このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙く、論理も雑駁で、誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

お知らせ

バラの育種 を仲間と共に学びたい初心者を対象にした オンライン勉強会 を計画中です。

オンライン ミーティングシステム "Zoom" を利用して、月2回(年間20回程度)の開催で、 参加費無料の勉強会です。

内容は「ばらの育種オンライン勉強会」 案内ページ をご覧ください。



2022年6月28日火曜日

バラの うどんこ病 対策

はじめに

  • バラのうどんこ病は栽培環境によっては多発する場合があり、防除するのが難しい病気です。このページでは うどんこ病の原因菌の特性を調べるとともに、"IPM"(統合的病虫害管理)に沿ってその防除策を検討します。また、"FRACコード" によるうどんこ病殺菌剤の分類とそのローテーション散布で、バラのうどんこ病の根絶と殺菌剤散布回数の削減を目指します。

  • 私は農薬を多用する栽培には馴染めませんが、農薬の使用をストイックに否定する考えはありません。必要と判断すれば使用するし、農薬に対する自分の立ち位置はフリーでありたいと思っています。
  • おことわり:これは個人的なノートで、バラのうどんこ病対策のガイドではありません。論旨も整理されておらず、混乱しています。さらに、このページは超長文で、大きなサイズの表や画像を使用しており、参考資料として多数の外部pdfファイルpdfファイルへリンクするなど、モバイル環境での閲覧には不適です。

  • ページの内容には、多くの誤謬や不適切な表現を含んでいると思われます。気がついた項目については、随時、加筆・訂正していきますが、批評的に読んでくださるようお願い します。
内 容
1章 バラ栽培と農薬の散布
2章 バラのうどんこ病菌2章へ移動
3章 バラのうどんこ病殺菌剤3章へ移動
4章 バラ栽培の目的4章へ移動

7/24追記:4章に記述していた「うどんこ病 防除記録」は、
新しいページ:「バラの病虫害 防除記録 2022」に移動しました。

1 バラ栽培と農薬の散布

1-1 農薬の散布回数

国内における農産物栽培で使用される農薬の使用回数 "栽培慣⾏基準" は、都道府県ごとにまとめられている。

これらの資料によると、例えばイチゴ栽培における慣行防除回数は、7月までの長期取り栽培の場合、育苗期を含めて60回、5月までの普通栽培の場合は50回。なす・トマト・きゅうりの栽培でも、地域や作型によって多少の違いはあるがほぼ50回を超えている。 備考:農薬に加用する展着剤はカウント数に含めない。

「特別栽培農産物」|農水省

その農産物が生産された地域の慣行レベル(各地域の慣行的に行われている節減対象農薬及び化学肥料の使用状況)に比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量が50%以下、で栽培された農産物。

農産物への農薬散布回数には驚かされるが、農水省や都道府県、各地の営農指導組織や農業者が、減化学農薬・減化学肥料に取り組んでいるようだ。「特別栽培農産物」もそのひとつ。

参照:「農薬の生産・出荷量の推移(平成元~令和2農薬年度)」pdfファイル|農水省

競技用バラの慣行レベル

では、ばら会の勉強会で推奨される農薬の散布回数は、殺菌剤・殺虫剤・殺ダニ剤を含めて、年間何回になるだろう?

「週1回の定期的な予防散布」で、期間を4月から10月までの7ヶ月間とすれば、散布回数は 30回。一般的な方法では殺菌剤と殺虫剤を混合して同時に散布するので、農薬のカウント数は60。さらに夏季の3ヶ月間に殺ダニ剤を加えれば、カウント数はもっと増える。

競技用ばらの栽培は、いちごや促成きゅうりとほぼ同じ回数の農薬を散布している。減化学農薬・減化学肥料に取り組んでいるバラ栽培者も多いが、コンテストでは黒星病やうどんこ病の痕跡があるだけでも上位入賞は望めないから、農薬の削減は難しいものがある。

バラ園での慣行レベル

「予防を目的に週1回の薬剤散布」は、各地のバラ園でも "当然のこと" として実施されている。

 担当者:『見せるためのバラ園なんだから、病虫害予防のために週1回の定期的な農薬散布は当然だ』

これはどこのバラ園も似たようなもので、休園日または人気の無い早朝に、このように動噴を使って撒布している。

この数年は私も同じで、『コンテストに出品するバラだから、病虫害予防のために週1回の定期的な農薬散布は当然だろう』と考えていた。薬剤散布用の動噴とエンジン発電機も準備したが、でも農薬の散布にはどうしても馴染めないものがあって・・。内心『定期散布なんて、できれば避けたい』という気持ちがあるので、防除がうまくいかず、いまだにうどんこ病におちょくられている。

1−2 EU:『農薬を使わないときれいに咲かないようなバラは、今後は "品種の登録" を認めない』

このようなEUの方針を耳にしたのは何年前だっただろう。噂レベルだったので正確なことを知りたくて自分なりに調べているけど、具体的な規則 or 指令の類を見つけられずにいる。たぶん以下のものが「当たらずとも遠からず」なんだろうと思う。

要点は、申請時に書類や写真などのデータだけではなく「苗」を提出するという条件。それを無農薬で栽培して審査するのだろう。その審査基準の具体的な内容を記した文書を探しているのだが、ご存知の方があれば教えてください。

『農薬を使わないときれいに咲かないようなバラは、今後は "品種の登録" を認めない』というのは(本当だとしたら)、大胆な決定だと思い、欧州のバラ事情に詳しい 有島薫さん にその辺りのことを尋ねたら、『新品種登録の前に、そもそも、そのようなバラは欧州では売れませんからね』という答えが。なるほど。

無農薬栽培は当たり前

イングリッシュローズの育種|David Austin Roses/UK は、交配から8年以上の歳月をかけて選抜育種される。後半の5年間では「無農薬栽培で耐病性がチェックされる」と読んだ記憶がある。欧州の各地で開催されるバラのコンテストも、無農薬栽培という条件で開催されることが多いと聞いているので、欧州では日本とは真逆に無農薬栽培が当然のことなのかも。

長崎のハウステンボスでは以前「ローズペイザージュ国際バラコンクール」というのが開催されれていた。これも無農薬栽培で、植栽後1年半の各季節に審査をするという基準だった。2011年のコンクール を見たが、耐病性に関しては欧州と日本の品種とでは歴然とした差があった。

 「キャンディア メイディランド」  (2006年 フランス・メイアン社)
2011年 長崎ハウステンボス ローズ ペイザージュ国際コンクール
総合優勝 ローズペイザージュ特別賞 ローズペイザージュ部門金賞

(画面左下の看板は嵌め込み合成)

「メイアン社は耐病性に優れたバラの品種を数多く収集し、自社のラボでそのゲノム解析をしている」という紹介番組を見たことがある。しっかりした目的意識と地道な活動が、このような素晴らしいバラを育種するベースにあるのだろう。

欧州の環境保護意識

20年も昔だが、「環境管理監査・ISO14001」の認証機関(本社・ドイツ)の仕事をしたことがあり、そこで聞いた話。

欧州における環境保護意識の高さや、化学合成農薬の使用に対する抵抗感は、地理的な要因のほかに、第一次世界大戦の西部戦線で使われた塩素ガス、あるいはナチスによるユダヤ人のホロコーストに使われた毒ガスに対する嫌悪感が根底にあるのだそうだ。

ナチスがユダヤ人の大量虐殺に使った毒ガスは「ツィクロンB」という農薬(殺虫剤)。開発者は第一次世界大戦の塩素ガスと同じく、ドイツ国籍ユダヤ人のフリッツ・ハーバー。彼は大気中の窒素からアンモニア肥料を固定する「ハーバー・ボッシュ法」を開発した功績でノーベル化学賞を受賞した化学者。(リンク:フリー百科事典『ウィキペディア』)

1-3 農薬の使用は栽培者の価値観(ライフスタイル)の問題。私はどうするか?

半年ほど前、あるバラ会(福岡バラ会ではない)の勉強会を聴講させてもらった際、複数の中核会員から「バラ会として、ネオニコチノイド系殺虫剤の使用を認めないようにすべきだ」という提案があって、ちょっと驚かされた。

「どのような農薬を使うかは個々の栽培者の自己責任。バラ会として決めるようなことではない」という会長のご意見でその場は収まったが、私は提案者のみなさんの環境保護に対する意欲的な姿勢を好ましく思った。全国各地にあるばら会(日本ばら会系)の会員のすべてが「予防を目的に週1回の薬剤散布は当然のことだ」と考えているのではないと知って嬉しかった。

バラの栽培にどのような農薬を使うか、あるいは無農薬栽培にするかは、栽培者の価値観(ライフスタイル)の問題で、規則で縛るようなことではないだろう。自分はどうするか、これを自分で考える ことが重要なのだ。

私の場合そのベースになるのは  "SDGs" 、そしてその具体策としての "IPM" だ。

IPM の概念
総合的病害虫管理(Integrated Pest Management, IPM)とは、あらゆる利用可能な防除技術を十分検討し、病害虫個体群の発達を妨げる適切な防除手段の統合であり、農薬やその他の防御手段を経済的な整合性がとれる水準に、かつ人間の健康や環境に対する危険を減少させ、最小限のレベルに維持することを意味する。総合的病害虫管理は、農業生態系のかく乱を最小にしながら健全な作物の生長を強調し、自然な病害虫防除作用を促す。
International Code of Conduct on the Distribution and Use of Pesticides (Revised Version) 2003

IPM = Integrated Pest Management は「防除方法」ではなく、「理念」

  • 農水省:総合的 病害虫 管理
  • そら: 統合的 病虫害 管理

この二つは微妙に意味が違う。
農水省的に理解すると、IPMの Management が、例えば天敵昆虫の利用など、病害虫の防除方法に矮小化されてしまう。
"Pest" が意味するものは「病害虫」ではなく、それがもたらす「病虫害(リスク)」で、"Pest Management" とは「リスク管理」のこと。"Integrated" も「総合的」ではない、「統合的」なのだ。"SDGs" が私たち人類が向かう方向を指し示しているように、"IPM" は栽培者が目指すべき方向を示した「理念」であると私は理解している。

私のIPMプラン

「自分の IPM プラン」を策定するには、まず "バラ栽培で何を実現したいのか" を考える必要がある。でも今の私はバラ栽培に迷っていて、どの方向に進むのか、日々の作業の中で右往左往しながら考えるしかない。栽培の目的については、このページの最後に少しだけ言及している。

直面している問題は「うどんこ病の防除」。これを中心に自分のプランを考えてみる。私の栽培は、①ビニールハウス内 ②鉢栽培 ③品種は主にHT(ハイブリッドティ)ローズ という "うどんこ病3条件" を満たしている:p

参考(下敷き)にさせてもらうのは、栃木県農政部経営技術課 による「いちごIPMマニュアル」平成23年3月pdfファイル

路地植えで、自然光が降り注ぎ、雨にも打たれるし風も吹き抜けるという、私と真逆の栽培環境では「うどんこ病には無縁」という品種は幾つもある。したがって問題解決のヒントは見えているのだが、HTをメインに栽培している私の場合は、残念ながら現時点では "統合的なレベル" に達していない。これを整理し、実栽培の中でブラッシュアップしたいと考えている。

Integrated Pest(バラのうどんこ病) Management プラン
左欄と右欄の黄色部分は栃木|いちご。右欄白枠が私のプラン
項 目対 策
1
作物の特性を知る

作期が長く、栽培環境に変化のあるいちごでは、時期ごとのいちごの生態特性や栽培方式の特性を踏まえた対策が必要。
  • 現在は競技用HTバラをメインにハウス内で鉢栽培。うどんこ病は厳寒期と盛夏期を除きほぼ周年発生している。品種によって、あるいは鉢の置き場所によって、うどん粉病の発生程度が異なる。
2
病害虫の特性を知る

病害虫の発生に好適な環境条件や生態特性、ほ場への侵入方法等を知る。 相手を知ることが対策の基本。防除の先手を打つ。
  • 発生が多いのは遮光ネットによって昼間の強光線が遮られる場所。風通しや施肥量はあまり関係ないように思える。
  • 寒期に石灰硫黄合剤で株の殺菌はするが、鉢土やハウス内の消毒は不十分。
  • 分生子は過剰な水分でパンクするらしいので、週に一度ハウス内に雨を降らせる(株の上から散水する)。
  • 最大の懸念は、バラでは未確認?の「内在型うどんこ病(内部寄生菌)」(後述)
3
現状を把握し先を読む
(予察)

まず、ほ場、栽培の状況を把握すること。病害虫の発生密度や分布を把握し、予測に基づいて次の防除計画を立てる。
  • 現在、新苗が大きく育ちハウス内は過密状態。真夏は発生が少なくなるだろうが、うどんこ病で捩れた葉を見るのは楽しくない。
  • 夏の間に、殺菌剤の週1回のローテーション散布で、徹底的に叩いてみようかと考えている。
4
病害虫が発生しにくい
環境づくり

病害虫対策の第一歩は環境づくり。物理的防除対策や、施肥による生育コン トロールを行う。
  • ハウス用ビニールが経年劣化で汚れ、透過光量が落ちている。高圧洗浄機はあるが、作業が億劫で:p
  • 肥料は自分で配合した液肥がメイン。施肥量はECメーターでチェックしているが、この方法が確立しているとは言い難い。
  • 「チッソ過多はウドンコ病が出やすい」とされているが、施肥量がうどんこ病の発生に関係があるのか、私の環境では疑問。
  • 細胞壁を強くするために「ケイ酸カリ」の効果をテスト中。
5
ほ場の衛生管理

ほ場内外の病原菌密度を下げるために、残さ(葉、ランナー、果実、株等)を適正に処分する。ほ場の衛生管理は防除以前の基本事項。
  • ハウス内の掃き掃除はほぼ毎日行っている。鉢受け皿に溜まった排水の処理が面倒で、それによってハウス内の湿度が上がって、雑菌の繁殖に好都合な環境になっている。
  • 菌の胞子を補足するフィルターを備えた掃除機を導入したほうが良いかもしれない。あるいは床面に汎用殺菌剤の散布やモップがけをすべきか。
  • 残さは大型ポリバケツに入れているが、これの処分がルーズなので、環境に負担をかけない処分方法を検討するのが急務。
6
個々の防除対策の
特性を知る

各種防除方法の特性と限界を知り、防除体系を組み立てる。
現状では私のハウスは うどんこ病菌養殖場 かも。胞子(分生子)は上空の気流に乗って大陸間横断もするそうだから、対策できないなら現行のようなバラ栽培はやめるべきだと考えている。
  • 栽培品種を耐病性のあるものに変更し、数を削減
  • 肥培管理の見直し
  • ハウス内の菌密度を下げる工夫
  • 殺菌剤の種類や散布方法のテスト

2 バラのうどんこ病菌

2−1 うどんこ病 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部引用

うどんこ病は子嚢菌(しのうきん)のウドンコカビ科の純活物寄生菌による植物病害の総称。

葉や茎がうどん粉をかけたように白くなる症状で、他の病害と容易に区別できる。一箇所から始まり、広がるとともに分生子(無性胞子)を形成して離れた所にも感染する。冬になると有性生殖を行って黒い粒状での子実体(子嚢殻)を形成し、この形態で越冬するが、温暖地では有性生殖が起こりにくい傾向がある。後に子嚢殻の内部には子嚢と子嚢胞子を作る。

うどんこ病菌の分生子は他の糸状菌よりも豊富に水分を含み、しかも吸湿性が良いため乾燥条件でも発芽できる。他の糸状菌と同様に高湿度下でよく増殖する。しかし分生子は過剰に水を含むと膨張し、原形質膜が破れて死ぬ事があり、発芽率が低下する。

原因菌は ウドンコカビ科 (Erysiphaceae) に属する子嚢菌(しのうきん)。宿主によって菌の種類が異なり、バラのうどんこ病原因菌は、Sphaerotheca pannosa および Uncinula simulans

2−2 うどんこ病原因菌の生活環 予防と治療

うどんこ病防除における「予防」とは、下図の「葉面への胞子付着」から「吸器形成」までの間に菌を潰すことで、「治療」とはその後の「菌糸成長」以降を阻止すること。

備考:この図は「予防」と「治療」の意味を理解するために引用したもので、プロパティフロアブルは ばら(花き類)への適用はない。これは「プロパティフロアブルがうどんこ病菌の各ステージにおいて効果を示す」ということの説明で、製品技術資料pdfファイル によれば、薬剤耐性菌の発生を阻止するために「1作期1回使用の徹底」を推奨している。バラ栽培で「1作期」とは1年間を意味していると理解。

2−3 殺菌効果の見極め

(この項目は準備中です)

バラのうどんこ病の殺菌剤を使用して戸惑うのは、その効果を簡単には見極められないこと。

圃場で、菌の状態や殺菌剤の効果を確認するためにはどの程度の倍率のルーペ(あるいは顕微鏡か)を準備すればいいのだろう。

2−4 内在型(内部寄生菌)うどんこ病

気孔から侵入し、葉の表面には明瞭な菌叢を作らない「内部寄生型うどんこ病」が、もしバラにもいるとしたら。。
葉が捩れ、葉裏は赤みを帯び、葉表は葉緑体が消えるのかボケた輪郭で白くなる。気孔からは分生子柄の先端と胞子だけが見える。これまでそれはうどんこ病の "初期症状" かと思っていたが、菌叢ができないので、これは「内部寄生型うどんこ病」と捉えた方がいいかも。

2−5 ファイトアレキシン(phytoalexin)

ファイトアレキシンとは、植物がストレスに応答して新規に合成する、抗菌性の二次代謝産物(植物免疫)のこと。

植物は、葉面に付着したうどんこ胞子の外殻成分であるキチン質を認識しPAMP誘導免疫を生成する。けっして、うどんこ病菌のなすがままの「無抵抗」ではないのだ。

「植物における免疫誘導と病原微生物の感染戦略」|ライフサイエンス 領域融合レビュー
川崎 努 (近畿大学農学部 バイオサイエンス学科植物分子遺伝学研究室)より一部引用
 植物は細胞膜に存在する病原微生物の認識にかかわる受容体により,侵入してきた病原微生物の構成成分を検出し,さまざまな免疫応答を誘導する.近年,病原微生物の認識にかかわる受容体の構造と機能が明らかにされるとともに,それら受容体と複合体を形成するタンパク質が同定され,病原微生物の認識にともなう免疫誘導の分子機構が明らかになってきた.一方,病原微生物は植物の免疫誘導を抑制するため,エフェクターとよばれる自らのタンパク質を植物の細胞内に分泌し,病原微生物の認識にかかわる受容体を介した免疫反応の誘導を阻害していることがわかってきた.
 植物の免疫応答の概念

植物は細胞膜にパターン認識受容体をもち,病原微生物の構成成分PAMPを検出して免疫反応を誘導する(PAMP誘導免疫).
一方,病原微生物は免疫反応を阻害するため宿主の細胞内にエフェクターを分泌する.一部のエフェクターは細胞質受容体により検出され,免疫反応が誘導される(エフェクター誘導免疫).

菌:PAMP ➡︎ 植物:PAMP誘導免疫 ➡︎ 菌:エフェクター ➡︎ 植物:エフェクター誘導免疫

このように、植物とうどんこ病菌は熾烈な闘いを展開している。そのために体力のある株を育てることが重要なのは言うまでもないが、うどんこ病菌は免疫反応がまだ十分には機能しないのであろうバラの若い組織に蔓延するから厄介だ。

植物免疫については、愛媛大学などの研究者によって "オオムギウドンコ病" の研究が進んでいるようだが、 残念ながらバラについては研究事例を知らない。「植物免疫」自体がまだよく解明されていないようだ。

気になるのは、エフェクター誘導免疫は発症部位のアポトーシス(自律的細胞死)だけでなく "全身反応" になり、植物は抵抗性を確保するために生育を抑制するということ。バラの場合で言えば、それまでスクスクと生育していたのに、うどんこ病が発生すると生育のテンポが急に鈍くなる。「生育の抑制」は、①光合成の効率が落ちる ②うどんこ病菌に養分を奪われる などの直接的な要因だけでなく、③エフェクター誘導免疫による全身防御反応 のように思われる。

2−6 紫外線の殺菌効果

これについては前ページの「バラの育種 2022 4. 授粉失敗の原因と対策」でも触れているが、紫外線(UVーB)も IPM を考える上で重要な要素であろう。遮光ネットの展開や、UVカットのハウス用ビニールの見直しを検討する。

3 バラのうどんこ病殺菌剤

3-1 "特効薬" は登録を抹消される

かって「ミラネシン水溶剤」という(バラの)うどんこ病専門薬があったそうだ。主剤は「ミルディオマイシン」という抗生物質で、1983年に住化武田農薬㈱によって登録された。2000年頃に書かれたバラ栽培ガイドには「うどんこ病薬」として必ず紹介されるほど効果的な薬剤だった。ところが「ミラネシン水溶剤」は2007年に農薬登録が失効している。

福岡バラ会に入会した頃、私がうどんこ病で難儀しているのを知った先輩方から、「ミラネシン水溶剤」を合わせて10箱ほどいただいた。みなさんは発売中止になる前にたくさん購入されたのだそうで、使ってみると確かに気持ちよく効く。「効いた」と実感できたウドンコ病殺菌剤のひとつ。「サルバトーレME」や「パンチョTF顆粒水和剤」も効いたが、「ミラネシン水溶剤」がベスト。

「登録・失効農薬情報」|独立行政法人農林水産消費安全技術センターによれば、「ミラネシン水溶剤」の農薬登録失効の理由は「販売量が少なく、登録を継続することが経済的に困難と判断したため」となっている。

『販売量が少ないというのは表向きの理由で、本当の理由はこの「ミラネシン水溶剤」がうどんこ病にあまりにも効果的であったがため。この理屈がわかりますか?』

元・住化タケダ園芸㈱の社員で当時の事情をご存知の方にそう尋ねられ、私はすぐピンときた。みなさんはいかが?

答えは、 "ミラネシン水溶剤のうどんこ病菌に対する抜群の効果" に目をつけたいちご栽培農家が、適用範囲外のいちごのうどんこ病に使用したから。登録の適用範囲は、バラの他にはサルスベリやカエデなど5種類の樹木だけなのに。

そのようないちご栽培農家があまりにも多く、指導に従わない農家が後を絶たないので、そのために「ミラネシン水溶剤」は "登録失効" にされ、生産・販売ができなくなってしまったのだそうだ。

・・これってじつにヘンな話だ。「ミラネシン水溶剤」の毒性が特に強かったのではない。LD₅₀(半数致死量)を現行のうどんこ病殺菌剤と比較しても同程度か、むしろ弱い部類。
資料:ミルディオマイシンの毒性試験の概要 - 日本農薬学会 pdfファイル

    ミラネシン水溶剤     LD₅₀ 経口 ラット ≥ 4300 mg/kg (♂)  4120 mg/kg (♀)
    フルピカフロアブル    LD₅₀ 経口 ラット ≥ 5000 mg/kg (♂♀)
    プロパティフロアブル   LD₅₀ 経口 ラット ≥ 2000 mg/kg (♂♀)
  パンチョTF顆粒水和剤    LD₅₀ 経口 ラット ≥ 2000 mg/kg (♂♀)
  ハチハチフロアブル    LD₅₀ 経口 ラット ≥   153 mg/kg  (♀)

  LD₅₀の数値が小さいほど致死毒性が強い。
        

いちご栽培に使われている「プロパティフロアブル」などは急性毒性がミラネシン水溶剤よりも2倍も強く、「ハチハチフロアブル」(IRACコード39)に至っては、153mg/Kg の「劇物」なのに、いちごのうどんこ病に適用されている。

いちごの場合は、緊急毒性(経口)の他に、薬剤の残留性も考慮すべきだから、食品安全上の問題があったのかもしれないが、それにしても「登録失効」は問題解決の方向を間違っている。へそ曲がりでゲスな私は次のように勘繰る。

このような "特効薬" は、他の薬剤が売れなくなるから、農薬の製造・販売業界にとっては迷惑な存在。
そこそこ効いて、でも防除率100%の必要はなく(一般的にそのような剤は強すぎて危険だから)、使用者が希釈倍率を多少間違えても薬害が出ず、メーカーの製造責任が問われないほどに使用者と環境に安全で、さほど効かないが故に 別の農薬が次々と何種類も使われる。そのような農薬こそ理想的。

その目論見が見事に成功して、今や日本の単位面積当たりの農薬使用量は、中国に次いで世界第2位。

3-2 薬剤耐性について

多くの殺菌剤メーカーや営農指導組織は、農薬の「ローテーション散布」を推奨している。理由は、同じ剤型の殺菌剤を連続して使うと「耐性菌」が発生する危険性があるから。

3-3 農薬のローテーション散布

「ローテーション散布」の例を以下に示す。これらにはバラの登録がない殺菌剤が含まれており、バラのうどんこ病対策モデルではない。

例1 うどんこ病防除モデル|ハーモメイト水溶剤|技術資料|日本曹達㈱ から一部引用
例2 推奨するうどんこ病防除モデル 石原バイオサイエンス㈱ 「プロパティ フロアブル 殺菌剤 使用者向け技術資料」pdfファイルより部分引用
例3 いちごうどんこ病 栃木県農政部経営技術課 「いちごIPMマニュアル」平成23年3月pdfファイル より引用

① サンヨール(有機銅剤 M1) → ② ラリー水和剤(EBI / DMI剤 G-3) → ③ ポリオキシン AL乳剤(抗生物質 H-19) → ④ アミスター20フロアブル(ストロビルリン系 C-11) → ⑤ フルピカフロアブル(アニリノピリミジン系 D-9)


(カッコ内)は、主剤のグループ名とFRACコードpdfファイル そらによる追記

バラ栽培で週1回の殺菌剤散布をするなら、4月から10月までの7ヶ月間で計30回。5種類の殺菌剤を使うならそれぞれ6回の使用。ここに例示してある殺菌剤の多くは、年間の使用回数の制限を超える。

「プロパティ フロアブル」pdfファイルは ばら(花き類)の登録がないが、年間使用回数は2回または3回。重要なポイントは、1作期1回使用の徹底を推奨していること。「カリグリーン」は何回か使えるとしても、いったい何種類の殺菌剤を準備すればいいのだろう?

使用説明書の「本剤の使用回数」と「1作期1回使用の徹底」の差

[1作期1回使用の徹底]を推奨しているのは、「プロパティ フロアブル」に限ったことではない。例えば、サプロール乳剤(DMI殺菌剤/トリホリン FRACコードG-3)の使用説明書では、ばら うどんこ病 黒星病への使用回数は「5回以内」だが、日本植物病理学会 殺菌剤耐性菌研究会は、「耐性菌対策のためのDMI剤使用ガイドラインpdfファイル」で、適用範囲の多くの作物に[1作期1回使用]を推奨している。

バラのうどんこ病に適用のあるDMI殺菌剤は、サプロール乳剤の他に、トリフミン水和剤、ラリー乳剤、サルバトーレMEなど、使用されることの多い殺菌剤が含まれている。

「使用回数5回以内」と「1作期1回使用」、バラ栽培の場合はどちらを優先させればいいのだ?

"効かない剤" を 有効に使う

注目しているのは、ローテーションに組み込まれている「ハーモメイト水溶剤」や「カリグリーンpdfファイル」の存在。 「ハーモメイト水溶剤」の主剤は炭酸水素ナトリウム(重曹)。重曹を使用することは10年前にデービッドさんに教えてもらった。

重曹を使った 殺虫殺菌剤 「デービッド丸」の紹介記事 2012年6月  "Gardening with David 2012"  での調合実習

重曹は 有機農産物の JAS 規格pdfファイルで「特定防除資材」として認められている。当時の私は重曹の殺菌機作や使い方をよくわかっていなくて、この記事には『あまり効かない』と書いている:p 今回これを見直して、ローテーションに組み込むことを検討する。「ハーモメイト水溶剤」に使用回数の制限はないから、他の化学合成殺菌剤の使用削減に効果的かも。

 デービッドさんが使っているのは掃除や食品添加物などに使う家庭用の(農薬よりは安価な)重曹で、純度は99%。「ハーモメイト水溶剤」には界面活性剤などが入れてあり、重曹は80%なので、家庭用重曹を使う場合は倍率に注意。

展着剤について

「ハーモメイト水溶剤」の作用機作pdfファイルを考慮すれば、強い浸透力を持つ展着剤の使用は不適で、薬害の危険性がある。デービッド丸には展着剤は使用しない。1型2型は「マシン油乳剤」が、3型は「エコピタ液剤」が展着剤の役割を果たす。不純物を含まないマシン油乳剤は展着剤にもなるのだそうだ。例:「クミアイアタックオイル」(マシン油乳剤)

各種殺菌剤と展着剤の組み合わせは、どの殺菌剤に対しても浸透性の強い展着剤が適しているのではなく、主剤の作用機作に合わせて慎重に選択すべきだろうと思う。これはまた別の機会に検討したい。

3-4 ローテーション散布は農薬業界の "思うツボ" ? 私は 鴨かも。。

バラのうどんこ病対策に、殺菌剤のローテーション散布はほんとうに必要なんだろうか? 薬剤耐性菌が出る危険性はそんなにも高いのだろうか?

「耐性ができる」とは DNA が書き換えられること。真菌の麹カビ菌は約3,800万塩基対(約12,000遺伝子)。うどんこ病菌のゲノムサイズもその程度と思われるが、その核酸塩基対が1組でもダメージを受け書き換えられると、そのコドンに対応しているアミノ酸が変わり、その結果、本来作られるはずのタンパク質が機能を失ったり変質してしまうことはあるだろう。塩基配列を壊す危険性があるものは、放射線や紫外線、活性酸素、タバコの煙や化学物質などいくつもあり、もちろん農薬もその一つ。

しかし、細胞は壊れたDNAを修復する機能も持っている。参考:「DNA修復」フリー百科事典『ウィキペディア』。
殺菌剤を週1回散布するとして、同じ殺菌剤を何回続けて散布すれば、突然変異による耐性菌ができるのだろうか。その確率は?

『耐性菌など、そんなに簡単には出ませんよ』

と言われるのは、大手農薬販売会社のOB(柑橘類の病害虫防除に詳しい)で、今はバラ栽培を楽しんであるTさん。
国内における殺菌剤耐性菌の発生事例は検索するとヒットするが、バラのうどんこ病原因菌(Sphaerotheca pannosa および Uncinula simulans)の、耐性菌発生事例は見つけられなかった。

追記:DNAが書き換えらる=突然変異する ことがなくても、病原菌が薬剤に対し耐性あるいは低感受性を獲得することはあるのではないか。それは次の 3-5『殺菌剤の効きが前回より悪い』 低感受性菌は既に発生している? で考察。

耐性菌が特に出やすいのは、DMI剤 (FRACコード 3)、SDHI剤 (FRACコード 7)および QoI剤 (FRACコード 11)などの比較的新しく開発された、作用機作がピンポイントの殺菌剤のようだ。

参照:

SDHI剤 (FRACコード 7)のグループに含まれる殺菌剤で ばら(花き類)のうどんこ病に適用があるのは、「アフェットフロアブル」と「パレード20フロアブル」の2種類のみ。QoI剤は該当無し。DMI剤 (FRACコード 3)はバラ以外で発生事例があるので注意。

「作用機作がピンポイント」の例

SDHI殺菌剤(コハク酸脱水素酵素阻害剤 FRACコード・7)は、病原菌細胞の生命活動に必要なエネルギー(ATP)生産をするミトコンドリア電子伝達系の複合体Ⅱの働きを阻害する。

(2項目ともwikipediaへのリンク。何やら難しいが、それでもこれらの主要な項目は「高校生物」の履修範囲。「特性を知る」というのはIPMの基本だろうから、高校生に恥ずかしくない程度には勉強をしなければ:p )

日本農薬㈱:「パレード20フロアブル」(主剤:ピラジフルミド FRACコード7)の製品技術資料に、このSDHI殺菌剤の作用機作の概念図がある。

 "ピラジフルミド" :ミトコンドリア電子伝達系複合体IIに作用し、病原菌の呼吸(ATPの生成)を阻害
殺菌剤「パレード20フロアブル」技術資料|日本農薬㈱ より引用

電子伝達系では、複合体Ⅰ→Ⅳで電子(e⁻)をバトンタッチしながら、膜間スペースとマトリックスの間にプロトン(H⁺)の濃度勾配を作り、それを利用して複合体Ⅴで ADP(アデノシン二リン酸)と Pi(リン酸) から ATP(アデノシン三リン酸)を作る。

複合体Ⅱは、クエン酸回路(TCAサイクル)で作られたコハク酸(FADH₂)から電子を受け取り、ユビキノンに電子を渡す。電子を失った(酸化された)コハク酸はフマル酸になりTCAサイクルに戻る。

「パレード20フロアブル」の主剤 "ピラジフルミド" は、この複合体Ⅱの電子の受け渡しに作用する酵素の働きを阻害する。ミトコンドリアの直径は0.5㎛程度。ミクロの世界のまさにピンポイント!

ミトコンドリア電子伝達系複合体阻害剤には、ⅠやⅢをターゲットにした剤もあり、複合体Ⅴに作用するミトコンドリアATP合成酵素阻害剤 もある。

参照

複合体Iの阻害剤 として「ハチハチ乳剤/フロアブル」(トルフェンピラド水和剤/FRACコード39)があり、作用機作は複合体IのNADH酸化還元酵素の働きを阻害する。これは殺虫スペクトルが幅広いだけでなく、子のう菌類を含め各種菌類に対する殺菌スペクトルもある "殺虫殺菌剤" 。

ミトコンドリア電子伝達系複合体の働きを阻害する薬剤は、当然ながら哺乳類のミトコンドリアにも作用する。このグループの殺菌剤( FRACコードの作用機構 C:呼吸)は、急性毒性が強いものが多いようだ。例えば
「ハチハチ乳剤」(IRACコード39 )は、急性毒性(経口)ラット LD₅₀ > 102 mg/kg(♂)、 83 mg/kg(♀)と「劇物」だ。

ミトコンドリアはほとんどの真核生物が持っている細胞小器官。宿主細胞のミトコンドリアに作用するのを避けて、ターゲットの病害虫の、しかも極小のポイントだけに作用させるのは、どのような薬理構造を持っているのだろう? 何らかのアジュバント(補助剤)が加えてあるのだろうか? それとも・・。

これらの殺菌剤は、病原菌だけを高精度で狙い撃ちするものではない のでは? 急性毒性試験で、ある濃度を超えるとラットが死ぬのと同じように、ある濃度を超えるとバラの細胞も死ぬ。要するに、濃度や使用量、回数などの "程度" でターゲットを選択しているだけ なのでは?

もしそうだとしたら、薬剤を散布するたびにバラの細胞も(程度の差こそあれ)ダメージを受けているはず。

あるいは、植物は "アポトーシス (自律的細胞死)によって菌がそれ以上広がるのを防ぐ機能を持っているが、殺菌剤は病原菌を殺すだけではなく、病原菌に侵された宿主の細胞も含めて丸ごと殺すことで殺菌効果を高めているのではないだろうか。

8月5日 追記:この「コハク酸脱水素酵素阻害剤(SDHI)殺菌剤」を使用することの安全性について、ANSES(フランス・国立食品環境労働衛生安全庁)pdfファイルは、『科学者グループから潜在的な健康リスクについて警告がなされたのでそれを検討し、今後も調査を続ける』とのニュースレターを出している。

「コハク酸脱水素酵素阻害剤 (SDHI) 殺菌剤: ANSES が専門家の評価結果を発表」

ミトコンドリア電子伝達系複合体のようなピンポイントに作用する殺菌剤が開発されるのは、生物化学の発展の成果だろうが、そのような剤は耐性菌が出やすいというのは、自然の摂理なのか、自然からの "警告" なのか、人ごとではなく、興味深い。

デービッドさんが呟くように言ったことがある。

ボルドー液(FRACコード M1)」 や 「硫黄粉剤(FRACコード M2)」(2016年の記事:「薔薇と宿根草」へのリンク)のような、昔から使われていて、効果に優れ耐性菌も出にくく、有機JASにも適合し、しかも安価な殺菌剤があるのに、日本ではあまり使われていないのはなぜだろう?

3-5 『殺菌剤の効きが前回より悪い』 低感受性菌は既に発生している?

バラに使われる殺菌剤の耐性菌報告が無いのは、SDHI剤やQoI剤にはバラの登録が少ないからかもしれないし、栽培者が耐性菌の発生に気づかないでいる可能性もある。もし気づいたとしても、農業者とは立場が違い、私たちアマチュアのバラ栽培者には相談したり報告する体制が整っていないので、顕在化しないのかもしれない。

6/14に「アミスター20フロアブル」を散布した。ばら(花き類)はこの殺菌剤の適用作物ではないが、各種野菜のさまざまな病害に優れた効果がある。一昨年、私のハウスでバラ仲間の鉢植えも一緒に栽培したが、うどんこ病が多発したので、バラ仲間が畑作物に使っている「アミスター20フロアブル』を試用したら、これが驚くほどの効果を示した。

今回の "鴨リスト" (下記)で最初に購入したのはこの「アミスター20フロアブル」。ところが期待とは裏腹にあまり効き目がない。このような、『初回はよく効いたのになぁ』という経験は、サプロール乳剤やトリフミン水和剤など、何度かある。これは私のハウスに居るうどんこ病菌が、「突然変異で耐性を持った」ということなんだろうか?

「殺菌剤が全く効かない」という場合はその可能性が高いのだろうが、「あまり効かない」という「低感受性菌」の発生は、必ずしもDNAが書き換えられることを必要としない場合もある(むしろその方が多いかも?)と思うようになった。

「どのように耐性化するのか」 | 薬剤耐性菌について | 国立国際医療研究センター病院

これはヒトの健康を損なう細菌と抗菌薬の場合だが、薬剤耐性のメカニズムがわかりやすく説明されている。必見。DNAの変異はその中の一つにすぎない(ただしその割合は不明)。うどんこ病菌と殺菌剤の場合も、これと同じようなことが起きているのではないか。

参照:

「植物病原菌類における薬剤耐性の分子機構の解明に関する研究」pdfファイル|茨城大学農学部 生物生産科学科 阿久津 克己
(部分引用。この茨城大 阿久津教授の見識が、私の栽培実感に最も近いようだと注目している)

「薬剤耐性化は 偶発的な遺伝的変異ではなく 特定遺伝子群の発現制御下にある ことが示唆され・・」

この項のまとめ

  • 農薬の影響でDNAが書き換えられた耐性菌が出現する可能性はあるが、その確率は さほど高くはない  低い
  • 前述の「ファイトアレキシン」のように、生物は「自己防御機能」を持っている。DNAが書き換えられなくても、散布された農薬がきっかけで菌が既に遺伝子として持っている形質の一部が発現したら、その殺菌剤の効果は低下する
  • 私たち人類は、植物や菌類の "命の仕組み" の全てを知っているわけではなく、新しい薬剤の開発には「生物が持つ未知の部分の発現」という危険性が常に伴う

EU:『農薬を使わないときれいに咲かないようなバラは、今後は "品種の登録" を認めない』

「無農薬栽培」をコンテストの条件にするのと、品種登録の要件にするのとではまるで意味合いが違う。これは、「そのようなバラは私たちのこの世界には必要ないし、育種者はそのようなバラを作出すべきではない」ということなんだろうか? バラをどう栽培するかは自由で、許認可など公権力の介入は馴染まない。

しかし、それはあくまで「周りに迷惑をかけない」という範囲内のことで、もし私のハウスが「ばらのうどんこ病耐性菌の養殖場」になったら・・。 殺菌剤を今までのようにいい加減に使用していたら、その危険性はある ぞ。

耐性菌の問題だけでなく、農薬が環境に与える影響は、例えばこの地域の水棲生物の種類や生息数を、私が子供だった頃と比較すると愕然とする。その元凶は農業(中でも、化学合成された肥料や農薬に頼る "稲作" )だと思う。農薬の安全性試験はごく限られた範囲に過ぎず、私たちはそれを制御できていない。耐性菌の発生がそれを如実に示している。農薬を使用する私たちは、地球の未来について責任がある。EUの "強権的" とも思える姿勢は、理由があることなのだろう。

 2016年 当時小学2年生の孫が折り紙の裏に描いた

・・などとボンヤリ考えながら、「ローテーション散布」を基本に、FRACコード表日本版(2022年5月)pdfファイルを参照して、手持ちのうどんこ病殺菌剤 + 試してみたい殺菌剤で  "鴨リスト" を作ってみた(下表)。

3-6 孫に恥ずかしい "鴨リスト"

私の1回の散布量は40㍑。希釈倍率2000倍だと必要な原液は20ml。もし「1作期1回の使用」なら、250ml入りの薬剤は使い切るのに10年以上もかかる。何人かのバラ仲間の資材ロッカーには、そのような使いきれない多種類の農薬がずらりと並んでいる。それを初めて見たときは仰天したが、今はもう慣れてしまって特に驚かなくなった(ヤバイ)。バラ栽培者の農薬使用量は農家に比べると桁違いに少ないだろうが、それでも農薬業界にとっては "美味しいカモ" なのだろう。

このリストのように農薬を準備して、一方では "SDGs" や "IPM" を口にするなんて自己欺瞞もいいとこ。
これらの殺菌剤をすべて使うと決めているのではないが、『化学農薬に頼らないバラ栽培を目指すために、必要なステップなんだ』と、苦しい言い訳を考えよう:p

準備中の バラうどんこ病殺菌剤
作用機構グループ名有効成分名FRAC
コード
商品名ばらの適用範囲希釈倍数
使用回数
LD₅₀
mg/kg
メーカー
情報ページ
備考
B:細胞骨格と
モータータンパク質
アリルフェニルケトンピリオフェノン50プロパティ
フロアブル
ばら(花き類)の適用はない
内部寄生菌テスト用
>2000石原バイオ
プロパティフロアブル
pdfファイル
C:呼吸SDHI殺菌剤ピラジフルミド7パレード20
フロアブル
うどんこ病
黒星病
4000倍
3回以内
>2000パレード20
技術資料
QoI殺菌剤アゾキシストロビン11アミスター20
フロアブル
ばら(花き類)の適用はない>5000シンジェンタ
アミスター20
D:アミノ酸および
タンパク質生合成
AP殺菌剤
(アニリノピリミジン)
メパニピリム9予防
フルピカ
フロアブル
灰色かび病
黒星病
うどんこ病
2000〜
3000倍
5回以内
>5000日本曹達
フルピカフロアブル
G:細胞膜の
ステロール生合成
DMI殺菌剤トリホリン3サプロール乳剤うどんこ病
黒星病
1000倍
5回以内
>3017クミアイ
サプロール乳剤
3
トリフルミゾール3トリフミン水和剤うどんこ病3000〜
5000倍
5回以内
>2000日本曹達
トリフミン水和剤
テトラコナゾール3サルバトーレMEうどんこ病
黒星病
3000倍
7回以内
>5000アリスタ
サルバトーレME
H:細胞壁生合成ポリオキシンポリオキシン
(農薬用抗生物質)
19ポリオキシンAL
水溶剤「科研』
灰色かび病
黒斑病
うどんこ病
ハダニ類(幼虫若虫)
2,500倍
8回以内
>5000科研
ポリオキシンAL水溶剤
ポリオキシン特設ページ
4
U:作用機構不明フェニルアセトアミドシフルフェナミド
トリフルミゾール
U6パンチョTF
顆粒水和剤
うどんこ病2000倍
5回以内
>2000日本曹達
パンチョTF
5
未分類炭酸水素ナトリウムNC初期治療
ハーモメイト
水溶剤
うどんこ病
灰色かび病
800倍
>5000日本曹達
ハーモメイト水溶剤
M:多作用点
接触活性化合物
有機銅剤 DBEDC乳剤 M1 予防
サンヨール乳剤
(春秋用)
うどんこ病
500〜
1000倍
8回以内
>5860 OATアグリオ
サンヨール
6
灰色かび病
黒星病
アブラムシ類
ハダニ類
チュウレンジハバチ
500倍
8回以内
フタロニトリルTPN
(SH酵素阻害)
M5予防
ダコニール1000
(春秋用)
黒星病
うどんこ病
斑点病
1000倍
6回
♂>2279
♀>4733
ダコニール倶楽部
BM:生物製剤微生物(生芽胞)バチルス ズブチリス
HAI-0404株
BM2予防
アグロケア水和剤
うどんこ病1000〜
2000倍
ニッソーグリーン
アグロケア技術資料
pdfファイル

註:表の左半分:FRACコード表日本版(2023年8月)pdfファイルより抜粋 急性毒性 LD₅₀  経口 ラット (♂♀) mg/kg

「ばら」に登録がある殺菌・殺虫剤の一覧:防除指針 令和4年(2022年)オンライン版|農林水産|東京都産業労働局 から
バラ(花き類・観葉植物の登録農薬も使用できる)

備考

  1. QoI 剤および SDHI 剤耐性菌の現状と薬剤使用ガイドラインpdfファイル|(独)農業環境技術研究所 石井英夫
  2. メパニピリム(殺菌剤)pdfファイル|クミアイ化学工業㈱
  3. 耐性菌対策のためのDMI剤使用ガイドラインpdfファイル|日本植物病理学会 殺菌剤耐性菌研究会
  4. 「ポリオキシン」には剤型の異なる3種類がある。参考:「農薬の剤型による分類」|農薬の基礎知識|日本農薬(株)
    • 「ポリオキシンAL水和剤」には、ばら(花き類)の適用がない。
    • 「ポリオキシンAL乳剤」は 有効成分ポリオキシン複合体 10.0%で、適用病害虫がうどんこ病のみ。
    • 「ポリオキシンAL水溶剤 科研」は 有効成分ポリオキシン複合体 50.0%で、適用病害虫の種類が多い。
  5. シフルフェナミド・トリフルミゾール水和剤の作用特性と使い方pdfファイル|植物防疫 第58巻第3号(2004年)|日本曹達㈱ 横田 因
    • ピーマンうどんこ病の内部寄生性菌に対しても防除効果
    • 「パンチョTF顆粒水和剤」には、有効成分としてシフルフェナミド 3.4%の他に、トリフルミゾール 15.0%を含むので、使用回数はトリフルミゾールを有効成分とする「トリフミン水和剤」と合算する
  6. 「高温時には薬害症状が生じやすい」サンヨール:サポート情報|米澤化学(株)

薬剤耐性菌あるいは低感受性菌の発生が、偶発的な遺伝的変異(突然変異)か (既存の)特定遺伝子群の発現かに関わらず、同じグループの殺菌剤の連用は避けるべき だろう。

散布する殺菌剤の種類や使用順、散布するタイミングは、あらかじめ決めておくのではなく "状況次第" と考えている。

4 バラ栽培の目的 「花の中に御坐すほとけとの出会い」

『週1回の農薬散布をしてまでバラを栽培しようとは思わない』と言う方は多い。私はなぜそうしようとしているのか。

  • バラは花だけが美しいのではない。葉もその季節に応じて美しく展開する。でもうどんこ病が発症するとその美しさは消えて、バラ栽培が楽しいことではなくなってしまう
  • バラでは報告事例を知らない「内在型うどんこ病」が、私のハウスに発生しているかも。これを調べたい
  • バラの交配を成功させるために、失敗の原因かもしれないハウス内のカビ菌を減らす方策を考えたい

  • そして・・

 ・・福岡バラ会を退会した今も、バラ会のサイトにある「ローズ・ふくおか アーカイブス」の制作を継続している。「ローズ・ふくおか」は福岡バラ会の会報。最近アップしたページの中に印象的な記事があった。

それは平成16年/2004年 No.14 に掲載された「心に残る一輪の花との出逢い」。筆者は木附 久雄さん。以下一部引用。

心に残る一輪の花との出逢い    木附 久雄

(snip)

(奈良・長谷寺の白牡丹) その一輪は、壮大な牡丹畑の残像を消しさる程の存在感と、また繊細さを合わせ持っていた。ほんの一瞬ではあるが、周囲と隔絶され、その一輪の花しか見えなくなり、 自分の心のかなり深いところと、花の神秘そのものとが一体になっていた。

(snip)

 この様な、心に残る一輪の花との出逢い、それは残念ながら、ほとんど偶然にしか得られない。しかし、花の神様は、花を愛し、四季を通して勤勉に花の世話をしたものにだけは、予告はしないが、御褒美として、そういう出逢いを叶えて下さることがあると信じている。それは、早朝かも知れない、夕焼けの中かも知れない。雨の中かも霧の中かも、月明かりの下かも知れない。

(snip)

一輪の花との出逢いも、一期一会。

「自分の心のかなり深いところと、花の神秘そのものとが一体になって」

素晴らしい表現だ。

バラを栽培して10年あまり。これまでにホンの数回、そのような瞬間に出会ったことがある。
その一つは畑に露地植えのイングリッシュローズ・「クイーン・オブ・スェーデン」。耐病性のある品種で、無農薬栽培(というか放任)でも綺麗な花を咲かせる。その出会いのときも黒星病は出ていて虫に齧られた葉もあったに違いないが、そんなことは気にもならない。

心のかなり深いところからふと熱いものが湧き上がり、『この世界のすべては調和していて、美しさに満ち溢れている』という覚醒と、[ 自分 ] という枠が消え自然と一体になった感覚に、思わず涙が溢れそうになる。そして、すべてに合掌する気持ちが、静かに生まれ出てくる。

木附さんのように「花を愛している」とは言えない私は、花の神様から"御褒美"が頂けるとは思わないが、いつか実現するかもしれない「花の中に御坐すほとけとの出会い」(2021年10月15日の記事:「真理は美しい」)のために、今日も気温40度C超のハウスの中をフラフラと歩き回る。

(7/24追記:ここに記述していた「うどんこ病 防除記録」は、新しいページ:「バラの病虫害 防除記録 2022」に移動)

殺菌剤を散布しながら思うのは、『私のバラ栽培は、"混濁した自分の人生を浄化したい" という無意識が為せること。
心が濁っていては、 "花の中に御坐す(おわします)ほとけ" との出会いは望むべくもない。除菌すべきは、何よりもまず自分』 :p

さて、「花の神様」はそういう私にも ほほ笑んでくださるだろうか。