これまで見てきた資料によれば、葉面に付着したうどんこ病菌の分生子は、まず周辺から水分を吸収し、発芽してメラニンドームを形成、10時間後には細胞壁に侵入し、16時間後には「吸器」に核が移行する。
この吸器の構造と機作について、よくわからないまま「吸器は宿主の細胞内に侵入し、細胞基質を酵素で分解しそれを自分の栄養にするために吸収する。その結果、宿主の細胞は死ぬ」と思い込んでいたが、どうもそうではないようだ。菌類は、雑駁な知識しか持たない私よりもはるかに賢い。以下、ネット上で閲覧した情報を抄録する。
参考にする資料は、Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)|全米科学アカデミー (NAS) のジャーナル。論文ではなく、その紹介記事。 紹介されている研究内容は;
"The role of haustoria in sugar supply during infection of broad bean by the rust fungus Uromyces fabae - PMC
(サビ病菌 "Uromyces fabae" によるソラマメ感染時の糖供給における吸器の役割)
Ralf T. Voegele et al.
英文なので "Google翻訳" を参照しながら、AI翻訳が対応できない(意味不明の)部分を自分なりに解釈。英語はよくわからないし生物学の知識も貧弱なので誤読するかもしれないが、『これはどんな意味だろう?』と調べることが楽しい。
註 :原文は "必要部分のみの引用" で、読みやすいように短く改行。Google翻訳、DeepL翻訳を参照しながらの、私なりの "意訳"。正確な翻訳はハナから無理なので、内容がおぼろげにでも理解できればいいというスタンス。
菌糸と吸器
Emmanuel Boutet, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
濃い青色がべと病菌の菌糸、小さな球が吸器(トリパンブルーで染色)
The role of haustoria in sugar supply during infection of broad bean by the rust fungus Uromyces fabae - PMC
Ralf T. Voegele et al.|Journal List|Proc Natl Acad Sci USA|v.98(14); 2001 Jul 3 から引用 (modified)
1 SP 胞子 2 GT 発芽管 3 AP 付着器 4 SV 気孔下小胞 5 IH 菌糸 6 HM 吸器母細胞 7 HA 吸器 bAp バルクアポプラスト(細胞間隙) NB ネックバンド EM マトリックス
吸器の構造と膜輸送
Hidden robbers: The role of fungal haustoria in parasitism of plants
Les J. Szabo and William R. Bushnell|Journal List|Proc Natl Acad Sci USA|v.98(14); 2001 Jul 3 から引用 (modified)
Hidden robbers: The role of fungal haustoria in parasitism of plants
潜んでいる奪略者:植物寄生菌の "吸器" の役割
Les J. Szabo and William R. Bushnell
Proc Natl Acad Sci USA|v.98(14); 2001 Jul 3 から部分引用
Haustorial complex, a specialized feeding organ of biotrophic fungal parasites of plants.
To move from host cell to fungus, nutrients must traverse the extrahaustorial membrane, the extrahaustorial matrix, the haustorial wall, and the haustorial plasma membrane.
A neckband seals the extrahaustorial matrix from the plant cell wall region so that the matrix becomes a unique, isolated, apoplast-like compartment. The haustorium connects to intercellular fungal hyphae by way of a haustorial mother cell.
「吸器」(Haustorial complex)は、さび病菌、うどんこ病菌、べと病菌などの 絶対的活物寄生菌 に備わった特殊な摂食器官。
栄養素が宿主細胞から寄生菌に移動するには、extrahaustorial membrane(吸器外膜*)、マトリックス、吸器細胞壁、および吸器細胞膜を通過する必要がある。
菌体外マトリックスはネックバンドによって植物細胞壁領域から密閉されており、マトリックスはアポプラスト様のユニークで孤立した区画となる。吸器は、吸器母細胞を介して細胞間隙にある菌糸に接続している。
註 : "extrahaustorial membrane" に相当する適切な用語を知らない。直訳すれば「吸器外膜」だろうが、これは吸器が生成したした膜ではなく宿主の細胞膜が変化したものだから、「吸器外膜」というのは誤解しそう。DeepL翻訳はこれを「排菌膜」と訳する(下記)。生物学にそんな用語があるのか、まさに言い得て妙! 驚いた。
ちなみにGoogle翻訳は「口外膜」と訳す。なんのこっちゃ:P Google翻訳は "parasite" を「寄生虫」と訳すが、この文書ではもちろん「寄生菌」が適切。AI翻訳もまだそれを区別できるほどには進化していないみたいだが、もしかしたら「口外膜」は、エキソサイトーシス(開口分泌)| Wiki の "口" と共通する概念なのかな? そうだとしたらAI翻訳を侮れないぞ。
A haustorium is formed when a specialized fungal hypha penetrates a plant cell wall and expands inside that cell . However, the haustorium is not located directly in plant cell cytoplasm; instead, it is surrounded by an extrahaustorial membrane, a thickened derivative of the plant cell plasma membrane.
Lying between the extrahaustorial membrane and fungal haustorial wall is a gel-like layer enriched in carbohydrates called the extrahaustorial matrix. The haustorium itself contains a normal complement of cytoplasm, nuclei, mitochondria, and other organelles .
The haustorial cytoplasm is bordered by a plasma membrane and by the haustorial wall. To move from plant cytoplasm to haustorial cytoplasm, substances must pass sequentially through the extrahaustorial membrane and matrix, the haustorial wall, and the haustorial plasma membrane.
吸器は、植物細胞の細胞壁を貫通してその細胞内で伸長することで形成される。しかし、吸器は植物細胞の細胞質内に直接存在するのではなく、植物細胞の細胞膜が厚くなった "排菌膜" に囲まれている。
extrahaustorial membrane(吸器外膜/排菌膜)と吸器細胞壁の間には、マトリックスと呼ばれる糖質に富むゲル状の層が横たわっている。
吸器自体には、細胞質、核、ミトコンドリア、その他のオルガネラ(細胞小器官)が正常に含まれている。 吸器細胞質は、細胞膜と細胞壁によって縁取られている。物質が植物の細胞質から吸器細胞質へ移動するためには、extrahaustorial membraneとマトリックス、吸器細胞壁、吸器細胞膜を順次通過する必要がある。
Sucrose is the primary sugar that is transported in plants and, therefore, it has been speculated that the haustoria may import sucrose directly. Recent studies with the powdery mildew fungus indicate that glucose, rather than sucrose, may be the sugar imported. The data of Voegele et al. demonstrate that the HXT1 sugar transporter has a specificity for d-glucose and d-fructose, confirming that glucose/fructose and not sucrose are the primary sugars imported by haustoria. In addition, the authors showed that glucose transport occurs through a proton symport mechanism. These results support a proton symport model for nutrient transport at the haustorial interface.
A membrane H⁺-ATPase generates a proton gradient across the haustorial plasma membrane, which provides the energy for transport of nutrients (glucose/fructose, amino acids) from the extrahaustorial matrix into the haustorium.
The establishment of a proton gradient is possible because the extrahaustorial matrix is a sealed compartment, bounded by the extrahaustorial membrane on the plant side, the haustorial membrane on the fungal side, and the neck band, which seals it from the apoplast. In support of this model, a plasma membrane H⁺-ATPase and an amino acid transporter have been isolated.
スクロース(ショ糖/二糖類)は植物で輸送される主要な糖であるため、吸器がスクロースを直接取り込む可能性があると推測されてきた。ウドンコ病菌に関する最近の研究では、スクロースではなくグルコース(ブドウ糖/単糖類)が取り込まれる糖である可能性が示されている。Voegeleらのデータ(下にその画像を引用)は、ヘキソース(6個の炭素原子を持つ単糖。D-グルコースやD-フルクトースを含む)輸送体遺伝子HXT1とその輸送体が、D-グルコースとD-フルクトース(果糖/単糖類)に特異性を持つことを示し、吸器が取り込む主な糖はスクロースではなく、グルコース/フルクトースであることを確認している。
(Fig.2 参照)さらに、グルコースの輸送が "プロトン(H⁺)共輸送機構" を介して行われることも明らかにした。膜型 H⁺-ATPase(プロトン・エーティーピーアーゼ)は、吸器原形質膜を横切るプロトン勾配を生成し、吸器外マトリックスから吸器への栄養素 (グルコース/フルクトース、アミノ酸) の輸送のためのエネルギーを提供する。
(註:マトリックス側で高くなったプロトン=水素イオンの濃度と、吸器側のプロトンとの濃度が平衡になろうとする動きを利用して、糖類やアミノ酸を吸器側に共輸送する)このようなプロトン勾配の形成は、マトリックスが、植物側の細胞膜が変化したextrahaustorial membrane、真菌側の吸器細胞膜、およびアポプラストからそれを隔離するネックバンドで密封されたコンパートメントであるから可能になる。このモデルを支持するものとして、細胞膜 H⁺-ATPase や アミノ酸トランスポーター が単離されている。
攻防の最前線となる吸器とHXT1p(H⁺-グルコース共輸送体タンパク)の画像を、Voegele et al. の論文から引用する。
The role of haustoria in sugar supply during infection of broad bean by the rust fungus Uromyces fabae - PMC
Ralf T. Voegele et al.|Journal List|Proc Natl Acad Sci USA|v.98(14); 2001 Jul 3 から引用 (modified)
A: 1個の宿主細胞に2個の吸器がある。HXT1p(遺伝子HXT1が発現した輸送体タンパク)は、吸器の先端側=ネックバンドの反対側に局在している。
B: HXT1pは、想像より小さく、少数。Extrahaustorial membrane も頼りなさげだが、電顕写真の撮り方でそう見えるだけなのかも。それにしてもスケールバーは0.1㎛だから、HXT1pのサイズは ㎚(ナノメートル/10億分の1メートル)単位なのか。
考察
「考察」と呼べるほどものはないが、雑感を書いてみる。
今回何より驚いたのは、糸状菌の菌糸は侵入した細胞基質を分解・吸収するのではなく、それを生かしたまま養分供給源として継続的に利用しているということ。なんと賢い "hidden robbers"。逆に言えば、細胞基質を分解・吸収するという私の思い込みのなんと浅はかなこと;p
糸状菌の吸器の構造や機作を知っても、それがうどんこ病の防除の役に立つわけではないが、植物や菌の生命の機作を知ると、自然(生命)は想像するよりもはるかに奥深い ということに、なんだか "ちょっと立ち止まる気持ち" にさせられる。そのような感じは、 "セントラルドグマ(Wiki)" について学んだときや、バラの根頭癌腫病菌の働き を知ったときにもあった。
バラの根頭癌腫病菌 "アグロバクテリウム ツメファシエンス"(Agrobacterium tumefaciens)は、ターゲットになるバラの細胞の遺伝子を、自分に都合がいいように組み替える。癌腫病菌は自身のDNAの他に "Tiプラスミド" という環状DNAを持っていて、その中に植物ホルモンのオーキシンやサイトカイニンを大量に生合成させる遺伝子があり、感染した宿主細胞のDNAにそれを組み込む。同時に、 "オパイン(Wiki)" という癌腫病菌だけが利用できる炭素源、窒素源及びエネルギー源を作らせる遺伝子を組み込み、それが "癌腫" になる。さらに驚くことに、癌腫病菌が組み込む遺伝子は宿主のバラを殺さない程度に癌腫を作るようコントロールされているのだそうだ。 参照:アグロバクテリウム(Wiki)
バラ栽培者なら知っているように、根頭癌腫病が発症しても、生育は抑制されるもののバラの株そのものが枯れてしまう事例はまれ。これは前述のように癌腫病菌がセルフコントロールしているから。栄養源を殺してしまっては自分への養分の供給が止まってしまう。糸状菌もこれと同じなんだ。
『吸器が細胞質を分解し吸収する』と、なぜそんなふうに考えたのか。Ⅲ - 3 「菌糸先端部の構造と機能」で引用した 大沼 雅明教授/久留米大学 の指摘が、うどんこ病菌の菌糸先端部の吸器も同様だろうと思い込んでいた。(以下、一部を再掲)
動物やカビなどの従属栄養生物が生育するためには必ず外部から有機物を栄養分として摂取する必要がある。自ら動くための手段を持たないカビの場合は酵素タンパク質を体外へ分泌し,体の周囲にある有機物を基質として消化分解して得られる栄養分を体内に吸収することで生育する。
うどんこ病菌は 子嚢菌類|ウドンコカビ科の "絶対的活物寄生菌" 。この意味は、うどんこ病菌は生きている宿主だけに寄生するということ。つまり、死んだ組織を分解してその内容物を栄養にする菌類(大沼教授が指摘する "カビ" )とは異なる。これをよく認識すべきだった。
うどんこ病菌が宿主の細胞を殺さないのなら、葉の細胞組織は夏の高温期には快適な避暑地になるだろう。菌糸を盛んに伸ばせる時期になるまで、葉の細胞間隙に潜んで静かに待っていればいい。必要な栄養は提供されるし、紫外線から守られ、しかも蒸散によるクーラー付き。
(閑話休題) 上記 Fig.2 で、H⁺-ATPaseやマトリックスから吸器へのプロトン-グルコース共輸送は理解できる。しかしこの記事には、残念ながら宿主細胞からマトリックスにグルコースやアミノ酸が輸送されるメカニズムについては言及がない(紹介している論文のテーマではない)。宿主の細胞基質には、遊離したアミノ酸やグルコースはさほど多くはないと思われる(根拠に乏しい)ので、それらが宿主細胞からマトリックスへ移動するには、宿主細胞が抵抗できなほど強い働きかけが吸器側からあるのではないだろうか?
これに類似するか、前ページの「Ⅴ-3 "葉面微生物で" バリアを作る」で、一例をWikiから引用しているので再掲する。
葉圏には インドール酢酸 (IAA/植物ホルモン・オーキシン) 生産能を持つ細菌が多い。IAAは植物の細胞壁を弛緩させ、多糖類を遊離させる。IAA生産菌はIAAを葉面に暴露し、栄養素を溶出させて獲得していると推測されている。
あるいは、もう少し複雑な構図なのかもしれない。以下は、近畿大学農学部 生物機能科学科 植物分子遺伝子研究室(川崎 努教授)の「研究内容」からの一部引用 (modified)。このサイトは植物の免疫機構の概要と研究内容を紹介してあり、その「環境にやさしい農薬の開発を目指した研究」に期待している。
イネの白葉枯病菌(グラム陰性の好気性細菌)のTALエフェクターはイネの糖輸送体遺伝子(SWEETと呼ばれる)のプロモーター領域に結合し、転写を促進することで、細胞膜に存在する糖輸送体の量を増加させることが知られています。このような糖輸送体の増加は、細胞内からアポプラスト (Wiki) に放出される糖の量を増加させ、それを栄養源とする細菌の増殖に有利に働くと考えられています。
ここでは、イネの白葉枯病菌が自分に有利になるよう宿主の遺伝子に働きかける ことが指摘されている。もしかしたら、うどんこ病菌の吸器も、宿主細胞に対して何らかの働きかけをしているのではないかと推測できる。その場合、吸器のマトリックスがアポプラストに相当する。
宿主は、病原菌が葉面に付着したらいくつかの免疫反応(抵抗)をすることは、8月15日の記事:「バラのうどんこ病についての考察・前編(Ⅰ章〜Ⅱ章)」の「Ⅱ 病原糸状菌と植物の戦い」で紹介した。けっして "やられっぱなし" ではないので、細胞内に割り込んできた奪略者に対して、どのような抵抗をしているのか。宿主細胞は、活性酸素種 や 過敏感反応(Wiki) などによって、吸器を封じ込めようと奮闘しているのかもしれない。宿主側の武器は "活性酸素" だろう。
植物細胞における活性酸素種の発生部位と機能について
岩野 恵、蔡 晃植、磯貝 彰(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)
「電子顕微鏡」Vol.38,No.2(2003) から冒頭部分のみを引用
地球上には8千種類を越える植物病原体が存在すると推定されている。自発的移動手段を持たない植物は、自然界でこれらの病原体と接触し感染する危機に常にさらされていることになる。しかし、植物がこのような病原体に感染し罹病するのはごく一部の場合に限られる。それは、植物が大多数の植物病原体の感染に対して防御機構を有するためである。
植物の防御機構には、植物細胞表面に存在するクチクラやワックスなどの構造的な障壁の他に、植物が病原体の感染に対し積極的に発動する一連の抵抗性反応がある。この抵抗性反応には、スーパーオキシドや過酸化水素などの活性酸素種の生成、細胞壁タンパク質のクロスリンキング、動物のアポ トー シスに類似した形態を示す過敏感細胞死の誘導、様々な抗菌物質の産生、Pathogen-related(PR)タンパク質を始めとする様々な抵抗性関連タンパク質の誘導などが含まれる。
これらの結果として、病原体は感染した部位に局所的に封じ込められ、その増殖が抑制されると考えられている。一方、病原体の侵入時に上記のような抵抗性反応が誘導されないと病原菌の増殖は抑制されずに植物は罹病する。
この様な一連の抵抗性反応の中で、活性酸素種の急激な産生はオキシダティブバーストとも呼ばれ、感染の初期段階で起きる現象である。活性酸素種の産生が阻害されると、その後の過敏感細胞死が抑制されることから、活性酸素種が病原体への抵抗性反応を誘導するシグナル分子として機能している可能性が指摘されている。
また、活性酸素種が病原体を直接攻撃し植物体内での増殖を阻害する可能性(前ページの「病原糸状菌と植物の戦い」で紹介)や、過酸化水素が細胞壁タンパク質のクロスリンクを誘導することにより細胞壁が強化される可能性も指摘されている。
活性酸素種は "諸刃の剣" で、病原菌だけでなく宿主細胞も痛めつける。活性酸素を生成させる原因は、感染した病原菌への防御反応の他に、化学物質(散布された農薬や排気ガス)、放射線や紫外線、過剰な光線による 光阻害(光合成事典)、過乾燥などのストレスがある。今回の栽培上のテーマは「きれいな葉のバラを育てる」ことだが、活性酸素種は葉を老化させる要因なので、いかにして活性酸素の発生を抑えるか がキーポイントだ。
補遺の補遺 解決できていない疑問
殺菌剤はどのようにして ターゲットを選択するのか
「殺菌剤はどのような機作で病原菌だけを狙い撃ちするのか。バラの葉が美しさを失うのは、もしかしたら殺菌剤が宿主の細胞も少なからず痛めつけているからではないか?」という当初からの疑問は、いまだに答を見出せずにいる。
ページ冒頭の "Fig-1" 「サビ病菌 感染構造の模式図」を改変して、宿主細胞に侵入した糸状菌と吸器に散布した殺菌剤を重ねてみる。これはソラマメに侵入したサビ病菌の事例だが、バラとうどんこ病菌の場合も同様だろう。
Ralf T. Voegele et al.|Journal List|Proc Natl Acad Sci USA|v.98(14); 2001 Jul 3 (modified)
散布した殺菌剤が適切な濃度で使用方法にも間違いがなければ、殺菌剤は菌体にのみ作用する。少なくとも "見た目" ではそうだ。その選択はどのような機作によるのだろう?
宿主細胞に影響することなく病原菌だけを狙い撃ちするには、両者の差異を見つけ、その部分を攻めるのだろうが、これまで調べてきた内容では、宿主細胞と病原菌細胞の相違点はわずか。
「バラのうどんこ病についての考察・前編(Ⅰ章〜Ⅱ章)の「Ⅰ-3 植物細胞と糸状菌細胞の模式図」から再掲。
宿主植物 | 糸状菌 | |
---|---|---|
細胞壁 | セルロース微繊維 マトリックス多糖類 | キチン グルカン ガラクトマンナン |
細胞膜内のステロール | フィトステロール | エルゴステロール |
核 | 単核 | 実質的に多核体に近い |
細胞間の連絡 | 原形質連絡 | 隔壁孔 |
偏在 | クチクラ層 気孔 葉緑体 細胞間隙 色素体 | 分生胞子 分生子柄 発芽管 付着器 菌糸 吸器 |
共通 | 細胞膜の脂質二重層 液胞 ミトコンドリア ゴルジ体 リボソーム ペルオキシソーム etc. |
殺菌剤の主要成分の機作を見ても、ターゲットを選択する方法がかわからない。例えば、細胞壁の構成成分や細胞膜の脂質の種類の違いなのだろうか? たぶん「膜」の構成などではなく、ターゲットはもっとピンポイントなのではなかろうか。
生命を維持するための「代謝」(Wiki) には様々な種類の「酵素」(Wiki) が働くが、例えば "ミトコンドリアの電子伝達系複合体"、同じ構造と機能であっても、宿主と病原菌とではそこに関与する酵素に微妙な違いがあり(推測)、殺菌剤は病原菌の酵素だけを阻害するのでは?
あるいは、細胞膜には "ABCトランスポーター(輸送体)"(Wiki) という、細胞内から薬物などの不要物を排出するポンプがあるが、宿主細胞と病原菌細胞ではそのポンプに性能差があるのだろうか? 仮にそうだとしても、そもそも細胞は殺菌剤という生体異物を、なぜ、どのような経路で取り込むのだろう?
殺菌剤の有効成分は、「キャリア」経由で、濃度差によって否応なく細胞内に入ってくる? しかし「キャリア」には通過させる物質の選択性があるのでは? 「膜輸送」については、Ⅰ -7「膜輸送(まとめ)」で多くの参考資料を見たが、いずれも概念的な分類ばかりで、肝心なことが理解できていない:p
機能性展着剤 についての疑問
理解できていないのは展着剤も同様で、浸透性の強い機能性展着剤は、殺菌剤の有効成分が宿主や菌の細胞に入るのにどのように関係しているのだろう? 以下は「 Ⅳ - 3 機能性展着剤(アジュバント)の葉面への浸透」の再掲。
Ⅳ - 3 機能性展着剤(アジュバント)の葉面への浸透 「農薬情報」|グリーンジャパン から引用
「展着剤がクチクラワックスにどのように浸透していくか」がなぜ重要なんだろう? それが殺菌剤の作用にどう関係するのだろう?
ここで重要なのはクチクラワックス層の通過やそれへの浸透ではなく、展着剤が病原菌や宿主の細胞壁や細胞膜にどのように作用し、それによって殺菌剤の有効成分が細胞内にどう浸透するか なのでは?
それとも、展着剤は殺菌剤の有効成分を細胞間隙に届けること だけ が目的で、有効成分が病原菌や宿主の細胞内に入ることにはまったく関係ないのだろうか? 細胞膜は親水性と疎水性を併せ持つ二重膜(参照:Ⅰ - 5 細胞膜)なので、展着剤(界面活性剤)が影響しないとは想像しにくい。界面活性剤は "流動する細胞膜" をさらにユルユルに弛緩させ、それが場合によっては薬害の原因になる危険性があると思うのだが。。
大部分の殺菌剤は ターゲットを選ばない
コンテストに出品されるバラは、農薬が散布されているにもかかわらず、きれいな葉が展開していて、農薬によるダメージがあるようには見えない。散布について聞いてみると、『定期散布しているので菌密度が低いから、やや薄めの農薬をふわっとかければいい』という方法が多いように思う。そして、開花枝が展開する時期には農薬の散布はしない。
この時期の薬剤散布の具体例が福岡バラ会のサイトにある。 「バラ栽培研究会 月々の手入れ−8月」 。これを見ても(逆読みすれば)わかるように、殺菌剤が影響する範囲はやはり「程度」の問題、つまり殺菌剤は、宿主か病原菌かというターゲットを選べず、濃度(量)や生育ステージしだいで宿主の細胞にもダメージを与える危険性があるということになる。
このような殺菌剤の作用機作は、ヒトの「抗がん剤」に似ているように思う。抗がん剤(細胞障害性抗がん薬)|薬物療法|国立がん研究センター から引用;
細胞障害性抗がん薬は、細胞の増殖の仕組みに着目して、その仕組みの一部を邪魔することでがん細胞を攻撃する薬です。がん以外の正常に増殖している細胞も影響を受けます。
パクリ:
うどんこ病殺菌剤は、細胞の増殖の仕組みに着目して、その仕組みの一部を邪魔することで病原菌細胞を攻撃する薬です。病原菌以外の正常に増殖している細胞も影響を受けます。
抗がん剤は、がん化していない正常な細胞にも強く影響し、『薬物療法は副作用がきつい』という話を耳にする。
2015年11月の記事:「そらの "メメント・モリ" 」
殺菌剤を散布されたバラも副作用が出ている(それが酷い場合は、いわゆる "薬害" になる)のに気づいた栽培者は、「程度」をコントロールすることで対応する。前述の福岡バラ会の研究会の方法がその好例。これは長年の栽培経験と鋭い観察の結果だろう、『さすが福岡バラ会』(著者:小林 彰先生)だと思う。
殺菌剤も抗がん剤も一般的に(例外もあるが)「薬物」とはそのようなもので、要は、どれを選択し、それをどう使うかの問題だ という、至極当たり前のことが「正論」なんだろう。
殺菌剤の作用機作は多様で、生物の生命の仕組みも私にはわからないことだらけ。結局、話が振り出しに戻ってしまった:p でも、へそ曲がりの私は、「定期散布」を前提とする "正攻法" は採らない。
秋になったし、「できるだけ農薬を使わず、きれいな葉を展開させる」という目標に近づく試行錯誤は、バラ栽培の現場で。 ーーと、とりあえず自分を言いくるめておこう。