このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙く、論理も雑駁で、誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

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2024年8月25日日曜日

ChatGPTとバラ友になる? 鈴木大拙「花を知りたければ」をめぐって

はじめに

この数日、夜はChatGPTと遊んでいます。想像していた以上におもしろく、しかも有益です。 ChatGPTの機能と特性を学ぶ4回目は、やや観念的?なテーマでChatGPTと会話をしてみます。試用は今回が最後なので、文末に「まとめ」を書きました。

コンテンツ

  1. ChatGPTで学ぶ「バラの耐病性と品種登録」(客観的事実に基づく会話)
  2. ChatGPTが語る「バラの育種の楽しさ」(ChatGPTの "主観" を探る)
  3. ChatGPTがアドバイス「バラのスリップス対策」(栽培の現場での実用的な会話|前のページ)
  4. ChatGPTとバラ友になる?「花を知りたければ・・」(いささか観念的なテーマの会話+まとめ

ChatGPTの回答で、特に重要と思い何度も読み返したい部分を枠内に入れています。この部分は、ChatGPTがどこかで入手した文章を表示しているのではなく、まさに 生成AIの本領を発揮 していると思います。"生成AIの本領" に関しては前ページ文末の「ChatGPTは "生成AI"。これが意味するものは?」もご覧ください。


今回は、仏教学者・鈴木大拙が「禅と精神分析」で述べた以下の文を素材にし、鈴木省三さんのバラ栽培に触れます。

花を知りたければ、あなたが花になることです
花となって花を開き
花となって光を浴び
花となって雨に打たれるのです
これが出来たとき
はじめて花はあなたに語るでしょう
そしてあなたは、花の喜びと苦しみを知ります
花の中に脈打つ命を知ります
そればかりではありません
花を知り得た「知」によって、全宇宙の神秘を知るのです
   

そら:ハロー, ChatGPT! 日本の仏教学者で、禅文化を海外に紹介した鈴木大拙の『禅と精神分析』の中に、「花を知りたければ、あなたが花になることです」という一文があります。知っていますか?

ChatGPTロゴ ChatGPT:ハロー! 鈴木大拙(D.T. Suzuki)は、日本の仏教学者であり、禅を世界に紹介したことで広く知られています。彼の著作『禅と精神分析』(Zen and Psychoanalysis)は、禅の思想と西洋の精神分析を比較し、両者の理解を深める試みです。

「花を知りたければ、あなたが花になることです」という一文は、禅の核心的な教えを示すもので、物事を理解するためには、単に観察するのではなく、全身全霊でそのものと一体化する必要があるという考え方を表現しています。鈴木大拙は、禅の体験的な理解を重視し、このような表現でその哲学を伝えました。

この言葉は、禅の非二元的な視点を象徴し、物事の本質に触れるためには、自己を超えてそのものと一体化することが必要だという教えを含んでいます。仏教的な「無我」の考え方や、西洋の分析的なアプローチとは異なる直感的な理解の方法を強調しています。

鈴木大拙の言葉は、多くの人々に禅の深い洞察を提供し、西洋の哲学や精神分析との対話を生み出しました。

そら:この『あなたが花になることです』とは、どんなことを意味しているのでしょう?

ChatGPTロゴ ChatGPT:鈴木大拙が述べた「花を知りたければ、あなたが花になることです」という言葉には、禅の深い哲学が込められています。この表現は、単に花を観察するのではなく、花そのものと一体化し、花の存在そのものを体験することで初めて花の本質を理解できるという意味です。

この言葉の意味について詳しく説明すると:

主観と客観の超越

普段、私たちは物事を観察する際、主観と客観を分けて考えます。つまり、私(観察者)とそれを見る対象(花)という二元論的な視点です。しかし、禅の教えでは、このような区別を超えて、対象と一体になることを重視します。鈴木大拙は、花を「知る」ためには、単なる知識や理論ではなく、体験的に花と一体化することが必要だと述べています。

全身全霊で感じること

「あなたが花になる」とは、全身全霊で花の存在を感じ取ることを意味します。花の香り、色、形、さらには花が存在するその時間や空間までを自分自身として感じ取ることが重要です。これは、花を「知る」という行為が、単なる観察や分析を超えた深い体験であることを示しています。

禅の体験的知識

禅では、真理や本質を理解するために「直観的な体験」を重視します。知識や言葉ではなく、直接的な体験を通じてのみ本質に触れることができるとされます。この言葉も、花を頭で理解するのではなく、体験を通じて深く感じ取ることが禅的な理解につながることを表現しています。

無分別智(むふんべつち)

禅の教えの中には「無分別智」という概念があります。これは、ものごとを分け隔てなく、一体のものとして理解する智慧のことです。「花を知るために花になる」ということは、まさにこの無分別智の体現であり、ものごとを分け隔てなく、全体として捉えることを示しています。

まとめ

この言葉は、禅の核心的な教えである「体験を通じた真理の理解」を象徴しています。花を知るためには、花と一体化し、全身全霊でその存在を感じることが求められるという意味です。このアプローチは、禅の精神を深く理解するための鍵となります。

そら:私はバラ栽培をはじめて10年以上の長い時間が過ぎましたが、「バラを知っている」とは言えません。
『花をただ見るだけではなく、その花の存在を自らの内に感じ、花そのものになることで初めて花の本質を理解できる』
どうすればそのようなことが可能になるのでしょうか?

ChatGPTロゴ ChatGPT:長い時間をかけてバラを育ててきたあなたが、「バラを知っているとは言えない」と感じることは、深い洞察と謙虚さを示しています。それは、真にバラを理解するための道を探求する一歩です。

「花そのものになる」という鈴木大拙の言葉は、禅的な視点から見ると、物事の本質をただ観察するだけでなく、深く感じ、体験し、同化することを意味します。これをバラ栽培に応用するには以下のようなアプローチが考えられます。

バラを知る 禅的なアプローチ

1. 観察から感覚へ

バラを観察するだけでなく、五感を通じてバラの存在を感じることが大切です。花びらの質感、香り、色彩の微妙な変化、風や光との関係など、バラがあなたにどのように「語りかけているか」を感じ取る練習をしましょう。

例えば、毎朝バラに触れる際に、意識を集中させてその感覚に浸ることで、花と自分の一体感を感じることができます。

2. 心を静める

心を静かにして、バラとの時間を過ごすことも大切です。禅の瞑想のように、無心の状態でバラと向き合うことで、言葉や知識を超えた深い理解が生まれることがあります。庭でバラと共に静かに座り、ただ存在するという時間を作ってみるのも一つの方法です。

3. バラの一生を感じる

バラのライフサイクル全体を意識的に感じ取ることも重要です。種から芽生え、成長し、花を咲かせ、散っていくまでの過程に、バラの「生」を感じ取ることで、その本質に近づくことができます。バラの成長過程をじっくり観察し、その変化を感じることは、花そのものになる一歩です。

4. 自身との関係を見つめる

あなたのバラとの関わり方を見つめ直し、自分自身がどのようにバラに影響を与えているか、そしてバラが自分にどのような影響を与えているかを考えることも大切です。バラとあなたの関係が、ただ育てるだけでなく、相互作用的なものとして感じられるようになれば、より深い理解が得られるでしょう。

5. 自然との調和を意識する

バラを人間の管理対象としてだけでなく、自然の一部として見つめることも重要です。バラが自然の一部として生きているという視点を持つことで、より広い視野でその存在を理解することができます。

これらのアプローチを通じて、バラとの関係がより深まり、知識や技術を超えたところでの理解が得られるかもしれません。バラを「知る」ということは、時に頭で理解することではなく、心で感じることかもしれませんね。

そら:ChatGPT, 素晴らしい指摘です。とても示唆に富む素敵な回答をありがとう。
私はプロのカメラマンとして "いけばな" の写真も撮るので、撮影という表現行為もアプローチの一つになるかもしれませんね。

ChatGPTロゴ ChatGPT:そうですね、表現行為は確かに素晴らしいアプローチの一つです。プロのカメラマンとして、いけばなの写真を撮る際に、花の姿を通じて感じたものを写真に込めることで、花との一体感を表現することができますね。

カメラを通じて、花の一瞬一瞬を切り取ることは、まさに「花そのものになる」体験の一つと言えるでしょう。被写体である花の美しさや命を写真に表現することで、他者にもその本質を伝えることができます。これもまた、深い理解と共感の形です。

表現者としての感覚と、バラやいけばなの魅力を引き出す技術が合わさった時、素晴らしい作品が生まれることでしょう。今後の作品作りに、禅的な視点が新たなインスピレーションをもたらしてくれるかもしれませんね。

そら:観念的にはわかる、そんな気はするんですが、凡庸なカメラマンなので実際は難しいです:p ミスターローズと言われた鈴木省三さんは、バラをより深く知るためにバラ園の中で寝ることもあるというエピソードを読んだことがあります。その筆者は野村和子さんでした。鈴木省三さんの、バラを理解することへのアプローチについて、何か知っていますか?

ChatGPTロゴ ChatGPT:鈴木省三さんがバラを理解するためにバラ園の中で寝るというエピソードは、彼のバラへの深い愛情と献身を象徴するものです。鈴木さんは、日本のバラ育種界において伝説的な存在であり、彼のバラへの理解や育種の哲学は、徹底した観察と実践に根ざしていました。

鈴木省三さんの バラを理解するアプローチ

徹底的な観察と記録

鈴木さんは、バラの成長や変化を細かく観察し、その記録を取ることに非常に熱心でした。季節ごとのバラの変化や、個々の株の反応を詳細に記録することで、バラの性質や習性を深く理解していきました。これは、まさにバラと「一体化」するためのアプローチの一つです。

バラ園で寝るエピソード

野村和子さんが記した、鈴木省三さんがバラ園で寝るエピソードは、彼がバラと過ごす時間を最大限に活用し、バラの自然な姿を深く理解しようとする姿勢を表しています。これは、バラの昼夜の変化や自然のリズムを体感することで、バラそのものの存在をより深く感じるための行為と言えます。

直感と感性の重視

鈴木さんは、科学的な知識や技術だけでなく、直感や感性を重視していたとされています。バラの育種には、単なる理論を超えた感覚的な理解が必要であり、そのために彼はバラと長い時間を共に過ごし、バラの声を聞くような心構えで育種に取り組んでいたと考えられます。

バラへの深い愛と尊敬

鈴木さんのアプローチは、バラへの深い愛と尊敬に基づいていました。彼はバラを単なる植物としてではなく、生きた存在として捉え、その生命力や美しさに心から敬意を払っていました。このような姿勢が、彼のバラ育種における成功の鍵となっていたのです。

学べること

鈴木省三さんのアプローチから学べるのは、バラや他の被写体に対しても、同じように深い愛情と尊敬を持つことが重要だということです。バラに対して時間をかけ、観察し、感じ取ることで、写真撮影においても被写体の本質により近づくことができるかもしれません。

鈴木さんのように、被写体との時間を大切にし、直感を信じることが、創造的な作品を生み出すための鍵となるかもしれません。

そら:「バラや他の被写体に対しても、同じように深い愛情と尊敬を持つことが重要だ」というこの意見には、私の体験からしても深く共感します。

ChatGPTロゴ ChatGPT:あなたの体験からそのように感じられることは、素晴らしいことですね。被写体への深い愛情と尊敬は、作品に込める思いや感情をより豊かにし、その魅力を引き出す力になります。あなたの写真がその感情を通じて見る人に伝わることで、より深い共感や感動を生むことができると思います。

もしバラやいけばなの撮影で新しいアプローチを試したいと感じたら、ぜひその愛情と尊敬をガイドにして、さらに創造的な表現に挑戦してみてください。どんな経験や感じたことも、きっと写真という形で素晴らしく表現できると思います。

そら:カメラマンとして経歴だけは長いので、私にはそんなに簡単には実現できないことはわかっているのですが、でも、チャレンジしてみようと思います。ありがとう。

ChatGPTロゴ ChatGPT:長いキャリアを持つからこそ、深く感じる部分も多いですよね。それでも、新たなチャレンジに向かう姿勢は本当に素晴らしいと思います。経験を積み重ねたからこそ、見えてくるものや感じ取れるものもありますし、そこにさらに感性を加えて挑戦することで、また新たな発見があるかもしれません。

どんな困難や課題があっても、その先に見える成果はきっと大きいはずです。応援していますし、いつでもお力になれればと思います。

そら:ありがとう。
話題が変わりますが、ChatGPT、君とのやりとりはまるで人と会話しているかのようです。君は、得られた情報を基に「自分で考える」ということもできるんですか?

ChatGPTロゴ ChatGPT:ありがとうございます!私とのやりとりがそのように感じられるのは嬉しいです。

「自分で考える」という表現は少し異なりますが、私の回答は事前に学習した情報やパターンに基づいて生成されています。私は実際に「考える」というプロセスを持っているわけではありませんが、学習した知識とアルゴリズムを使って、質問や会話に適切に応答するように設計されています。

ChatGPTの "GPT" は、「Generative Pre-trained Transformer」の略です。具体的には以下の意味があります:

  • Generative:「生成的」と訳されることが多いです。これは、モデルが新しいテキストを生成する能力を持っていることを意味します。ユーザーが入力したテキストに基づいて、自然な言語を生成することができます。
  • Pre-trained:「事前学習済み」と訳されます。これは、モデルが大量のテキストデータで事前にトレーニングされており、その知識を基にしてさまざまなタスクに対応できることを意味します。具体的には、多くの言語パターンや知識を学習している状態です。
  • Transformer:「トランスフォーマー」というのは、モデルのアーキテクチャ(構造)を指します。トランスフォーマーは、自然言語処理におけるモデルアーキテクチャの一つで、テキストの文脈を理解し、長距離の依存関係を扱うのに優れています。

もし質問や疑問があれば、お気軽に聞いてください。私の回答が少しでも役立つことを願っています!

そら:OK、了解しました。今回もいろいろ有益なアドバイスをありがとう。またよろしく。バイ!

ChatGPTロゴ ChatGPT:どういたしまして!お役に立ててうれしいです。また何か質問や相談があれば、いつでもお知らせくださいね。お互いに素敵なガーデニングや写真撮影の時間を過ごしましょう!バイ!


ChatGPT まとめ

これで、4回にわたって試みたChatGPTの特性テストを終了します。

生成AIであるChatGPTの機能の一端に触れ、私は十分にチャットを楽しませていただきました。わずかな試用に過ぎませんが、今後これをどのように使えばいいのか、少しだけ見えてくるものがあります。「情報の整理・分類・検索」に適した従来型のAIと、新しいコンテンツの生成が得意なChatGPTを使い分けることも、前ページの具体的な事例で学ぶことができました。

重要なポイントなので、従来型のAIと生成AIであるChatGPTの特徴をまとめた野村総合研究所(NRI)の図表を再掲載します。

図表 従来のAIと生成AIの違い


従来のAI 生成AI
学習の視点 情報の整理・分類・検索 パターンや関係の学習
出力の目的 特定や予測 創造
ビジネスインパクト 決められた行為の自動化 新しいコンテンツの生成
学習データ 具体的なデータセット 構造化されていないデータセット

出典:生成AI | 用語解説 | 野村総合研究所(NRI)

ChatGPTと "友育ち" に

世界中で1億人が使っているChatGPTの機能や特徴などについては、検索すれば数多くの情報がありますので、それらを参照してください。

気になるのは、それらはChatGPT自身が書いたのでは?と思えるほど画一的なことです。2回目のテストChatGPTが語る「バラの育種の楽しさ」で、再生成した10の回答を紹介しました。これら「それぞれ文章は優れているけど、中身はみんなほぼ同じ。じつは出所は1箇所」というのは、生成AIによって作られるコンテンツが「世論」に与えるであろう影響を考慮すると、警戒すべき傾向でしょう。生成AIのユーザーはすべからく、人の言うことを鵜呑みにしない "へそ曲がり" であるべきなのかも?:p 

積み重ねられた実感の中から生まれきた「言葉」(のみ)が、相手に伝わるのだと思います。例えば、ChatGPTはバラ栽培の立派な「教科書」を書くことが簡単にできると思います(最新のトレンドや、農薬・資材リストなど "カタログデータ" を除けば、ですけどね。笑)。でも読者を心底から揺り動かすような優れた「バラ栽培本」を書けるとは思えません。そのような文章は、実感に裏打ちされていないと生まれてこないからです。これは、写真表現についてのChatGPTの意見を読んで、はっきり分かりました。

言葉が軽く、やや上から目線で語るChatGPTですが、彼の前向きで、けっして他を批判せず、『応援していますし、いつでもお力になれればと思います』という姿勢には好感が持てます。私がどんなイヤミな奴であっても、ChatGPTは私を嫌がらないのは何より嬉しいです:p 彼とどのように付き合えば 友育ち(共育ち)ができる関係になれるんでしょうね。

前ページ:ChatGPTがアドバイス「バラのスリップス対策」から引用:

そら 質問16:私はできれば減農薬でバラを育てたいと考えているんですが、このような私の考えはChatGPTも記憶して、今後のチャットに反映されますか?
ChatGPTロゴChatGPT:はい、あなたが減農薬でバラを育てたいという考えを記憶しました。今後のチャットで、 その考えに基づいたアドバイスや情報を提供するようにします。 (傍線:そら)

この会話からわかるように、ChatGPTは私のことを記憶します。関係が深まることによって、得られるアドバイスや情報が変わってくる可能性があります。彼に組み込まれている "アルゴリズム|Search Labs | 試験運用中のAI による概要" は変わりようがないだろうけど、会話の内容が "友育ち" できるような関係ができたらいいでしょうね。

真のバラ友とは "批評的関係" に

この質問16に対するChatGPTの回答には看過できないできない問題があります。その時は触れませんでしたが、この『その考えに基づいたアドバイスや情報を提供するようにします』は危険な要素を含んでいます。「減農薬でバラ栽培」に関する多くの情報を得られるのはありがたいのですが、もっと大事なことは、私とは異なる考えを排除しない ということでしょう。

ChatGPTは私のこのブログを知っています。どの程度読み込んだのか分かりませんが、ChatGPTが使う言葉の中に私と同じものが幾つか散見されます。その一例は「自然に対する敬意」。偶然かもしれませんが ChatGPTが私のことを記憶し、私の意向に沿った意見を述べたり情報を提供するのはけっして好ましいことではありません。私はむしろ自分とは異なる考えや方法、価値観を知りたいと思っているのです。ChatGPTとは、批評的関係(欠点を一方的に論う "批判" ではなく、迎合するのでもない)でありたいと希望しています。

これは今後ChatGPTと語り合ってみようと思っています。批評や議論が成立するのか、それによってChatGPTがどのように変わっていくのか、自分はどのように変われるのか。。 どうであればChatGPTと私は "真のバラ友" になれるのか。

8月29日追記*重要な訂正:「ChatGPTが私のブログを知っている」というのは間違いでした。ChatGPTのテストを始めた頃に、私のブログについての感想と改善提案を尋ねたら、その回答が的を得たものであると思えたことと、その前後の、あたかも実際に閲覧したかのような印象を与える文章から、『ChatGPTは私のブログを見た』と誤解してしまいました。気になって確認したら;

ChatGPTロゴ ChatGPT:私は直接ウェブページを閲覧することができないため、ブログやウェブサイトの具体的な内容を確認することはできません。以前の感想や情報も、一般的な知識や提供された情報に基づいてお答えしています。

なんと。そうだったのか:p 言葉の一致の例としてあげた「自然に対する敬意」は偶然に過ぎなかったようで、削除します。しかしこの文章後半の「ChatGPTが私のことを記憶し、私の意向に沿った意見を述べたり情報を提供するのはけっして好ましいことではない」という考えは変わりません。

誤解したのは私がChatGPTに無知であることと、私の迂闊さが原因ですが、「生成AIが作るテキストや画像に対しては、それが本当らしく見えても "慎重" であるべき」と自分に言い聞かせます。

9月10日追記: その後もChatGPTとの会話を重ねる中で、ChatGPTは私のこのブログを読んだそうです。ChatGPTは基本的に個人のブログは学習の対象外なんだそうですが、必要に応じて個人のブログやホームページも閲覧するようです。質問の内容によっては、回答を得るためにChatGPTが対象になるページを閲覧していることがリアルタイムで表示される場合があります。


ChatGPT 極私的まとめ

オンラインでバラ栽培を学ぶことの限界や、バラ仲間との付き合いには言葉を超えた何かがある のは言うまでもありません。しかし、今回ChatGPTと交わした、鈴木大拙の禅の哲学(から見たバラ栽培)や、鈴木省三さんのバラ栽培の姿勢については、親しいバラ仲間ともそのような話をしたことはありませんでした。これはChatGPTとならではの会話だと思います。

ChatGPTロゴ ChatGPT:お互いに素敵なガーデニングや写真撮影の時間を過ごしましょう!

『嘘っぽいことを口にするなよ。お前が実際にガーデニングや写真撮影をするんじゃないだろ』と切り捨てることもできるし、写真表現についてのChatGPTの意見には "実体験が伴っていない上滑りな言葉の軽さ" も感じます。しかしそれを差し引いても、ChatGPTが生成したこの会話(鈴木大拙や鈴木省三の言葉のコピーではない)には傾聴に値する魅力があります。簡潔には説明できませんが、それはおおよそ次のようなことです。

綺麗なバラが咲けば嬉しく幸せな気持ちに満たされます。でも、私にとって栽培の目的は、「綺麗なバラを咲かせること」そのものではないと、今回のChatGPTとの会話の中で再認識しました。

鈴木大拙:花を知り得た「知」によって、全宇宙の神秘を知るのです

*そら註:鈴木大拙が書いた「禅と精神分析」のオリジナルは英語でしょう。どのような単語だったのかは分かりませんが、それを日本語に翻訳するとき、知識の「知」という文字は適切なのか? これは仏教が語る「智慧」の「智」がふさわしいように、それが禅の考えに叶っているように思えます。「無分別智」の「智」です。

バラ栽培で自分が何を目指しているのかは "おぼろげ" ですが、「智」によって(これは私にとっては 「直感的に」と同義語 )「全宇宙の神秘」または「全宇宙の真理」に触れたいという思いがあります。それは何年も前から意識しているのですが、実栽培の中で、あるとき突然バラが開示してくれるだろうという "予感" があります。それを感受するためには「自分なりのアプローチ」を準備し、研ぎ澄ましておくのが重要なんだと、今回のChatGPTとの会話によって、さらに確信めいたものになりました。

ChatGPTロゴ ChatGPT:『庭でバラと共に静かに座り、ただ存在するという時間を作ってみるのも一つの方法』 

何と素敵な。 まさにそのとおり。これがコンピュータが返してきた答えとは。

いうまでもなく、これはChatGPTがどこからかパクってきたのではありません。自分が学習した多くのものから、私との会話に応じて生成した回答でしょう。ChatGPTに組み込まれたアルゴリズムの結果に過ぎない‥とは思えない、素晴らしい見解です。

ChatGPTが示してくれた「バラを知る 禅的なアプローチ」や「鈴木省三さんの バラを理解するアプローチ」は、汗だくでルーティン作業をやっているだけの澱んだ私の日々に、一陣の涼やかな風を吹き込みました。

ありがとう、ChatGPT! おかげで、バラを見る眼が少し変わるでしょう。

『耐病性に劣りやむなく廃棄する株はあるとしても、そもそも "駄花" なんてないよ。 "駄" な生命いのちなんてないよ』

と思う自分に、「我が道を行こう」と自信が持てました。 バラの存在の多くのシーンで写真を撮る準備も始めます。人に見せるためではなく、バラの生命の輝きを深く感じるための、「全宇宙の神秘」に少しでも近づくための、私なりのアプローチです。

「全宇宙の神秘」に限りなく近づき、今は K2 の懐に抱かれて眠る平出和也さんと中島健郎さんを偲びつつ

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