このページは以下2記事の続編で、バラのうどんこ病対策を「効果的な殺菌剤の使用」という角度から考える "個人的な学習ノート" です。
- 2022年6月28日:「バラの うどんこ病 対策」
- 2022年7月24日:「バラの病虫害 防除記録 2022夏」
前編 Ⅰ章 | 葉の細胞と膜輸送 | Ⅰ章へ移動 |
Ⅱ章 | 病原糸状菌と植物の戦い | Ⅱ章へ移動 |
後編 Ⅲ章 | うどんこ病菌 | Ⅲ章へ移動 |
Ⅳ章 | バラのうどんこ病殺菌剤と展着剤 | Ⅳ章へ移動 |
Ⅴ章 | バラのうどんこ病殺菌剤の使い方を探す | Ⅴ章へ移動 |
Ⅵ章 | まとめ | Ⅵ章へ移動 |
はじめに:『農薬って、なんなんだ?』
病気に侵されず、農薬の散布も受けていないバラの葉はじつにきれいなものです。そのようなバラを栽培したく、私のハウスからうどんこ病を根絶することに取り組んでいます。IPMの理念に沿って農薬に頼らない栽培をするためにも、バラとうどんこ病菌について理解を深めたいと思います。
栽培者なら誰でも知っている殺菌剤の製品紹介ページに、製品の特徴として;
- 予防効果と治療効果を兼ね備えた殺菌剤です。
- うどんこ病、さび病、黒星病に高い効果を示します。
と書いてあります。もちろん「農薬取締法」に従って主剤の成分や毒性、あるいは作用機構分類番号(FRACコード)も記載されてはいますが、どのような作用機構でそれがうどんこ病の予防や治療に効果があるのかは説明がなく、これではまるでわかりません。
『百姓の爺さんに農薬の作用機作を説明するなど無駄なこと』と農薬業界の関係者から聞いて唖然としたことがありますが、『効くか、効かないか』ということしか気にしない栽培者が(私も含めて)ほとんどなのだから、それも致し方ないことなのでしょうか。しかし、IPMの理念(FAOの定義)|農水省 に沿った栽培を進めるためにも、農薬の理解は欠かせません。
総合的病害虫管理(Integrated Pest Management, IPM)とは、あらゆる利用可能な防除技術を十分検討し、病害虫個体群の発達を妨げる適切な防除手段の統合であり、農薬やその他の防御手段を経済的な整合性がとれる水準に、かつ人間の健康や環境に対する危険を減少させ、最小限のレベルに維持することを意味する。総合的病害虫管理は、農業生態系のかく乱を最小にしながら健全な作物の生長を強調し、自然な病害虫防除作用を促す。
International Code of Conduct on the Distribution and Use of Pesticides (Revised Version) 2003
例えば、FRACコード表の "作用機構:C" には多種類の殺菌剤が登録されていて、これらは病原菌細胞の生命活動の維持に不可欠なATP(アデノシン三リン酸)を生産するミトコンドリア電子伝達系の酵素の働きを阻害します。ミトコンドリアは病原菌だけではなく宿主の植物やあるいは動物にも共通して存在する組織で、その電子伝達系の働きも同じです。濃度(量)次第では宿主植物だけでなく動物にも影響を与えます。
ミトコンドリア電子伝達系は「高校生物」の履修範囲。 "SDGs" もそうですが、孫の世代が学んでいることを知らないのは、バラ栽培にかまけている爺さんとして恥ずかしいし、『そもそも農薬って何なんだ?』という疑問が動機になっています。
註
引用している数多くの画像や文章には、その旨を記載してオリジナルへのリンクを埋め込んでいます。正確さを期すためには引用元のファイルを参照してください。引用元が表示されていない写真、イラスト、表は自作のものです。
引用するにあたっては、「著作権法32条」に定められた引用の範囲を逸脱しないよう気を付けたつもりですが、不適切なものがあれば「コメント欄」でご指摘いただけるとありがたいです。
糸状菌に関する画像や文章は、オオムギうどんこ病、イネいもち病など、他の植物の事例がほとんどで、バラうどんこ病と異なる場合があるだろうと思われます。
文中に表示している殺菌剤のリストは、私が現時点で準備しているものです。展着剤も含めて、それらをどのように使うか(使わないことも含めて)、実栽培の中で検討していくのがこのページの目的です。
これまでと同様に、このページは栽培ガイドではありません。多くの誤謬もあるだろうと思われるので、批評的に読んでくださるようお願いします。・・と言うか、誰もこんなページは読まないでしょう:p 想定している読者は私自身で、公開するのはいい加減なことを書かないよう自分を律するためです。内容の検証は「実栽培の結果で」と思っているのですが、さて。
Ⅰ 葉の細胞と膜輸送
微量要素を葉面散布したり、あるいは殺菌剤を散布したとき、その成分はどのような経路で葉や病原菌の細胞内に届くのだろうか。
バラ会の研究会では、『根の表面は半透膜で、水は浸透圧によって移動する。だから高濃度の肥料を与えてはいけない』と説明される。もちろん間違いではないが、水や肥料分、そして農薬の成分の細胞内への移動はそんな単純なことではなさそうだ。
例えばクロロシス予防のため葉面散布した二価鉄は、三層からなるクチクラ層を通り抜け、細胞壁、そして細胞膜を通過して、やっと細胞内に入ることになる。「半透膜+浸透圧」だけでは、その機序をよく理解できない。
Ⅰ - 1 葉の断面構造
Ⅰ - 2 クチクラ層と表皮
参考:『クチクラ層の不思議』 みんなのひろば植物Q&A|日本植物生理学会 より抜粋して引用
陸生植物の葉や体の外側は水を通さないクチクラ層で覆われています。
葉面の一番外側にはワックスだけの層があり、クチクラ層は更に2層に分けて考える事ができます。
上部の層は全部脂性(疎水性)の物質からできた完全にクチクラ化された層です。
下部の層はペクチンを主体とする層で、細胞壁の炭水化物繊維が伸びて入り込んでいる事もあります。
クチクラ層の下は表皮細胞の細胞壁で、セルロースなどの多糖類や少量のタンパク質が含まれています。
表面のワックスークチクラ層は必ずしも一様に葉面を覆っているのではなく、所々ひびや、裂け目、細孔などが存在しているのがふつうです。
葉面から物質がこれらの層を浸透していくにはどういういう経路があるのか。 物質には油に溶けやすい親脂性(疎水性)のものと、水に溶けやすい親水性のものとがあり、親水性と親脂性の物質が同じ経路で輸送される訳ではありません。
親水性の物質はワックスークチクラ層にできたひび、割れ目、微小な孔などから水に溶けて入り込み、細胞壁から伸びて組み込まれている繊維構造を通って細胞まで運ばれると考えられます。
親脂性の物質は親脂性であるワックスークチクラ層を直接通過して内部に入ると考えられます。
物質を葉面に散布するときには、表面(界面)活性剤を加えた溶液に溶かします。表面活性剤は物質がワックスークチクラ層へ浸透するのを助ける働きををします。
Ⅰ - 3 植物細胞と糸状菌細胞の模式図
植物細胞
LadyofHats, Public domain, via Wikimedia Commons (modified)
糸状菌の細胞
宿主植物 | 糸状菌 | |
---|---|---|
細胞壁 | セルロース微繊維 マトリックス多糖類 | キチン グルカン ガラクトマンナン |
細胞膜内のステロール | フィトステロール | エルゴステロール |
核 | 単核 | 実質的に多核体に近い |
原形質連絡 | 隔壁孔 (註1) | |
偏在 | クチクラ層 気孔 葉緑体 細胞間隙 色素体 | 分生胞子 分生子柄 発芽管 付着器 菌糸 吸器 |
共通 | 液胞 ミトコンドリア ゴルジ体 リボソーム ペルオキシソーム etc. |
(註1)「"多細胞生物" 糸状菌の隔壁孔を介した細胞間連絡」 丸山,潤一 東京大学大学院農学生命科学研究科
ミトコンドリア
参考:「ミトコンドリア」 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 から一部引用し、改変
ミトコンドリアの主要な機能は、解糖系やTCAサイクルなどで生成した産物を利用して、電子伝達系に高エネルギーの電子を送り込み、それを酸素に押し付けながら作り出したプロトンの濃度勾配で、ATP合成酵素を駆動して、ADPを酸化的リン酸化によってATPに変換する機能である。
したがって、これが阻害されると、真核生物の細胞は深刻なATP不足に陥り得る。
- 電子伝達系の複合体Iを阻害するアモバルビタールなど
- 複合体IIを競合的に阻害するマロン酸など
- 複合体IIIを阻害するジメルカプロールなど
- 複合体IVを阻害するシアン化水素や硫化水素など
- 複合体V(ATP合成酵素)を阻害するオリゴマイシンなど
ミトコンドリアの電子伝達系に関わる物質は多数存在する。なお、これらとは別に、2,4-ジニトロフェノールのような、電子伝達系とATP合成酵素の作用を切り離してしまう脱共役剤と呼ばれる毒物も存在する。
ミトコンドリア中には、細胞核とは別に、独自のDNAが存在しており、これをミトコンドリアDNA(mtDNA)と呼ぶ。mtDNAは、細胞核とは異なる独自の遺伝情報を持っている。mtDNA分子の大きさや形状、codeされている遺伝子の数や種類などは、生物種によって大きく異なる。
侵入してきた病原体を封じ込める手段として自分の細胞を自律的に殺してしまう「過敏感細胞死」=アポトーシス(Wiki)でも、このミトコンドリアが中心的な役割を果たす。
電子伝達系 | 作用点 | 殺菌剤 FRACコード | 殺虫剤 IRACグループ |
---|---|---|---|
複合体 I | NADH酸化還元酵素 | 39 | 21A 21B |
複合体 II | コハク酸脱水素酵素(SDHI殺菌剤) | 7 | 25A 25B |
複合体 III | ユビキノール酸化酵素 Qo部位(QoI殺菌剤) | 11 | |
ユビキノン還元酵素 Qi 部位(QiI殺菌剤) | 21 | 34 | |
ユビキノン還元酵素Qo部位(QoSI殺菌剤) | 45 | 20A 20B 20C 20D | |
複合体 IV | 24A 24B | ||
複合体 V | ミトコンドリアATP合成 | 12A 12B 12C 12D | |
酸化的リン酸化の脱共役 | 29 | 13 |
作用機構 | グループ名 | 有効成分名 | FRAC コード | 商品名 | ばらの適用範囲 | 希釈倍数 使用回数 | *LD₅₀ mg/kg | メーカー 情報ページ |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C:呼吸 | SDHI殺菌剤 | ピラジフルミド | 7 | パレード20 フロアブル | うどんこ病 黒星病 | 4000倍 3回以内 | >2000 | パレード20 技術資料 |
QoI殺菌剤 | アゾキシストロビン | 11 | アミスター20 フロアブル | *ばら(花き類)の適用はない | >5000 | シンジェンタ アミスター20 |
Ⅰ - 4 植物と糸状菌の細胞壁
植物の細胞壁
(一部引用)陸上植物の細胞壁の特徴は、セルロース微繊維とマトリックス多糖類を主要成分としていることです。
セルロース微繊維は細胞膜表面のセルロース合成装置で作られ、細胞膜の外に紡 (つむ) ぎ出されます。
一方、マトリックス多糖類の主要な成分はキシログルカンとペクチンで、それぞれゴルジ体内で、多数の酵素群の共同作業で作られ、エキソサイトーシスという方法で細胞膜の外側、すなわち細胞壁中に分泌されます。
細胞壁中に紡ぎ出されたセルロース微繊維はマトリックス多糖類と様々な相互作用で結合したり、絡まったりしながら、網目状の枠組みを作ります。
真菌(糸状菌)の細胞壁
東洋大学生命科学部 藤村研究室 より引用
「糸状菌 Aspergillus nidulans の菌糸先端生長における キチン合成酵素の機能と動態に関する研究」
對崎 真楠(東京大学大学院農学生命科学研究科)|東京大学学術機関リポジトリ
(一部引用)糸状菌の細胞表層は細胞壁によって覆われており、菌糸状の形態形成、維持において細胞壁が重要な役割を果たしている。糸状菌の細胞壁は主にグルカンとキチンからなる。細胞壁中の不溶層はキチンを核としてグルカン、ガラクトマンナンが結合することによって構成されている。
糸状菌においてキチンは細胞壁構成成分の10~30%程度の割合を占める。キチンは N-アセチルグルコサミン が β-1,4 結合でつながった直鎖状のホモポリマーであり、このポリマーが整列し結晶化することで、細胞壁に強度を付与する構造となる。
作用機構 | グループ名 | 有効成分名 | FRAC コード | 商品名 | ばらの適用範囲 | 希釈倍数 使用回数 | *LD₅₀ mg/kg | メーカー 情報ページ |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
H:細胞壁生合成 | ポリオキシン | ポリオキシン (農薬用抗生物質) | 19 | ポリオキシンAL 水溶剤「科研』 | 灰色かび病 黒斑病 うどんこ病 ハダニ類(幼虫若虫) | 2,500倍 8回以内 | >5000 | 科研 ポリオキシンAL水溶剤 ポリオキシン特設ページ |
FRAC:Gの「細胞壁生合成」阻害剤は、病原菌の細胞壁の主要成分である "キチン" が新しく生合成されるのを阻害する。
参考:「細胞壁合成阻害剤」|日本大百科全書「細胞壁合成阻害剤」の解説|コトバンク から抜き書き引用
- 菌類の細胞壁の主要な構成成分は "キチン" である。キチンはN-アセチルグルコサミンが重合した多糖(ポリN-アセチルグルコサミン)であり、UDP(ウリジン二リン酸)-N-アセチルグルコサミンからキチン合成酵素により生合成される。細胞壁合成阻害剤は、このキチン生合成を阻害することにより殺菌作用を発現する。
- 細胞壁合成阻害剤には、ジカルボキシイミド系(プロシミドン、イプロジオンおよびビンクロゾリン)と、抗生物質のポリオキシン系(ポリオキシン)がある。
- ポリオキシン系殺菌剤(ポリオキシン)の化学構造は、キチン合成酵素の基質であるUDP-N-アセチルグルコサミンと類似した骨格である。そのため、ポリオキシンは、キチン合成酵素の活性部位に結合し、キチン合成を競合的に阻害する。このことにより、菌糸や発芽管の先端が球状に膨潤し、殺菌効果として発現する。
既にできている病原菌の細胞壁を壊すような機作ではないから、散布後すぐに菌糸が消滅するようなことはない。
ハダニ類(幼虫若虫)やスリップスに対する作用機作も含めて、詳細は「ポリオキシン特設ページ」|科研製薬㈱ を参照。
Ⅰ - 5 細胞膜
エルゴステロール
動物の細胞膜にはコレステロールが、植物細胞膜には"フィトステロール" が存在する。真菌の細胞膜には "エルゴステロール" が存在する。エルゴステロールは動物や植物の細胞膜にはほとんど存在しないので、真菌のみを狙い撃ちする標的にすることができる。このステロール生合成阻害剤は "FRACコード作用機構:G" に分類され、有効成分が異なる多種類の殺菌剤が登録されており、私は以下の3種類を準備している。
作用機構 | グループ名 | 有効成分名 | FRAC コード | 商品名 | ばらの適用範囲 | 希釈倍数 使用回数 | *LD₅₀ mg/kg | メーカー 情報ページ |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
G:細胞膜の ステロール生合成 | DMI殺菌剤 | トリホリン | 3 | サプロール乳剤 | うどんこ病 黒星病 | 1000倍 5回以内 | >3017 | クミアイ サプロール乳剤 |
トリフルミゾール | 3 | トリフミン水和剤 | うどんこ病 | 3000〜 5000倍 5回以内 | >2000 | 日本曹達 トリフミン水和剤 |
||
テトラコナゾール | 3 | サルバトーレME | うどんこ病 黒星病 | 3000倍 7回以内 | >5000 | アリスタ サルバトーレME |
リン脂質二重層
細胞膜を構成するリン脂質は互いに固着しているのではなく、揺れ動き、膜貫通タンパクも比較的自由に場所を移動することが可能。
このリン脂質の揺らぎによって生じるわずかの隙間を、気体や、脂溶性の低分子などが通過することができる。極性を持つ水分子は通りにくく、大きな分子やイオンは通ることができない。参照:「脂質二重層」(Wiki)
Ⅰ - 6 細胞膜の輸送機能
A 受動輸送
アクアポリン 水や中性低分子のチャネル
水分子を選択的に透過させるがイオンや他の物質は透過させないチャネルを「アクアポリン」といい、「単純拡散」による水の移動よりも遙に高い透過性を示す(下図:右)。また内・外的な因子によるゲート制御を行う(下図:左)。
岡山大学・資源生物科学研究所 且原真木 から引用
B 能動輸送(ポンプ)
Na⁺/K⁺ ATPアーゼによるイオンの輸送 「カリウム」(Wikipedia)から一部引用
Na⁺/K⁺ ATPアーゼ(ナトリウム-カリウム イオンポンプ)は、アデノシン三リン酸(ATP)を1個消費して、Naイオン3個を細胞外へと運び出し、Kイオン2個を細胞内へと運び込む。このイオンポンプの働きによって細胞の内外にイオン濃度差が生じ、細胞膜上に電気的な勾配を発生させる。
この電気勾配は通常時は静止電位と呼ばれる値に保たれているが、Kイオンチャネルが開くとKイオン濃度の高い細胞内から濃度の低い細胞外へと濃度勾配の方向に移動し、また、Naイオンチャネルが開くと、同様にナトリウム濃度の高い細胞外からイオン濃度の低い細胞内へと移動する。
KイオンはNaイオンよりもイオン半径が大きく、その違いによって細胞膜のイオンポンプおよびイオンチャネルはこれらを区別することができ、一方を通過させてもう一方を通過させないように選択的に機能することが可能である。
このイオンチャネルの開閉による細胞内外のイオン濃度のバランスの変化によって膜電位(細胞外に対する細胞内電位)が変化し、それによって活動電位が発生する。
ハーモメイト水溶剤と膜輸送
菌の細胞膜の外側に高濃度のナトリウムイオンを存在させることで、このチャネルやポンプの機能を阻害し細胞基質のイオンバランスを崩すことで機能する殺菌剤として、FRACコード:未分類に、炭酸水素ナトリウムを有効成分とする「ハーモメイト水溶剤」がある。
ハーモメイト水溶剤 作用様式|日本曹達㈱ より引用
(上記から一部引用)ハーモメイトの水溶液はリポソームを形成し、その中に高濃度の重曹が溶解しています。リポソーム*は、うどんこ病菌の胞子や菌糸と親和性をもち、この溶液が散布されると高濃度の重曹が病原菌表面に付着することになります。その働きにより病原菌の細胞壁や内部の生理機能に障害を与え、胞子の発芽や胞子の形成などを阻害し、うどんこ病を治療することになります。
*リポソーム(Wiki)とは細胞膜の基本構造である脂質二重層を模した人工膜のカプセル。タンパク質合成に機能する "リボソーム" とはまるで異なる。老眼には "ポ" と"ボ" が見分けられず??と思ってしまった:p
リポソーム(Wiki) と Na⁺イオン Wikiから私が理解する(極めて怪しげな:p) ハーモメイト水溶剤の作用機作
- ハーモメイト水溶剤は水溶液中でリポソームを形成する。リポソームは細胞膜と類似した閉じた脂質二重層構造を持つ。
- リポソームには親水的な分子も疎水的な分子も搭載することができる。脂質二重層は細胞膜などの他の二重層と融合することができるため、通常は膜を越えて拡散することはない薬剤を作用部位へ輸送することができる。
- リポソームは、界面活性剤処理の後に内容物を放出する性質(structure-linked latency)を持ち、内容物(ナトリウムイオン Na⁺ と 炭酸水素イオン HCO₃‾ )を放出。
- 高濃度のNa⁺イオンが、その濃度勾配によって Na⁺チャネル から細胞基質に入る。
- Na⁺イオンは病原菌にとっては有害な物質。ポンプ や ABCトランスポーター(後述)で排出しようとするが、高濃度のNa⁺イオンゆえに菌体のイオンバランスが崩れ、細胞死に至る。
後述する "展着剤" に関してだが、このような作用機作を持つ「ハーモメイト水溶剤」に、浸透性の強い展着剤を使用するのは宿主細胞に与える影響が大きいだろうと思う。水溶剤なので、水に溶くとき何らかの展着剤を入れたくなるが、製品にはあらかじめ界面活性剤+増粘剤等20.0%が含まれているので、あえて展着剤を入れる必要はない。
使うとしても "ニーズ" などのスプレッダー(一般展着剤)で、 "ニーズ" は病原菌の細胞表面に吸着し防除効果を高める。浸透性のある機能性展着剤は宿主の生体膜に与える影響が大きいのではと思う。『ハーモメイト水溶剤は葉を黄変させる』という栽培者の指摘がネット上でも散見されるが、どのような展着剤を、どの品種の、どの時期に使用したかまでは説明されていない。
備考:「ハーモメイト水溶剤」(炭酸水素ナトリウム水和剤)のニガウリうどんこ病防除効果は高いものの,展着剤を使用しなくても葉に激しい薬害が発生する品種がある。出典:「ニガウリうどんこ病の薬剤防除」|鹿児島農総セ研報(耕種)第4号 2010
もしかしたら、バラも品種によっては薬害が出るのかもしれない。
Ⅰ - 7 膜輸送(まとめ)
参考:「イオンチャネルとトランスポーター」|稲津 正人 東京医科大学 医学総合研究所
種類 | 輸送物 | 駆動力 | |
---|---|---|---|
受動輸送 | 単純拡散 | H₂O、CO₂やO₂ などの気体 脂溶性低分子(アルコール、ビタミンなど) | 濃度勾配 |
チャネル | H₂O、イオン、フルクトースなど 主にH₂Oを通すチャネルが "アクアポリン" | 濃度勾配 電気化学ポテンシャルの勾配 |
|
キャリア | アミノ酸やグルコースなどの有機物 | 濃度勾配 | |
能動輸送 (ポンプ) |
|
イオン または 分子 | ATP イオンの電気化学的勾配 |
ABC トランスポーター | 代謝に関わる物質、外来の薬物(排出)、 タンパク質など、多種類 |
註:この表の区分は、私自身が膜輸送の機能をよく理解できておらず:p 参照する資料によっても違いがあって、かなり曖昧です。
このページでの「膜輸送」の要点は、散布された殺菌剤がどのような経路で病原菌や宿主の細胞に入るのか、あるいは「異物・薬物」として排出されるのかを知ることです。輸送体タンパクは物質を認識するセンサーを備えており、膜輸送システムは「半透膜/浸透圧」レベルよりもはるかに複雑なようです。
ABCトランスポーターによる「生体異物」や「薬物」を細胞外への排出するのはなんとなくイメージできるものの、特に分からないのが、細胞はなぜ、どのような経路でそれらを取り込むのか?ということ。殺菌剤の有効成分は実際に病原菌の細胞内に取り込まれ、さらにその中にあって膜に包まれているオルガネラ(細胞内小器官)のミトコンドリアやゴルジ体でその機能を発揮しているのだから、そのルートや作用機構があるはず。
では、そのルートや作用機構は、病原菌と宿主ではどう異なるのか? 同じなのではないのか。つまり「殺菌剤の有効成分は、うどんこ病菌もバラの細胞も痛めつけているのではないか」という最初からの疑問が解決できないままでいる。これを理解しない限り、殺菌剤を使うことには躊躇せざるを得ない。
Ⅰ - 8 エキソサイトーシスとエンドサイトーシス Wikipedia から引用。Ⅲ章の図に具体例あり。
エキソサイトーシス(開口分泌)
分泌顆粒は細胞内線維群の働きによって細胞質内を移動し、細胞膜へと接近する。そして分泌顆粒膜外層が細胞膜内層と、分泌顆粒膜内層が細胞膜外層と融合する。これにより分泌顆粒内腔が細胞外界と連絡し、顆粒内容物は細胞外へと遊出する。
エンドサイトーシス(飲食作用)
植物の細胞壁は、セルロースなどで構成された堅い構造を持つが、水溶性の物質を通すことが出来る。一部の有機物(例・ヘモグロビン)が、細胞壁を通って細胞膜に触れると、細胞膜に部分的に切れ込みが生じて、大きい分子を取り込めるようになる。細胞中に取り込まれた有機物は、酵素などの働きで分解されて養分となる。
Ⅱ 病原糸状菌と植物の戦い
Ⅱ - 1 うどんこ病菌の分生子
- 接触後20秒以内に胞子は液状物質(Extracellular Matrix:ECM)を接触面に分泌する
- ECMは表皮細胞壁表面のワックス層を分解する酵素を含んでいる
- 酵素は胞子直下のワックス層を分解して親水性化し、その分解産物は植物細胞壁に浸透する
- 付着直後に菌が分泌する酵素およびそれに伴う植物表層における一連の化学反応が、菌の付着を植物細胞に認識させ、防御反応を導くシグナルとなる
Ⅱ - 2 植物免疫
研究紹介 | 微生物植物相互作用学研究室|信州大学 農学部 農学生命科学科 より一部引用 (modified)
Irieda and Takano, 2021 Nat. Commun.
研究紹介 | 微生物植物相互作用学研究室|信州大学 農学部 農学生命科学科
病原糸状菌の攻撃を受けた際に、表皮葉緑体がダイナミックに表層側へと移動して防御応答に関与する。
Ⅱ - 3 付着器
(上右より引用)病原菌の付着器の中には胞子に蓄えられていた脂肪やグリコーゲンが代謝されて、粘性の高いグリセロール分子として蓄積。そこに水分子が流入することで自動車タイヤの40倍もの膨圧を発生させ、その勢いで貫穿糸を伸張させる。メラニンは付着器の外側に蓄積して、グリセロールの流出を抑える。
病原糸状菌感染と宿主反応の細胞学的研究
久能 均 三重大学生物資源学部
(上左より引用)病原微生物はクチクラ層を突破し、侵入糸より分泌される種々の細胞壁分解酵素(cell wall degrading enzymes; CWDEs)で細胞壁を分解しながら侵入する。植物細胞は病原微生物の侵入を感知すると、カロース(Wiki)などを生成・蓄積させることでパピラを形成する。パピラは菌の侵入糸や後に形成される吸器の周囲を取り囲み、それ以上感染が進行しないように防御する。
植物病原性カビの新たな侵入戦略「植物病原性カビの新たな侵入戦略の発見」 | 京都大学 から引用
(引用)植物に感染するために、病原性カビの胞子は、まず植物の種のように発芽し、続いて「付着器」と呼ばれるドーム状の特殊な細胞を植物表面に形成します。このカビが形成する付着器は、メラニンによって着色し、このメラニン化した付着器は、植物への侵入プロセスに必須です。これを裏付けるように、メラニン合成を阻害する化合物は、炭疽病菌を含む様々な植物病原性カビに対する有効性の高い農薬として広く使用されています。
しかし、 研究グループが、病原性カビである炭疽病菌の非宿主植物上(宿主ではない植物)での侵入行動を研究する過程で、驚くべきことに、炭疽病菌が、従来型の付着器を形成することなく植物に侵入する能力があることが発見されました。この新たな侵入様式では、カビは発芽後、その発芽管様の構造から、直接的に植物組織内に侵入菌糸を形成します。この発見は、これまでの炭疽病菌の侵入方法の常識を大きく覆すものです。
メラニン生合成阻害剤
IRACコード表の作用機構「 I :細胞壁のメラニン生合成」には、作用点の異なる3グループの殺菌剤があるが、いずれも適用作物は「稲」で、適用病害は「いもち病」。
参考:「植物病原菌の付着器侵入に及ぼすメラニン生合成阻害剤の影響」
松浦 一穂(武田薬品工業株式会社農薬研究所)|日本農薬会誌8, 379-383(1983)
Ⅱ - 4 「葉っぱの上で大勝負」
順 | 病原菌 | 植物細胞 |
---|---|---|
1 | 病原菌の胞子が葉に付着する | 病原菌細胞壁のキチンを植物が感知 |
2 | 酵素で葉を溶かして・・ | パターン誘導免疫
|
3 | 葉の成分を感知 | |
4 | 侵入器官(グリセロール分子、メラニン層)をつくる | |
5 | 針のような菌糸を突き刺して侵入 | パピラ形成で侵入を阻止 |
6 | タンパク質(エフェクター)を分泌して 植物のパターン誘導免疫を阻止 | 病原菌のエフェクターを植物が感知! |
7 | 強い免疫反応=エフェクター誘導免疫により 過敏感(自律的)細胞死を誘導 |
Irieda et al. 2019 Proc. Nati. Acad. Sci. USA 引用 (modified)
研究紹介 | 微生物植物相互作用学研究室|信州大学 農学部 農学生命科学科
(引用)病原菌が分泌したエフェクターは植物内の標的となる免疫因子を攻撃。植物に病気を起こすカビが共通して保有するエフェクターNIS1は、植物免疫における病原体認識機構の中心キナーゼ(BAK1とBIK1)の機能を阻害する。
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