私のバラ栽培の今後の楽しみの一つは、自分が交配したバラを咲かせること。初めて交配に取り組んだ昨年の結果は、300粒播種して80粒が発芽し、早いものは蕾が1㎝ほどに膨らんできました。どのような花が咲くのか、咲かないのか、皆目見当がつきませんが、それを待つ間もなく今年の花が続々と咲き始めたので、2年目の交配をスタートしました。
新品種を作る "育種" が簡単でないことは、先輩の話を聞いたりあるいは紹介記事などを読んだことがあるので、性急に「結果」を求めようとしてはいません。何よりもそのプロセスを楽しみたいと思っています。
昨年の失敗を踏まえ、今年はHTローズをメインにシュラブやフロリバンダも加えて、交配する量を増やす予定です。今後その作業を随時記録していきますが、このブログは「試行錯誤の記録」です。誤った認識も多いだろうし、矛盾した内容や論旨の混乱もあるでしょう。私にとっては、ひとつひとつの失敗と発見が新鮮な驚きです。
花粉の採取 花弁が多い高芯剣弁咲きの場合
HTローズはスッキリと直立する品種が好きなのでそれを「種子親」にし、「花粉親」は "色" を重視したいと思うけれど、育種はそんなに単純なものではないらしい。なので、開花のピークを過ぎた花はとりあえず花粉を採取することにした。これが適切な採取方法かどうか、育種のガイド本を読まないで作業しているので、常に自問しながら進めるしかない。
- 開花の見頃を2〜3日過ぎた(いわゆるパンクした)ものを選ぶ。コンテストに出品するようなHTローズ品種は多くの花弁で蕊(しべ)が包み込まれており、しかも「自家不和合性」(wikipedia) があるので、慌てる必要はない。昨年はこの「自家不和合性」についての認識が乏しく、『自分の花粉が雌ずい(めしべ))の柱頭に付く前に早く雄ずい(おしべ)を取らなければ』と思い違いをしていた。
- 4月30日 修正追記:バラ科の場合は "配偶体型" の自家不和合性で、上記 wikipedia によれば、配偶体型自家不和合性には、"リボヌクレアーゼメカニズム" と "S遺伝子座によるS-糖タンパク質メカニズム" があり、もし リボヌクレアーゼメカニズム であれば「花粉管が花柱の約1/3の位置まで達したときに伸長停止が起きる」のだそうだ。これは好ましくないので、やはり自家受粉するのはできるだけ避けるべきだろう。
- 競技用HTローズの多くは60〜80枚と花弁数が多く、それが幾重にも雄ずいや雌ずいを包み込んでいる。花粉が出る葯(やく)が開裂するのは、コンテスト基準の "花の見頃" よりも数日も遅い時期のようだ。ただし、花弁を取り去ることで光が当たり乾燥状態になると、葯の開裂が早まる。
- フロリバンダやシュラブは開花する(葯が見え始める)と間を置かずに花粉が出始めるので、開花する直前に花粉を採取する。
- 花粉を採取するために葯を花糸の部分からハサミで切断している。昨年は花糸をピンセットで挟み取っていたが、それでは葯が痛むと考えこの方法に変更した。
- 5月2日 追記:雄ずいを採取する作業を続けていると、ハサミやピンセットに花蜜?が付着してベトベトになり作業能率が落ちる。先端をできるだけ清潔にしておくのが良さそう。昨年は、雑菌の繁殖による腐敗かもしれない失敗が多発した。その記録:「バラの交配・5」 それを思い出したので、ハサミやピンセットを1日数回エタノールで殺菌することにした。
花粉親「あけぼの」の場合
「あけぼの」を "種子親" にする予定はないので、"見頃" のピークをすぎた花を花首でカットして作業。
この自撮り動画の再生時間は3分13秒。サイレント。"あけぼの" は、花弁の内側に秘められた、その名の如く曙の空に似た黄色へのグラデーションが綺麗で、作業中思わず手が止まっている:p
種子親「魅惑」の場合
この「魅惑」は前日に花弁を取り除いているので、雄ずい(葯と花糸)が立ち上がっている。
再生時間は1分50秒。サイレント。自家受粉を避けるため雄ずいを残らず取り除く。
- 保存は、密閉できる容器の底に乾燥剤のシリカゲルを入れ和紙を敷いて、その上にペトリ皿を蓋を開けた状態で並べている。昨年は逆で、『花粉は生きているのだから、乾燥は良くない』と考えた:p
- 花粉は柱頭に付着すると水分などを受け取り膨らんで、S遺伝子座による配偶体の選別で拒絶されなければ、発芽して花粉管を伸ばす。なので、葯から出た花粉が乾燥するのは問題ではないようだ。
- ならば、花粉が出る前の葯が乾燥したらどうなるのか? 『乾燥したら葯が開裂して花粉が出る』というのは、後掲の「メルヘンケーニギン」の雄蕊の手を加えていない状態(乾燥しなくても花粉が出ている)とは異なるので、気になる。意図的に乾燥させたものは花粉の量が少ないように思え、私の方法は適当ではないのかもしれない。
5月8日 修正追記:乾燥剤を使用するなど急激な乾燥をすると、花粉が出る前に葯が干からびたようになり、採取できる花粉の量が少なくなる。ペトリ皿は例えば微生物の培養に使うのだろうか、目的外の空気中の胞子(分生子)が落下して繁殖することを防ぐために蓋をしても、微生物が呼吸する空気の出入りができるように作られているので、日陰で自然乾燥するのが良さそうだ。乾燥剤はすぐに使用を止めた:p - 花糸をハサミで切って葯を集める。葯は品種ごとに色や大きさが異なる。採取後1日経過すると花粉が出てくるが、花粉は乳白色か山吹色の極微粒子。花粉の量は品種によって大きく異なる。
参考:「花粉|国立科学博物館」 - 私が栽培している品種で比較すれば、花粉の量が多いのはHTの「香具山」や「コンフィダンス」、FLでは「ウィリアム・アダムス」。逆にほとんど花粉が出ない品種も少なからずある。これが "三倍体" の品種なのだろうか? 栽培中の品種やその花数が多いわけではないので、交配の組み合わせが限られてしまうのが残念。
参考:「三倍体|コトバンク|日本大百科全書」
高温障害による花粉量の減少
5月8日 追記:重要 同じ品種のバラでも花粉の量に個体差があるのに気づいた。「あけぼの」は比較的多く花粉が出る品種だが、中にはほとんど出ない花があって、採取の方法に問題があるのか?と思っていた。調べてみると、「花粉母細胞の減数分裂期前後の時期の高温により、花粉の形成に不全が生じる」ことがあるらしい。情報源:日本植物生理学会|みんなのひろば|植物Q&A|花粉の量
私はハウス栽培なので、管理の手を抜くと春先でも簡単に30度Cを超える。なるほど、これが原因だったのか。
「あけぼの」だけでなく他の品種も、同じ品種・同じ剪定日でも開花が一斉に揃っているわけではない。花粉(葯)の採取は開花順に行ったが、最初の頃に咲いた花は花粉の量が多く、それは「花粉母細胞の減数分裂期」の気温が、遅れて咲いた花よりも比較的低かったとみることができる。開花時期の1週間ほどの差で、すぐそれと気付くほど花粉の量が少なくなった。
『春の二番花を使う交配はうまくいかないことが多い』と聞いたことがあるが、それはこのような理由もあるのだろう。5月10日に最後の花粉採取をする予定なのだが、量(あるいは授精能力)は期待できないかもしれない。やってみなければわからないが、交配に使う春の花はコンテスト期日に合わせた剪定日ではなく、それより1週間は早くして、4月末の開花にするのが良さそうだ。
花粉症に注意
バラの花粉も「花粉症」、またはそれに類似した症状を引き起こすようです。私はスギ花粉などには反応しないのですが、バラの交配作業では、くしゃみ、喉の違和感と咳、目の痒みなどの症状が出ます。なので、マスクとうがい薬、点眼液は必需品です。たぶん作業着にもいっぱい付着しているのでしょう。
自家不和合性
被子植物の半数ほどは「自家受精」を避ける性質=「自家不和合性」を備えているのだそうだ。バラ科では、ノイバラやツクシイバラは自分の花粉で受精できる「自家和合性」だが、栽培品種の多くは「自家不和合性」のようだ。
昨年のテスト結果では、FLの「ウィリアム・アダムス」の自家受粉によってできた種子は、"自家不和合性" に無知だったので*『これが発芽しないはずがない』と思っていたのだが、発芽ゼロ。
でも HTの「雪まつり」は、栽培品種の自家受粉としてはかなりの高率で発芽した。備考:ハウス内での栽培なので訪花昆虫はいないし、開花状態の花は放置しないので風媒の可能性も低く、他家受粉したものではないと見ている。
*「自家不和合性」という言葉を知らなかったのではないが、『受精しなければ子房が成長せず落果する』と思い込んでいた。逆に言えば、ローズヒップが成長し色づけば、そのタネは発芽するはず・・と。
詳細は後日レポートの予定。私の例は僅かに過ぎないが、バラの栽培品種の「自家不和合性」に関する遺伝子は安定しているのではないように思える。
5月9日追記:
日本植物生理学会|みんなのひろば|植物Q&A|に「自家不和合性」に関する興味深い記事がある。
ここで紹介されているアブラナ科の植物の自家不和合性は「胞子体型」で、バラの「配偶体型」とは少しだけ様式が異なるが、S遺伝子座が関与する基本的な仕組みは共通。
雌雄異熟と花粉の保存可能期間
種子植物は、同じタイプの配偶体を持つ花粉の発芽と花粉管の伸長を阻害するS遺伝子座の働きの他に、同じ花の雄ずいと雌ずいの成熟するタイミングをずらす「雌雄異熟」の性質を備えているものあるそうだ。これはまず雄ずいが成熟し、花粉が出尽くした頃に遅れて雌ずいが成熟することで、結果的に自家受精を避ける。
バラにもこの雌雄異熟があると聞いた曖昧な記憶がある。もしそうなら、それはどの程度の時間差なのか? 雄ずいの完熟は葯の開裂状態や花粉の出具合で判断できる。雌ずいは「柱頭を触って湿り気があれば成熟したサインと見做していい」とデービッドさんに教えてもらったことがあるが。。
私は、種子親にする花は1日目に満開を数日過ぎて萼が完全に降りた花弁を取り外し、2日目には花弁に抑えられて丸まっていた雄ずいが外側に展開するので、それを確認してから葯を採取し、3日目に授粉をしている。ただし、これは花弁の数が多いHTローズに限られた手順で、しかも試行のレベル。
仮にこれが適切だとしたら、同時に咲いた種子親と花粉親のしべの完熟には3日ほどの差があるので、交配親の組み合わせによっては花粉を適切な状態で保存する必要がある。一般的な保存方法と思える「冷暗所で乾燥状態」で、バラの花粉の寿命はどの程度なのだろうか。
写真右(画像クリックで拡大表示):花粉は葯の縁から出ている。雌ずいの柱頭がイソギンチャクの触手のような "乳頭状突起" になって、湿り気があり、花粉を待ち受けているように見える。バラは「雌雄同熟」なのだろう。
花粉採取のタイミング
この「メルヘンケーニギン」の状態から花粉採取のタイミングがわかる。花弁が開き僅かに "しべ" が覗き始めたこのタイミングは、雄ずいには花粉が出ているが、まだ花粉はこぼれていない。花粉が落ち始めるとそれが花弁に残るが、これはその直前。雌ずいは柱頭が "乳頭状突起" になっている。
花粉の採取がこの状態より半日も遅れると花粉が落ち始める。しかし、もし2日も前なら雄ずい雌ずいともに "完熟" とは言えないだろうし、採取できる花粉の量は少ない。花芯の胴の部分がたおやかに膨らみ、最も内側の花弁が丸くしべを包んでいる状態が、交配を開始するために花弁を取り除くタイミング。
花粉の寿命
5月10日 追記:前述の日本植物生理学会|みんなのひろば|植物Q&A|「老花受粉 方法」によれば、「花粉の寿命は雌しべよりも長い」とされている。バラの雌しべは、開花3〜4日後には乾燥気味になり見た目の勢いを失うので、自然環境下での花粉の保存可能期間はそれより少し長い程度と推測される。実際の交配作業では、採取後5日を経過した花粉は色が白化し、使用する気にはならない。