スタンダード仕立てのバラを作るための台木を「秋挿し」で作る作業記録。長尺台木の作り方はいくつもの方法がある と思います。これは私なりの方法です。
長尺台木の挿木については、このブログでも過去に何回か書いていますが、方法は少しずつ変化してきました。最も結果が良かったのはバラ栽培を始めた頃で、気持ちも元気で怖いもの知らず。オキシベロン®液剤もクリザールフラワーフードも使わずに(そんなものは知らなかった)、多い年はバラ友の分まで4〜50本ほどの長尺台木を挿して、ほぼ全部が成功していました。今使っているビニールポットも当時のものです。
でもいろんな失敗を重ねるうちに、慎重に(気弱に)なってしまった自分に気づきます:p 今年は台木にする長尺枝を育てるための畝作りが整わず、準備できた長尺枝はわずか3本だけ。スタンダード仕立て作りに成功するかどうかわからないけど、今回の作業内容をできるだけ正確に記録して、より確実に長尺台木が作れるようになるための検討材料にしたいと思います。
ハウス内に設置した状況
長尺枝挿木と底面給水の概念図
手順
- 長尺枝の採取 ノイバラ系ハイブリッド種(生育が旺盛で、トゲが少なく、樹肌が綺麗)
春に出て夏の間に伸びたベーサルシュート(当年枝)、または前年枝を使う。古すぎる枝は不可。
つるバラ系の長尺枝も台木として利用できる。
今年の長尺枝はやや小さくて、枝の直径 10㎜ 栽培品種を接木する部分までの長さ 145㎝ 150㎝ 155㎝
重要:カット直後に水切りし、その後は切り口を(できるだけ)水から出さない。「寒挿し」とは違って、10月でもバラは盛んに水を吸い揚げている。一時的にでも水が途切れると道管に空気が入り、それによって水の流れが遮断されて(水の "凝集力|日本植物生理学会" が切れて)、その後の水揚げがうまくいかない。これが原因の長尺挿木の失敗例は多いのだが、それに気づかない人が多い。
- 長尺枝の秋挿しの時期
使用する品種や枝の成長程度によって一概には言えないだろうが、私が住む福岡では秋の挿木は10月になってからが好機。早すぎると枝の充実度が低く、雑菌も繁殖しやすい。長尺台木には1月末に栽培品種を接ぐので、3ヶ月の時間がある。慌てる必要はないが、11月になって挿木すると、接木するまでに根の発育が十分ではない。
- 長尺枝の上部30㎝ほどの健康な葉を残し、その下の小枝は切除する。枝の先端部は成長点で、ここは発根を促す植物ホルモンの "オーキシン" (インドール酢酸/IAA)を生合成する重要な部分なので、成長点は必ず残しておく。
- 深水(30㎝)で吸水させる 48時間(24時間でも十分)
この水に「クリザールフラワーフード」を規定濃度の1/2程度で使用。その特徴は(同ページから引用);
- 花を大きく咲かせ、萎凋や変色を抑制します。
- 水のみと比べると、切り花の日持ちが大幅に長くなります。
- pHを下げ、水揚げを促進します。
「クリザールフラワーフード」のような切り花延命剤(活性剤)の成分は、植物のエネルギー源になるグルコースやスクロースなどの "糖" と、雑菌の繁殖を抑える制菌剤(強い殺菌剤ではない)。もちろん、使わなくても挿木は可能なんだけど。
考察:10月12日の記事:「バラの育種 2022 5. 色づき始めたローズヒップ」で紹介した、岐阜大学 応用生物科学部 園芸学研究室・福井博一教授の「挿し木の基本」に以下のような記述がある。一部引用(傍線そら);
挿し穂の採取後の管理方法として、乾燥を防ぐ目的で水に浸漬することが奨励されている。しかし、軟弱な若葉を付けており蒸散が著しく高い場合や水揚げの特に悪い樹種、発根を阻害する有害物質を含んでいる場合、あるいは酸化酵素の活性が高く褐変が著しい場合には、穂木を採取後速やかに水に浸漬する必要があるが、それ以外では水に浸漬する処理は病害の蔓延を助長し、カルスの形成を阻害する場合があることから、水に浸漬しない方が良好な結果が得られる。また、過度の水の浸漬は有用物質の流失や樹皮の剥離が起こる場合がある。
福井教授の「挿し木の基本」は、挿木一般について述べたもので、バラの長尺挿木に限定した場合、私の経験では挿し穂の基部(葉は含まない)を深水に数時間以上は浸漬する方が結果が良い。"有用物質の流失" とは何を指しているのかわからないが、スクロースやオーキシンのことかもしれない。もしそうだとしたら、私がクリザールやオキシベロンを使っていることと(たまたま)符合する。
長尺枝ではなく普通の挿木の場合でカルスが形成されない事例は何度か見たが、それが穂木を水に浸漬することに起因するのか、わからない(そのようには思えないけど)。「病害の蔓延を助長」という事例は見たことがない。
挿木する前の穂木が「酸化酵素の活性が高く褐変が著しい」というのも思い当たることがない。 挿木後数週間経過して "挿し穂基部の褐変が著しい" という事例は何度も経験した。この場合に特徴的なのはカルスが形成されていない。私の場合、これが挿木失敗の深刻な症状なんだが、原因は水不足ではなく、逆に給水過剰によるバクテリアの繁殖なのかも。
水に浸漬しないなら、雨後または前日にたっぷり灌水し、水を蓄えている状態で枝を切り出すのが好ましいだろうと思う。
- ポットと挿木用土
- ポットは5号ロング(口径15㎝ 深さ30㎝)のビニールポット。底から8㎝の長さのスリットを4本切り開ける。必須ではないが、底面給水の場合、鉢底穴からの空気の出入りがないので、スリットがあれば空気の入れ替えが進みやすく、やがて根の伸びも見えるようになる。
- 用土は、底から10㎝まで「水苔」、その上20㎝は鹿沼土細粒(さし芽用土)。その境目あたりは水苔と鹿沼土が混在。鹿沼土や赤玉土は気相を確保するために微塵(意外に多い)を抜く。
- 安価なバーミキュライトは "薄片"(箔片)になっていて、これは木口を塞ぐので水が揚がり難くNG。
良質のもの(例:サカタのタネのバーミキュライト)は "粒状" なのでOK。籾殻燻炭も使える。
註:
何度も書いていますが、このブログは "栽培ガイド" ではありません。ポットや挿木用土など、これまでの経験から『これがいい』と思っているだけのことで、端的に言えば、用土は保水性と通気性があり無菌であればなんでもいいのです。使用するポットも然り。なので、『自分ならこうする』と "批評的に" 読んでくださるようお願いします。
そして、みなさんのコメントをいただけるならありがたい。お互いに情報を共有できれば、自分の方法を見直すことで、より安定した結果につなぐことができるだろうと思います。
私の場合、例えば「底面吸水」は2014年11月12日の記事「
秋にもできるバラの挿し木 栽培品種の秋挿し」にローゼスペコさんが12月25日に投稿されたコメントにヒントを頂きました。(ローゼスペコさん、その節はありがとう。その後いかがお過ごしでしょうか?)
『水苔には不思議な力が秘められていますよ』と久留米緑化センター・
「大洋グリーン」の馬場店長からヒントをいただき、挿し穂基部に "割れ目" を入れることや「切り花延命剤」の使用は、生花作家のみなさんの手法から学びました。「オキシベロン®液剤」は、苗木生産者の方法を参考にしたものです。
長尺台木の先端に葉を残すことの重要性 は
大野耕生さん に教えてもらいました。
バラのスタンダード仕立ては栽培者に根強い人気があるのですが、バラ苗流通関係者から聞いた話では、九州ではそれを生産するナーセリーは消えてしまいました。7〜8年前のことです。『ならば、自分で作る』ということになれば、楽しいだろうと思います。
- 設置場所と支柱の準備
- 置き場所は強い風が当たらない半日陰。これからの季節の「乾いた寒風」は大敵だが、加温は不要。
- 発根を促すには、穂木が固定されグラつかないことが重要。長尺枝なので、写真のように横にした支柱で2箇所を固定する。私は横支柱に鉄パイプを使用しているので、枝を保護するカバーをしている。
- 添木はぐらつき防止ではなく、長尺枝の曲がりを補正するためのもの。したがって、添木をポットに深く挿す必要はない。
- ポットの底から10㎝まで、あらかじめ十分に濡らしておいた水苔を強く押し込む。水苔はAAランクの普通品でOK。この時点では鹿沼土は入れない。
- 植物ホルモン・オーキシンの製剤である「オキシベロン®液剤」(成分:インドール酪酸…0.40%)の2倍希釈液を準備。木口を浸すだけなので少量でいい。
- 準備ができたら、長尺枝の基部を「片クサビ」になるようカットする。私は1刀目で鋭角になるよう斜め切りし、2刀目で先端部を逆側から少し切るが、基部先端の切り方はどのようにでもOK。昔、バラ仲間と先端部の切り方による発根率のテストをしたことがあるが、発根率が劣る "水平切り"(枝に対し直角に切る)以外は、どれも同じような結果だった。
Tips:次に、剪定鋏を使って、基部に縦方向の「割れ目」を入れる。その長さは節の位置までの3㎝ 程度(逆に言えば、節の下側3㎝ 程度の位置で斜め切りする)。
これは発根を促す重要なテクニック。オーキシンは茎頂で生合成され、形成層より表皮側の細胞の "シンプラスト経路" (Wiki)で "極性移動" (Wiki)し、挿し穂の基部に到達する。オーキシンは成長を促すと同時に "癒傷" ホルモンでもあるので「割れ目」の表皮側の細胞に集中し、その結果(カルスが生成されて)発根量が大幅に増える。
基部の調整
「割れ目」を入れた基部の発根例
上右:22年1月6日に挿木した穂木の3月2日の根の状態。発根している部位に注目。クサビ形に斜め切りした先端部ではなく、「割れ目」から大量に発根している。厳寒期2ヶ月間の根の伸びはこの程度だが、秋挿しはもう少し早く、1ヶ月程度で底面給水(下記)は不要になる。
- 調整した基部を、オキシベロン®液剤2倍希釈液に5秒間浸漬 する。注意:過剰なオーキシンは逆効果 になる。
ちなみに、園芸が盛んな福岡県・田主丸の植木(苗木)生産農家は『原液に一瞬』なんだそうな。オキシベロン®液剤の取説にそのような方法は記載されていないが、いかにもプロらしい方法だ。
オーキシンはバラ自体が生合成する。よってオキシベロン®液剤も、クリザールフラワーフードと同様に、充実した穂木であれば必須ではない。ただし「割れ目」を入れた場合は、より多くのオーキシンがある方がベターだろうと思う。
- 基部をポット内の水苔の上に置き、その周りに(あらかじめ微塵を抜いて湿らせておいた)鹿沼土を流し込む。
重要:「鹿沼土をまずポットに入れて、それに枝を挿し込む」のではない。
絶対に避けるべきは、乾燥した用土をポットに入れ、それに穂木を挿し込むやり方。これだと穂木基部の水分が土に吸われてしまい、基部の中の水に替わって空気が入るので、水揚げに失敗する。
- 長尺枝を横支柱に手早く仮固定し、鹿沼土の上から多めの水を注いで「水極め」(みずぎめ)する=水流とともに鹿沼土が下に動き、これによって土が締まり、ポット内の挿し穂基部に無用な(有害な)隙間ができない。バラ苗を鉢植えするときのような「突き固め」などは必要ない。
- 底面給水
「水受け皿」の深さは4㎝。ポットに開けたスリットの長さ8㎝の半分。挿木後はこの深さまで清潔な水があるように留意する。水分過剰だと発根が遅れるが、挿木1ヶ月後までは、水分過剰よりもむしろ水分不足が怖い。
水受け皿には「珪酸塩白土・ミリオンA」を20㌘入れた。この目的は(同ページから引用);
不純物を吸いつけて水を清潔に保ちます。
水栽培やハイドロカルチャー・テラリウムなどの底穴のない容器での栽培で根腐れを防ぎ、水替えの回数を減らせます。
写真上右の水受け皿にはまだミリオンAを入れていない。ミリオンAを入れてもそれに頼らず、できるだけ頻繁に水を交換するのが良い。その理由は、水の "溶存酸素量" が多い方が好ましいから。ただし、水の交換時に挿し穂がグラつかないように注意。私の方法では長尺枝を横支柱に固定しているのでポットや水受け皿を動かせず、排水は(灯油用の)ポンプを使用している。面倒だし、これが欠点なんだけど、良い解決方法を思いつかないまま何年も過ぎてしまった。
- 添木で長尺枝の曲がりを直しながら、添木を横支柱に固定。あとは祈るだけ:p
挿木4日後
10月16日に長尺枝を切り出し、48時間クリザールを吸わせて18日に挿木した3株の4日後(21日)の枝先の状態。
枝先が萎れず上を向いているのは水が揚がっている証拠。ちょっとだけ安心だが、敵は "雑菌" なので 気が抜けない。
水が揚がらない原因
- 枝の切り口(木口)を水から出して空気に曝したことで、道管に気泡が入った
「水切り」と、何より「手早い作業」がポイント。
- 枝の基部に雑菌が繁殖し道管を塞いだ
これを避けるには、①道具(ナイフ)や用土は清潔なものを使用 ②ポットは洗浄 ③用水は水道水を使用し(溜水はNG)、水受け皿の水が僅かでも濁ったらすぐに交換、水が濁りやすいようならミリオンAも交換 などに留意する。
枝先に残した葉の量が適切かどうかはわからない。『ま、こんなもんだろ』という適当さ。でもこの葉はとても重要で、水の凝集力をベースに、葉からの蒸散(負圧)と根圧が駆動力になって、長尺枝の道管を水が揚がっていく。
参考: 植物Q&A|みんなのひろば | 日本植物生理学会
逆に、葉が多すぎるとどうなるのか? 吸水量に見合わない蒸散を避けるために葉は気孔を閉じる。その結果、光合成の「カルビン・ベンソン回路」が停止し、葉緑体の電子伝達系が過還元状態になり、活性酸素種 が発生する。活性酸素種の怖さは「バラのうどんこ病についての考察」でも触れているが、多すぎる葉は挿し穂全体にゆっくりながらも深刻なダメージを与える危険性がある。挿木したポットを半日陰に置くのも、光過剰による活性酸素種の発生を避けるのが目的。
参照:光阻害 - 光合成事典
「先端が萎れていないか」も重要なチェックポイントだが、吸水不足になったら下側の葉から萎れ始める。その "兆候" がわずかでも見えたら葉の数を少し減らす。ただし、枝先の葉はポンプの役割とオーキシンの供給源として、この後の接木でも極めて重要な役割を果たすことになるので大切に扱い、むやみに摘葉しない。言うまでもないことだが、葉の萎れの原因が雑菌が繁殖したことによる "道管の詰まり" なら、葉をむしっても対策にはならない。挿し穂の基部や道管内に繁殖してしまった雑菌(ヌメリになる)を取り除く方法はわからない。「クリザールを継続して使用」という方法を、以前に一度試したことがあるけど、そのときは効果がなかった。
10月18日に挿木したので、11月中頃までの3週間ほどは底面給水の水位をやや高く保つ。その後徐々に水を減らして(水受け皿の水位を意図的に下げるのではなく、自然に水位が下がるのに任せる)根の発育を促し、およそ1ヶ月後に発根、そこから2ヶ月後の1月末に接木という予定。
スタンダード台木への接木は、1月下旬にデービッド接ぎ(枝残しバージョン)でウイーピング品種を接ぐ予定。その品種も順調に育っているので楽しみ。この長尺挿木がうまくいけばの話だけど:p
追記
11月27日の記事「バラのスタンダード仕立てを作る ② 台木の秋挿しが発根」に続く。
この挿木の結果は、2023年1月9日の「バラのスタンダード仕立てを作る ④ 台木の鉢上げ」に記録。