HTはバラの女王
福岡バラ会に入会するまでに5年ほどバラの栽培を学んだ。その頃の私にはハイブリッド・ティ(HT)ローズは「古臭くてダサい品種」という印象しかなかったのだが、福岡バラ会のばら展で展示されたHTを見てその印象はガラリと変わるとともに、未知の世界に憧れて入会。
私は「食用バラ」も少し栽培しており、無化学肥料のオーガニック栽培、防除に使用するのは有機JASで認められた重曹などの資材のみ、それも年間に2度ほど少量を散布するだけ。エディブル(食用)ローズとコンペティション(競技)ローズは同じハウスの中なので、必然的にHTもオーガニック栽培。
入会1年後の秋に最初のHTが咲いた。これはその年のばら展のコンテストに出品したHT。
結果は1部(初心者対象)の2部門(1花と2花)ともに天賞を受賞。受賞は先輩のご指導と"まぐれ"に過ぎないが、それでも「オーガニック栽培でもコンテストに通用するのだ」と嬉しかった。でも私は「自分の花は小さい」と痛感した。先輩の花との比較ではなく、私の花そのものが「小さい」と感じた。
ここから私の「心 "貧しい" 暮らし」が始まる(笑)。
"小股の切れ上がったいい女" vs. "Her Royal Highness"
先輩の花を見たり、あるいは自分でもHTの栽培をしながら思ったのは「HTはバラの女王」ということ。「小股の切れ上がったいい女」ではなく、「女王」という言葉にふさわしい風格と気品を持った花を咲かせてみたい。 思わずキスしたくなるような綺麗なバラや可愛いバラはたくさんある。全てのバラがそうだと言えるかもしれないが、では「気品のあるバラ」は?
バラの美しさや気品を女性に例えるなら、私がまず思い浮かべるのは映画「ローマの休日」のオードリー ヘップバーン。特にラストの宮殿での記者会見のシーン。 "Her Royal Highness" 。ここに登場するアン王女はローマの街中でのキュートな女の子とは異なりまさに王女の気品と風格。カメラワークに注意して観ると、堂々とした気品を演出するウィリアム ワイラー監督の工夫がある。王女はけっして小柄ではない のだ。これは重要なポイントだと思う。
さらに、バラに例えて私がより魅力的と思うのは「カサブランカ」のイングリッド バーグマン。テーマ曲 "As time goes by" を懐かしく思い出される方もあろう。ハンフリー ボガードのキザな名セリフ "Here's looking at you, kid." に、ちょっと微笑むその笑顔。
2020年 秋のバラ
ではどのような栽培をすれば気品のある花が咲くのか。
経験的にわかっているのは多肥と病虫害を避けること。私の鉢栽培ではECのコントロールが微妙で、メーターを使用して管理してもわずかな油断で過不足になる。それを避けるには「もっと細かな肥培管理を」ということになるのだが、そのような栽培がはたして気品のあるバラを咲かせるのか、常に疑問がつきまとう。
以下は迷いながら栽培した、その結果の秋の花。(これらはハウス内で iPhone 6s で撮影/画像クリックで拡大表示)
秋のコンテスト
この2花は、20年秋のコンテスト3部(上級者対象)に出品した私のバラ。これまでまるで下品な花しか咲かなかった「あけぼの」(上)が、3年を経過して初めてまともに咲いた。この花は開き始める頃から特別な輝きを持っていた。周りに咲いているバラが色褪せるような存在感で、咲く前から「これは天賞だな」と思うような花だった。どうだろう?「気品のある花」と言えるだろうか。
これらはそれぞれ3部で天賞を受賞したが、私の栽培テーマ「気品」に関しては、「下品スレスレで、紙一重の差なのかも」と思っている。
しかし「高貴なお姫様の小さく纏まった純粋無垢の気品は、私が探し求めているものとは違う」ということをあらためて自覚させてくれた花でもある。
これを無理に例えるなら、アン王女の高貴な気品よりも、イルザの奥深い、ある意味人間らしい、人生が "As time goes by" と知り、リックの嘘っぽい言い訳(男の優しさ)を見抜いて "Here's looking at you, kid." に涙目で微笑む、その「人」としての気品に私は惹かれる。
アン王女より可愛い私の孫娘
「気品」が生まれてくる由縁は? それは「氏」か「育ち」か。
私の13歳の孫娘は、優しくて明るく素直で繊細、すらりと手足が長く色白美肌。アン王女より綺麗で可愛いと思う。とんだ爺馬鹿だが、 「綺麗」や「可愛い」とはそのような主観的なものだろう。しかし「気品」は少し違って客観性がありそうだ。「気品」となると、しょせん私の孫だしなぁ。でも、彼女が気品のある素敵な女性に成長するかどうかは、 今後の彼女自身にかかっているのだろう。
バラもそうなんだろうと思う。そして、バラや女性の美しさが多様であるように、「気品」も一様ではないんだ。
「気品のある美しいバラを 咲かせる 」のではなく、そのバラが内に秘めている気品と美しさが自然と生まれ出るように、バラの気持を推しはかりながら、環境を整え(日差しの程度で発色が変わり下品な花にもなるので、そう簡単なことではない)、バラが必要としているときにホンのわずかな手助けをする。これが栽培者として私がなすべきことだろうと思う。
これは10年ほども前、私がバラ栽培を始めた頃に、師匠である David B. Sanderson さんから教わったこと、そのまんま。 HT も English Rose も栽培の根幹は同じなんだ。
問題は、はたして自分にバラの気持ちがわかるのか ・・ということなんだよな(笑)。
クリスマスのバラ
・・・月日が夢のように流れていく。バラにかまけて今年も一年が過ぎた。それを支えてくれる妻への、ささやかなクリスマス プレゼント。
バラはお裾分けされ、さらにそれをもらっていった方もあったそうで、『こんなステキなばらは見たことがない』というお礼の言葉が返ってきたんだそうな。喜んでくれた人がいたということは、ステキなことなのかも。
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