このブログについて


バラの栽培についての考え方や方法は多様です。その多様性こそが、バラが文化として豊かであることの証左なのでしょう。
"答え"は一つではないとすれば、バラ栽培の楽しさは、"自分のバラの世界を見つけ出す" その過程にあると思っています。

このブログは試行錯誤中のバラ栽培の記録です。一部の記事はバラ仲間に私の方法を紹介するために書いたものもありますが、
「栽培ガイド」の類ではありません。バラ栽培を始めた頃に書いた記事の内容は現在の栽培方法とは異なるものも多く、
技術的にも拙く、論理も雑駁で、誤謬も多々含まれていると思われます。批評的に読んでくださるようお願いします。

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2024年12月24日火曜日

2023年交配の記録

これは、2023年春に交配し、栽培を継続しているバラの実生株の記録です。 個人的な記録で汎用性はありません。
このブログは "スマホフレンドリー" ではありません。スマホでアクセスされた方、ごめんなさい。

交配3年目の 実生苗の秋の花

2023年春は150ほどを交配し、50個のローズヒップを収穫。24年2月に1300粒を播種。発芽率は17%(不良)。
200株を鉢上げし、12月時点で150株を栽培中。交配親はすべてハイブリッド ティ。写真はその秋の花の一部。

 11月30日
 12月 5日
 12月12日


2023年 交配3年目の記録
収穫したローズヒップの発芽率とその後の生育データ

No.

管理番号

交配日

種子親

花粉親

播種数

発芽数

発芽率%

鉢上げ数

継続数

1

3-9

4/30

225 雪まつり

(自家授粉)

27

1

3

1

1

2

3-11

5/4

226 雪まつり

115 C.ディオール 43

24

5

20

5

4

3

3-12

5/4

226 雪まつり

115 C.ディオール

24

4

16

4

2

4

3-13

5/5

226 雪まつり

423 あけぼの 2

32

2

6

2

0

5

3-14

5/2

226 雪まつり

  11 C.ディオール

13

0

0



6

3-17

5/1

  48 ホット神崎 N/A

338 コンフィダンス 16

17

6

35

5

2

7

3-33

5/3

354 S.ディオール

  67 コンフィダンス

32

5

15

5

5

8

3-35

5/3

133 R.クリスタル N/A

  67 コンフィダンス

24

13

63

11

9

9

3-38

5/4

133 R.クリスタル

115 C.ディオール

24

11

45

9

8

10

3-39

4/30

  16 R.クリスタル

329 コンフィダンス

32

3

9

3

3

11

3-43

4/30

  18 R.クリスタル

329 コンフィダンス

40

17

42

16

14

12

3-45

5/3

371 R.クリスタル

372 ロイヤルハイネス 39

24

10

41

8

6

13

3-47

5/4

134 R.クリスタル

  11 C.ディオール

30

11

36

7

5

14

3-49

5/3

  22 ジェミニ 60 四倍体

331 コンフィダンス

29

6

20

6

3

15

3-50

5/1

    7 ジェミニ

338 コンフィダンス

25

13

52

13

7

16

3-51

5/1

    7 ジェミニ

  23 あけぼの

29

10

34

8

8

17

3-57

5/8

    3 魅惑 N/A

404 雪まつり

16

0

0



18

3-62

5/3

  sm  手児奈 N/A

  11 C.ディオール

8

0

0



19

3-64

5/2

  57 メルヘンケーネギン 10

  53 衣里佳 N/A

32

1

3

1

1

20

3-69

5/8

  42 メルヘンケーネギン

116 C.ディオール

40

8

20

6

4

21

3-70

5/1

124 メルヘンケーネギン

  16 R.クリスタル

31

0

0



22

3-71

5/2

  59 メルヘンケーネギン

  53 衣里佳

56

5

8

4

4

23

3-72

5/1

120 メルヘンケーネギン

108 あけぼの

48

1

2

1

0

24

3-73

4/27

120 メルヘンケーネギン

338 コンフィダンス

40

0

0



25

3-74

5/2

415 ダイアナ 11

329 コンフィダンス

40

23

57

17

12

26

3-76

4/30

219 ダイアナ

338 コンフィダンス

19

0

0



27

3-84

4/27

128 ダイアナ

338 コンフィダンス

40

2

5

2

1

28

3-85

4/30

128 ダイアナ

01-1-1

14

0

0



29

3-86

4/30

202 コルデス P. 64

331 コンフィダンス

16

1

6

1

0

30

3-87

5/3

223 コルデス P.

  50 衣里佳

26

0

0



31

3-88

4/30

223 コルデス P.

102 衣通姫 1

32

0

0



32

3-89

5/2

223 コルデス P.

  62 ロイヤルハイネス

8

4

50

4

2

33

3-90

5/2

223 コルデス P.

sm   香具山 N/A

27

0

0



34

3-91

5/2

  72 ガーデンパーティ 25

  18 R.クリスタル

22

1

4

1

0

35

3-94

5/3

302 ロイヤルハイネス

307 ロイヤルハイネス

37

0

0



36

3-101

5/3

373 ロイヤルハイネス

  11 C.ディオール

16

0

0



37

3-103

5/8

441 ゲーテローズ N/A

215 衣通姫

3

1

33

1

1

38

3-104

5/1

211 イーハトーブの風 N/A

  23 あけぼの

13

6

46

6

6

39

3-105

5/1

211 イーハトーブの風

  67 コンフィダンス

32

3

9

2

1

40

3-106

5/4

211 イーハトーブの風

115 C.ディオール

12

0

0



41

3-116

4/27

  53 衣里佳

338 コンフィダンス

23

13

56

13

12

42

3-117

5/1

  50 衣里佳

  23 あけぼの

13

2

15

1

0

43

3-124

5/1

155 手児奈

318 コンフィダンス

24

8

33

7

7

44

3-126

5/4

155 手児奈

115 C.ディオール

26

7

23

7

6

45

3-127

5/3

  33 手児奈

  11 C.ディオール

8

1

12

1

1

46

3-128

5/8

  33 手児奈

402 雪まつり

16

5

31

4

4

47

3-130

5/4

471 イーハトーブの風

115 C.ディオール

8

0

0



48

3-131

5/3

471 イーハトーブの風

  11 C.ディオール

19

8

42

8

7

49

3-133

5/4

473 イーハトーブの風

115 C.ディオール

32

3

10

3

3

50

3-146

5/10

  sm  フロージン'82 3

  67 コンフィダンス

36

0

0



51

3-147

5/10

  sm  R.クリスタル

329 コンフィダンス

24

8

33

7

6

52

番外


01-1-2

(自然交雑)

8

0

0



53

番外


01-4-6

(自然交雑)

10

2

20

2

0

54

番外


ラ・マルセイエーズ 2

(自然交雑)

16

0

0



55

番外


W.アダムス

(自然交雑)

6

0

0



 計





1323

230

17

202

155


表の内容について

  • この表の管理番号の欠番(例えば 3-1 ~ 3−8)は、交配に失敗しローズヒップが収穫できなかったから。このような失敗が全体の2/3の100もある。
    交配親としての適性を見るには、むしろ失敗例が参考になるのかも知れないが、失敗の原因はいくつもありうるので、それで品種の特性を把握するのは難しい。

  • この表の結果だけでは、交配親としての品種の特性の判断はできない。例えば、No.47〜No.49の「イーハトーブの風 X C.ディオール」は、交配親は同じ品種なのに発芽率が大きく異なる。そのような事例は他にもあるが、その原因は交配親の品種特性よりも、交配や播種の技術に問題があると考えるべきだろう。

  • 品種名のリンク先は "HelpMeFind" の該当ページ。数字は子孫第一世代(子)の品種数で、N/Aは情報が無い。
  • 交配親にしたこれらの品種のうち、HelpMeFindで倍数性がわかる品種は「ジェミニ」(四倍体)1品種のみ。

  • 品種名の「ダイアナ」は 'Diana, Princess of Wales ™'。「C.ディオール」は 'Christian Dior'。「S.ディオール」は 'Super Dior'(福島園芸)。 「R. クリスタル」は 'ロージー クリスタル'。「コルデス P.」は '「コルデス パーフェクタ'。 'sm' は (stepmom/継母) の略で、栽培品種の枝に別品種を接木したもの。

  • 品種名の番号は「株番号」。小さい数ほど古い株。「同じ品種でも株によって遺伝子がわずかに異なるのではないか?」という(根拠のない)理由で区別している。
  • No.35(管理番号3-94)は、異なる株の「ロイヤルハイネス」を両親にしているが、これも『自家授粉』になるのだろうか? タネはたくさんできたけど、発芽率はゼロ。
  • 右欄は、生育不良の株のみを廃棄して、現在も栽培を続けている株数。このうち30株程度は「一季咲き」。
  • 「番外」は自然交雑で結蕾したもの。ハウス内という栽培環境からして「自家受粉」の可能性が高い。
  • No.1(管理番号3-9)の「雪まつり」(HelpMeFindに登録がない)は手作業で「自家受粉」させた結果。最初の年に好結果が出たので、2年目も狙ったがハズレ。今回もハズレっぽい。「自家受粉で好結果」は記録ミスかも。育種には「正確な記録」が重要と痛感。

  • 交配3年目なので、過去2回の結果から交配親を選んでいる。例えば、蕊(しべ)が奇形で結果が出なかった「クリスチャン ディオール」は花粉親としてのみ使っている。同様に、花粉親として好成績だった「コンフィダンス」を多用しているが、種子親としてはよくなかったので使っていない。でも、HelpMeFindでこれらの子孫を調べてみると、いずれも種子親としての実績があり、先人の努力に脱帽。
  • 好きな品種で、種子親&花粉親としても優れている「ジェミニ」は、昨年春は生育不良で交配にはあまり使えなかった。「メルヘンケーネギン」はタネは多くできるけど、発芽率が良くない。子孫は7品種(有名な品種としては少ない部類)で、子に「ストリーム」、孫に「First Lady A」がある。親によく似ているので、花の形質に関する遺伝子の多様性は少ないのかも。
  • 素直な樹勢と照り葉が綺麗な「コルデス パーフェクタ」は、種子親として多くのタネを作ったが、期待に反して発芽率が悪かった。しかし1年だけの結果ではその特性はわからないから、今年もテストを続けている。
    HelpMeFindで、子孫第一世代(子)を 64品種も残していると知って(この表では最多。優秀とされるジェミニを上回っている!)、来年も続けようとやる気が出る。

12月29日追記:発芽率が低い原因は「底面給水」による水分過剰か?

交配に初めてチャレンジした時の記録:2022年5月「バラの交配・10 発芽」を見直して、ちょっと驚いた。
3年目の今回の発芽率は17%とお粗末な結果で、自分では『率なんて気にしない』と思っていたが、この最初の年は34%なので、今回の倍の高率だ。

発芽率17%は「底面給水」による水分過剰(根腐れ)が原因なのではないか? 鉢上げ後は底面給水でも問題ないように思えるが、播種用のプラグトレーではさすがに水分過剰だったか。底面給水にした理由は、播種数が増えて灌水が面倒になったのが主な理由だけど:p、これは猛省すべきことかも。

栽培状況

選抜で捨てきれず、12月現在も栽培を継続している150株はこのような状態。10cm角ポットで、底面給水。ステムは長いもので 120cm、短いのは 70cm。平均すれば 100cmほど。ステム数は1〜3本。 生育が順調な株(ステムの太さ5mm~7mm)は、年明け1月にデービッド接ぎをする。

鉢上げ数202が、現在も栽培してる株数155に減っているのは、生育不良の株を処分したから。「駄花なんて無い。駄な生命いのちなど無い」という思い込みで、花による選抜はしていない。
「駄花なんて無いが、駄な栽培者はいる」かも。私のことだ:p

今年は肥培管理の方法を変更し、「養液耕まがい」の底面給水で苗を育てた。この効果は期待以上で、過去2年間と比べるとステムの伸びや花色、花の大きさが一段と良くなったように思える。前年まではくすんだ印象の花色が多かったけど、今年の花は上掲の写真のように色鮮やかだ。まだ接木していない実生苗でも、それなりにしっかりした花を咲かせる。

残念なのは、バージンフラワーでは何種類もあった「一重咲き」が、秋には一つも咲かなかったこと。一季咲きに "先祖がえり" しているのだろう。

花弁が7〜8枚という中途半端なのはさておき、すっきりと5枚の花弁で咲く花には「これぞ薔薇!」といった独特の魅力があって捨てがたい。そのようなのが数株あったが、それを記録し損なってどの株かわからなくなり:p しかたがないのでとりあえず全株を育てることにしている。

ところで、両親がHTならそれから生まれた子もHTに分類されるんだろうが、まさか先祖がえりしたものまで「ハイブリッド ティ」じゃないよね?

バラの四季咲き性の起源はわずか千年あまり前のことだそうで、それに関する岩田 光氏(Hikaru Iwata et al.)の研究論文を、「春の開花 交配4年目のスタート」の後半で紹介している。

考察

すでに交配4年目のローズヒップを収穫した後なのに、今さら3年目の「考察」とは、あまりに間が抜けているので、これからのことを考えてみたい。

1. 交配親の「倍数性」は気にしない

「三倍体の植物は不稔性を示す」(その典型は種無しスイカ)ということで、交配親を選択する際に気になっていたが、複雑な交雑の歴史があるバラの場合は「倍数性」のチェックは簡単ではないのだそうだ。

バラの遺伝は、種や雑種間の倍数性の変動、非還元配偶子、不均衡な減数分裂、異数性の発生により複雑になることがあり、現代のバラの栽培品種のほとんどは、倍数性が不明で複雑な種間雑種です。

出典:Davis D. Harmon et al. の論文
"Cytogenetics, ploidy, and genome sizes of rose (Rosa spp.) cultivars and breeding lines"
「バラ栽培品種および育種系統の 細胞遺伝学、倍数性、ゲノムサイズ」

HelpMeFindのデータを調べても、私が交配親に使っている品種のほとんどは倍数性が不明。倍数性どころか新品種の交配親さえ公開されなくなってしまった現状では、データではなく、実際の結果から交配親としての特性を調べていくしか方法はない。

その場合重要なのは、「交配のテーマ」を持つことだろう。デビッド C.H. オースチンが三倍体の「アイスバーグ」を交配親に利用したように。参照:12月2日の記事:「三倍体のバラは育種に使えるか?

でないと、私のように右往左往するだけで終わるかも知れない危険性がある:p  「テーマ」を絞らなければ道を迷うほど、バラの世界はあまりにも広いようだ。

2. 「多産系のローズヒップ」 データに頼らずに「稔性」を調べる

種子親にしたい品種の稔性が不明な場合、その「子房」を観察すれば、おおよその見当がつく。これらは秋の二番花(12月開花)の萼筒。(画像クリックで拡大表示) 春は子房の形状などが少し違うかもしれないことに注意。

 HT「フロージン '82」 ローズヒップが小さく内部の
構造が特殊で、子房が小さく、長い花柱も弱々しい
 HT「ジェミニ」 交配親として優れた実績がある
子房の形が見えていて、花柱もしっかりしている

種子親には、萼筒(ローズヒップ)が大きくて丸っこい、いわゆる「多産系」が適している。すべての品種がそうなのかは不明だけど、「フロージン '82」 のように小さなヒップは子房が未発達なようだ。このような品種は他にもある。また、雌ずい(めしべ)が異形なものはやはり稔性に劣るものが多い。もちろんすべてに例外はあるのだろうけど。

注意すべきは、種子親としては不適でも花粉親としては優れた品種もあるので、交配した結果で確かめるしかない。

備考:「フロージン '82」は表のNo.50に記録がある。このような子房&長花柱でも結実している例だが、その発芽率はゼロ。花粉親は高稔性の「コンフィダンス」なので、やはり種子親としては難しいのかも。 ちなみに HelpMeFind のデータでは子孫第一世代(子)に1品種の登録がある(少ない)。

3. 技術的な問題の解決は?

150の交配を試み、収穫できたローズヒップは50個。その発芽率は17%。これはやはりお粗末すぎる。育種の楽しさは「率」や「量」には関係ない と確信するけど、でも「自分の技術の拙さ」を克服するにはどうすればいいのだろう? 以下は、今年、新たに学んだことの例。

1) 花粉と面相筆

花粉は単なる物質ではなく "生命体" だが、これをできるだけ痛めないようにとの配慮から、これまで授粉に使っていた綿棒を "筆" に変更した。授粉のたびに筆を洗浄するのが面倒に思えて、手間を省くため穂がナイロン製の安価な筆を多数準備したが、妻が持っていたイタチ毛の面相筆を試用してびっくり。ナイロン製の穂は静電気で花粉が逃げる(それが肉眼で見える)のに反し、イタチ毛は逆に花粉を吸い寄せる感じ。特に、少量の花粉しか出ていない場合は、断然「面相筆」が便利だ。 雌ずいの柱頭は繊細でかなり高低差があるけど、面相筆・小の先の細さと適度な腰の強さとが相まって使いやすい。それを褒めたら、妻が新しい面相筆(広島県・熊野筆)をプレゼントしてくれた(嬉)。

2) 授粉は複数回

また、数十もある雌ずいの成熟程度はバラツキがあり、授粉はその日1回限りではなく、翌日も、場合によっては翌々日も繰り返す。デビッド・オースチン・ロージズ社の育種圃場(UK) ではそうすると師匠のデービッドさんから教えてもらった。これは日本でも行われているテクニックらしいが、私は知らなかった(思いつかなかった:p)。

左はHT「衣里佳」のいわゆる "見頃" で花弁を外した直後の状態。葯はまだ花粉を出す状態ではなく、雌ずいの柱頭の膨らみも不足気味。いずれも1〜2日後に適期になるが、この間、柱頭の湿り気に指で触ってわかるような変化はない。

拡大鏡を使った観察(すべてHT)では、柱頭の変化は "湿り気" ではなく、"餃子" のような形の柱頭がぷっくり膨らんで花粉を待ち受ける状態になる。
奥まった雌ずいはそれが遅れるので、場合によっては数日間にわたって授粉するのは効果的なのだろう。

来年は、授粉は少なくとも二度 試みる。

ただし、ローズヒップに30個の子房があるとして、それが全部タネになる必要があるのかは疑問。多くのタネができると嬉しいけれど、数が少なければ粒が大きいなどの例もあるので、そう単純な話ではない。より重要なのはタネの数より充実度だろう。

葯から花粉が出始めるタイミングと柱頭が待ち受け状態になるのはほぼ同時なので、バラは「雌雄同熟」だろうと考えている。しかしそれは私が栽培中のHT(高芯で花弁数が多く、満開時でも蕊は花弁で幾重にも包まれている)に限った話で、「平咲き」などの品種では「雌雄異熟」なものもあるのかも知れない。薔薇の世界はじつに多様で、自分の範囲だけで考えるのは間違いが生じることも多い。

3) スリップス対策

受粉に失敗すると、まず子房を内包している萼筒の一部が褐変し、それが全体に拡大するが、そのパターンは少なくとも2種類ある。その一つは花弁と雄ずいの基部だった部分から褐変し始めるケース。もう一つは下の写真のように萼筒に「輪紋」が現れるケース。私はこれによる失敗も多いのだが、原因がわからず3年間苦慮していた。

 交配から数週間後、萼筒に輪紋が現れ拡大する
 その内部 子房の腐敗が始まっている

あるときふと『もしかして、これは吸汁害虫(カメムシかスリップス)の悪さかも?』と疑いを持ち始めた。ネット上で同じような指摘があるのを見て得心。私の環境ではスリップス(あるいは、その口吻から伝染する菌かウイルス)の可能性が高い。来年はその対策として「赤色・高輝度LED+太陽光パネル」による防除装置を "自作" する計画を進めている。昼間に赤色光(ピーク波長 約660nm)を連続照射するスリップス防除法は、二人のバラ栽培者からその実績を教えてもらった。

これらは微々たる進歩にすぎないけれど、これまでのような独学では学べなかったこと。 「面相筆」にはイタチの毛が使われていて、それゆえに「顔料の乗りが良い」ことなど知りもしなかった。問題意識を持ち続けていれば、解決策は向こうからやってくるようだ。

4. 育種のキーポイントは「テーマ」の設定

そうはいかないのが、育種の「テーマ」。 これは自分で見つけるべきもの。 私はまだそれを見つけられずにいるが、その重要性は4年間の試行錯誤の中で少しづつ分かりかけてきた。「テーマ」はあらゆる形で自由に発想していいと思うし、未だテーマが見つかっていないとしても焦る必要はない。

育種を『新しいバラを創る』と表現する育種家もいるが、「創る」という言葉は、自然に対し傲慢であるように思え、私にはその意味するところを理解できずにいる。育種は奥が深そうだから、私にはまだ見えていない、「創る」という言葉にふさわしい世界があるのだろうか。

師匠のデービッド サンダーソンさんは、①自然の生命力を信じる ②育種のテーマを持つ ③交配親の系譜を調べる

ことの重要性を指摘する。それは朧げながらもわかるような気がするけど、「育種のテーマ」とはバラの形質に関する何らかの新しい「成果」をもたらす品種改良を意味するのだろうか?・・それとも。。

私にとっては、「成果」よりもその過程の中に自分が探しているものがあるような気がしている。師匠の言葉を私なりに解釈すれば、最も大切なのは「自然への敬意」だ。
なんとも偏屈な自分を嗤うしかないが、いずれにしろ、「テーマ」は自分にこだわり抜くところに見つかる のだろう。これは作出した品種の評価(市場性など)をまったく気にする必要のない アマチュア育種家の特権

「自分にこだわり抜く」とは、己に纏わりついている不純なものを削ぎ落としつつ、「見たい」と思うものに向かって進んでいくこと。急ぐことはない。「奇跡のバラ」はその行程のどこかに咲く。

2024年12月10日火曜日

バラの三倍体は不稔性とは言えない

前のページ「びっくり仰天 HelpMeFind が示すバラの系譜」からの続きです。

バラの系譜をより詳しく知りたくて、HelpMeFind の「プレミアム会員」になりました。PayPal での支払いなので安心です。 [Advanced Search] をすぐに使い始めることができ、三倍体4品種の「子孫」を調べたところ、これまたびっくり仰天:p

三倍体品種の子孫

①「アイスバーグ」
「アイスバーグ」の子孫第一世代(子)は47品種、第二世代(孫/ERのヘリテージなど)は83品種。第三世代までに誕生したイングリッシュローズは30品種以上! デビッド C.H. オースチンはよほどアイスバークが好きだったんでしょうね。 誰からも愛されるアイスバーグ、その血統を持つ品種は11世代にわたり、総数はなんと "467品種"。 「不稔性」を示すとされる三倍体品種とは思えない数です。
②「ラ・フランス」
同じく三倍体の「ラ・フランス」'La France'(Jean-Baptiste André (fils) Guillot, Fr, 1867).は子孫第一世代(子)で41品種、第二世代(孫)は115品種。子孫は27世代にわたり17,110品種にも及びます。
『ラ・フランスの交配は難しく、あまり子孫を残していない』と言ったのは誰だ:p
難しいのは事実らしいけど、それでも果敢に挑戦し結果を出した多くの育種者がいたんですね。
③「バレリーナ」
日本でも盛んに栽培されている三倍体の「バレリーナ」'Ballerina' (Ann & John Bentall, Hybrid Musk, UK, 1937) の子は42品種、孫は82品種です。子孫の例として、ERの 'Francine Austin' はこの「バレリーナ」を花粉親として生まれた子で、濃いピンクのFl「アンジェラ」'Angela®'(Reimer Kordes, Germany, 1975)は、別の親から生まれた孫になります。
④「ノックアウト」
同様に「ノックアウト」'Knock Out®' (William J. Radler, Us, 1988).からは、枝変わりを含み184品種が生まれました。

「倍数性」についての参考資料

'Knock Out®' シリーズのバラは、HelpMeFind では "注釈付き" で「三倍体」とされていますが、どうも「四倍体」のようです。その詳細を Ornamental Plant Research 2023, 3:10 に掲載された Davis D. Harmon et al. の論文;

Cytogenetics, ploidy, and genome sizes of rose (Rosa spp.) cultivars and breeding lines
バラ(Rosa spp.)栽培品種および育種系統の 細胞遺伝学、倍数性、ゲノムサイズ

で読むことができ、「倍数性」を学ぶ参考になります。

要約 (一部をGoogle翻訳から引用 改行・傍線:そら)

バラは、世界中で生産、市場、利用されている貴重な園芸作物です。バラの遺伝は、種や雑種間の倍数性の変動、非還元配偶子、不均衡な減数分裂、異数性の発生により複雑になることがあります。現代のバラの栽培品種のほとんどは、倍数性が不明で複雑な種間雑種です。育種活動のほとんどが栽培品種の交配に焦点が当てられているにもかかわらず、ゲノムサイズの情報は一般化された種レベルでしか入手できないことがよくあります。

この研究の目的は、栽培品種と育種系統を調査して相対的なゲノムサイズと倍数性レベルを決定することでした。フローサイトメトリーを使用して、シュラブ、ハイブリッド ティー、グランディフローラ、フロリバンダ、ポリアンサ、ロサ キネンシス、ロサ ルゴサ の栽培品種と育種系統の174系統の、相対的なゲノムサイズと倍数性レベルを決定しました。

(顕微鏡を使っての)染色体カウントは、相対ゲノムサイズを倍数性レベルに較正し、以前に発表された倍数性レポートを確認するために実施されました。(中略)染色体カウントにより、これらの範囲がさらに実証され、3 つの栽培品種の以前のレポートと一致しなかった栽培品種の倍数性が確認されました。

これらの結果は、バラの多様な栽培品種と育種系統のゲノムサイズと倍数性の広範なデータベースを提供し、将来のアプリケーションのためのフローサイトメトリー法を確立/検証します。

顕微鏡を使った染色体|Wiki の観察は中学校「理科」の学習範囲ですが、その数を正確に調べるのはじつはそう簡単ではないということがこの論文の最後の部分を読むとわかります。それに加え、バラは長い交雑の歴史の中で、この要約の冒頭で指摘されているような複雑な変化をしているという話を、園芸作物の品種改良に取り組んでおられる農業試験場の研究員の方から聞いたことがあります。

Davis D. Harmon et al. の論文で訂正された倍数性は174系統の中の7系統のようですが、今後はここで利用されているフローサイトメトリー(その一例:フローサイトメトリー入門講座|コスモ・バイオ㈱ )を利用して調べるのが主流になるのでしょう。そうなれば倍数性が訂正される品種もありそうです。

この論文は昨年2023年に発表されたものですが、[Advanced Search] の ['Knock Out ® rose References] で知りました。HelpMeFind が新しい情報も取り込んでいる(データベースとして積極的に活動している)のがわかります。

まとめ

今回調べた三倍体は4品種だけですが、それでもこれだけ子孫が多ければ、もはや『三倍体のバラは不稔性』とは言えません。

しかしそれだけでは『三倍体のバラは稔性が劣る』ということまでは否定できませんね。

例えば、四倍体の「ピース」 'Peace' (Francis Meilland, Fr, 1935) は、花が魅力的で交配も容易だったからか(アイスバーグとは品種の特徴や時代背景など多くが異なるので単純な比較はできないものの)、子孫第一世代で386品種が生まれ、それは三倍体「アイスバーグ」(47品種)の8.2倍にあたり、総計では23世代で 9,377品種(同・27倍)の子孫を残しているそうです。

でも(回りくどい言い方ですみません)、時代を遡って「ラ・フランス」の場合は。。
三倍体の「ラ・フランス」から生まれた第一世代(子)は41品種、子孫は27世代にわたり17,110品種にも及ぶので、やはりこのような比較は無意味なのかもしれませんが、注目すべきは子孫第一世代(子)の数の差 です。

品種名 育種者
発表年
種子親
花粉親
倍数性 子孫第一
(子)世代
子孫第二
(孫)世代
子孫品種
総計
HT ラ・フランス Jean-Baptiste André (fils) Guillot (France)
1867年
Madame Falcot の実生 *異説あり 三倍体 41 115 17,110
HT ピース Francis Meilland (France)
1935年
George Dickson × Souvenir de Claudius Pernet
Joanna Hill × Charles P. Kilham
四倍体 386 837 9,377
Fl アイスバーグ Reimer Kordes (Germany)
1958年
Robin Hood
Virgo
三倍体 47 83 457

このように比較すると、やはり 三倍体品種は稔性が劣る ようです。これをカバーするために三倍体品種、特に「ラ・フランス」の子孫=ハイブリッド ティは 中間株 をうまく利用することから生まれたのでしょう、たぶん。 それがモダンローズの圧倒的な人気を生み出した。  ‥それにつけても、数多くの育種者がこれらのバラの魅力(魔力?:p)に引き込まれていったんですね。 バラというのはじつに不思議な存在です。

結論

  • バラの三倍体品種は「稔性」を示す場合がある。
  • バラの「倍数性」は一般の栽培者にとって重要なものではなく、またそれを調べるのも容易ではない。
  • HelpMeFindによれば、倍数性がわかるのは、カタログ化されたバラの品種数「38,000種類以上」の約10%、4,000品種に過ぎない。国内で作出された品種のほとんどは倍数性が調べられていない。
  • 交配親に予定している品種の「子孫」を調べれば稔性の見当がつくが、新品種のほとんどが交配親も公開されない現状では、その方法も有効ではない。

  • したがって、育種者は実際の交配結果から、その品種の交配親としての特性を調べるより他に方法はないと考えている。・・だけど、それとても簡単なことではない。その試行錯誤を次のページ「2023年 交配記録」に掲載。

 

2024年12月8日日曜日

びっくり仰天 HelpMeFind が示すバラの系譜

前のページ「バラの倍数性を HelpMeFind で調べる」からの続きです。ページが大きくなり過ぎて閲覧に不便なので分割しました。なお、ここで取り上げている「倍数性」や、「HelpMeFind」の使い方などは前のページを参照してください。

1. 「系譜」を調べる方法

育種にあたっては交配親の倍数性のチェックもさることながら、交配親の系譜が重要と聞いています。HelpMeFind の "Rose Lineage Information" は、プレミアム会員のみが閲覧できる情報ですが、そのサンプルとして FLの 'Betty Boop™' の系譜を見ることができます。

まず、左のメニューから  [SEARCH / LOOKUP]   をクリックして品種を検索する画面を開き、Name 欄に 'Betty Boop' と入力。下のように開いた画面上部・メニューバーの左から3つ目 [Lineage] (系統)を選択します。

2. 先祖を調べる

「親木」(PARENTAGE TREE)ボタンを選ぶと、このような系統図が表示されます。(日本語で表示しています)。この図では、交配親の上側が ♀︎種子親で 'プレイボーイ'、下側は ♂︎花粉親で 'ピカソ' です。両親の系統がそれぞれ4世代前まで示されていて、一般的な系統図とは逆に、画面右側ほど世代を遡ることになります。

この系統図は詳しいだけでなく、それぞれの品種ページにハイパーリンクしているので、書籍に比べると圧倒的に便利ですね。次にPARENTAGE BY GENERATION(世代による親子関係)のボタンを押してビックリ!

交配親の数があまりにも多いので、5世代前の途中から21世代前までは省略。
5世代前までは遺伝したゲノム量がパーセント表示されていますが、これは単純計算で、バラの遺伝はもっと複雑な構造を持っているのではないでしょうか。。

ちなみに10世代前には54種類の交配親が記録されていて、その中には三倍体品種の「ラ・フランス」(Jean-Baptiste André (fils) Guillot, Fr, 1867)も。交配が難しいとされる「ラ・フランス」も、少なくとも一度は交配親になったみたいですね。

12月10日訂正:「ラ・フランス」の子孫を調べてみると、第一世代(子)は41品種もあり、子孫は27世代にわたって17,110品種にも及びます。「三倍体のバラは交配親にはならない」という思い込みが恥ずかしい:p

'Betty Boop' の起源は24世代前の 'Rosa multiflora'(ノイバラ)まで遡り、先祖として計206品種が記載されています。しかしこのような古い時代のことをどうやって調べたんでしょうね? 「ラ・フランス」が誕生した19世紀中葉には、すでに人工交配の手法は確立していたのだそうですが、それでも「自然交雑」による育種も多く行われていて、確かな系譜が残っていない品種も多いはず。ましてや、それ以前のことなど。。

しかし、栽培品種の主流が「ハイブリッド パーペチュアル」から「ハイブリッド ティ」に移行した前後の育種の歴史は、英国などで詳しく調べられているようですから、HelpMeFind はそのようなデータを参照しているのかも。詳しいことは分かりませんが、この系譜データはとにかく「すごい!」としか言いようがありません。

3. 子孫を調べる たぶんこれで 問題解決 ・・か?

'Betty Boop' の詳細ページには「倍数性」は記載されていません。でもこの品種からどのような子孫が産まれたのか、それが判れば交配親に使えるかどうかの目処がつくだろうと思います。

メニューバーの [Lineage] から、DESCENDANTS BY GENERATION(世代別の子孫)を選択。

『この植物には27個の固有の子孫が存在します』と表示され、上の画面のように子孫第1世代には11品種が掲載されています。その内訳は、枝変わり2品種、花粉親として9品種です。種子親に使われた例はありませんが、これも貴重な情報!

育種に当たっては「倍数性」そのものではなく 交配親(種子親あるいは花粉親)として子孫を残せるかどうかが重要 です。もし'Betty Boop™' を交配に使いたいなら、倍数性は不明でも、少なくとも9品種の花粉親になっているので、『不稔性かも知れない』という心配からは解放されて、試みる価値は大いにあります。種子親として使いたい場合は "チャレンジ" ですけどね:p

ちなみに、『種子親としては結果が良くないけど、花粉親としてなら優れた特性を示す」という品種は、私が栽培中の数少ない品種の中にもいくつかあります。HTの「クリスチャン・ディオール」や「ガーデンパーティ」、「コンフィダンス」など(いずれも倍数性不明)ですが、それは倍数性の問題だけではないだろうと考えています。

12月18日追記:これら3品種の子孫を調べてみると、数は多くはありませんが「種子親」として使われている場合もありました。 例えば「クリスチャン・ディオール」の蕊(ずい)の構造は奇形とも言えるほど特殊なんですが、それでもなんらかの工夫をすることで利用できるんですね。先人の工夫と熱意に脱帽します。

これは「クリスチャン・ディオール」の蕊(ずい)の様子。雌ずいを囲むように5個ほどのボール状の組織がある。

「クリスチャン・ディオール」の蕊
 ① 花弁を取り外す
「クリスチャン・ディオール」の蕊
 ② 雄ずい(葯)を採取後
「クリスチャン・ディオール」の蕊
 ③ ボール状の組織を除去

まとめ

私にとってはこれで "とりあえず" 問題解決の目処が立ちました。豊富な情報を効果的に組み合わせた HelpMeFind に感謝。

この Advanced Search を使い続けるならプレミアム会員になる必要がありますが、気になるのは、日本国内で栽培されているバラを、新品種やマイナーな品種も含めて、HelpMeFind はどの程度データ化しているのか?ということ。大手ナーセリーの中には、『自社で育種した品種の交配親についての情報も知的財産である』として近年は非公開の事例も多く、育種に関心のある栽培者には楽しくない状況下で HelpMeFind のデータはいかほど実用的なのか。。

また、"とりあえず" と歯切れが悪いのは逆のケースもありえるからです。HelpMeFind のデータに子孫が記録されていない品種があったとしても、それだけでは「不稔性」とは断定できませんよね。  交配親の選択については次ページ以降で、交配の実際に沿って「倍数性」さらに「系譜」の側面から考えてみたいと準備中です。

この記事は、次のページ「バラの三倍体は不稔性とは言えない」に続きます。