このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙くて誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

2022年8月6日土曜日

ベテラン栽培者の予防散布:葉の表面に "農薬の薄膜" を作る

バラ会は多士済々。高齢のバラ仲間の分も含めて3カ所で年間100回散布すると豪語される強者もいれば、『農薬そのものが好きなの?』と訊ねたくなるほど、『これまで使ったのはあまり効かないんだよね』と言いつつ次々に多種類の薬剤を試す数奇人もいる。いずれも私よりも素晴らしいバラを咲かせる栽培者。

バラ栽培歴数十年で、コンテスト出品を基準にした栽培をされる何人かの先輩方に共通している方法は、殺菌剤はもちろん予防散布で、ローテーションのメインに「ポリキャプタン水和剤」pdfファイルを使用。これは "水和剤" なので水には溶けず、懸濁して用いる。散布後に葉の表面に白っぽく薬剤が残るのがミソ。

参照:「農薬の剤型による分類」|農薬の基礎知識|日本農薬(株)

ポリキャプタン水和剤を散布すると、葉の表面を農薬でコーティングしたような状態になりそれがバリアになって、病原菌の分生子が付いても付着器や吸器を伸ばすことができないようだ。雨除けハウスならこの状態はかなり長く続くようで予防効果に優れる。散布回数の削減にもなるだろう。

散布後に薬液が乾燥したら葉の表面に薄く析出する物質が、薬剤の "有効成分" なのか、それとも "骨材" なのかは不詳。

ポリキャプタン水和剤は、キャプタン (FRAC:M4) 60.0% + ポリオキシン (FRAC:19) 5.0% が有効成分。残りの35.0%が "骨材"。散布後の状態を観察して、あの白い薄膜は「有効成分を含んでいる骨材」で、それゆえに糸状菌が菌糸を伸ばすのを物理的にも阻害する効果があるのだろうと推測している。註:キャプタンの水への溶解度は0.005%以下(Wiki)。

でも私は「ポリキャプタン水和剤」を使いたいとは思わない。葉が農薬に白く汚れてきれいじゃないし、そのような葉は押し並べて "色黒で硬くて小さい" と思う。人の感覚というのはおかしなもので、そのような葉を毎日見てある先輩方からすれば、逆に私の葉は "大きすぎる" のだそうだ。『肥料のやり過ぎ』と指摘される。

「先輩、それは違いますよ。先輩の葉は農薬が邪魔して光合成が十分ではなく、だから小さいんです』とは(いくら生意気な私でも)言えない:p コンテストにはもちろん汚れのないステムが出品される。ポリキャプタン水和剤は時期を選んで使用されているのだ。でも私は時期を問わずにきれいな葉を展開させたい。ポリキャプタン水和剤に代わる予防法はないものだろうか。

「葉の表面に農薬の薄膜を作る」という考えは面白い。その例がパラフィン系展着剤・「アビオン-E」のページにある。

 付着のイメージ
 パラフィン保護のイメージ

アビオン|農薬類|アビオン㈱ より引用

この概念図の "農薬" には何を選ぶのが適切だろうか。バラ会の先輩で農薬の専門家でもあるTさんは、バラの糸状菌病害の最も優れた予防薬は「ダコニール1000」(有効成分:TPN  FRAC:M5)と明言される。

備考

  • 「⽇農ポリキャプタン⽔和剤」の「効果、薬害等に関する注意事項」には、以下のように表記してある。
    収穫間際の散布は収穫物に汚れを⽣ずるおそれがあるので留意する。特に、ばらでは葉や花弁に汚れを⽣ずるおそれがあるので留意する。
    製造中止になったらしいが、在庫を抱えているショップでは現在も販売中。

  • "キャプタン"(単剤)を有効成分とする殺菌剤に「オーソサイド水和剤80」(FRAC M4) がある。ばらの黒星病の適用はあるが、うどんこ病は適用外。これもやはり葉に斑点状の白い汚れが生じる(適切な展着剤で回避できるかも?)

  • キャプタンは解糖系やTCA回路に含まれている酵素の働きを阻害する。「酵素の阻害」は前ページに書いた「作用機作がピンポイント」と同様だが、FRACコード表「C:呼吸」の各主剤がミトコンドリア電子伝達系の特定の酵素をターゲットにするのに対し、キャプタンは「M:多作用点接触活性化合物」で、解糖系(細胞基質)やTCA回路(ミトコンドリア内)の複数の酵素の分子内に存在するSH基やNH₂基と反応し、その働きを阻害するという違いがある。"多作用点" なので、耐性菌の発生リスクが低い。しかし、"多作用点" ゆえに、環境への影響はどうなのだろう?

  • 半世紀以上にわたり世界中で使われてきた殺菌剤ではあるが、発癌性が疑われるなど使用には特に注意が必要なようだ。『昔から使われ続けている農薬だから安全』とは言えないのはもちろんのことで、長年にわたり花苗を生産してきた農家(ご本人か、一緒に作業をしていたご家族)がガンに倒れた実例を身近に3例も知っている。農薬が原因とは断定できないが、「週1回の農薬散布。それを20年間続けたら」という安全性試験は・・無理だよね。・・と言うか、農薬の成分は体内で代謝され排出されるだろうから、長期間の影響試験は意味がないのかな?

  • FRACコード表日本版(2023年8月)pdfファイル

考察:殺菌剤から機能抑制剤へ

植物の病原菌だけではなく、量次第では宿主植物や動物まで殺してしまう殺菌剤。もしポリキャプタン水和剤の "薄膜" が病原糸状菌の発芽を抑制しているのだとしたら、"殺菌" ではなく、「病原菌の機能を抑制する剤」という発想もあり得るのではないか? 以下その一例(筑波大学 2021年9月7日のプレスリリースから一部引用):

天然素材を利用してダイズの病気を防ぐ ~植物病原菌に葉面を認識させないカモフラージュ作戦~ pdfファイル

 筑波大学生命環境系 石賀 康博
ダイズ葉表面をセルロースナノファイバー(CNF)で覆った際のダイズ葉とダイズさび病菌に与える影響を示した。まず、葉面をCNFで覆うことで、ダイズ葉表面の特性が疎水性から親水性に変化する。これにより、ダイズさび病菌の付着器形成に必要なキチン合成酵素遺伝子の発現の抑制が起こり、ダイズ さび病菌の付着器形成率が低下する。その結果、ダイズさび病菌の感染行動が抑制され、病気の発生が減少する。

参考CNFとは - セルロースナノファイバーの基本|環境省

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