このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙くて誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

2023年8月31日木曜日

バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせるーその1

この記事は、2023年5月24日:「バラの開花を20日遅らせる − B 接木による方法」の続編です。自分のバラ栽培のための  "自習ノート" なので、超長文で、サイズの大きな表もあり、スマホでの閲覧には不向きです。

テーマ:5月1日に開花したバラを、5月20日に開花させる方法を考える。

栽培環境と対象とするバラ:福岡市郊外 農業用ビニールハウス 鉢植え ハイブリッドティ

開花を遅らせる三つの方法

  1. 剪定日や方法を変える
  2. 接木による方法
  3. 遮光でバラの概日時計を狂わせる

このページ:遮光でバラの概日時計を狂わせるーその1

  1. 金沢を基準にして考えてみる
  2. 四季咲き性バラの春一番花の開花時期に関する栽培上の "事実"
  3. 花成を制御するシステムの全体像
  4. 花成ホルモン・フロリゲンを生合成するながれ
  5. 概日時計と花芽形成

次のページ:遮光でバラの概日時計を狂わせるーその2

  1. 日長を制御して、COタンパク質生合成の時期と量を金沢に合わせる
  2. 気温
  3. 概日時計を狂わせる
  4. 「C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」のまとめ
  5. 「バラの開花を20日遅らせる」全体のまとめ

このページではバラの "概日時計" を狂わせることで開花時期を遅らせる方法を考えますが、この一連の記事のスタートは2023年4月16日の:「 早すぎる結蕾 "花芽形成" についての推察」です。

方法B.とC.の間(前のページ)に「花成ホルモン・フロリゲンは朝夕二度作られる」という記事があります。もしこのページを読まれるなら、そんな方は皆無だろうと思うけど:p まずそれらに目を通してくださるよう。でないと、ページの内容はまったく意味不明になるでしょう。

:この分野での研究はモデル植物・シロイヌナズナ(アブラナ科の1年生草本)か、農業で重要な穀物類を対象に展開されています。 残念ながら、四季咲き性バラの花芽形成についての研究論文などは多くはないようです。ここでは「四季咲き性バラの春一番花」を考察の対象にしていますが、二番花以降の開花は別の要因が関連しているので、ここでは取り上げません。

この一連のページは科学的な根拠は極めて怪しげで、引用以外の内容は「・・だろう」という 仮定 に基づくものです。多くの誤謬があると思われるので、引用やリンクはしないでください。実栽培による検証は来春です。


1. 金沢を基準にして考えてみる

金沢ばら会の2023年春のばら展は5月20日と21日に開催される。金沢市ではその時期にもっとも美しく春のバラが咲くのだろう。これは5月1日頃に見頃になる私の環境より20日遅いが、バラの美しさを損なうことなく春の一番花を20日遅れで咲かせるには、日長と気温を金沢に合わせればいいのでは?

私の栽培環境を金沢に近づけることが可能かどうかがはひとまず置いて、花成時期に大きく影響する日長や気温をバラがどのように感知しているのかを調べ、ついで金沢と福岡のデータを比較して対策を考えてみる。

これまでと同様に、「研究用モデル植物・シロイヌナズナとバラの花成プロセスは基本的に同じであろう」という前提 で考察を進める。花成に関係する遺伝子やタンパク質はシロイヌナズナの場合。

新たな知見として、「花成ホルモン・フロリゲンを生合成するために必須な転写因子であるFTタンパク質、それを作るFT遺伝子が朝にも活発にはたらいている」という、奈良先端科学技術大学院大学(以下 "NAIST" と略記)の久保田 茜助教の指摘・「体内時計で季節を知る」(前ページの「花成ホルモン・フロリゲンは朝夕二度作られる」で紹介)があるが、その詳細が分からないので、とりあえずこれまでの知見で自分が理解した範囲で考察を進める。

2. 四季咲き性バラの春一番花の開花時期に関する栽培上の "事実"

日長の影響と開花時期

  • 同じ福岡でも、地形の関係で日の出が遅い、あるいは日の入が早い(もしくはその両方)という、"日長が短い栽培地" は、春一番花の開花が遅くなる。これは栽培者なら誰でも知っている "事実"。
  • 四季咲き性バラの春の一番花は、剪定日が多少ずれても、ほぼ同じ時期に揃って咲こうとする性質がある。
  • これまでの経験から分かっている剪定日を大きく遅らせると、バラは開花を急いで小さな花を咲かせる。

光周性

多くの植物は、他家受粉をするために同じ品種は受粉に最も好ましい時期に一斉に開花しようとする性質があり、それを「光周性」という。Wiki から一部引用;

光周性は、1920年にガーナー(Garner)(米)とアラード(Allard)(米)によって発見された。彼らは、同じダイズの種子を少しずつ時期をずらして蒔いたところ、それぞれ生育期間が異なるにもかかわらず、どの個体もほぼ同じ時期に花を咲かせる ことに気づいた。このことから、花芽の形成時期を制御している条件が、土壌の栄養状態や空気中の二酸化炭素濃度などではなく、日照時間(正確には明期の長さではなく暗期の長さ)であることを発見し、Photoperiodic Response (光周期的反応)とした。

今回のテーマを考える上で、この「光周性」はとても重要。逆の言い方をすれば、この「光周性」に基づく開花時期をいかにしてズラすかがテーマ。

積算温度に基づく剪定日と開花日

福岡で剪定(2月15日)から開花(5月1日)までの期間(これを "標準" とする)の "日平均気温の積算温度" が1060.2℃で咲いたバラ品種は、金沢でも適期に剪定すれば同様に1060.2℃で咲くはずで、それを「金沢で5月20日に開花させるためには、いつ剪定すればいいか」を積算すると、2月28日に剪定すればいい という結果になる。これを金沢ばら会の◯◯様に確認したら、「金沢における剪定時期は、2月末から3月はじめにかけて」と教えていただいた。ここまでは間違いないと確認。◯◯様ありがとうございました。

POINT:しかし、既に 「A2. 剪定日や方法を変える」 で検討したように、この「2月28日に剪定すればいい」は、福岡には当てはまらない。
福岡の標準剪定日の2月15日から見ると 2月28日は2週間遅れだが、2週間遅れで剪定しても開花時期は標準開花日より1週間も違わないだろう。なぜなら、ガーナーとアラードが発見した「光周期的反応」、つまりバラの春一番花の開花時期は、概日時計を基準にしたMADSボックス遺伝子によって制御されている から。

花成の時期とMADSボックス遺伝子 Wikipediaより一部引用 傍線:そら

花成の時期の決定 にもMADSボックス遺伝子が関わっている。シロイヌナズナでは、MADSボックス遺伝子の SOC1 と Flowering Locus C(FLC )が 花成における主要な分子経路を統合するのに重要な役割 を果たしていることが示された。(SOC1FLCは下図を参照)

こういった遺伝子は正しいタイミングで花を咲かせるのに必須の役割を果たし、繁殖において最も成功が見込める時に確実に受精が起こるような仕組みを実現している。

四季咲き性バラの春一番花の開花を20日遅らせるには、剪定日を遅くすればいいのではない。もちろん、剪定日を極端に遅らせれば(あるいは切戻し剪定をすれば)5月20日に開花させることは可能だ。だが、栽培者ならすぐわかるように、それでは春一番花の美しさ(生き生きとした輝き、花の大きさと勢い、花と葉のバランスなど)は損なわれてしまいがちだ。そのような花を「一・五番花」と呼んでいる。これをいかに解決するか。

3. 花成を制御するシステムの全体像

このページでは花成に関して「光周性」をメインに考えているが、それ以外にも影響を与える要素があることは栽培上の経験からわかる。温度が重要なのは言うまでもないが、株の樹齢(幼若性=実生や挿木・接木の幼苗は、成株とは異なる開花特性を示す)や、あるいは過肥のような環境ストレスなども開花時期に影響を与える。

NAIST 花発生分子遺伝学 伊藤 寿朗教授 の資料で、花成を制御するシステムの全体像を見る。

花の発生における幹細胞の増殖および分化の制御|ライフサイエンス 領域融合レビュー 3, e014 (2014) から部分引用。

 花成を制御する遺伝学的な経路
ⓒ2014 伊藤寿朗 Licensed under a Creative Commons 表示2.1 日本License

花成の誘導は、光周期依存経路,春化依存経路,自律的経路,ジベレリン依存経路のほか,温度受容性経路,加齢経路という複数の独立した経路からのシグナルが統合され,最終的にFT,SOC1,AP1,LFYといった花成を促進する転写因子の発現が誘導される。

その上流には,花成の抑制タンパク質であり,自律的経路,春化依存経路,高温受容性経路からのシグナルの集約する FLC が機能している.FT は花成シグナルの統合タンパク質であり,葉で感受した光周期による花成誘導シグナルを茎頂に伝達する花成ホルモン(フロリゲン)の分子的な実体と考えられている.

花成の抑制タンパク質FLC,花成の促進タンパク質SOC1,花メリステムの決定タンパク質AP1,花のホメオティックタンパク質であるAP1,AP3,PI,AGは,すべて MADSドメインタンパク質である.

開花にいたる経路の複雑さに驚く。 は促進、T は抑制。「光周性依存経路」からAP1にいたる経路の水色マスキングは私の改変によるもの。この経路をコントロールすることで開花を20日遅らせようとしている。花成を抑制する FLC については、その項目はわかるが、具体的な内容は理解できていない。以下で紹介する "TFL1" との関連性もわからない。

花を咲かせないようにする仕組み "TFL1

山口暢俊助教 et al.-2020|奈良先端科学技術大学院大学| から一部を引用し、自分にわかりやすいよう改変

花を咲かせないようにする仕組みを発見
花成ホルモン「フロリゲン」と抑制因子が共通のパートナーを奪い合い
開花時期の操作や食糧増産に期待

植物は環境からの様々な情報を利用して花を咲かせる適切なタイミングを決めています。特に光に応答したタイミングの決定において重要な役割を果たしているのが、花成ホルモン「フロリゲン」と呼ばれるFLOWERLING LOCUS T(FT)タンパク質です。

花を咲かせるように仕向ける光の環境条件で育てた植物は、まず葉でフロリゲンを産出します。そのフロリゲンは篩管を通って茎頂へと運ばれ、パートナーである遺伝子発現のスイッチをONにする転写因子FDと結合し、花芽をつくる遺伝子に働きかけます。

しかし、光など環境の情報が花を咲かせるのに適した条件でない場合には、茎頂での花芽形成は抑制されています。この抑制を行っているのが、TERMINAL FLOWER 1(TFL1)タンパク質です。このTFL1タンパク質もFTのパートナーであるFDに結合して複合体を形成します。

 花を咲かせないときと咲かせるときの仕組みの違い
花を咲かせないときには、TFL1-FD複合体が花をつくる遺伝子の働きを抑えている。
TFL1とFTは競合し、FT-FD複合体が形成されると花をつくる遺伝子が働き、花の形づくりが実行されていく。

パートナーFDの競合によるTFL1とFTの拮抗作用により、植物が花を咲かせずに待つのか?それとも花を咲かせるかを決定します。そのあと、LFY遺伝子が細胞に花の性質を付与して、花の形づくりが実行されていきます。

バラ栽培者必見 岩田光氏の優れた研究 TFL1とバラの四季咲き性

「アンチフロリゲンの発見と光周性花成を基礎としたキクの周年生産」|「化学と生物」(公)日本農芸化学会
久松 完 農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門 から一部引用

花成抑制因子:TFL1はアンチフロリゲンか?

TFL1遺伝子のホモログ(相同遺伝子)が多年生植物の開花の季節性や幼若期間の決定における重要な因子であることが示されている.ノイバラの開花が春にのみ見られるようにバラの野生種の多くは一季咲き性を示すが,現代のバラ園芸品種の多くは四季咲き性を示す.現代の栽培バラの四季咲き性は,中国古来の四季咲き性のコウシンバラの形質が導入されたものとされている.このコウシンバラの四季咲き性の原因が,TFL1相同遺伝子(KSN)にトランスポゾンが挿入し,KSNの機能が欠損したためであることが示された.

バラの「四季咲き性」は、花成を抑制するKSN遺伝子(シロイヌナズナの場合はTFL1遺伝子)のDNA配列がトランスポゾン|Wiki によって構造変化し、その結果、花成の抑制ができなくなることから生じる。「四季咲き性」の仕組みについては、以下の岩田 光 et al. の論文を参照。

"The TFL1 homologue KSN is a regulator of continuous flowering in rose and strawberry"
- Hikaru Iwata et al. - 2012 - The Plant Journal - Wiley Online Library
「TFL1ホモログKSNは バラとイチゴの継続的な開花の制御因子です」(Google翻訳)

この論文に関連して、荒木 崇・京大院教授のコラムが、植物まるかじり叢書 電子版(訂正・追記) | 出版物 | 日本植物生理学会 の3巻1章「ようこそ花の世界へ」のページにある。一部を抜粋し引用;

中国のバラから西洋バラに持ち込まれた「四季咲き性」は、元・湧永製薬植物園の岩田光氏や、筆者、フランスのFabrice Foucher博士らの研究によって、中国産のバラRose chinensis(庚申薔薇、コウシンバラ)で生じたシロイヌナズナのTERMINAL FLOWER 1 (TFL1)に当たる遺伝子の機能欠損によるものであることが明らかになった(Iwata et al. 2011)。バラのTFL1遺伝子は、「庚申薔薇」に因んでKOUSHIN (KSN)と名付けられた。

TFL1遺伝子がコードするTFL1タンパク質は、フロリゲンであるFTタンパク質とよく似た構造を持つタンパク質であるが、多くの植物でフロリゲンとは逆の役割(花芽形成の抑制)を持つ。コウシンバラで生じた四季咲き性は、KSN遺伝子の機能が失われることで、花成の調節とともに花序の形態の調節が変化した結果生じたものであった。

モダンローズの四季咲き性は、Rose chinensisのスポーツ(枝変わり)を固定したものとの交配から生まれたそうだが、四季咲き性のメカニズムを、バラ栽培を始めて10年以上も経って初めて知った:p

KSN遺伝子について岩田 光氏が書かれた「四季咲きの謎が解けた」という記事が、誠文堂新光社 2016年発行の "ビオストーリー" No.25「薔薇の物語」に掲載されている。京大院・荒木教授らとの研究成果を踏まえて、一般向けに書かれた優れた内容だ。

花成を抑制するFLCとTFL1の二重構造?

このページでは、FTの発現量のピーク時期を遅らせることで開花を遅延させることを考えている。前述のNAIST・伊藤 寿朗教授の経路図では、花成ホルモン・フロリゲンの実体であるFTタンパク質を抑制する機能としてFLCがあるが、NAIST・山口暢俊助教の記事では、「花を咲かせる時期は、TFL1とFTの拮抗作用 によって決まる」とされている。このFLCとTFL1はどのような関係なのだろうか。

花芽形成のタイミングが、FLCとTFL1の二重構造によって制御されていても不思議ではないが、その辺りのことは私にはわからない。特に、FTTFL1と結合して花成を制御する "FDタンパク質" についての情報を見つけられずにいる。

そのような状況で、では実栽培で開花時期をコントロールするには具体的にどうすればいいのか、その詳細をFTを中心に検討していく。


4. 花成ホルモン・フロリゲンを生合成するながれ

NAIST 伊藤教授の経路図で水色にマスキングした部分「光周期依存経路」のメカニズムを、資料1〜3で再確認する。

  • 資料1.と2. 「FT遺伝子は概日時計の働きによって夕刻に発現する」とした従来の知見
  • 資料3.  FT遺伝子が朝にも活発にはたらいている」という、NAIST 植物生理学教室の新たな知見

資料1. フロリゲン|Wikipedia 読みやすいように一部改変

  1. シロイヌナズナにおいて、シグナル伝達は CONSTANS(CO)と呼ばれる転写因子をコードしているメッセンジャーRNA(mRNA)の産生によって開始される。植物の生物時計の制御によって、CO mRNAは夜明け後約12時間後に産生 される。
  2. このmRNAはCOタンパク質へと翻訳される。しかしながら、COタンパク質は光存在下でのみ安定なため、COタンパク質の量は日照時間が短い間は低く保たれ、日照時間が長くなりまだ光がある夕暮れ時にのみピークに達することができる。
  3. COタンパク質は、FT遺伝子の転写を促進する。このような機構によって、COタンパク質は日照時間の長い時期にのみ、FT遺伝子の発現を促進することが可能なレベルに達することができる。

資料2. 京都大学大学院 生命科学研究科

  「花が咲くメカニズムを解明」学外向け広報誌『紅萠』17号 pdfファイルから引用

重要なポイントー1 花成開始のタイミング

  • 葉の細胞にある 光受容体(フィトクロム)が光を感受 する。
    以下 植物が光を感じる仕組み | みんなのひろば | 日本植物生理学会 から一部引用
不活性型のフィトクロムは細胞内の細胞質ゾルと呼ばれる分画に水に溶けたような状態で存在します。ここに光が当たると、活性化されたフィトクロムが細胞内の核という構造の中へ移動します 。
核内には遺伝子の本体であるDNAがしまわれており、ここに転写因子と呼ばれるタンパク質が結合することで個々の遺伝子の発現量が上がったり下がったりします。
活性化されたフィトクロムは、核内で特定の転写因子と結合しその分解を促します。その結果、この転写因子が制御していた幾つもの遺伝子の発現量が変化し、細胞はその性質を変える(CO遺伝子が発現する)こととなります。
  • FTタンパク質を作るために必須な転写因子COタンパク質は概日時計に制御されて夜明け約11〜12時間後に生合成されるが、日照がないと分解されてしまい、FTタンパク質は作られない。

  • FTタンパク質は、葉の先端側の維管束篩部の伴細胞(師管について | 日本植物生理学会)で作られる。
  1. 光によって活性化されたフィトクロムが核内に移動
  2. CO遺伝子の読み出し → COタンパク質(転写因子)の産生
  3. COタンパク質(転写因子)によるFT遺伝子の読み出し → FTタンパク質(フロリゲン)の産生
  4. FTタンパク質が維管束を通って茎頂に移動
  • ある量まで蓄積されたFTタンパク質が茎頂でFDタンパク質と結びつき、花の形態についての情報を持つ遺伝子(AP1遺伝子など)の読み出しを開始する
参考:フィトクロムのシグナル伝達機構

 光をうけ活性化した フィトクロム(pfr) の働きについては、京大院の「植物生理学研究室 長谷研ホームページ」|「フィトクロム研究」に記載がある。一部を引用。

フィトクロムが核内でシグナルを伝達する機構として最も有力なのが、転写因子との相互作用である。フィトクロムは、PIFと呼ばれる bHLH型の転写因子群 と光依存的に結合する。これらの転写因子は、核内でフィトクロムによる制御の一次ターゲットとなる遺伝子のプロモーター領域にあるG-box配列に結合し、フィトクロム応答を負の因子として抑制している。フィトクロムは、これらの因子のプロテアゾームによる分解を促進することで、光応答を引き起こす。

何やら難しいが、「活性化した フィトクロム(pfr) が、CO遺伝子の発現を抑制していた "G-box配列" を分解する」ということかな。ただし残念ながら、ここには「光刺激を受けて◯◯時間後」という機能の説明はない。

モデル植物・シロイヌナズナは栄養成長と生殖成長がはっきり区分できるが、バラの春一番花は葉の展開(栄養成長)と花芽形成(生殖成長)がわずかなタイムラグで進行する。剪定後に膨らみ始めた新芽は、まず三枚葉、続けて複数の五枚葉を展開したのちに再び三枚葉を展開し、蕾をつける。シュート頂メリステムで花の原基が分化するのは、上部の三枚葉の原基が作られた直後になる。

つまり、それが四季咲き性バラの春一番花の花成のタイミング。このときの新芽の状態は、最初の三枚葉が展開し始めたばかりで、芽の内部では複数の五枚葉が作られており、その新芽の長さは1〜2cm程度だ。

葉の先端側の維管束篩部の伴細胞の光受容体(フィトクロム)が花成のトリガーなら、バラの花成のタイミングは「最初の三枚葉が展開し始める時期」ということになる。それは私の環境では3月初め頃だ。
3月1日の福岡の日の出は 6:48で、CO遺伝子の読み出し時刻は日の出の11時間後(仮定)の 17:48、日の入は18:15だから、日没によってCOタンパク質が分解されるまでに27分間の時間があり、FTタンパク質が生合成されるのに時間的な問題はない。

しかしこの考えは正しいだろうか? これでは「花成時期を決定するのは 葉の成長程度」、つまり「剪定の期日とその後の気温」ということになる。「四季咲き性バラの春一番花は、剪定日の数日程度のズレはあまり関係なく、ほぼ同じ時期に咲く "光周性" がある」という事実に合わない。もしかして「花成がスタートするのは最初の三枚葉が展開してから」よりも早いのではないだろうか? 花成スタートのトリガーは光受容体の "フィトクロム"。

光受容体・フィトクロムはバラの 枝の表皮 にもある?
『フィトクロムは,根を含む様々な器官,組織で発現している』 出典:光合成事典

フィトクロムが剪定した枝にもあるなら、まだ新芽が固い時期でも "枝の表皮にあるフィトクロムが光に反応している" と考えられる。つまり上図の「葉」を「枝の表皮」に置き換えればいい。FTタンパク質が作られる 維管束篩部伴細胞|Wiki はもちろん枝にもあり、作られたFTタンパク質がある程度の距離を移動するのは、京大院 生命科学研究科の実験などによって確認されている。

四季咲き性バラの春一番花の花成は "枝の表皮にあるフィトクロムがトリガー" というのは、かなり無理っぽい推測に過ぎないが、「確認されていないから間違い」・・とは言えないよな:p

9月13日追記:

いや、この推測は屁理屈にすぎないだろう。新芽が綻んで最初の三枚葉が展開したら、そこにあるフィトクロムが機能してFTタンパク質が作られると考えるのが無理がない。バラの開花時期を制御する「光周性」が、剪定日やその後の気温では説明できないのは、まだ私が理解できていない "MADSボックス遺伝子" の働きによるのだろう。

重要なポイントー2 朝の FT遺伝子発現量は 金沢も福岡も同じ

この一連の記事のテーマは、金沢で5月20日にきれいに咲くバラを同じように福岡でも咲かせたい(何もしなければ5月1日に咲く)ということ。開花を20日遅れにするには、剪定日を遅らせることでは無理(剪定を極端に遅い時期にして20日遅れで咲かせたバラはやや品質が劣る)なので、栽培環境をできるだけ金沢に近づけて花芽形成時期を合わせるのがポイント。その時期を左右するのは、気温とバラの概日時計によって制御されるFT遺伝子の発現量。

資料3. 奈良先端科学技術大学院大学 植物生理学

 【図6】 FT遺伝子のはたらく時間帯
RESEARCH 植物が刻む体内時計  | 「季刊・生命誌」111 2022年 冬号|JT生命誌研究館 から引用

奈良先端科学技術大学院大学 植物生理学教室の指摘によれば、FT遺伝子は朝にも多く発現する。

その機序は不明だが、金沢と福岡の開花時期を合わせるためには重要な条件ではないと思う。 なぜなら夕刻は "光がなくなるとCOタンパク質は速やかに分解され、その結果 FT遺伝子の読み出しは起きない" という "ケツカッチン" があるが、午前中はその制約がない。

金沢は福岡より約20分日の出が早いが、その違いしかないので、【図6】 の緑の折れ線を20分右へシフトするだけ。午前中から昼過ぎまでのFT遺伝子の発現量は金沢も福岡も同じ だ。

よって、金沢と福岡のFT遺伝子の発現量を揃えるには、夕刻のみを考えればいい ことになる。


5. 概日時計と花芽形成

金沢で2月28日に剪定すれば5月20日に開花するバラを福岡でも5月20日に開花させるには、花成プロセスの進行を金沢に合わせる必要がある。それに影響しているのは(金沢と福岡の差は)「日長」と「気温」。

まず「日長」から検討してみるが、そのキーポイントは、バラのすべての細胞内に存在している「概日時計」の仕組み。この数ヶ月、ネット上にある資料を読んでいるが、ボケ始めた頭ではその全体像を把握するのがとても難しい。

NOTE-1は、京都大学大学院生命科学研究科 分子代謝制御学 遠藤 求准教授(現・NAIST 教授)によるもの。
NOTE-2の「植物時計のしくみとはたらき」は、名古屋大学 ゲノム情報機能学研究分野(藤田・山篠研究室)ホームページからの引用。NOTE-1と同じ内容を含むが、「概日時計」を理解するのが難しいので繰り返す。

なお、NOTE-1は実教出版の「高校生物」の副読本。高校生になったつもりで:p これらのページの要旨を"抜き書き引用"する。傍線:そら

NOTE-1 概日時計とは

京都大学大学院生命科学研究科 分子代謝制御学 遠藤 求准教授(現・NAIST 教授)

植物の体内時計はどこにある?

じっきょう資料|理科|高等学校 教科書・副教材|ダウンロード|実教出版ホームページ から引用

  • 概日時計はおよそ24時間の周期
  • 植物が決まって春に花を咲かせるのも概日時計の働きによるもの
  • 植物は概日時計を利用して日長を測ることで季節を知り,適切な季節に花を咲かせる
  • 概日時計の三要件
    • 光や温度の外部環境刺激が無くともリズムが持続する(自由継続性)
    • 明暗サイクルに同調できる(光位相同調性)
    • 周期が温度によって影響されにくい(温度補償性)
  •  概日リズムの三要件
  • 植物の体内時計システムは動物と同様に階層構造を持っている
  • 維管束の概日時計は花成ホルモンの産生を通じて,個体全体の生理応答を制御している

NOTE-2 植物時計のしくみとはたらき

名古屋大学 ゲノム情報機能学研究分野(藤田・山篠研究室)ホームページ から引用し、自分が理解しやすいように改変。この項を読まれる場合は必ずオリジナルを参照してください。

植物時計のしくみとはたらき

約24時間周期で変動する概日リズム(circadian rhythm)の普遍的性質
  • 外部環境の変化が無くても約24時間周期のリズムが自律的に継続
  • その周期は生理学的な温度範囲において、温度変化の影響をあまり受けない
  • 光および温度による外部からの刺激などに対してリズムの位相を変化させることで昼夜の変化に同調することができる
 植物時計のしくみ
  • 中心振動体(下記) 時計タンパク質の活性および存在量の周期的変化が概日リズムを作る
  • 入力系 中心振動体に光と温度などの外部情報を伝達し、時計の振動位相を調節する
  • 出力系 中心振動体からの時間情報に応じて決まった時間に決まった応答を誘導あるいは抑制する
シロイヌナズナの概日時計メカニズム
 中心振動体のメカニズム

概日時計の中心振動体は3つのクラスの転写制御因子から構成されていて、それぞれの遺伝子のmRNAは、夜明け前(CCA1/LHY)、朝から夕方(PRR9/7/5/TOC1)、夕方から夜(ELF4/ELF3/LUX)の順に一過的に誘導される。

mRNAを鋳型に翻訳された中心振動体タンパク質は "転写抑制因子" として機能し、自分の発現位相よりも前に発現している中心振動体遺伝子の発現を負に制御  する。

その結果、自分の発現位相よりも後に発現する遺伝子の抑制が解除される(それによって今度は自分が抑制される番になる)。これにより、CCA1/LHY ➞ PRR9/7/5/TOC1 ➞ ELF4/ELF3/LUX ➞(約24時間後に再びCCA1/LHY という繰り返し)1日の時間経過とともに中心振動体遺伝子が時間特異的な発現ピークをもって振動する。

NOTE-3 入力系

入力系は 日長(明暗)と 温度(寒暖)。光受容体については、前ページの「6. 光と遺伝子発現」で考察した。

「温度」が概日時計をどう制御しているかは、残念ながらあまり情報を見つけれない。

概日時計の特徴に「周期が温度によって影響されにくい(温度補償性)がある」とされるが、日長が刻む概日リズムと、一日の温度変化が刻むリズムは、どのように中心振動体(植物時計の本体)で統合されるのだろう? それぞれの情報が独立して中心振動体に入るのか、それともその前段階で調整するなんらかの機構があるのか。

NOTE-4 出力系

引用: 概日時計の出力系は、中心振動体からの時間情報に応じて決まった時間に決まった応答を誘導あるいは抑制する
名古屋大学 ゲノム情報機能学研究分野(藤田・山篠研究室)

概日時計の役割は、葉の就眠運動や胚軸の伸長、気孔の開閉などいくつかあるが、ここでは花成のトリガーとなるCONSTANS(CO)に対する概日時計の役割を調べる。

「光周期による花成ホルモンFTの発現メカニズム 植物はどのように季節変化を感じるのか」
伊藤 照悟 名古屋大学大学院生命農学研究科|化学と生物 Vol.51, No.12, 2013 から引用

COの発現
  • シロイヌナズナは,日が長くなると花成ホルモン(フロリゲン)の実体である FLOWERING LOCUS T(FT)が蓄積し,花成が誘導される。
  • FTの遺伝子発現を活性化する光周性花成経路の転写因子は CONSTANS (CO)。 CO mRNAの発現は朝に低く抑えられ,昼過ぎから夜にかけて誘導される。
  • COタンパク質は暗所で非常に不安定であり,明所においてのみ蓄積しFTを転写活性化できる。
  • FT mRNAは長日条件下で夕方にピークをもつ発現パターンを示す。ゆえに、COタンパク質は長日条件の夕方の時間帯のみでFTを転写活性化できる。
COの転写制御と光条件によるCOタンパク質の安定性制御メカニズム
  • 植物は生体内に一日を計測する概日時計機構を保持しており、さまざまな遺伝子を一日の特定のタイミングで発現することを可能にしている。
  • 概日時計に発現を制御されている遺伝子群 FKF1GlCDF が、COの転写を制御する主要な因子。
  • CDF因子群は朝に蓄積し、CO遺伝子のプロモーター領域に直接結合して COの転写を抑制 する。

  • FKF1は青色光受容体、Glは核局在性のタンパク質で、この2つの因子は長日条件下で午後から夕方に共発現し青色光依存的にFKF1-GI複合体を形成する。この複合体が 抑制因子であるCDFsを分解
  • その結果,転写抑制が解除されたCO遺伝子は午後から発現し始める。

  • COタンパク質の安定性はさまざまな光シグナルによって制御されている。暗所ではSPA1, SPA3, SPA4複合体によって、COタンパク質が積極的に分解される。
  • フィトクロムAとBの2種類の赤色光受容体は、拮抗的にCOの安定性を制御している。朝方はフィトクロムBが赤色光依存的にCOを分解に導く。フィトクロムAは長日条件下において午後から夕方にCOの安定性を高めている。
  • 青色光受容体であるクリプトクロム1と2は、青色光依存的にSPA1と結合しCOを安定化している。
雑感:概日時計は "おーまん"?

概日時計の出力系とCO遺伝子発現の直接的な関係は私にはイメージしづらい。例えば、光で励起されたフィトクロムが核内に移動し、いくつかの転写・翻訳プロセスを経ることで時間が経過した後に、それまで抑制されていたある遺伝子が発現するというのは "時計機能" とは言えないだろう。それは単に "時間がかかる生化学反応" じゃないのか。。

時間に敏感な植物種は20分の時間差を認識できるらしい。「CO遺伝子は日の出の時間帯から11時間後に読み出される」として、この中心振動体のどこにそのような "タイマー機能" があるのだろう?

CO遺伝子の発現は夕刻まで低く抑えられ、その抑制が外れてできたCOタンパク質は光がないと分解されてしまう」という私のイメージ(シャープカット)は、前述したNAISTの【図6】「 FT遺伝子のはたらく時間帯」のグラフとは大きく異なる。「COタンパク質は夕刻に(のみ)産生される」ではなく、「COタンパク質の産生は夕刻にピークになる」が、より実際に近いものだろう。

中心振動体のパーツはかなり "おーまん"(博多弁で「大雑把」の意味)で、その反応は "シャープ" ではない。しかしその出力系は総体として明確な結果を出す・・というのが、概日時計や花芽形成のを含む植物生理全体についての私の印象。細かなことにセコセコしない、しかし全体はきちんと筋が通っている。なんかとてもかっこいい。そこにはたぶん何億年もの進化の歴史があるんだろうな。

:なお、ここに引用した名古屋大学大学院 伊藤教授のCOタンパク質産出メカニズムと、NAISTの「朝にもFT遺伝子が多く発現している」という指摘とは乖離が大きい。でもNAIST 遠藤教授が言われるように、FT遺伝子の発現は『"全く未知のメカニズム" によって制御されている』可能性もあるのだろう。


この内容は、次のページ「バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせるーその2」へ続く

2023年8月18日金曜日

花成ホルモン・フロリゲンは朝夕二度作られる

この記事は2023年4月16日の「早すぎる結蕾  "花芽形成" についての推察」の続編です。「花芽形成」のタイミングを制御する「概日時計」の情報を検索している中で、たまたま花成に関する極めて重要と思われる研究成果を見つけました。
「フロリゲン」(FTタンパク質)の "FT遺伝子" は、これまで理解されているように夕刻だけではなく、朝にも発現するというものです。

Contents

  1. 参照したページ
  2. これまで理解されていた 花芽形成の仕組み
  3. FT遺伝子が朝にも発現している」という観察結果
  4. 朝の FT遺伝子発現のメカニズムは未知の領域
  5. NAISの新発見か "赤外線" が朝のFT遺伝子発現のトリガー?
  6. 光と遺伝子発現
  7. 花成の "冗長性"
  8. 朝夕二度の時刻合わせでより正確に
  9. CO遺伝子の読み出しが朝夕二度でも、花成開始時期はまったく矛盾しない
  10. 疑問点
  11. 雑感

1. 参照したページ

植物が刻む体内時計  | 「季刊・生命誌」111 2022年 冬号|JT生命誌研究館

このページは、NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)植物生理学(遠藤研究室)の研究成果の紹介記事です。
遠藤 求教授は「概日時計」を研究されています。京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学(荒木 崇教授)で、生命科学研究科の准教授でした。

以下に引用する「CHAPTER 4. 体内時計で季節を知る」を執筆された 久保田 茜助教 も、公開されている経歴によれば、同じ京都大学大学院 生命科学研究科博士後期課程修了。つまり、遠藤 求教授、久保田 茜助教のお二人は、京都大学大学院 生命科学研究科で花芽形成の仕組みを研究された エキスパートのようです。

2. これまで理解されていた 花芽形成の仕組み

花成システムについては、この 京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学 ホームページ などの資料をもとに、4月16日の記事:「早すぎる結蕾  "花芽形成" についての推察」で紹介しています。ネットで閲覧できる情報だけではなく、荒木 崇教授が担当された放送大学の講座『植物の科学』の教材テキストを参照しました。

そのキーポイントを再掲します。*遺伝子やタンパク質は、研究用モデル植物 "シロイヌナズナ"(アブラナ科)の場合。

  • 花成ホルモン「フロリゲン」(FTタンパク質)を作るには、その遺伝子を読み出す 転写因子| Wiki として "COタンパク質" が必要
  • COタンパク質を作るCO遺伝子は、"概日時計" の働きで 夕刻(日の出から約11時間後)に読み出される
  • できたCOタンパク質は光が無いと分解されてしまい、その結果「フロリゲン」(FTタンパク質)の生合成は夕刻から夜のはじめ頃にしか起きない

「フロリゲン」(FTタンパク質)の遺伝情報をDNAからmRNAに転写するために必要な転写因子(シロイヌナズナの場合はCOタンパク質)の遺伝情報(CO遺伝子)を読み出す時刻を "日の出から約11時間後" としているのは、バラについての信頼できる情報が見つけられないので 仮定 であることに注意。

「フロリゲン」の生合成について、より詳しい Wikipedia の説明の一部を抜粋して引用。

フロリゲン|Wikipedia

開始

  • シロイヌナズナにおいて、シグナル伝達は CONSTANS(CO)と呼ばれる転写因子をコードしているメッセンジャーRNA(mRNA)の産生によって開始される。植物の生物時計の制御によって、CO mRNAは夜明け約12時間後に産生される。
  • このmRNAはCOタンパク質へと翻訳される。しかしながら、COタンパク質は光存在下でのみ安定なため、COタンパク質の量は日照時間が短い間は低く保たれ、日照時間が長くなりまだ光がある夕暮れ時にのみピークに達することができる。
  • COタンパク質は、FT遺伝子の転写を促進する。このような機構によって、COタンパク質は日照時間の長い時期にのみ、FT遺伝子の発現を促進することが可能なレベルに達することができると考えられている。

ここでは「CO mRNAは夜明け後約12時間後に産生される」としている。CO遺伝子を読み出すのとCO mRNAの産生はほぼ同時だろうが、生化学反応だし、温度の影響や、植物の種類、あるいは早咲き遅咲きなど品種によっても、産生される時刻に多少のズレはあるだろう。

このように、花成ホルモン・フロリゲン(FTタンパク質)の生合成は夕刻から夜のはじめ頃に起きる と理解していた。

3. 「FT遺伝子が朝にも発現している」という観察結果

ところが、NAIST 植物生理学(遠藤研究室)の研究紹介記事:植物が刻む体内時計 | JT生命誌研究館 の「CHAPTER 4. 体内時計で季節を知る 久保田 茜」には、以下のような指摘がある。同ページより一部引用。傍線:そら

植物は毎年同じ季節に花を咲かせる。開花から種子形成までの長い道のりを成功させるために、植物は、季節変化に応じて花芽をつくりはじめる。そのための目安として、植物は日長の変化を感じていると考えられてきた。例えばシロイヌナズナに代表される「長日植物」では、日の出とともに時間を測り始め、日没までの日長が長くなるほど花芽形成が促進されると考えられてきた。実際に春の日長条件を再現した実験室では、シロイヌナズナの花芽の形成を促進する「花成ホルモン」をつくるFT遺伝子のはたらきが、夕方にかけて活発になることが確認されている。

ところが野外のシロイヌナズナでは、FT遺伝子が朝にも活発にはたらいていることに私たちは気づいた【図6】。これまで考えられてきたように、植物が日の出をきっかけに日長を測っているとすると、朝の時点ではその日の日長を予測できないはずである。実験室と野外で何が違うのかを検証すると、実験室の光には含まれていない 赤外線 や、実験室では常時一定に調整されていた気温の変動が、朝のFT遺伝子の活性化の引き金になることがわかった。

 【図6】 FT遺伝子のはたらく時間帯

ここから、FT遺伝子のはたらきには前日の夜の長さが重要 であることや、朝と夕では影響を与える光の色が異なる こと、朝夕の気温も影響する ことなどがわかってきた。花芽形成は、単純に日の出から日没までの時間だけが決め手となるのではなく複雑に制御されている のだ。

8月25日追記:ここに書かれている 赤外線 は、赤色光/遠赤色光の誤記ではないか? と思われる。その詳細は後述の「重要な修正」を参照。

4. 朝の FT遺伝子発現のメカニズムは未知の領域

これと同じことが NAIST 植物生理学・遠藤研究室 でも紹介されているが、「野外環境での朝のFT遺伝子の発現は全く未知のメカニズム によって制御されている」と記述されている。一部を引用。傍線:そら

花成ホルモンをコードするFT遺伝子の発現は実験室条件(温度一定、長波長含まず)では夕方に一回のみである。しかし野外条件(温度変化、長波長含む)では朝・夕の二回の発現ピークが見られ、全く未知のメカニズムによって制御されていることがわかる。

遠藤研究室「主な研究テーマ」|概日時計を介した花成誘導メカニズムの理解と制御

  • 朝のFT発現ピークがどのような分子メカニズムによって制御されており、どのような生物学的意義を持っているのか
  • 花成を制御する化合物の利用や、概日時計遺伝子の発現レベルを様々に調節することで、花成時期を任意に制御する技術の開発

MEMO

  • 遠藤教授が書かれたと思われるこの文章には、「赤外線」ではなく「長波長」と書かれている。

  • 研究目的が「花成時期を任意に制御する技術の開発」というのは、私が模索していることと無縁ではなさそうなのが、なんとなく嬉しい:p
  • 花成に関係する遺伝子群(特にFT)の発現レベルを "化合物で制御する" のもテーマのひとつなのか。花成時期を任意に制御することが可能で、環境に対する負荷がなく、花の美しさを損なうこともなければ試してみたい。ちなみに、花成を促進するFTそのものを投与のは難しいのだそうだ。しかしFTを抑制する化合物は既に見つけられているようで、それを使った市販薬があるんだそうだ。それはなんと◯◯治療薬。ちょっと、使う気にはならないけど:p

参考:化合物を使う成長制御については、以下のページが詳しい。

概日時計を制御標的とした,化合物による植物の生長制御の可能性
Kagaku to Seibutsu 57(3): 187-193 (2019)|日本農芸化学会

別城 啓太 京都大学大学院生命科学研究科
遠藤 求  NAIST バイオサイエンス領域

5. NAIST(遠藤研究室)の新発見か "赤外線" が朝のFT遺伝子発現のトリガー?

これまで、長日植物は日の出とともに時間を測り始め、日没までの日長が長くなるほど花芽形成が促進されると考えられてきた。これに対し、『野外環境では朝にも FT遺伝子の発現量が大きく増え、それは赤外光によって制御されている』というのが、久保田助教の指摘のユニークなところ。

赤外線は波長770㎚程度以上の電磁波で、ヒトの可視領域を超えている。光受容体のひとつである "フィトクロムPfr型" は730㎚付近の "遠赤色光" を吸収する。紫外線UV-Bの受容体としてはUVR8タンパク質があるが、"赤外線の受容体" というのは聞いたことがない。赤外線 がどのような機序でFT遺伝子の発現を制御するのか、単に細胞の温度を上げるだけなのか、興味深い。

 光(電磁波)と波長   “Future CLIP”|富士フイルム から引用

実験室と野外環境の光の違い

私は建築写真がメインのカメラマンだったので、生物を研究するラボ(実験施設)を何箇所か撮影したことがある。昔(フィルムの時代)のオフィスなどは昼光色蛍光灯が多かったので色再現に苦労したが、今はラボの基本照明は演色性の良い蛍光灯が使われているので、特別な色補正をしなくてもほぼ見た目に近い違和感のない発色をする。

 D50蛍光灯(高演色性)、昼白色蛍光灯、LED電球(昼光色)の発光特性(スペクトル分布)
演色性とは - ひかり豆辞典 - 楽しく学べる知恵袋 | コニカミノルタ から引用

照明光の特性曲線はできるだけフラットなのが好ましい。特定の波長域に大きなピークがあるとその影響を強く受ける。例えば、昼白色蛍光灯は発光特性を見てわかるように、緑色光が多く赤色光を少ししか含まないので、色補正せずにポジフィルムで撮影すると、人肌が黄緑色がかって写る。

ラボの実験で光質が重要な場合は、高演色性の蛍光灯やLED電球でも太陽光ほどフラットではないから、他の光源の影響を受けない暗室の中で実験目的に適した照明か、そのように設計された装置を使用する。しかし、FTタンパク質が花成ホルモン・フロリゲンの実体であるという研究が進んだ1990年代には、ラボでも昼白色蛍光灯が使用されているところがあったのかもしれない(下記・久保田助教によれば、京大院 生命科学研究科のラボではそうだったようだ)。

花成のメカニズムは以下に示すように「赤色光/遠赤色光」&「青色光」とその "光受容体"(フィトクロム&クリプトクロム)が重要な働きをすることが以前からわかっているので、現在はそれに見合う照明下で試験されていることは間違いないだろう。単色のLEDは混じり気のない発光をし、赤外線を含まないので熱による影響もなく、光を使う実験に向いていて、某大学の大規模なラボ(暗室)でぞれが実際に使用されている様子を見学したことがある。「赤外線」の照射は、それを実験項目に入れない限りは "ない" と思う。

参照:「赤外線」(0.7µm~100µm) は 太陽放射|Wiki エネルギーの約46%(微妙に異なる諸説あり)を占める。

6. 光と遺伝子発現

参考-1:植物が光を感じる仕組み | みんなのひろば | 日本植物生理学会このページから一部を引用し、改変

光と遺伝子発現

植物の光受容体が遺伝子の発現を制御する詳しい仕組みについてフィトクロムを例に説明します。

  1. 不活性型のフィトクロムは細胞内の細胞質ゾルと呼ばれる分画に水に溶けたような状態で存在します。ここに光が当たると、活性化されたフィトクロムが細胞内の核という構造の中へ移動します。

  2. 核内には遺伝子の本体であるDNAがしまわれており、ここに転写因子と呼ばれるタンパク質が結合することで個々の遺伝子の発現量が上がったり下がったりします。

  3. 活性化されたフィトクロムは、核内で特定の転写因子と結合しその分解を促します。その結果この転写因子が制御していた幾つもの遺伝子の発現量が変化し、最終的に細胞はその性質を変えることとなります。

参考-2:京都大学大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学HP|ResearchTop から一部を引用

日長応答機構の研究 phy, PIF, 概日時計

シロイヌナズナでは、光受容体(phyA, phyB)や概日時計に制御される因子(GI, FKF1)によって日長依存的にCO転写因子の発現や安定性が制御され、CO転写因子がフロリゲン遺伝子(FT)を制御することで成長相転換(花成)が誘導される。

7. 花成の "冗長性"

この説明では、シロイヌナズナの栄養成長から生殖成長への位相転換が『1日の長日処理で花成促進』と書いてある。

しかし同じ研究室の荒木崇教授が執筆された放送大学教材「植物の科学」|放送大学教育振興会|NHK出版 には、以下のように書かれている。同書から一部を引用。

短日植物の中には、アサガオのムラサキという品種のように、非常に敏感な反応性を持つものがあり、限界暗期を超える夜を1回与えられただけで花成が誘導されるものがある。しかし、多くの場合には数回以上続けて適切な日長条件が与えられることが必要である。

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系の 阿部 光知教授の論文:「シロイヌナズナにおける光周性花成を誘導する長距離シグナル」 pdfファイル|植物科学最前線 14:111 (2023)|(社)日本植物学会 には次のような記述がある。一部を引用し改変。傍線:そら

シロイヌナズナの葉におけるFTの人為的な誘導実験から,FTは半日から1日後には茎頂周辺へと到達し,その後約2日かけて予定花芽原基領域まで細胞間を移動し,AP1の発現誘導をすることが報告されている。

また,日長シフト実験(短日条件下で生育させたシロイヌナズナを数日間長日条件に暴露した後,再び短日条件下に戻す実験)の結果からは,3〜4日の長日条件で花成誘導が十分可能である)。

一連の知見を総合すると,葉が展開しFTの発現量が花成惹起に十分な量に到達するまでの日数を考慮しても,実験室環境下に置かれた野生型植物では,発芽後10日前後で花芽形成の初発イベントが開始されると推察される。

『1日の長日処理で花成促進』か『3〜4日の長日条件で花成誘導が十分可能』かは言葉の使い方で、矛盾するものではないだろう。四季咲き性バラの春一番花の花成はどのように進むのか。注目するのは;

  • 発芽後10日前後で花芽形成の初発イベントが開始される(発芽直後の幼葉でも光受容体が機能している)
  • FTの発現量が花成惹起に十分な量に到達するまでの日数
  • 数回以上続けて適切な日長条件が与えられることが必要

という指摘。剪定直後の日長が花成スタートの条件に叶うとしても、その時間は短く、生合成されるFTタンパク質の量はごくわずか。日長が伸びるに従って蓄積されるFTタンパク質が増えていき、ある量に達すると茎頂メリステムにあるFDタンパク質と "FT-FD複合体" を作り、AP1遺伝子(花芽形成遺伝子)の発現を誘導をする。
AP1をONにするためにどの程度の量のFTタンパク質が必要かは不明だが、実栽培では発現を停止する措置= "ケツカッチン" は不要なので、FTタンパク質がいつまで作り続けられるかは成り行き任せで構わない。AP1がONになれば、FT遺伝子の発現を止める信号が出るのだろうと想像する。

*8月30日 訂正&追記:上記・東京大学 大学院理学系研究科・阿部 光知教授の「花を咲かせるスイッチが押される瞬間 ~フロリゲン複合体の動態を解明~」によれば、AP1遺伝子(花序などの遺伝子)の発現後に "FD遺伝子" の発現量が徐々に減少するため、FT-FD複合体は形成されなくなるのだそうだ。FT遺伝子ではなかった:p 以下に一部を引用。

 植物の発生とFT-FD複合体の動態

植物の発芽後の発生段階は、茎頂分裂組織で葉を作り続ける「栄養成長相」と花芽を作り続ける「生殖成長相」に大別できる。

栄養成長相から生殖成長相への転換は、FTタンパク質によって引き起こされる。栄養成長相の茎頂分裂組織にはFDタンパク質しか存在しないため、花芽は作られない。花を咲かせる日長条件下では、FTタンパク質が葉から茎頂分裂組織へと輸送され、FT-FD複合体が形成されることで花芽形成が開始される。

その後、FD遺伝子の発現量が徐々に減少するため、FT-FD複合体は形成されなくなる。FT-FD複合体が作られなくなっても茎頂分裂組織において花芽は作られ続けるが、FT-FD複合体とは別の因子が関わっていることが示唆される。

8. 朝夕二度の時刻合わせでより正確に

他花受粉をするために、同じ品種は受粉に最も好ましい時期に一斉に開花する。「光周性」|Wiki から一部引用;

光周性は、1920年にガーナー(Garner)(米)とアラード(Allard)(米)によって発見された。彼らは、同じダイズの種子を少しずつ時期をずらして蒔いたところ、それぞれ生育期間が異なるにもかかわらず、どの個体もほぼ同じ時期に花を咲かせる ことに気づいた。このことから、花芽の形成時期を制御している条件が、土壌の栄養状態や空気中の二酸化炭素濃度などではなく、日照時間(正確には明期の長さではなく暗期の長さ)であることを発見し、Photoperiodic Response (光周期的反応)とした。

これは、バラの春一番花の開花と同じ。同じ栽培地の同じ品種は、剪定時期を多少ずらしてもほぼ同時期に花を咲かせる。そのためには、株が異なっても同じ時刻を示す体内時計を持っていることが条件。その「時刻合わせ」には、"日の出と日の入り前後の二度の照度差および色の差(光に含まれる遠赤色光の割合の変化)" を利用すれば、その日の天候に左右される誤差をより小さくできるだろう。

前述の久保田助教の文章では、「赤外線」がどのように関わっているのかは説明されていない。朝のFT遺伝子の発現にCOタンパク質がどのように関わっているのかにも触れられていないが、『前日の夜の長さが重要』が重要という指摘から、朝もCOタンパク質が転写因子ならば(だと思う)、日没前後に劇的に変化する照度差・光質の差を概日時計の時刻合わせ(ストップウオッチのSTARTボタン)に利用しているのではないだろうか。

9. CO遺伝子の読み出しが朝夕二度でも、花成開始時期はまったく矛盾しない

以下は「早すぎる結蕾  "花芽形成" についての推察」で考察した、私の栽培地・福岡におけるこの時期の日の出・日の入りの時刻と CO遺伝子の読み出し時刻を重ねたもの。 データ:日の出入り 2023年 福岡|国立天文台暦計算室

CO遺伝子の読み出し時刻

夕刻は日の出から11時間後、朝は前日の日の入から13時間後(合わせて24時間)と 仮定 して考慮してみる。

夕刻の読み出し (当日の日の出から11時間後)
月/日日の出日の入CO遺伝子
読み出し時刻
その結果
1 /157:2317:3318:23光が無いので、できたCOタンパク質は直ぐに分解されてしまう   
2 /  17:1517:4918:15同上 (COタンパク質が無いとFT遺伝子の読み出しは起きない) 
2 /167:0218:0318:02僅かに残ったCOタンパク質で、FT遺伝子の読み出しが起き始める     
3 /  16:4818:1517:48光によって分解を免れたCOタンパク質が多く残りFT遺伝子の読み出しが起きて、より多くのFTタンパク質(フロリゲン)が作られ始める
朝の読み出し (前日の日の入から暗期の中断なしの13時間後)
月/日日の出日の入CO遺伝子
読み出し時刻
その結果
1 /1417:32
1 /157:2317:336:32光が無いので、できたCOタンパク質は直ぐに分解されてしまう   
1 /3117:48
2 /  17:1517:496:48同上 (COタンパク質が無いとFT遺伝子の読み出しは起きない) 
2 /1518:02
2 /167:0218:037:02CO遺伝子の読み出しと日の出が同時
2 /2818:14
3 /  16:4818:157:14光が十分にあるので、より多くのFTタンパク質が作られる 

朝夕に二度 CO遺伝子の読み出しが行われても、FT遺伝子の発現が開始する時期に矛盾はない。それどころか、日に二度の読み出しはむしろ自然なことのように思える。

朝にもFT遺伝子が発現するというは、実栽培で花成時期をコントロールするには重要なポイント。私が考えていた方法= "夕刻の光を遮断する" では効果が半減するのか?

「いや、それはない。朝のFTタンパク質の発現量は地域差がないので無視してもいい」と考えているのだが、これは次のページ:「C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」で検討する。

10. 疑問点

久保田助教の研究を紹介するこの記事は生物学に関心がある一般向けのものだから、「FT遺伝子は、これまでの説のように夕刻だけでなく、朝にも発現する」(=花成ホルモン・フロリゲンは朝も作られる)という発見の紹介がメインだろうから、その詳しい機序には触れられていない。

これは実測値をもとにした "概念図" だろうが、あまりにも簡略化すると誤解を与える危険性はないのだろうか。

【図6】の横軸は時間で、左端が6:00、3時間ごとの区切りだろう。FT遺伝子の夕刻の発現量は研究室、野外環境ともに18:00がピークになっている。15:00前後に発現しているFT遺伝子もあれば、21:00でも少なからず発現している。

CO遺伝子の読み出しやCOタンパク質の生合成は "生化学反応" なので、タイミングには "ズレ" があるだろう。 しかし、その "ズレの幅" は、上掲の【図6】によれば私の想像(根拠はない)より遥かに大きい。"生化学反応" なので、もちろんシャープカットではないだろうが、

  • CO遺伝子は概日時計の制御で夕刻に読み出される
  • COタンパク質は光がないと速やかに分解されてしまい、夜遅い時間帯にFT遺伝子の読み出しは起きない

という従来の知見とは大きな齟齬があるように思える。遠藤教授は、『全く未知のメカニズムによって制御されている』と説明されているのだが。。 ( "先入観" は怖い。私のアタマはさほどに固いんだろうなぁ:p)

また、朝夕ともにCOタンパク質がFT遺伝子の転写因子なのかどうかは(たぶんそうだろうけど)説明されていない。「赤外光により花成ホルモンを制御」とはどのような機序なのだろうか。

朝夕の自然光は、照度、色温度、紫外線や赤外線を含む割合が、急激に変化する。その中で、FT遺伝子の発現量を計測するのは簡単ではなさそう。
どのような設備で "野外環境" を再現したのか、解析装置の分解能などより詳しい内容を知りたくて、今はこれに関する論文などを検索している最中(以下の追記②)。

8月25日追記 重要な修正 と 追記

追記 
前掲の "RESEARCH 植物が刻む体内時計 | JT生命誌研究館 「4.体内時計で季節を知る」" には、 野外環境における午前中の発現量に、『赤外光により花成ホルモンを制御』と表記してある。 赤外光というのは初めて聞いたので驚いたが、これは誤記ではないだろうか? 赤外光ではなく、赤色光/遠赤色光 であろうことを久保田助教の以下の論文で見つけた。

野外環境における季節性花成応答の分子基盤pdfファイル|久保田 茜|奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
(公社)日本植物学会「植物科学の最前線」 14:120 (2023) から一部引用

野外で観察された FT 発現や花成時期を指標に,実験室環境下において野外環境の再構成を試みた結果,光質と温度条件が両者の差を生み出す主な要因であることが明らかとなった。具体的には,白色光源に遠赤色光(FR)を補光し,赤色光対遠赤色光比(R / FR)が 1 付近のより自然光に近い光質を用いること,温度設定を野外同様に 16°C から 22°C まで連続的に変化させることの2点が,FT の発現様式と花成時期を再現する十分条件であった。
こうして再構成した条件では,CO タンパク質の蓄積量の増加が朝夕の 2 回起こることが明らかとなり,これが野外の FT 遺伝子の発現に重要であることが示された (Song et al. 2018) 。普段我々が実験に用いる白色蛍光灯には FR はほとんど含まれていないため,FR シグナルの影響が無意識のうちに過小評価されてしまった結果,朝の FT 発現を見落としたまま光周性花成の研究が続けられていたことになる。

追記 
NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)遠藤 求教授の研究手法に関して、参考になる二つの記事を見つけた。
執筆された時期は、いずれも京大院 生命科学研究科 在籍の頃。

1)「植物の体内時計はどこにある?」pdfファイル
じっきょう資料|理科|高等学校 教科書・副教材|ダウンロード|実教出版ホームページ

2)「シロイヌナズナは組織特異的な概日時計をもつ」|ライフサイエンス 新着論文レビュー


11. 雑感

京都大学大学院 生命科学研究科 と 奈良先端科学技術大学院大学 植物生理学研究室 は、日本におけるこの分野での先進拠点。「FT遺伝子が朝にも活発に発現している」という発見は、『科学はこのように発展するんだろうな』と、その一例を見せてもらったような気がする。

「花を咲かせるスイッチが押される瞬間 ~フロリゲン複合体の動態を解明~」を書かれた東京大学 大学院総合文化研究科 阿部 光知教授も、京都大学 大学院生命科学研究科, 統合生命科学専攻, 助教 という経歴。この分野では、京都大学出身の研究者が多いのに驚く。

概日時計の時刻合わせには "光の有無" が重要なポイント。日の出・日の入時間帯の "照度" が急速に漸増漸減する中で、 "その閾値" については電照菊の事例がいくつかある。

参考:「秋ギクが光周性花成において暗期と感じる朝夕の光量」pdfファイル|鹿児島県農業開発総合センター|園学研 2019. 

閾値について、上記より一部引用

自然日長条件下では朝夕の照度が漸増,漸減するため,キクが光周性花成において感知する日長は,日の出から日の入りまでの自然日長に朝夕各20分(小西ら,1988)、朝夕各30分(船越,1989)の薄暮を加えた時間であるとされている。

この論文によれば、キクは数lux程度の微弱な照度にも反応するようだ。しかし残念ながらバラに関しては情報が見つけられない。でも例えば、東側の少し離れた位置に森があって朝の直射光がさす時刻が遅い栽培地では バラの春一番花の開花が遅れる。そのようなところでも "天空光" は障害物のない開けた栽培地と変わりはない。この観察事実から、バラの花成スタートにより強く影響する自然光は「赤色光/遠赤色光の割合が多い朝夕の直射光、薄曇りでも太陽の方向から来る光」で、弱い天空光にはバラはキクよりも鈍感ではないか?と考えている。写真撮影用の照度計と色温度計を持っているので、シーズンになったら朝夕の光の時系列的な変化を計測してみよう。

(話題を戻し)天候による照度や色温度のブレを無視して天文台の日長と自分の仮定を基準にすれば、バラの春一番花の花芽形成(フロリゲンの生合成)の "日長条件" がクリアされるのは、福岡では2月15日以降になる。ただし;

NAIST 植物生理学 久保田助教:
花芽形成は、単純に日の出から日没までの時間だけが決め手となるのではなく複雑に制御されている

私はそれをバラの実栽培で見つけようとしているのだが、難しいのは予想できる。そもそもバラの花成に関する遺伝子群さえ知らない。そんな中で "仮定" を前提に「バラの花芽形成の時期をコントロールする」ことにどんな意味があるのか、わからなくなってきた:p

私のバラの師匠はデービッドさん。最初に教えてもらったことは、『バラの生育をコントロールしようとするな』
今の私はその真逆の位置にいる。

教科書を信じない

2018年ノーベル医学生理学賞を受賞された 本庶 佑 京都大学高等研究院副院長・特別教授(2018年当時) から、
小中学生に向けたメッセージ;

いちばん大事なのは「知りたい」と思うこと、「不思議だな」と思う心を大切にすること、教科書に書いてあることを信じないこと、常に疑いを持って「本当はどうなっているのだろう」と 自分の目でものを見る。そして納得する。そこまで諦めない。

う〜ん。 自分を疑いながらも、"自分の目でものを見る" ために、とりあえず「バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせる」へ続く。