人前」には、切接ぎの時期を「1月中旬~2月下旬」と書いてあります。『2月下旬はいくらなんでも遅いのではないか。剪定もとっくに終わっている時期だし、すべての芽はもう動いているはず』と怪訝に思いましたが、これは出荷を急ぐ必要のない株の場合で、ハウスの加温が必要なくなる頃を見計らって接木をします。その理由はボイラーの燃料費の節約だそうです。

勘の良い人はお気づきでしょうが、採穂を1月の適期に行い穂木を冷蔵保存しておけば、2月下旬の接木が可能です。実際、私が熊本県宇土市にある先生の作業場を訪問した2017年は、もう春めいてきた2月27日でした。

この方法は、場合によっては私(たち)も応用できるかもしれません。


7 へそ曲がりな師匠と弟子と孫弟子

バラを教科書のようには接がない理由を「自分はへそ曲がりだけん」と笑われる福島先生。デービッドさんも、「迎合しない」という意味ではへそ曲がりかな。先生に素直に従わない私は性根(しょうね)が曲がってる :p

教科書のようには接がない三人の方法をまとめてみます。

7-0 教科書型

これがバラの栽培ガイド本でよく見かける「切接ぎ」の方法です。私も最初はこれで試みましたが、すぐに疑問が生じました。
それはテープを巻くと穂木の基部にわずかな隙間(赤色部分)ができるのです。

そんなとき、「デービッド接ぎ」に出会い、その後、福島先生に教えてもらう機会がありました。

7-1 師匠・福島先生

「教科書型」の接ぎ穂の基部の隙間について、私は疑問を持っただけでしたが、福島先生はそれの実証テストをしてあることを聞いて驚きました。そのテストは「元祖 教科書のようには接がないバラの接ぎ木」で紹介しています。
先生と同じ疑問を持ったことを嬉しく思いましたが、実証テストをすることなど思いもよりませんでした。

先生の作業部屋には、日本ばら会のコンテストの一等賞の賞状が何枚も放置されていることに驚くとともに、『そこまでテストするとは。さすが日本一の方は違うなぁ』と感心したことを思い出します。

福島先生の方法をよく見ると、切り分けた台木の表皮側の(写真で右側に白く見えている)飛び出した部分、一見無駄なように見えるけど、この部分に接木テープを巻いて締め付けると、これが「テコ」の役割を果たして接ぎ穂と台木をより密着させる働きをするだろうと思います。同じ飛び出した表皮でも、「教科書型」とは意味合いが違います。その違いを生むのは接ぎ穂基部の「角度」です。

飄々とした印象もある独特のお人柄の先生ですが、たぶんそこまで考えてあるのでしょう。デービッドさんは先生のことを親しみを込めて『アインシュタイン』と呼んでいますが、まさに、言い得て妙。


7-2 弟子・デービッドさん 2016

2016年のデービッドさんの接木。

この年は福島先生の作業場で一緒に接木をした日がありました。台木は福島園芸産で、既に首が切ってあります。
接木方法は先生と似ているように見えますが、接ぎ穂の基部の形が異なります。

台木の枝を切り落とすこの方法は以前からも行われており、私はそれを「デービッド式割接ぎ」と呼んでいました。仕事としてバラ苗の生産をするときは「デービッド接ぎ」がメインでした。いつから枝を切り落とすようになったのか、時期は記憶が曖昧ですが、2014年は枝を残す「デービッド接ぎ」だったのは写真があるので間違いありません。「デービッド式割接ぎ」になったのは、台木を自家製ではなく福島園芸や鳥取県の台木生産組合から購入するようになってからのことです。


7-3 孫弟子・そら 2017

この年は、私は一般的な「切接ぎ」の欠点を微調整して隙間を無くし、台木と接ぎ穂の縦の形成層を合わせることを重視した方法でした。
その顛末は「バラの接ぎ木 孫弟子そらの不覚」に書いています。

7-4 デービッドさん 2020

デービッドさんの2020年の方法は前述のとおり。2016年と比べるとかなり違っています。
その理由を聞いていませんが、バラ苗生産の現場で何か思うところがあったのでしょう。

7-5 そら 2022

『接ぎ穂の基部は楔形』という奥義を福島先生に教えてもらってはや5年。未だ得心のいく方法を見つけられずにいますが、今シーズンの私の接木は「福島流」に近いものになりそうで、接ぎ穂は先生よりももっと「楔形」にするつもり。

接ぎ穂の「芽」の位置がこれでいいのか、先生もデービッドさんも「横向き」なので、ちょっと迷っていますが、過去2年間のテスト結果は悪くないのでこれで行こうと思っています。

接木の成否は、接ぎ穂から新梢が伸びたということだけでは判断できません。その株がどのように成長するか、どんな花を咲かせるかが重要でしょう。そのためには接木の方法だけではなく、肥培管理なども含めてトータルに取り組む必要があると思います。今シーズンの接木の経過をこのブログに記録しながら、私のデービッド接ぎをあらためて見直すつもりです。

デービッド接ぎは「発展途上」です。

2022年1月10日追記:

この記事は:「デービッド接ぎと 田主丸型 接木小刀」に続きます。台木の切り込みを見直し、独自の方法を考えました。