開花間近な "バージンフラワー"
昨年交配してできた種子から発芽したのは80。その中で成育が最も早いものは「糸目」が開き、花色が見え始めました。この子の交配親は、種子親が「ジェミニ」で、花粉親が「香具山」です。
バラの栽培でいちばん楽しいこと
デービッドさんの年間栽培講座 "2012 Gardening with David" で、デービッドさんに『バラの栽培でもっとも楽しいことはなんですか?』と質問したら、
『交配してできたタネを播き、それが発芽して育っていくのを見守るとき』
という答えが、その様子の再現とともに返ってきました。その時のデービッドさんは、眼を輝かせる少年みたいでした。
David:『交配の技術は難しくありません。大切なのは、作りたいバラのテーマを決め、交配親の系譜を調べることです』
交配の技術は難しくない
交配それ自体は簡単で、以下の3ステップです。
- 種子親には開花直前の花を選び、花弁と雄ずい(おしべ)を取り除く
(開花の程度によって、6〜24時間程度の間を開ける) - 花粉親には開花し始めた花を選び、花首からカットして、花弁をそっと取り除く
- 花粉親の雄ずいを、種子親の雌ずい(めしべ)の先端に軽く接触させる
このように、特別な技術や設備は必要なく、バラを栽培していれば誰にでもできること。私が今やっていることはこのレベルです。
交配は新しい品種を作出する "育種" の一段階です。育種は経験や知識が必要なのかもしれません。育種に取り組んだ先輩の皆さんの話では、『そう簡単に新品種はできない。まず、まともな花さえ咲かない』のだそうです。
デービッドさんだけでなく多くのブリーダーが『育種にはテーマが必要』と言われます。テーマとは例えば、青い花色のバラを作る、耐病性に優れた品種を作る、香りが豊かなバラを・・というようなことでしょうか。さらにはそのテーマをシリーズ化することもポイントなんだとか。そこまで行けば本物のブリーダーですね。
育種のテーマは?
"2012 Gardening with David" の「バラの交配」実習で、私が設定したテーマは;
高温多湿に弱いERの「サマーソング」を(あの色を持つバラを)九州でもきれいに咲かせたい。
そのために、交配の相手は暑さにも強い、同じくERの「メアリーローズ」を選ぶ
というものでした。いかにも初心者らしい発想ですが、でも残念ながらそれは実現しませんでした。それから10年。今の私は「とりあえずまともな花が咲けばいい」という漠然とした目標しか持っていません:p
交配に使う品種の "PBR"
バラには、「種苗法」によりその品種を作出した人の権利(Plant Breeder's Right)が一定期間保護されています。しかし、PBR保護期間中の品種でも「交配親」に使用するのは自由で、PBR保持者の了解を得る必要はないのだそうです。注:正確なことはご自身で確認してください。直接関係するのは 「種苗法」第二十一条 です。
私の 交配の手順 HTローズの場合
手順
- 1日目 見頃のピークを過ぎた花(ただしまだ蕊は見えていない)の花弁を取り去る
(葯を観察し、少しでも花粉が出ていたらすぐに採取する) - 2日目 花糸が外側に開くので、雄ずい(葯)を残らず採取し、自然乾燥させる
- 3日目 葯から花粉を取り出し、雌ずいの状態に異常がなければ授粉する
備考
この時間経過は、最初の開花状態で異なる。開花が進んでいれば、雄ずいを採取するのは花弁を外してから6時間後。授粉は24時間後が好ましいように思える。もちろん作業日の気温や湿度によっても変わる。
葯を急に乾燥させると花粉の量が減少する。ペトリ皿は蓋をしても空気が入れ替わるように作られているので、蓋をした状態で、風通しの良い日陰で保存した。
1. 乾燥した葯から花粉を取り出す
再生時間45秒。注:動作音が再生されます。
電動歯ブラシの振動を利用して、乾燥した葯から花粉を分離している。品種は「コンフィダンス」。
この品種は大量の花粉が出るが、花粉が(ほとんど)出ない品種も多い。
5月8日 追記:この動画ではペトリ皿の蓋を開けて作業しているが、蓋を閉めた状態の方が微粉末が飛ばずベター。
この2枚の写真は、雄ずいを取り去った翌日(3日目)の状態。
雄ずいの数は少なくはなかったが、花粉は(ほとんど)出ない。花糸の切断箇所から粘り気のある液体(花蜜?)が滲み出て、黒褐色の塊になっている。
雌ずいの柱頭は "乳頭状" になっていない。これは品種の特性なのか、あるいは未発達なのかは不明。このような雌ずいにはすぐにカビが繁殖し、やがて子房が枯れる。この柱頭に授粉しても、まともには "受精" しないと判断し、五枚葉1節を付けてステムを切戻した。
異形花柱性
「自家受粉」を妨げる機構としては、「自家不和合性」の他に「雌雄異熟」や「異形花柱性」があるが、雌蕊の柱頭に対して雄ずいの葯の位置が低い「長花柱型」は、バラとしては珍しい例のように思う。
複雑な構造の蕊(ずい)
雄ずいを取り、さらにこのボールも除去して雌ずいのみにした。ボール状の組織をもぎ取るのは容易で、すっきりした構造になった。このような人為的な操作は好ましくないかもしれないが、雄ずいを取っただけの昨年の交配結果は、種子親としては全滅だったので、今回はテストが目的。もちろんボール状の組織を残したままでもテストしている。
5月15日 追記:
これが「クリスチャン・ディオール」の花弁を取り去っただけ(自然交配)の、1週間後の蕊の様子。赤い花糸の雄ずいも、中央の雌ずいも枯れこんで小さくなっている。
雌ずいを雑菌から守る
拡大表示すると、花糸の切断箇所の所々から透明な液体が滲出して水滴を作っているのがわかる。
雌ずいの状態は良く柱頭も乳頭状突起になっているが、雌ずいを取り巻く花糸の残骸が汚い。手先が不器用な上に老眼、切れ味の悪い先太のハサミを使ったのは拙かった。カビの繁殖をできるだけ抑え雌ずいや子房を守るには、花糸を短く切り揃えた方が良さそうに思え、この後はそのようにしている。切られた花糸はその後も数ミリ程度は伸びてくる。
3. 授粉する
再生時間49秒。サイレント。
授粉には綿棒を使っているが、機能的には筆の方が良さそう。ただ、花粉が変わる毎に筆を洗浄する必要があるのは面倒に思える。
花粉親は「香具山」で、花粉の色が濃いので雌蕊の柱頭への付き具合が分かりやすい。この事例では動画撮りするので、つい花粉の大盤振る舞いになった:p こんなに花粉を付ける必要はないだろう。
4. 交配親を記したタグを付ける 『袋がけ』はしない
交配親を記したタグは耐水(耐薬品)性があり、紫外線で文字が消えなければOK。葉に埋もれるので目立つ色がいい。タグは、ローズヒップを収穫して冷蔵保存するときにも継続して使用する。おっと、「通し番号」を記入し忘れている:p
今年の交配数はテストも含めると3桁になるかも。開花数は200程度なので、その大半を交配に使うことになる。秋の開花枝が少なくなる心配は無用。受精に失敗すると数週間後には萼筒に黒いシミが現れるので、それから切戻しても秋の花は咲かせることができる。つまり、今年の交配もかなりの数が失敗するだろうと "期待" している。
『袋がけ』は有害無益
『交配したら袋をかける』というのはどこで聞いたのか、昨年は疑うことなくそうしたが、袋をかけるのはなぜだろう?
① 意図しない品種の花粉が付着するのを防ぐ
② カビの分生子(胞子)が付着するのを軽減する
③ 雌ずいの柱頭が乾燥するのを防ぐ
④ 散布される農薬から雌ずいを守る
もっともらしい理由だが、これは疑問。
① 交配後に遅れてやってきた別の花粉が授精できるチャンスはない。植物はそんなにヤワではなく、後から来た花粉管が胚嚢に近づくのを拒むシステムを備えている。これによって複数の精細胞が授精するのを防いでいる。
② 空気中に大量に浮遊しているカビの分生子の付着を、密閉していない袋をかけることでどの程度軽減できるのだろうか。比較テストをしたのではないが、昨年の結果から全く効果はないと思っている。
③ 柱頭は菌類(カビ)にとって絶好の繁殖場所。乾燥よりもむしろ『袋がけ』による過湿状態や自然光が遮られて殺菌効果が弱まるのが怖い。柱頭が適度な湿気を必要とするのは、花粉が受け入れられ、花粉管を伸ばし始めるまでの間であろう。それに必要な水分は子房から供給される。
④ 授粉後少なくとも1週間は農薬を使用しない。全ての交配を終えて5日経過したら、カビを防除する総合殺菌剤を散布する予定。5日後には受精は終えていて、受精卵への農薬の影響は少ないだろうと推測。
ただし、菌類(カビ)の繁殖が原因で子房が腐敗したのか、受精に失敗した後から菌類(カビ)が繁殖したのか、その因果関係は不明だが、たぶんどちらのケースもあったのだろう。昨年はこのような失敗が多発したので、『今後はけっして袋がけはしない』と思った。
今年は袋がけをしないで柱頭の様子を観察しているが、現時点では特に問題があるようには思えない。
うどんこ病対策
5月9日追記:ハウス内に「うどんこ病」が発生し始めた。まだ交配が終わっていないものや交配直後のものがあるので、以下のように対応する予定。
- 被害葉を "希釈したエタノール(焼酎)で拭き取る" ことでとりあえず対処
- 蕊(しべ)への直噴を避けながら被害葉とその周辺に「エコピタ」と「カリグリーン」を散布。
「エコピタ」の主成分の "糖" は、ヒトの母乳に多く含まれる "オリゴ糖" で、静菌作用がある - 全ての交配を終えて5日間経過し「うどんこ病」の発生が治っていなければ、ハウス内全面に化学合成殺菌剤を散布する
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