春の花が咲き始めました。
この数年、春は交配に専念しています。今年で4年目ですが、過去3年の例では5月中旬以降に咲いた花は稔性が落ちるので、今年は早く咲くように剪定時期を前倒しして、1月下旬を中心に、すべての品種を2月11日までに剪定し終えました。
「春一番花の開花時期を決定づけるのは、剪定後の日平均気温の積算温度だけではなく、日長がより重要なファクター」というのが私の怪しげな見解。別の言い方をすれば、「剪定時期を多少ずらしても、春の一番花は毎年ほぼ同じ時期に咲く」ということ。なので、剪定を早くすることで開花時期を早めるというのは自己矛盾しているんですが:p
でも、気温の影響を完全に無視しているのではないから、実際はどうなるのか? 今年は肥培管理の方法を大きく変更したこともあり、観察と苦手な記録を怠ることなく・・と思っています。 記録写真を撮りながら交配作業を進めているので、具体的な内容は後日まとめる予定ですが、このページではまず「4年目の現状=スタート地点」を記録しておきます。
2024 交配スタート
今年最初に咲いたのは「コンフィダンス」。もともと早咲きの品種ですが、短いステムにダブ芯で咲いてしまいました:p なので花の写真は撮りませんでしたが、パンクした花弁を取り去ると、そこには wonderful な世界が。
バラの栽培でいちばん楽しいこと
バラの交配(育種)を意識するようになったのは、2012年に かのやバラ園 で開催されたデービッド・サンダーソンさんの年間講座 "Gardening with David in Kanoya" に参加したのがきっかけです。 そのときのブログ記事:「バラの交配 初めの一歩」から一部を引用。
デービッドさんに、『バラの栽培で "もっとも楽しいこと" はなんですか?』と質問したら、「交配してできたタネを播種し、それが発芽して育っていくのを見守る時」という答えがその様子の再現(少年みたいでかわいかった)とともに返ってきました。
それを見て私も育種を試みたいと思い、必要と思われる栽培技術や品種(主にHT)の特性を学ぶうち、夢のように10年が経過し、2021年にようやく最初の交配を試みました。その年はビギナーズラックだったのか、まずまずの数の( "質" ではない)花が咲きましたが、2年目は交配が不調。以下は昨年秋に咲いたこの2年間の試作品種の一部です。これらは実生のまま5号ロングスリット鉢で育てられ、まだ接木はしていません。
現在、これらの無名品種は100株(品種)ほどが実生苗のまま地植えされ、品種の特性を見るために、無農薬・有機肥料のオーガニック栽培で、前ページで紹介した "let nature run its course" が進行中です。そのうちの約50株はデービッド接ぎもされて、ポットで育っています。いずれもまもなく開花を迎えます。
昨2023年は(一昨年の不調を反省し)150の交配から50個のローズヒップを収穫して、1300粒を2月に播種。現時点で200が発芽しています。3月下旬から毎日少しずつ発芽しますが、それを数えたり、初生葉(双葉)に続いて本葉(3枚葉)が展開していく様子を見るのが、この時期の毎朝の楽しみです。デービッドさんもこうだったのかなと想像しながら。
播種は96穴のプラグトレーを使っています。それを育苗箱に入れ、底面給水です。このようなセットが14個。写真は発芽数の多いトレーを撮っていますが、まったく発芽していないグループも 少なからず たくさんあります。発芽が完了したら、問題点を調べるために詳しいレポートをまとめる予定です。
育種は奥が深そうだが、交配は簡単?
交配や育種についてデービッドさんから最初の手解きを受けたとき、『こんな楽しそうなことは、ガイドブックを読まずに(先入観を持たずに)、失敗は覚悟の上で自分でトライしよう』と考えました。読んだのは唯一、東京都立園芸高等学校のページ(タイトル不明)「都立園芸高校 バラ園公式HP」です。
講師の野村和子さんは、NPO法人バラ文化研究所理事で、オールドローズのオーソリティ。野村さんが編集に協力された「オールドローズと現代バラの系譜」|バラの系譜編集委員会【編】|誠文堂新光社 を、デービッドさんに教えてもらって持っています(このページの文末に表紙を紹介)。野村さんは、鈴木省三氏の秘書として永年ご活躍されました。なので、ここに紹介されている育種方法は、数多くの銘花を作出された鈴木省三氏(同校の卒業生)の直伝である可能性が高いと思われます。前半で紹介されている「5万種子を播種、2万株発芽」は氏の実例なんでしょう。
もしこのブログを見て育種に関心を持たれたなら、この都立園芸高等学校のページをご覧ください。育種の概略を知るのに参考になると思います。
しかしヘソ曲がりの私は、この方法の "猿真似" はしません。したがって(当然ながら)自分では容易に解決できない問題が次々に出て、「育種」に至る前段階で失敗の連続:p
これまで3年間の実績は、結実率(収穫できたローズヒップ/交配した数)は25%程度。今年の発芽率(発芽数/播種数)は225芽/1323粒=17%。納得のいくレベルではありません。以下は問題の把握に苦慮する記録(過去記事の一覧)です。同じ轍は踏みたくないので、自分の方法を見直すのに都合がいいように「表」にしました。交配作業のメインである花粉の採取(2022年4月29日)と授粉(同5月3日)は、YouTube動画をアップしています。
投稿日 | タイトル | 主な内容 |
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2012年6月30日 | バラの交配 初めの一歩 |
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2021年4月30日 | バラの交配・1 |
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5月 5日 | バラの交配・2 |
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5月12日 | バラの交配・3 |
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5月21日 | バラの交配・4 |
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5月23日 | バラの交配・5 |
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8月19日 | バラの交配・6 |
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9月13日 | バラの交配・7 |
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9月18日 | バラの交配・8 |
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2022年2月19日 | バラの交配・9 |
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4月29日 | バラの育種 2022 1. 花粉の採取 | |
5月 3日 | バラの育種 2022 2. 授粉 | |
5月 5日 | バラの交配・10 |
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5月 7日 | バラの交配・11 |
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5月10日 | バラの交配・12 |
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5月17日 | バラの育種 2022 3. 授粉 終了 | |
5月30日 | バラの育種 2022 4. 授粉失敗の原因と対策 |
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10月12日 | バラの育種 2022 5. 色づき始めたローズヒップ |
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2023年9月10日 | ローズヒップの収穫 スタート |
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これはほとんど独学で交配を試みた3年間の記録で、検証も極めて不十分、たぶん多くの間違いがあるでしょう。その一例:2022年5月3日の「バラの育種 2022 2. 授粉」で、『交配した後の "袋がけ" は有害無益』と言い切っています。もちろん私なりの論拠があってのことだったのですが、今はそうは考えていません。でも記事はそのままにして訂正はしていません。そのような "間違い" が幾つかありそうで、それがこの結果になっているのでしょう。批評的に( "間違い探し" のつもりで)読んでいただければと思います。
7月24日追記:
ですが、何が正しいのかは自分でも簡単には判断できません。 先月デビッド・オースチン・ロージズ社の育種圃場(英国/一般の見学者は入れない)に行ってきた師匠・デービッドさんの話では、『交配時の "袋がけ" はしないし、冷凍保存した前年の花粉を使うこともあれば、授粉も一度きりではなく何度か繰り返すこともある』のだそうです。
また、同社では交配親の遺伝情報をこの20年間で多量に蓄積&データベース化し、その組み合わせは AI によってプログラミングされているそうで、今はそんな時代なんですね。でもそのデータは英国基準で、日本では花の大きさや数、特に花色に違いが出る品種もあることをデービッドさんは指摘します。 ちなみに(ご存知のように)、同社の「バラのハンドブック」(日本語版)に掲載されているバラの写真は英国で撮影されたものです。
栽培地で花色が変わる? バラが内包している遺伝情報と発現する形質に関してはページ後半でちょっと触れますが、このような 多様性と複雑さがバラの栽培や育種を一層おもしろくしているのだろう と思っています。
"駄花" なんてあるのかな?
さて、この表のように、これまでは「交配」に関する技術の問題に終始し、「育種」に関してはほとんど手付かずでした。2022年10月の「バラの育種 2022 5. 色づき始めたローズヒップ」に、それまでに咲いた、主にバージンフラワーの印象を記述しているので、その一部を(加筆して)引用します。交配親はすべて比較的古い品種の HT(ハイブリッド ティ) です。
これまでにも生育が良くない株を処分してきて、現時点で74株残っている。まだ接木していない幼苗だし、夏の花なので判断するのは早計だが、花型や花弁数、色は様々。中には『おっ!』と思わせる花もある。しかし概括的には以下のような特徴がある。
- 花弁数が少なく、弁質が弱い(薄い)
- 剣弁が多いのに、芯が低く平咲きになり、花型が乱れがち。高芯になっても、胴の締まりが悪い
- ニュアンスカラーが多く(彩度が低く)、"昭和のバラ" かという古臭い印象
- バラの命とも言える "芳香" がない(弱い)
- 一季咲き品種がかなりの割合で生まれる(先祖返り? 下記の 備考欄 参照)
- うどんこ病に弱い。極端に弱いものもある
- 「矮性」というか、成長が遅いものがある。逆に、つるバラのように伸びるものもある
- "MADSボックス遺伝子"(Wiki) の異常による "ABCモデル"(Wiki) の乱れ(写真:下右)が出ることも
長年にわたり交雑を繰り返されてきたバラは、花の形や色に関する遺伝子が驚くほど多様なようだ。育種初心者の私にとっては、これが面白い。
ダバナの叩き売り
近所にあるホームセンターのバラ苗売り場に、初夏の一時期だけ無名のバラの幼苗がセットで売り出されます。雑多な種類が混ざっていて、小さな花が咲いているけどラベルも付いていません。『なんだこりゃ? こんなバラ苗、誰が買うんだ』と思っていました。 ‥で、自分が交配したバラを見ていてハタと気がつきました。私のバラとこの投げ売りバラがそっくり。
福岡にも意欲的に新品種の作出を目指してあるバラ苗生産者がいらっしゃるので、たぶん育種の際に選抜から落とされた、でも捨ててしまうのは勿体無いから(そのようなバラの幼苗が、数百という本数で花市場の競りにかけられるのは、別の園芸店主から聞いたことがある) 十把一絡げで投げ売りされる "駄花" なんでしょう。
ホームセンターで売られているこのバラ苗を購入する気にはなりませんが、でも自分が交配したものから咲いたバラは。。『駄花なんてないよ。病気に弱いもの以外は全部育ててみたい』と思うのだから、ヘンですよね、そっくりなのに:p
いつか "奇跡のバラ" が生まれるか 交配4年目の目標は?
このように咲いた花を見ながら、公開・市販されているバラの "完成度の高さ" に、あらためて感心させらされます。
品種の完成度 について
仏映画「ローズメイカー 奇跡のバラ」をご覧になりましたか?
紹介サイト:ローズメイカー 奇跡のバラ|映画.com 予告編:(配給 松竹株式会社公式サイト)
ラスト前のシーン。栽培経験がない "ど素人" の3人が見様見真似で交配し育てた1株のバラが紹介されます。そのバラは;
- 健康な葉。光沢があって、病気もない。
- 花付きも良い。美しい花形、どれも満開。鮮やかな赤と透き通る白の2色。波打つ花びら。
- 強い香り。最初はバニラとレモン。それから、エキゾチックな香り、パイナップルだ。最後はミロ、じゃなくチョコ。
このバラが バガテル新品種国際バラ・コンクール|wiki で・・という筋書きなんですが、それはさておき、健康な樹勢、美しい花、強い香り。この3つが育種のための重要なポイントなんでしょう。"耐病性" がまず問われるのは、いかにも欧州らしいですね。日本なら "花" でしょうか。これに先立つシーンで、病気にやられているバラは『そんなのダメ、ゴミよ!』と投げ捨てられています。
欧州では農薬を使用しなくてもちゃんと育つことが育種の絶対条件。でないと、新規の品種登録ができなくなったらしい(伝聞)。日本でも意欲的なブリーダーはそれを意識してあるようですが、国産のバラで欧州でも通用する(輸出できる)のはわずかな品種に過ぎないだろうと言われているそうです。
「香り」は、この映画の重要なモチーフです。香りをこのような身近な食品類( "ミロ" だって:p )で表現しているのは、親に捨てられ、たぶんろくに教育も受けていない前科者、だけど優れた嗅覚という才能を持つ青年。バラの香りからは彼の自立への旅立ちという "奇跡" も生まれます。 『何があっても 諦めない』、気持ちが元気になる、良い映画です。
この映画は、香り高い白バラの銘花 "アンナプルナ" を産んだ名門ナーセリー・ドリュ社で撮影されたそうで、本家本元の "アンナプルナ" もちょっと誇らしげに紹介されます。この品種は挿し木でも旺盛に生育するので、前ページに書いた "patience" は必要ありません。私も挿し木の2株を種子親にしていて、その結果が楽しみ。なお、この映画は Amazon Prime Video(今は有料になって¥400)で観ることができます。
『品種の完成度を高めるためにまず必要なのは、育種の "テーマ" を決めること』と、師匠のデービッドさんからアドバイスを貰っているのですが、私はまだそれを見つけることができずにいます。「交配して生まれた全部を育ててみたい」というのは、逆に言えば、「育種のテーマがない」ということ。
2012年6月の「バラの交配 初めの一歩」に書いている私のテーマ(デービッドさんの講座で、受講者に出された課題);
高温多湿に弱いERの "サマーソング" を(あの色のバラを)、九州でもきれいに咲かせたい。 そのために、交配の相手は暑さに強い、同じくERの "メアリーローズ" を選ぶ
これはいかにも初心者らしい発想で、バラの育種を、あたかも "メンデルの法則" |遺伝学の歴史|遺伝学電子博物館 のエンドウマメのようなものだろうと、漠然と想像していました:p
もちろん "メンデルの法則" は現在でも間違いではないのでしょうが、前掲の「都立園芸高校 バラ園公式HP」の冒頭には、『バラの交配は、メンデルの優性の法則に当てはまらない』と明記してあります。メンデルの実験には "純系" のエンドウを準備したのに対し、栽培品種のバラは2千年を超える交雑の歴史で、その遺伝子は分断され複雑に絡み合っているのだそうで(園芸作物の品種改良に取り組んでいる、農業試験場の研究員からそのように聞いた)、まさに "雑種" の典型、発現する形質も多彩です。同じ交配親から、色も形もまるで違った花が生まれてきます。
以下はその実例で、HTの ♀︎ジェミニ X ♂︎香具山 の交配親から同時に生まれた10株以上の子どもたちの中の3株で、2月に播種し5月に咲いたバージンフラワー。花弁の色や形に現れている、バラが持っている遺伝子の多様さに驚かされます。
バラの遺伝子数はヒトよりも多い
(研究機関 論文の著者) *数値は諸説あり
ホモ・サピエンス(ヒト)の遺伝子数 21,306
(ジョンズ・ホプキンス大学 S・サルツバーグ教授 et al.)
ロサ・キネンシス(庚申バラ) 36,377
(リヨン高等師範学校 M・ベンダマン教授 et al.)
ロサ・ムルティフローラ(ノイバラ) 67,380
(かずさDNA研究所+サントリーGIC㈱+名古屋大学)
* ゲノムサイズは、 庚申バラ5億塩基対、ノイバラ7億塩基対に対し、ヒトは31億塩基対です。
*参考:遺伝子とゲノム|国立遺伝学研究所
ノイバラの遺伝子数が多いのを見れば、「交雑によって分断された結果」というのではなさそうですね。ちなみに、庚申バラ(そのスポーツ=枝変わり)は「四季咲き性」(*下記 備考)、ノイバラは「多花性」という、いずれも栽培上の優れた形質をバラにもたらしました。バラの全ゲノム解析をするのに、これらの品種を選んだ研究者の慧眼に感心。
ロサ・キネンシス(庚申バラ)の全ゲノム解析をした M・ベンダマン教授の論文 "The Rosa genome provides new insights into the domestication of modern roses"( "バラのゲノムは、モダンローズの栽培に新たな視点を提供する")は、Nature Genetics 30 April 2018 で読むことができます。私には超難解ですが、「Google翻訳」を利用すればなんとか日本語としての意味は伝わり、ゲノム解析の最前線を覗き見ることができます。研究者の関心が強いのは「色」と「香り」のようで、栽培者と同じですね。
「耐病性」に関しては関連する遺伝子が多すぎて、まず問題を切り分ける必要があるのでしょう。遺伝子レベルで見れば、私たちはバラのことをよく知っているわけではない・・というか、次世代シーケンサーを用いたゲノム解析によってDNAの塩基配列(遺伝子の物質的な本体)が迅速に決定できるようになっても、進化の過程で機能を失ったり機能が不明のままの遺伝子も数多く、その遺伝子がどのような働きをするのかを知るには、さらなる研究が必要なのだそうです。バラの場合は研究もほとんど手付かずの状態みたいで、理由はそのコストを誰が負担するのかという側面のほかに、研究が進んでいるモデル植物や品種改良による経済効果が大きい主要な穀物類に較べて、交雑を繰り返してきたバラはその遺伝子があまりにも複雑すぎるからなのだとか。
*備考:バラの "四季咲き性"
バラの「四季咲き性」については、日本に 岩田 光 という、オールドローズの研究者(湧永製薬ー広島県立大)がいらっしゃるようです。BIOSTORY Vol.25 特集 薔薇の物語 | 生き物文化誌学会( 誠文堂新光社 mook ) に、「四季咲きの "謎" が解けた」という、岩田氏ご本人が執筆された記事が掲載されています。
それによれば、千年余りの昔、元々は一季咲だった庚申バラの原種に、トランスポゾン(動く遺伝子)|Wiki が引き起こした、たった1回の突然変異(枝変わり)が、バラの四季咲き性の起源なのだそうです。
岩田氏の論文ページ:
The TFL1 homologue KSN is a regulator of continuous flowering in rose and strawberry.
(TFL1のホモログ KSN は、バラとイチゴの継続的な開花を制御する因子です)
- Iwata - 2012 - The Plant Journal - Wiley Online Library
そら註: TFL1 = TERMINAL FLOWER 1 は、花芽形成を抑制 する機能を持つ酵素タンパク質。その設計図はTFL1遺伝子 に記録されている。その ホモログ(相同遺伝子)の "KSN" は、この庚申(こうしん=KOUSHIN)から岩田氏が命名。上掲の M・ベンダマン教授の論文にも "KSN" が出てくる。
庚申バラの原種の KSN 遺伝子にトランスポゾンが入り込み、その結果、DNAからmRNAへの転写が阻止されて、KSN が発現しなくなる。これによって時期外れの花芽形成を抑制することができなくなって、"四季咲き性" という突然変異(まさに "奇跡" )が起きた。
たった1回の、たった1枝の突然変異を見逃さず、それを「庚申バラ」として固定した千年昔の人も、アッパレ。(実際には、四季咲き品種として固定されるまでに、自然交雑も含め、複雑な経緯を辿ったのかも。)
バラの「四季咲き性」、より正確に言えば、KSN の欠損によって生じる「繰返し咲き性」は、わずか千年余の歴史しかないんですね。千年前といえば日本では平安時代後期ですが、これは植物の進化の歴史から見ればごく最近の出来事。さらに驚くことに、鎌倉時代に表された「春日権現験記」には、平安時代後期の公卿・藤原俊盛(1114年〜1204年)の邸宅の庭園に咲いていた「庚申バラ」(と思しき薔薇)が描かれているそうです。
参照:『春日権現霊験記』にみるバラ|春日権現霊験記|コトバンク
平安時代の後期には遣唐使は廃れ、それに代わって 日宋貿易|wiki が盛んに。福岡市博多区御供所町にある聖福寺 は日本で最初の禅寺ですが、その開祖・栄西禅師が、茶樹や菩提樹を南宋から請来したのは1189年。時代的に藤原俊盛の庭園の薔薇と矛盾しないので、庚申バラもそのようなルートで入ってきたのかも。 庚申バラが固定されてわずか2〜300年後には京都で栽培されていたんですね。年に6回も( "庚申" の名の由来)花を咲かせる薔薇は今では当たり前でも当時は希有なことだったのでしょう。もしかして観賞用の花木としてだけではなく、茶樹のように何らかの薬効も期待されたのでしょうか。
なお、花成を抑制する TFL1、促進する FT(内部に、対立する遺伝子を併せ持っている)については、咋年8月の「バラの開花を20日遅らせる − C 遮光でバラの概日時計を狂わせるーその1」の「3. 花成を制御するシステムの全体像」で、研究者の論文などを(自習ノートとして)まとめています。 開花に関してだけでもこれだけ複雑なシステムを持っているんですね。これは研究用モデル植物 "シロイヌナズナ" の事例ですが、バラも基本的な構造は同じみたいで、それらの ホモログ(相同遺伝子)の同定は、"KSN" など ほんの一部であるように思われます。
しかし近年の分子生物学の進歩は目覚ましく、ある特定の遺伝子の発現は、その遺伝情報を読み出す "転写因子"|Wiki と、"RNAポリメラーゼ" |遺伝子発現の流れ|MBL Life Sience -ASIA- でコントロール可能であり、現に植物生理の研究手法として活用されている事例も多く、その内容・方法は幅が広いようで、日進月歩でさらに発展する可能性大。これによってバラのゲノム解析が進展した近い将来には、育種にもゲノム編集が利用されるようになるのでしょう。いや、育種の目標が定まれば、それに関係していそうなゲノムの解析と編集は(必要な遺伝子を持っていなければ遺伝子組換えも)同時に進行するようになるのかも。
参考:ゲノム編集~新しい育種技術~|農林水産技術会議 *一般向けの、わかりやすい解説
今は、交配によって育種をする、アマチュア栽培者でも自分の手で奇跡のバラを誕生させる夢を見ることができる最後の時代と言えるのかもしれません。でもそのロマンは持ち続けたいものです。
有り体に書けば、"奇跡のバラ" を誕生させるのは、生産性を問題にするような 品種改良 とは次元が異なるので、AI の判断ではなく、先代のデビッド・オースチン氏のような "優れた栽培者の直感" であろうと信じたいです。‥が、総じて耐病性に優れたERでも、日本での栽培では病気に弱い品種もあったのは事実なので、蓄積された遺伝情報(+ジーンバンク)と AI の活用で、同社のバラが今後どのように進化していくのか見続けたいと思っています。
自然に対する敬意
・・それにつけても。
"美しい" とも "神秘" とも言える生命の仕組みの一端を垣間見れば、育種に携わるには "自然に対する敬意" が 必要なんだと気付かされます。(論理が飛躍していますが、私の直観です:p) デービッドさん流に言えば、「バラの生命力を信じる」でしょうか。
師匠のデービッドさんは、バラの生命力を信じること、育種のテーマを持つこと、そして "交配親の系譜" を調べること の重要性を指摘します。系譜、すなわち 遺伝情報 でしょう。
不肖の弟子は、『同じ交配親からてんでバラバラの子どもたちが生まれるのに、親の系譜にどんな意味があるの?』と怪訝な面持ち。しかし、両親を意識しつつ子どもたちをよくよく眺めていると、どこか似ている気がしないでもない。だんだんそんな気がしてきます。これは、育種のためには交配親の系譜(その品種の特徴)をよく知っていることの重要性を意味しているのかも。(前述の)野村和子さんが編集協力されたこの本は、その参考になる、デービッドさんお薦めの1冊です。
これまでの私の作業は「育種」とは言えません。さほど多くはない栽培品種の中から、たまたまタイミングが合った品種を掛け合わせただけ。 それだけでも夢中になるほど面白いのですが、ここからどこへ向かおうとしているのか、それは今は わかりません。今年の目標は交配の技術的な失敗を減らすことで、これまでとは少し違う方法を試行中。
いまだ見つけられずにいる "育種のテーマ" = 自分が進む方向は、雑念を捨て、作業の中で耳を澄ましていれば、そのうち バラが教えてくれるでしょう。とりあえず今年は、交配親にしたい「香りのバラ」を10品種ほど増殖し、その特性を見ようとしています。また、これまでHT一辺倒だった交配親の選択の幅を、シュラブなどに少しだけ拡げました。
遺伝子組換え・ゲノム編集の時代に、このように怪しげで、遅々たる歩みながらも、率とか量とか上手下手には関係なく、成果を競うこともなく、バラの生命力の神秘・輝きと真っ直ぐに向き合う "バラの栽培で最も楽しいこと" が日々進行中。
5月11日追記:2021年に交配し今年デービッド接ぎした株が咲きました。 次ページ:「試作品種の開花 2024年5月」で2株紹介していますが、その1株は遺伝子の多様性の実例で触れた ♀︎ジェミニ X ♂︎香具山 の交配親から生まれた11番目の子どもで、このように成長しました。
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