9日午後、福岡バラ会のみどりさんとみのるさんが、そらのハウスでバラの接木をしました。私たち3人ともにデービッドさんの接木講座を受講したことがあり、これまでも数年間一緒に接木をしてきました。
今回は、台木に接ぎ穂を差し込む「切れ目」の入れ方 を見直します。
田主丸型接木小刀
3人はそれぞれが自分の「田主丸型接木小刀」を持っています。並べると「田主丸型」と称しても、それぞれ形が違うのがわかります。じつはこの3本はすべて兵庫県のみきかじや村で作られた「まがいモノ」です。特に下段の私の小刀は「青紙綱の本鍛造」で桐箱入りの「特級品」なんですが、その形はほとんど「切り出しナイフ」ですね。接木職人に憧れ、どうしても「田主丸型」が欲しくて、「田主丸型」という名前に釣られて通販で購入した私が無知だったのですが :p 10年ほども昔のことで、当時はそれ以外の選択肢を知りませんでした。
本物の「田主丸型接木小刀」はこれです。
接ぎ木テープ「ニューメデール」:接木.com | 接木テープと接木方法のご紹介 | 穂木の作り方
よく見えないのでわかりづらいですが、私たちの3本の中では上段の小刀が本物に近い形状をしています。本物の「田主丸型接木小刀」を持っている人は限られた少数の人だけです。その理由は、これを作っていた鍛冶屋さんがずっと前に廃業されてしまったから。
デービッドさんが、別の鍛冶屋さんに田主丸型接木小刀の再現を打診したら、1本10万円と言われたんだとか。板前さんが使う高級な和包丁並みですね。
花嫁道具に「田主丸型接木小刀」12本
田主丸の隣町・太刀洗でバラ苗を生産されているNさんは、嫁ぎ先が兼業農家だったので、お嫁入り道具としておじいさんが「田主丸型接木小刀12本」を持たせてくれたんだそうです。Nさんはそこでバラ苗生産を始められました。主婦として忙しい中で、自分が好きな品種に限定して年間3万本の大苗をひとりで生産してあります。
接木のこのシーズンだけは接木職人さんを雇われます。1日1000本接ぐとしても、3万本ともなれば30日間かかります。接ぐだけではなく、それを「仮植え」しなければならないので、ひとりでは無理ですね。
接木職人さんは、朝10本の小刀を研いで100本接ぐ毎に交換し1日1000本を接ぐのだそうです。それはNさんも同様で、花嫁道具の小刀12本の2本は予備。おじいさんもバラ苗生産者だったそうで同じやり方なんでしょう。
未確認ですがNさんのお話や接木方法から推察して、Nさんの接木作業に応援に来る接木職人さんが、このYouTube動画に登場するご夫婦の職人さんだろうと思います。Nさんの方法の特徴のひとつは、接ぎ穂の先端にはテープを巻かず、切断した木口の癒合を促進する「バッチレート」を水で薄めて、筆を使って塗布します。
Nさんからはバラ苗生産についていろいろ教えてもらいましたが、台木の実生苗作りの方法の一部を2012年4月29日の記事:「ノイバラ台木の実生苗作り(プロの場合)−2」に書いています。
福岡県は園芸の先進地域
福岡県、特に田主丸(たぬしまる)を中心とする筑後川流域は、果物や苗木の生産など園芸が盛んな地域です。バラ苗の生産・出荷額は確か全国3位だったんじゃないかな。「バラの接木職人さん」がいる地域はそう多くはないでしょう。
「田主丸型接木小刀」はもちろんですが、接木テープ「ニューメデール」も福岡で、この商品を製造・販売している株式会社アグリスの本社は、田主丸(久留米市)の隣・福岡県八女市にあります。テープの素材(原反)を生産しているのは、やはり福岡県の三井化学 大牟田工場と聞いています。
デービッドさんは、「田主丸型接木小刀」と「ニューメデール」が九州・福岡で誕生したことを、いつも嬉しそうに(ちょっと誇らしげに)語ります。
閑話休題。デービッド接ぎに 田主丸型 接木小刀を使う場合の方法を、さらに見直します。
1 田主丸型接木小刀の特徴
特徴 ①
田主丸型接木小刀の形状は、田主丸地区での切接ぎ方法に特化した工夫がされています。「鎌」のように湾曲した刃の形がそうで、これで枝が逃げません。別の言い方をすれば、刃が滑りません。
特徴 ②
もう一つの大きな特徴は、刀身の "厚み" が切先から手元にかけて徐々に増していて、柄に近い部分ほど刃と峰の間に肉厚で幅広の "鎬(しのぎ)地" があります。これゆえに、
刃を押すようにスライドさせて台木を切ると、鎬の厚みが抵抗になって自ずとブレーキがかかる
ように作られているのです。 なんと賢い!
これは鍛冶職人さんが発想できることではなく、接木職人さんとの共同開発で出来たんでしょうね。
2 デービッド接ぎと田主丸型接木小刀
3 『刺身を引く』ように、台木を切り込む
この「重さ」(台木の硬さ、あるいは切れ味の悪さ)は『小刀の研ぎ方が悪いからなのでは』と思いましたが、どうもそうではなさそう。
接木職人さんの小刀の使い方を見ていて、ふと、板前さんは『刺身を "引く"』と言うことを思い出しました。
田主丸型接木小刀の場合は刃の形状から、「引く」ではなく「押す」という動きになります。写真の赤▼の位置を台木に当て、青➡︎の方向に、押しながら切り下げます。
すると、同じ小刀とは思えないほど軽くスッと切れます。水色▼まで刃を動かすと、鎬(しのぎ)の厚みで小刀にかかる抵抗力が増して止まり、その位置で台木の切れ込みがちょうどいい長さになります。
これは不要な枝でちょっと練習すればすぐに体得できます。みのるさんは練習なしのいきなり本番で切りましたが、『ここで止める』と特に強く意識しなくても、刃の動きが重くなって水色▼の位置で止まっています。
この切り方なら台木に切り込みを入れるのが重くありません。気持ちよくスッと刃が入ります。この動作では、台木に枝が残っているというのが大事なポイントで、左手で台木の枝を握っています。左手が使えなければこのような切り方はできません。
4 台木の固定
このように刃を動かして切るには、デービッドさんのように左手で台木を持つだけでは安定しないので、なんらかの方法で台木を固定することが必要でしょう。
接木職人さんは左手で台木を包み込むように持ちますが、それは慣れない私たちには危険なので、左手の代わりをする別の方法で固定すればいいのだと考えました。
ここでは、ポットの基部をワークベンチ(作業台)で固定し、左手で台木の枝を握っています。そうすることが自然な姿勢だし、安心感もあって集中できます。
ポット植えではなく裸の台木を使う場合は、テーブルバイス(写真:右)を使います。この写真の場合、向こう側に立ってこちら向きで作業します。これも左手で台木の枝を握って作業します。
台木を「ポット植え」にして「膝」で挟む。これが安全で、作業しやすい
ポット植えの台木なら、ワークベンチを使わなくても、椅子に腰掛けてポットを膝に挟めば、安定して作業することができます。左手で台木の枝をしっかり握っていますが、小刀を持っている右手にはさほど力を加えていません。右人差し指は、台木に対する小刀の角度を固定し、切り出しナイフのように刀身が薄い私の小刀(鎬が田主丸型のようには機能しない)が、台木を深く切りすぎるのをストップする役割です。
万が一刃が滑ってもポットがストッパーの役割になるし、さらには厚手の「前掛け」をしています。
この方法は、挟み方次第で台木の角度を自由に調整できるので切りやすいです。このときポットの縁が邪魔にならぬよう台木は浅植えで、接ぐ面がやや上向きになるように植え込んでおけばもっとやりやすくなります。
そしてこの切り方は「田主丸型」だけでなく、「切り出しナイフ」はもちろん「カッターナイフ」でも可能だろうと思います。
板前さんが刺身を引くときに「まな板」が必要なように、自分に合った何らかの方法で台木を安定させる のが、安心してより確実に作業するためのポイントでしょう。
1日に1000本を接ぐ職人さんはこのようなことはやっていられませんが、効率よりも「安全で楽しい接木」を優先できるのが、私たちアマチュアの特権ですね。
作業を終えて、みどりさんが淹れてくれた珈琲をいただきながら、「刺身を引くように、台木を切る」という着想を褒めてもらいました。ということは、お二人ともこの方法が作業がしやすかったのでしょう。
熱い珈琲と、みのるさんが持ってきてくれたお菓子が美味しかった。ありがとう。
Tips:
- 切り込む時は、切った面が真っ直ぐになるよう、途中で刃の角度を変ることはしない。
- カッターナイフは刃の先端部分が接木小刀よりも背高なので、枝が邪魔になるかも。その場合は邪魔な枝だけを先に切り捨てる。刃はある程度の長さを出しておくことが必要。
- 台木を切るより前に接ぎ穂を作り、その形成層の長さや左右の間隔を意識しながら切り込みを入れる。切り込みの深さは、接ぎ穂の形成層の左右の間隔に応じて、広い場合は深く。
- ポット植え台木の場合は、極端な浅植え(カットする部位がポットの縁より上)にするのが小刀が使いやすい。
花屋さんや生花作家が使う"フローリストナイフ"や、T芽接ぎ用ナイフ(写真)は、刃の付き方が接木小刀とは逆面なので、台木の自分に面した側に、接木小刀とは逆に右下に引いて切り込みを入れます。
この場合、左手で台木を持つだけでは安定しないので、なんらかの方法で台木を固定する必要があります。接木するより前にポットに植え込んで、「膝に挟む」方法がやりやすいかも。
注意
前のページにも書きましたが、刃物は「片刃」と「両刃」の区別があります。T芽接ぎ用ナイフやフローリストナイフは「片刃」ですが、接木小刀とは刃の付き方が逆面になっています。
もしフローリストナイフで台木の向こう側を切ると刃が逃げて(刃が、外側に向かってスルッと滑って)思うように切れない場合があります。接木小刀や切り出しナイフで手前側を切っても同様。
また、「片刃」は右利き・左利きの区別があって、それを間違うとやはり刃が逃げます。カッターナイフは「両刃」なので左右の区別はなく、どちらの面を切っても同じです。
カッターナイフは、刃に塗ってある錆止めオイルを台所洗剤(など)で洗い流すことを忘れずに。
1月10日 追記:至福のとき
翌10日の午後、AirPodsの音楽を聴きながらひとり接木作業を続け、のんびりペースで主にHTを30本ほど接ぎました。
HTは3段目から採穂しましたが、充実度や芽の大きさからして、今がベストの時期と思いました。穂木の状態が良いと作業が楽しいですね。
傾けて設置した作業台は使いやすく、台木のカットも小刀がスッと入ります。『接木テープなしでもいけるんじゃないか』と思うほどに接ぎ穂がピタッと嵌った時は、快感!
挿木台木がベスト
挿木で作った台木は、切り込みを入れる「胴」の部分が長く真っ直ぐ(そのような部分を選んで挿し木している)なのでとても扱いやすく、今年の台木作りは台木のタネも準備しているけど、100%挿木でやろうと決めました。
挿木台木は「緑枝挿し」をします。挿し穂の枝を取る母木は、今使用している台木の中から選んで5株ほどを地植えする予定です。
ハウス内のトンネルには、これで接木苗が70鉢ほど並びました。並行したシュラブやクライミングの「挿木」が50本ほど同居しています。夜間はビニールを降ろし、内部には結露軽減のためのキャンドルを灯します。
キャンドルは小さなものなので暖房効果はほとんどありません。ハウス外が氷結している寒い朝で、トンネル内の最低気温は2℃程度。バラ苗生産者が設定する最低気温12℃や、自宅内で育苗する場合と比較すればずいぶん低いです。デービッドさんからは「電熱マット」の使用を勧められたのですが、残念ながらハウスにはエンジン発電機しかありません。過去には「練炭七輪」を使っていたこともあるのですが、無人のハウスに「火の気」は怖い。
このような環境でも、年末に接いだNさんの31鉢のうち、穂木が細かった(枝先に近いところから採穂された)芽が動き出しました。接木後2週間です。これはもちろん、『接木が成功した』と言える状況ではなく、接ぎ穂が内包しているエネルギーで動いているので、この後に成長が止まる「お地蔵さん」になることもあります。
接木後はただ「芽の動きを見守る」だけですが、期待と心配が交錯した日々が続くことになります。
1 件のコメント:
デービッドさんは元気です!
今日1月14日にデービッドさんと電話で話をしました。デービッドさんは、小豆島のリゾートホテルにイングリッシュローズの花壇(バラ園?)を作るプロジェクトが進行していて、とても嬉しそうでした。明日から現地だそうです。
2月中旬には苗が届く予定で、20日頃から植え付けが始まるそうです。私は何の手伝いもできないけど、作業に立ち会うだけでも楽しそうだし、勉強にもなるし、小豆島に行こうと思います。
この期間に、現地で「イングリッシュローズの植え付けに関する講習会」も予定されているようですよ。詳細がわかればこのブログでもお知らせします。
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