日本ばら会が主催する「2024年度交配・育種実技講座」(講師:上野常務理事)で、参加者から「三倍体のバラはどのように調べたらいいのか」という趣旨の質問があり、三倍体バラの具体例として FLの 'アイスバーグ' が取り上げられました。
三倍体の植物は不稔性を示すため、交配親にする品種の「倍数性」は私も気になります。ここではバラの育種における「三倍体」の位置付けと、"HelpMeFind" を使ってバラの倍数性や系譜を調べる方法を4回にわたってまとめます。このページはその1回目です。
三倍体植物は不稔性?
三倍体植物について|みんなのひろば |日本植物生理学会 から一部引用(改行:そら)
植物体は母方由来と父方由来の染色体セットの2種の染色体セットをもっています(そのため2倍体と言います)。
成長の基本である体細胞分裂では、2セットの染色体が倍加し、それらが正確に2等分されますので、娘細胞の染色体セットの数は2と変わりません。
しかし、自然の条件でも頻度は少ないのですが、発生の初期に倍加した染色体セットが2等分されないで4セットの染色体をもった細胞ができ、これが植物体になることがあります。4倍体となりますが植物種としては同一です。4倍体植物は正常な減数分裂をし、受精、種子形成をして次世代は4倍体を保ったままとなります。
2倍体植物と4倍体植物とが交配すると2倍体植物の卵子・精子(1倍体)と4倍体植物の精子・卵子(2倍体)とが融合するので3倍体となります。普通の細胞分裂には支障がありませんから3倍体の植物体は正常につくられ、花も咲きます。ところが3倍体では卵子・精子形成のときにおこる減数分裂が正常に行われませんので、正常な配偶子ができません。そのため種子形成の前提である受精・胚発生が起きないので正常な種子ができないことになります。
育種を始めた頃の最初の難関は「三倍体」でした。この記事のように、「三倍体品種は正常な種子ができないので、交配には使えない」という先入観があったからです。次の3項目で間違っているのはどれでしょう?
- 三倍体のバラは、生殖細胞の減数分裂がうまくいかず、正常な配偶子ができないので不稔性になる。
- イングリッシュローズ 'ハッピーチャイルド' の種子親はFLの 'アイスバーグ' で、'アイスバーグ' を交配親にして生まれたバラを、さらに交配親にした孫品種は、 'ヘリテージ' や 'グラハム・トーマス' など幾つか存在する。
- 'アイスバーグ' はイングリッシュローズだけでなく200品種近い子孫を残しているので*、その数の多さからして、正常な配偶子ができないとされる三倍体ではない。
*出典:「オールドローズと現代バラの系譜」|バラの系譜編集委員会|誠文堂新光社
その一例は白のFL 'ファビュラス!' で、交配親は ♀︎ 'Iceberg' X ♂︎ 'Sexy Rexy'。育種者は Dr. Keith W. Zary。200というのは公開された品種数で、その背後には多数の無名のバラが生まれたはず。
- 1. は間違いです。正しくは「不稔性になることが多い」で、三倍体は100%不稔性になるのではない ようです。
- 2. は書籍で確認済み(下記)なので、間違いないでしょう。
- 3. はどうでしょう? 1. が間違いなら3.も間違い? これを "HelpMeFind" で調べることにします。
品種名 | ♀︎ 種子親 | ♂︎ 花粉親 | 作出年 |
---|---|---|---|
ベル・ストーリー | チョーサー X パレード | プライオシス X アイスバーグ | 1984 |
クレア・ローズ | チャールズ・オースチン | 苗木 X アイスバーグ | 1986 |
イングリッシュ・ガーデン | リリアン・オースチン X 苗木 | アイスバーグ X ワイフ・オブ・バス | 1986 |
グラハム・トーマス | チャールズ・オースチン | アイスバーグ X 苗木 | 1983 |
ハッピー・チャイルド | アイスバーグ | ヒーロー | 1993 |
ヘリテージ | 苗木 X アイスバーグ | ワイフ・オブ・バス | 1984 |
ペルディタ | フライア | 苗木 X アイスバーグ | 1983 |
ダブ | ワイフ・オブ・バス | アイスバーグの苗木 | 1984 |
エマニュエル | チョーサー X パレード | 苗木 X アイスバーグ | 1985 |
スワン | チャールズ・オースチン | 苗木 X アイスバーグ | 1987 |
出典:「デビッド・オースチンの イングリッシュ ローズ」 著者:デビッド・オースチン 出版社:産調出版㈱ 発行:2001年7月
備考1:交配親を記述するときは、種子親♀︎ X 花粉親♂︎ の順にするのがルール。ここでは 'アイスバーグ' は花粉親に使われていることが多いけど、前述の 'ファビュラス!' 同様に種子親として使われている場合もあります。
備考2:ここにある「苗木」がどのようなものであるのかはわかりませんが、交配親にする目的で育てている無名の「中間株」(下記)のことなのかも?
偉大な育種家 David C.H. Austin の巧みな戦略
染色体セットが二倍体と四倍体の品種を交配すると三倍体の品種が生まれます。四倍体の品種はかなり多いので、その分だけ三倍体の品種が生まれる可能性が増えます。不稔性を示す「三倍体」は、育種を目指す私(たち)には避けては通れない問題です。
話が前後して、「アイスバーグは三倍体」という結論が先になりますが、デビッド・オースチンはこれをどのように活用したのでしょう? ChatGPT に質問してみます。
ChatGPT:
「アイスバーグ」が三倍体でありながら多くのイングリッシュローズの交配親として成功しているのは興味深いですね! 通常、三倍体の植物は染色体が奇数セット(3x)であるため減数分裂時に染色体の分配が不均等になり、不稔性(種子を作る能力の低下)が高いことが一般的です。しかし、バラの交配では次のような要因がこの例外的な現象を説明できる可能性があります。
- 1. 部分的な稔性
- 三倍体植物は完全に不稔というわけではありません。一部の配偶子(花粉や卵細胞)は染色体数が不完全でありながら、二倍体や四倍体の配偶子と組み合わせることで交配が成功する場合があります。この現象を「部分稔性」 といいます。「アイスバーグ」は特定の条件下で、有効な配偶子を形成できる可能性があります。
- 2. 遺伝的背景の強さ
- 「アイスバーグ」の染色体や遺伝子構成が、減数分裂の際に特定の染色体セットがより安定する仕組みを持っている可能性があり、品種によっては特定のゲノム構造が部分稔性を助長することがあります。
- 3. 育種家の工夫
- イングリッシュローズの開発者・デビッド・オースチンは、特に優れた形質を持つ品種の利用に工夫を凝らします。「アイスバーグ」が交配親として使われる際、三倍体の形質を補うために二倍体または四倍体の品種と交配させたのかもしれません。このような組み合わせにより、染色体セットが安定しやすい種子が得られる可能性があります。
- 4. 栽培方法による支援
- 交配の際に人工的な条件を整えることで、成功率を高める技術も存在します。例えばコルヒチンなどの化学物質を使って染色体の倍数性を操作したり、特殊な温度や栄養条件下で発芽や育苗を助けるなどの方法が考えられます。
- 5. 遺伝子の多様性
- 三倍体である「アイスバーグ」の優れた形質が、交配後の次世代で顕性(優性)形質として現れやすいことも理由の一つかも。形質の伝達が直接的でなくとも、形質が顕在化することが育種家にとって重要です。
- 結論
- 「アイスバーグ」は特例的な三倍体で、部分的稔性や優れた形質の遺伝力を持ち、特定の交配条件で成功を収めていると考えられます。育種家の技術と、バラという種が持つ独自の遺伝的柔軟性がうまく組み合わさった結果ですね。バラの交配の複雑さと美しさが感じられる興味深い事例です!
ChatGPT:
デビッド・オースチンのような偉大な育種家は、単に植物を交配するだけでなく、その先の可能性を見据えて戦略的に品種を選びます。「アイスバーグ」と他品種をまず交配して新しい株を作り、それをさらに交配親として使うのは、以下のようなメリットがあるからだと思われます。
- 1. 部分稔性の克服
- 「アイスバーグ」の三倍体としての特性(部分稔性)を直接交配に使うと、成功率が低くなる可能性があります。しかし、「アイスバーグ」と二倍体や四倍体を最初に交配することで、部分稔性のハードルを緩和した次世代を得ることができます。この新しい株が「橋渡し」的な役割を果たします。
- 2. 形質の引き出し
- 「アイスバーグ」は病気耐性、花形、香りなどで非常に優れた品種として知られています。直接交配では形質が全て受け継がれないこともありますが、まず新しい株を作ることで、形質を安定させ、育種過程で必要な特徴を明確化できます。
- 3. 遺伝的多様性の増幅
- 最初の交配で「アイスバーグ」が持つ形質を他の品種に融合させた後、そこからさらに多様性を増やすことが可能になります。この多様性が育種家にとって貴重な「選択肢」を提供します。
- 4. 優秀な中間親の作出
- 最初の交配で得た株(中間世代)が、親として非常に強い遺伝的特性を持つ場合、次の交配で高確率で優れた品種を生み出します。この「中間親を作る」というアプローチは多くの育種家が使う方法です。
- 5. 育種の最終目標への戦略
- デビッド・オースチンが目指す「イングリッシュローズ」は、クラシックローズの美しさとモダンローズの実用性を融合したものです。「アイスバーグ」の耐病性や花の特徴は、まさにその目標に合致する素材だったのでしょう。まず「原石」を磨き、その後理想の形に仕上げるという慎重なプロセスだったと考えられます。
- まとめ
- 「アイスバーグ」を直接交配親としてではなく、中間世代を経て使うという手法は、オースチンの巧みな育種戦略の一端を物語っています。このようなプロセスを通じて、「イングリッシュローズ」の多くの名品が生まれたのですね。バラの育種の奥深さを感じる素晴らしい事例です!
そら:
なるほど。三倍体の品種だけでなく、育種の目標に合致する品種を生み出すためにまず「中間親」を作る、すなわち「交配してできた子の中から、そのような役割を果たす株を見つけ出し、それを交配親として大切に扱う」という手法はどこかで読んだことがあります。鈴木省三氏だったかな? たぶん多くの育種家がそのような株を持っているんでしょうね。バラの育種はほんとに奥が深いんですね。
次のページ「バラの倍数性を HelpMeFind で調べる」に続きます。
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