この記事は10月22日の「バラのスタンダード仕立てを作る ① 台木の秋挿し」のその後の経過です。挿し木してから1ヶ月が経ち、長尺枝から発根しているのを確認しました。この1ヶ月間はたまに補水する程度で何もしていませんが、これらはスタンダード仕立てのバラを頼まれて作っている台木なので、発根が確認できて一安心です。この間の経過と現状を記録しておきます。
長尺台木の挿し木に栽培品種を追加
長尺枝が3本ではあまりにも物足りなかったので、妻が庭植えで育てている デルバールの "ギー・サヴォア" のシュートをもらって、数日遅れで挿木しました。長さが2メートルの、旺盛に伸びた枝です。トゲも多く、スタンダード台木に適しているかちょっと疑問ですが、太いシュートなので支柱を必要としない自立するスタンダード台木になるかもと考えてのテストです。
使用した用土やポット、挿木の方法は前と全く同じです。挿木後に小枝の先端に蕾ができたので、それは摘蕾しました。写真は挿木してからほぼ1ヶ月後の11月26日に撮影したものですが、ほとんど黄葉・落葉することもなく、あたかも根がある株のように生育しています。
挿し木した長尺台木の発根を確認
最初に挿した3本の現状です、写真は上の葉の状態と下のポットが同じ株です。
発根してポットの外まで伸びている白根が見えています。今はまだ数本だけですが、根長は10〜20㎝ほどでしょう。
挿木とオートファジー
この秋は暖かい日が多かったとは言え、季節ははや11月下旬。枝先の葉もわずかに黄みを帯び始めています。左右の長尺枝の落葉は1/3以下、中央の枝は2/3程度を落としています。これは水不足や気温の問題ではなく、発根するために オートファジー (Autophagy) (Wiki) が発生したと推測しています。
長尺挿し穂が生命を維持したり新根を生成するために必要なエネルギーや物質は、自身の組織内に蓄えています。光合成産物の糖(ATPを作る材料になるほかに、有機物の骨格に必須の "炭素" を提供する)はデンプンとして「アミロプラスト」(光合成事典)に、バラの場合はその他にも「ソルビトール」(Wiki)などの糖アルコールとしても転流させています。無機物質などは「液胞」(光合成事典)の中に蓄えられているのですが、新たな成長のために養分不足状態になると、葉の細胞質成分(主にタンパク質)を分解して、物質のリサイクルを行うのだそうで、それがオートファジー (自食作用)ですね。
したがって一般論として、オートファジーによる挿し穂の葉の黄変や落葉(これは "萎れ" や "枝の褐変" を伴わない)は、挿木の深刻な失敗症状*ではありません。でも、できるだけ充実した穂木を準備するのが重要なのはもちろんです。
*挿木の "深刻な" 失敗症状については、3月16日の「挿木した栽培品種の鉢上げ」の「挿木に失敗」で触れています。
"水苔の不思議な力" と底面給水で、長尺挿木は手間いらず!
挿木から発根確認までの経過は以下のようなものでした。
毎朝、葉の状態と水位の下がり具合を確認します。この期間は「ひとりバラ祭り」と重なったのでほとんど放任でしたが、二度補水した以外は何もすることがありません。ルーティン作業が苦手な私のような栽培者にとって、水苔と底面給水の効果は絶大です。
日付 | 水受け皿の水深/㎝ | 作業内容 | 備考 |
---|---|---|---|
10月16日 | 穂木の採取 | 穂木の基部30㎝を浸漬48時間 | |
18日 | 4 | 挿木 | 穂木の木口をオキシベロン2倍希釈液に5秒浸漬 |
19日 | 3.5 | 水の交換 | 水受け皿に溜まった鹿沼土の微塵を除去 |
21日 | 3.5 | 根腐れ防止対策 | 「珪酸塩白土・ミリオンA」を20㌘投入 |
25日 | 2.0 → 3.5 | 水の交換 | 「ミリオンA」を20㌘追加投入 |
11月1日 | 2.0 → 3.5 | 水の交換 | 「ミリオンA」を20㌘追加投入 合計60㌘/1鉢 |
5日 | 1.0 → 3.5 | 補水 | |
10日 | 2.0 → 3.5 | 補水 | 最後の補水 |
22日 | 0 〜 0.2 | 発根確認 | |
26日 | 0 → 2 | 写真記録(上掲) | この後、液肥を標準濃度の4倍希釈で鉢土表面から施肥 |
このように、水受け皿の水の交換が初期に3回、蒸散や蒸発によって下がった水位を戻す補水(水受け皿に給水)が2回です。11月10日(挿木してから約3週間後)に補水した後は、自然に水位が下がるのに任せて発根を促します。
予想どおり、秋の長尺挿木は挿木後1ヶ月を目処に底面給水を徐々に減らしていくことで発根 しました。
『長尺台木の挿木は難しい』という話はベテラン栽培者のみなさんからもよく聞きます。いかがでしょう、この方法は "難しい" でしょうか?
長尺挿木の要点
- 病虫害のない充実した当年生または2年生の長尺枝を選び、先端の葉と茎頂(成長点)は必ず残しておく
- 切り出した長尺枝の道管に空気を入れない配慮と、手早い作業
- ポットや水受け皿、培土や用水は清潔なものを使う。根腐れ防止*にケイ酸塩白土を使用
- 培土は、菌密度が低いことや、保水性と通気性を考慮。底面給水では水苔がベスト
- 挿木後1週間は「水挿し」しているつもりで水受け皿の水位を高めに保つ。私の場合は4㎝
- 水受け皿の水位が蒸散や蒸発によって日々下がる "程度" をチェックし、最後の補水から2週間後(挿木から5週間後)に水位がゼロになるよう給水を加減。これはおよその目安で、厳密にやる必要はない
*「水耕栽培」や「水挿し」の事例からもわかるように、"水分の過剰" が根腐れの直接的な原因ではない。地植えの株が水分過剰で根腐れするのは、培地の養分過剰、それに伴う雑菌の繁殖、酸欠や有害ガスの発生が主な原因。底面給水の場合は、ケイ酸塩白土はその予防効果が大きく、雑菌の繁殖による水の濁りは見受けられない。
今後の管理 長尺台木にできるだけ葉を残す
発根を確認した4日後、標準濃度の4倍に希釈した薄い液肥を与えました。急いで施肥する必要はないと思うけど、液肥は今後も週1回のペースで続けます。
使用したのはハイポネックスの2種類の製品ですが、これを選んだ理由は特にありません。あえて言えば、これまで「リキダス」などを使用してきた経験から、肥料に関する同社の研究は一歩先んじているという実感があるから。コリンやフルボ酸を含む「リキダス」に他社の代替品はないけど、液肥は微量要素入りなら他社製品でも同じようなものでしょう。
画像はクリックで拡大表示されますが、上左手前側の水受け皿はミリオンAの間に白根が元気よく伸びているのが分かります。「根は水の中で腐ることはない」という証拠です。これら水受け皿の中に伸びた根は、水受け皿を外せば枯れて消滅します。せっかく伸びたのにもったいない気はするけど、ポット内の根を充実させるのが優先です。1月下旬に、"デービッド接ぎの枝残しバージョン" で接木をする予定ですが、それまではこのポットのままの状態で、根量を増やすための「鉢増し」はしません。ただしポット上部の鹿沼土は鉢植え用の培養土に交換するかも。
26日に液肥を与えたのは、発根した白根から二次根の発生を期待するからだけでなく、茎頂に残っている葉のためです。外部から養分を与えることでオートファジーを阻止し、1枚でも多くの葉を残します。前の記事にも書いたように、この葉は1月に予定している栽培品種の接木のために重要な働き=バラのスタンダード接木成功のツボは 蒸散 だからです。
本格的な寒さの到来でやがて大部分の葉は落ちるでしょうが、乾いた寒風を避けて管理すれば、少しは緑葉のまま越年できるかも。そうなれば後は手慣れたデービッド接ぎだし、スタンダード仕立ての成功は間違いなし。かな?:P
台木の根量とその活性について
経験が少なく断言はできませんが、台木の根量とその活性は "ほどほどでいい" と考えています。接木をしたときに台木の根が旺盛に水を吸い上げる(根圧が高い)状態だと、その水は行き場がありません。その具体的な失敗例を、2022年2月15日の記事:「2022年 デービッド接ぎの経過 ー2」の中の「予期せぬ 失敗」で紹介しています。
要は、"接ぎ穂と根の活性のバランス" ですね。 例えば一般的な切接ぎでは、根量も貧弱で干からびたような根の台木を、さらにその根の先端を切って使用しますが、それでも接木は成功します。接ぎ穂の水分要求量が少なく根の吸水量に見合っているからです。スタンダード仕立ての長尺台木の場合は、その長い枝に水を転流させるために一般的な切接ぎよりも水の要求量が多く、それに見合う根の活性が必要でしょうが、台木がまったく発根していない「芽接ぎ挿し」でも成功する*ので、この時期に長尺台木の根量を増やすことに特別な措置は必要なく、"成り行き任せ" でいいと考えています。
*2016年12月24日「スタンダード芽接ぎ挿し 8/18」 この年の私のスタンダード芽接ぎ挿しの成功数は9本中8本。
2023年1月追記:その後の生育は、1月9日の「バラのスタンダード仕立てを作る ④ 台木の鉢上げ」へ続く
スタンダード仕立て 過去記事
接木シーズンが近づいて、このところデービッド接ぎやスタンダード仕立て関連のページが閲覧される割合が増えているようです。
それらのページは、「テーマ別 記事一覧」にまとめています。スタンダード仕立て関連は以下の3記事です。
これらは何年も前の記事で、基本は同じでも現在とは方法が異なり、その内容は「芽接ぎ挿し」です。試行錯誤の記録というか、我がことながら読み返すのも苦しい "失敗の実録" です。見直してみると、例えば芽接ぎでは、『これではうまくいくはずがない』というような芽の貼り付けをしている事例もあります:p
そのような記事がスタンダード仕立て作りに関心のあるみなさんのご参考になるか疑問ですが、批評的に読んでいただければ、スタンダード仕立て作りに何が大事なのか、それを見出すヒントは提供できるかもと思い、何より私が多くのことを忘れてしまっているので、ここに再掲します。
スタンダード芽接ぎ挿し 8/18 2016年12月24日
2016年の「スタンダード芽接ぎ挿し」は3人で計18本を試みて、そのうち8本がうまくいきました。成功率が44%と極めて不本意な結果ですが、その原因を考えてみます。
成功のツボは「蒸散」 バラのスタンダード芽接ぎ挿し 2015年7月13日
今年2015年のバラの接ぎ木作業の総括です。今年はこれまでの「デービッド接ぎ」だけではなく、一般的な「切接ぎ」や「デービッド式割接ぎ」、そして「スタンダード仕立ての接ぎ木」も試みました。全部で120株程度で、結果は成功率70%程度でした。「デービッド接ぎ」が比較的好成績だったのに比べて、切接ぎやスタンダード仕立てへの接ぎ木は惨憺たる結果になりました。
1月26日の記事「バラの接ぎ木 2015」の中で、『成功率などを気にするのはつまらない』と書いたものの、接ぎ木に失敗して枯れていく株を見るのは苦しく、今年の春は寒く暗いものになりました。80株ほどは成功しているのですが、それがさほど嬉しくもありません。
でも(負け惜しみではなく)この失敗は貴重な経験になりました。このページでは、主にスタンダード仕立ての接ぎ木失敗の原因究明(とその対策)をまとめてみます。
挿し木と芽接ぎで作る バラのスタンダード仕立て 2015年2月5日
ガーデンに華やかさと変化をもたらすスタンダード仕立てを、挿し木台木に芽接ぎで作る作業記録です。
スタンダード仕立ての台木を作る「長尺枝の挿し木」は品種と時期を選べば意外に簡単で成功率も高く、「芽接ぎ」もバラの接ぎ木では簡単な方法です。
このページはその主な工程を追記の形式で記録していきます。自分に合った方法を探るのが主な目的で、スタンダード仕立て作りのガイドとして適切ではありませんのでご承知ください。